上 下
14 / 19

第14話 醜悪な愛憎

しおりを挟む
「ゼイン様、目を覚まして! その女はあなたを騙しているのです!!」

 突然の大声が響く、その主はなんとククルであった。

「ククル、あなたどうしてここに?」

「あたしがゼイン様に会いに来て何が悪いのよ!」

 悪いというか、会いに来る理由がわからない。

 それに私がゼイン様を騙してるって、どういう事?

「フィリオーネにあなたはふさわしくありません、それにあたしだけを愛してるって言ってくれたじゃないですか。何故その女に優しくするのですか!」

 ククルのよく通る声のせいで皆の注目も集まる。

(ゼイン様がククルを愛している……?)

 言っていることがわからず、私はゼイン様とククルを交互に見た。

 ゼイン様は私の引き寄せ、眉間に濃い皺を寄せて、ククルを睨む。

「そんな事は只の一度も言ったことはない。嘘を言うのは止めてもらおうか」

 ゼイン様の本気の怒りを感じて、私はぎゅっとゼイン様にしがみつく。

「ゼイン様こそもうフィリオーネを庇わなくていいのですよ。皆フィリオーネの本性を知っているわ。我儘で性格が悪く、人の婚約者を誑かす悪女。ゼイン様はそんなフィリオーネに脅されて、婚約を結んだだけ。でももうすぐその婚約も覆されます」

 ククルが笑顔でこちらに近づいてくる。

「さぁ偽りの婚約者なんて放っておいて、あたしと帰りましょう。シャルペ家へ」

 ククルが伸ばした手をゼイン様ではなく、従者のレイドがはじき返す。

「主に触らないでいただきたい」

 それを皮切りに護衛として来ていた皆が私たちを取り囲むように集まってくれる。

「すみません、対応が遅れました。シャルペ領に入ったとは聞いていたのですが、まさかこんな暴挙に出るとまでは思っておらず……最後まで二人のデートを静かに見守りたかったのですが」

 レイドがククルに触れた方の手を払う。

「汚物に触りたくはありませんでしたが、仕方ないですね。ゼイン様に触れられるよりはマシです」

 なかなか辛辣な物言いである。

「お前、何なのよ! 平民のくせに貴族に手を出すなんて、それにそんな暴言、許さないわよ!」

「主が狂人に襲われそうなのを見ているだけなんてはいきませんから、そしてあなたはゼイン様の大切な婚約者であるフィリオーネ様を侮辱した、これこそ許されることではありません」

 シャルペ家の護衛とキャネリエ家の護衛がにらみ合う形となる。

「ゼイン様の本当の婚約者はあたしよ、将来を誓い合った仲なのよ!」

「あいにくと俺は君と誓い合った覚えはない。それにこれを見ては、そんな事も言えないだろう」

 ゼイン様の指示を受けて、レイドが複数の手紙を出し、ばらまいた。

『あなたの気持ちは嬉しいわ、会えるのを楽しみにしている』

『次はいつ会えるの? 会えないの寂しいな……あたし○○様の事が大好きなの』

 どう見てもラブレターとしか思えない内容である。

 差出人はククルだが、宛名は……すべて違う男性のものだ。

「将来を誓ったという相手は一体何人居るんだ?」

 侮蔑するような冷たい声でゼイン様はククルに問い質す。

「違う、これは偽の手紙よ!」

「ではこれを鑑定に出そう。そうすればどちらが間違っているか、わかるはずだ」

 ククルが思わず怯む。

 もしもククルの言うように偽の手紙なのならば、そのような反応はしないと思うのだけれど。

「鑑定に出せばどちらが嘘をついているかはっきりとする。それとフィリオーネの悪い噂を流した犯人も捜していてな。まぁ誰が関わっているのかは、見当がついているがな」

 ゼイン様の目がより鋭くなる。

「『蛇』の嗅覚を侮るな。どう隠しても悪事は暴かれるものだ」

 ゼイン様から発せられる気配が変わり、ククルは怯えたような表情となる。

「何よ、あたしは悪くないもの!」

 ククルは民衆の鋭い視線に追われ、青ざめた顔をして帰っていった。

「皆騒がせてしまってすまないな。だが俺は尻軽な女は嫌いでね、あのような女を娶るつもりはないから安心してほしい」

 ゼイン様が一層私を強く抱きしめる。

「いい機会だから改めて言うが、フィリオーネは噂にあるような悪女ではない。見ての通り、あちらのククル嬢が問題を起こしていたのだが、キャネリエ家の現当主はあちらの味方だ」

