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第52話 安住の地(エピローグ)

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 リオンは日々をまったりと過ごす……なんて事はなく、仕事に精を出していた。

 お金はあるが、働かずに暮らすのは性に合わない。

「もう少し休んだらどうです?」
 早朝、リオンがベッドから降りようとした時に、マオも目を覚ます。

「起こしてごめんね。でも動ける時に仕事をしたくてさ。それにこれから産まれてくる子の為にももう少し稼いでおきたいんだ、いくらっても足りない事はないよ」
 毛布をかけて頭を優しく撫でると、瞼がまた落ちて小さな寝息が聞こえてくる。

 お腹に子を宿してからは眠気が増えているようで、最近は寝顔を見ることが増えている。

(辛い顔や苦しむ顔よりも断然いいよね)
 丸まって眠るマオは可愛くて離れがたいが、音を立てないように気をつけて手早く着替えをし、部屋を後にする。

 仕事の用の部屋に入ると既にカミュが起きていて、部屋を暖めてくれていて、お湯も沸かしてくれている。

「おはようカミュ。君はいつも早いなぁ」

「主よりも早く起きるのが俺の務めでもありますから。どうぞ」
 リオンの姿を見てお茶を淹れ、机に置く。

「ラタのこのお茶、最初は驚いたけど、最近は慣れてきたよ。良い香りと渋みだよね」

「体も成長し、味覚が変わったのもあるかもしれませんね」

「それは確かにあるね」
 数年前のリオンはマオと同じくらいの身長だったのに、急に背が伸びたのだ。

 ファルケとレーヴェの確執を取り除き、サーペント国の企みを防いだ後に、だ。

 成人していたつもりだったのだが、伸びしろに驚いた。

 成長痛で体はとても痛かったが、今はカミュと同じくらいまで伸びることが出来て嬉しい。

「身長が伸びれば力も増えるから、これでまた皆を守るのに役立つから嬉しいよ」
 外見もやや逞しくなり、顔も多少変わった。
 それ故もうリーとは名乗らず、リオンという名で通して、家名も新しくつけたのだ。

「しばらくは平穏が続くでしょう、今後も戦う事がない事を祈りますよ」

「ファルケ国とレーヴェ国のおかげでだいぶ過ごしやすくなったよね。平和が何よりさ」

「その立役者として注目を浴びたのは驚きましたけど」

「あの時は大変だったよね、戦とは別の意味でさ」
 リオンは両国の仲違いを防いだ者として功績を残し、その名を知らない者はいなくなった。

 平民とは言え一目置かれる存在となったのだ。


 だからこそリオンは永住先をここラタに決める事なる。

「初めてのこのお家から離れたくないです」
 そう言ったマオの言葉も理由の一つではあるが、両国の英雄的な扱いに辟易したのである。

 ラタでもそれは少なからずあるが、それでもまだマシな方だった。

 ここは商人の国。
 常に新しい商品や話が入り、刺激と好奇心に満ち溢れていて、マオの好きな甘いものも数多く揃っていた。

 そういう点でも離れがたい。

 ファルケはおろか、レーヴェやコニーリオとも交易が盛んになって人材も豊かになる。薬学に長けた兎族も移住してきて、医療も充実してくれたのも嬉しい。

 逆にコニーリオにもラタの者が行き、あちらで商売をするようになったから財政も潤ってきたそうだ。

 お互いにいい効果を生んでいる。

「戦もしなかったから、命もお金も使わずに済んで良かったよね」
 サーペント国に攻め入る話も出たのだが、内通者たちを送り返すくらいに留め、それ以降は直接的に手は出さなかった。

 惨たらしい帰国となった者達を見てサーペントは怒りに震えたが、両国を相手取る事は難しかった。

 魔獣を操る薬をレーヴェでは完成させていたからだ。

 サーペントが作った魔獣を集める薬からヒントを得て新たに作成をし、それを脅しのように使う。

「今後不穏な動きをした場合、これとファルケ、そしてレーヴェの軍が侵攻する。果たしてそれを退ける力が貴国にあるか?」
 そして周囲の国を取り込み、サーペント国との国交を断絶させ、孤立させる。

 薬に強いコニーリオ国と、そして商才に溢れたラタ国が味方なのも大きかった。

 かつて武力がなく弱国と呼ばれた国が強国となった。

「とにかくこの平和を大事にしていこう」
 サーペント国は弱体化したし、再び力をつけるまで時間はかかるだろうが、今回の事は他国も広く知るようになった。

 己のが今度は対策を考えていくだろう。

(争いがなくなることは未来永劫ないだろうな)
 生きる為、誇りの為、愛する家族の為、思想の為……万人が手を取り合うのは難しいだろう。

 だがそれならせめて手の届く範囲は守っていく、家族を失う悲しい思いはこれ以上したくはない。

「皆は僕が守るからさ、一緒に長生きしようね。もちろんカミュも」

「ありがとうございます。俺も精一杯頑張り、あなた様の役に立てるように努力していきます」
 決意を新たに力強く言うカミュにリオンは温かな目を向ける。

「期待しているよ。そうだ、君のお嫁さんも見たいし、そちらもぜひ頑張ってくれ」

「……候補すらいませんが、善処します」
 目が泳ぐその様子を見て、リオンは机からそっと書類を出す。

「そうだと思って幾人か候補を見つけておいたよ。こちらはプレゼントだからぜひ受けとってね」
 押し付けられ、カミュは眉間に皺を寄せて渋々受け取った。

「……ありがとうございます」
 主の気遣いに口をへの字にし、それ以降は無言になってしまった。

「そろそろ仕事にしよう、折角早起きしたのだからね」
 些か不貞腐れてしまった自分の従者に優しい視線を送り、リオンは目の前の書類を見つめる。

 今のリオンは他国ともっと橋渡しがしたいと事業を行いながら、目下勉強中だ。

 まだまだ他国と距離を取り、関係が希薄な国は多い。それらの国tといかに話し合いをし、手を結ぶことが有意義なのかを説くことに心血を注いでいた。

 自分の我儘を許してくれる周囲と、そしてかつての自分の母国ヴォールクから解放してくれた兄に心から感謝をしている。

 あの国を出てからのリオンはとても満たされていた。

 お金の面ではなく個人として見てくれる者の存在に出会うことが出来たから。

 そして他の国の者とこんなに真剣に話し合い、何かを為したことはなかった。

 そんな転機を齎してくれたマオはリオンにとって女神のような存在だ。
 出会う事がなかったら、リオンは獄中で死ぬか、反逆者として仕立てられ、処刑されていたかもしれない。

 縁というものは不思議なものである。

「気まぐれで予測もつかない事しかしなくてお転婆だけど、そこが僕には凄くいいんだよね」
 真面目な自分にはないものに堪らなく惹かれてしまった。

 種族の違いなんてまるで気にならない程、すんなりと受け入れることが出来た事には驚いたが、それだけだ。
 一緒にいて、共に泣いて笑って、危機を乗り越えればそんな事は些細な事であると気づけたことはリオンにとってとても大切なことだ。

「僕らの子が大きくなるころにはもっといい世界にして上げたいな」
 今すぐは無理でも理想に近づけたらとリオンはペンを走らせる。

 なんだかんだで優しい人であった。





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