 皆の視線が私に集まる。

「もうすぐ選定の儀がある。それによってフィリオーネはかククル嬢、どちらがカナリア令嬢となるのか……どちらが善でどちらが悪か、真実がわかるはずだ。それまでどうか静かに見守っていて欲しい」

 ゼイン様の声を受けて頷くものがちらほらと見える。




 ◇◇◇




 馬車に乗り込んだ後、ゼイン様は私を抱えるようにして支えてくれている。しかし言葉を発することはなく、しばし無言のまま時が流れた。

「ねぇ、ゼイン様……?」

 このままではもやもやとした気持ちだけ残ると思い、勇気を出して話しかける。

「ククルとは、本当に何もないのですか?」

「何もない。少しも、かけらも関係はない」

「ではどうしてあのような手紙を持っているの?」

 何もないのであればあのような手紙を何故持っているのか、どうやって入手したのか。

 キャネリエ家と関わり合いがないのであれば、あんなもの手にする事なんてないはずなのに。

 ねぇ何を隠しているの?

「ちょっと、仕事の伝手で手に入れたんだ」

「仕事って、エイディン様の補佐と話していましたよね? 民の要望を聞いたり困ったことを解決するって」

 そう聞いたいたのだけれど。

「それもあるが……俺の仕事はカナリア令嬢について調べる事だ」

「それでククルの事を調べたの?」

「そう、そしてあなたの事も」

 あぁ……それでゼイン様は私の事を知ったのね。

「何で、隠していたのです?」

「本当の事を言ったら嫌われると思った……こんな裏の顔を見られたくなくて」

 また眉間に皺が寄る。けれどいつもとは違い、その表情は泣きそうなものだ。

「嫌いになんてなりませんよ。そのおかげで出会えたのですから」

 何もなければきっとゼイン様に会うことなく生涯を閉じたであろう。

 シャルペ家にも来る事なく、アマリア様にも会えずに。

「安心しました、ククルと恋仲ではなかったことに。そしてはっきりとククルを嫌いだと言ってくれたことに」

 ゼイン様の手を握り、決意をする。

「絶対にククルには負けません、私、頑張ります」

 そして絶対にゼイン様も渡さない。




 ◇◇◇




 フィリオーネの悪評がどんどん塗り替えられ、ククルの悪評が増えていく。

 シャルペ領で行われた音楽会にフィリオーネが出たこと、そしてシャルペ領でのククルの振る舞いが話題となり、ゼインとフィリオーネの相思相愛ぶりとククルの横恋慕が発覚した。

 その為今までの噂が間違っているのでは? との話は流れ出す。

 そしてラミィとラーナが相次いでキャネリエ家への援助を打ち切ったことで、キャネリエ家の財政もやや傾き、それによる貴族からの信頼の失墜も、ククルの評価が落ちる後押しとなった。

 そもそも自分達で放ったことなのだが、自領民の信頼も損ねたのは痛手であった。

「もう外に出ることは禁止だ!」

 セルガはククルにそう命じ、夜会への参加も取りやめにする。

(これ以上余計な事をされては適わん)

 今、夜会に出れば根掘り葉掘り聞かれてしまうだろう。貴族、というか人間は醜聞が大好きだ。

 セルガは何がなんでもカナリア令嬢の地位を娘にとってもらいたかった。

 この屋敷を自分のものにするため、そしてかつての恋人との思い出を感じるために。

(私が先に好きになったのに)

 兄の妻を好きになったのは自分だ。

 カナリア一家に生まれたセルガもまた音楽が好きであった。フィリオーネの母は幼馴染で、音楽が好きでよく一緒に音楽の話をした。

 しかし彼女は兄を好いていた。

 苦しかったし、悲しかった。憎むこともあったけれど、忘れられなかった。

 そうしてその気持ちを忘れる為に兄が結婚した後は、自分もすぐに結婚した。

 子供が出来たと聞けば自分も頑張った。同い年の従姉妹が出来れば、同じ立場でいれば彼女に近づけると思ったのだ。

 愛しい彼女の子で、憎い兄の子でもある。

 フィリオーネに対する感情は複雑であった。

 守りたいけれど破滅させたい。そんな反する感情を持っていた。

 フィリオーネが自分達ではなく、ゼインを庇った時にその気持ちが爆発する。

 つい感情的になり追い出したが、すぐに後悔した。

 もっと大きくなれば彼女に似るだろうと思ったのだ。

 音楽会に出るという情報を内密に入手し、こっそりとフィリオーネを見に行ったのだが、そこで着飾り、皆の前で歌う彼女を見て確信する。

 彼女にそっくりなフィリオーネこそカナリアになると。

(ククルでは、カナリアにはなれない)

 その後何度もシャルペ家へと話し合いの打診をするが、まるで相手にしてもらえない。

 王宮にも除籍と婚約無効の届を出すが、こちらも受け入れてもらえない。

「正式な書類として受理されている。当人達の了承がないと無効だ」

 そうこうしている内にフィリオーネの身元は父が引き取ったようで、手出しができなくなる。

(こうなればフィリオーネが自らこちらに来るようにしないと)

 だがシャルペ家から滅多に出ないフィリオーネと話せる機会は訪れず、ククルのせいで護衛も厳重になってしまい選定の儀まで来てしまった。

 こうなれば実力行使だ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】女神さまの妹に生まれたので、誰にも愛されないと思ったら、ついでに愛してくれる伯爵に溺愛されていて、なんだか複雑です

早稲 アカ
恋愛
子爵令嬢のフェリネットには、美しすぎる姉のアネリスがいた。あまりにも神々しいため、『女神様』と呼ばれてモテモテの姉に、しだいにフェリネットは自信を無くして、姉に対しても嫌悪感を抱いてしまう。そんな時、姉が第二王子に見初められて王家に嫁ぐことになり、さらにフェリネットにも婚約者が現れる。しかし、彼も実は姉を慕っていることが判明して……?

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

幸薄な姫ですが、爽やか系クズな拷問騎士が離してくれません

六花さくら
恋愛
――異世界転生したら、婚約者に殺される運命でした。 元OLの主人公は男に裏切られ、死亡したが、乙女ゲームの世界に転生する。けれど主人公エリザベスは婚約者であるリチャードに拷問され殺されてしまう悪役令嬢だった。 爽やか系クズな騎士リチャードから、主人公は逃げることができるのだろうか――

変装して本を読んでいたら、婚約者さまにナンパされました。髪を染めただけなのに気がつかない浮気男からは、がっつり慰謝料をせしめてやりますわ!

石河 翠
恋愛
完璧な婚約者となかなか仲良くなれないパメラ。機嫌が悪い、怒っていると誤解されがちだが、それもすべて慣れない淑女教育のせい。 ストレス解消のために下町に出かけた彼女は、そこでなぜかいないはずの婚約者に出会い、あまつさえナンパされてしまう。まさか、相手が自分の婚約者だと気づいていない? それならばと、パメラは定期的に婚約者と下町でデートをしてやろうと企む。相手の浮気による有責で婚約を破棄し、がっぽり違約金をもらって独身生活を謳歌するために。 パメラの婚約者はパメラのことを疑うどころか、会うたびに愛をささやいてきて……。 堅苦しいことは苦手な元気いっぱいのヒロインと、ヒロインのことが大好きなちょっと腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(作品ID261939)をお借りしています。

ついうっかり王子様を誉めたら、溺愛されまして

夕立悠理
恋愛
キャロルは八歳を迎えたばかりのおしゃべりな侯爵令嬢。父親からは何もしゃべるなと言われていたのに、はじめてのガーデンパーティで、ついうっかり男の子相手にしゃべってしまう。すると、その男の子は王子様で、なぜか、キャロルを婚約者にしたいと言い出して──。  おしゃべりな侯爵令嬢×心が読める第4王子  設定ゆるゆるのラブコメディです。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

新たな婚約者は釣った魚に餌を与え過ぎて窒息死させてくるタイプでした

恋愛
猛吹雪による災害により、領地が大打撃を受けたせいで傾いているローゼン伯爵家。その長女であるヘレーナは、ローゼン伯爵家及び領地の復興を援助してもらう為に新興貴族であるヴェーデル子爵家のスヴァンテと婚約していた。しかし、スヴァンテはヘレーナを邪険に扱い、彼女の前で堂々と浮気をしている。ローゼン伯爵家は援助してもらう立場なので強く出ることが出来ないのだ。 そんなある日、ヴェーデル子爵家が破産して爵位を返上しなければならない事態が発生した。当然ヘレーナとスヴァンテの婚約も白紙になる。ヘレーナは傾いたローゼン伯爵家がどうなるのか不安になった。しかしヘレーナに新たな縁談が舞い込む。相手は国一番の資産家と言われるアーレンシュトルプ侯爵家の長男のエリオット。彼はヴェーデル子爵家よりも遥かに良い条件を提示し、ヘレーナとの婚約を望んでいるのだ。 ヘレーナはまず、エリオットに会ってみることにした。 エリオットは以前夜会でヘレーナに一目惚れをしていたのである。 エリオットを信じ、婚約したヘレーナ。それ以降、エリオットから溺愛される日が始まるのだが、その溺愛は過剰であった。 果たしてヘレーナはエリオットからの重い溺愛を受け止めることが出来るのか? 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

処理中です...