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第1話 鷹の国 出会い

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「なんだあれは」
 森の方が騒がしい。

 たまたま国外に出たというだけでこのような騒動を見つけるとは、運がいいやら悪いやら。

 エリックは直ぐ様声のした方に向かおうと考えた。

 大きな金色の翼を広げ、上空へと舞い上がる。金の髪が風で靡いた。

 切れ長の翠眼は細められ、騒動が起きたと思われる方向を見遣った。

 数台の馬車が勢いよく街道を走っているのが見え、それとは別に大きな魔獣が森の奥深くに行くように走っている。

 その不可思議な行動にエリックは眉を顰めた。

「獲物は反対だろうに……いや」
 魔獣の前を飛ぶ白いものが木々の間から見えていた。






「来ないで!」
 必死で女性は魔獣から逃げようと羽を動かして飛ぶ。

 皆を逃がそうと囮になったのはいいものの、このままでは捕まってしまう。

(どうしよう、食べられちゃう!)
 女性よりも数段大きい体は硬そうな鱗に覆われていて。鋭い牙と爪が見える。

 四つ足で素早い動きで追いかけてくる魔獣は、時折シューシューと鳴き声のような、威嚇するような声を出して追いかけてきていた。

「ひっ!」
 追いつかれ、鋭い爪が飛んでいる女性の足に食い込んだ。

 痛みと、ショックでバランスが取れず、転んでしまう。

 急に失速し地面に落ちた為、勢いのついたまま地面を転がった。土と砂利に塗れ、肌が擦過傷だらけになってしまう。

 急いで起きようとしたのだが、魔獣はもう目前だ。

 トカゲのようなそれは青い舌を覗かせ、女性を食べようと迫ってくる。

「やだ……やめて」
 まだ、死にたくない。

 涙を流し、懇願し、後ずさる。

 そんな言葉も心情も伝わるわけはないのだが、もう女性が逃げられないとだけは確信したようだ。

 ゆっくりと魔獣は女性を追い詰め、止めを刺そうと口を開ける。

「っ!」
 来るべき痛みと衝撃を想像し、目を閉じる。

(皆、ごめんなさい!)
 家族と、今まで世話になったもの達の顔が思い浮かべられる。

(けして幸せとは言えない人生だったけど、せめて恋はしたかったな)
 家族に落ちこぼれと言われている女性には、そのような事が叶いそうにはなかったけれど、それでも夢は見ていた。

(物語のような王子様に出会いたかったな……)
 夢のまた夢だ。

 病気で死にかけた時も、守ってくれていた母親が死んで家族に虐げられた時も、こうして魔獣に襲われていても、助けに来る者もいない。

 女性と共にいた護衛にも、あっさりと見捨てられた。

 ただ、女性を守ろうとした侍女だけは逃がさなければと、囮を買って出たのだ。

 その結果が今の状況だ。

「最後に、誰かに愛して欲しかったな……」
 小さな声で呟いてから、不意に気づいた。

 いつまでも衝撃が来ない事に。

 恐る恐る目を開けると、倒れる魔獣と、丁度剣を鞘に収める後ろ姿が見える。

 金の髪に金の羽、すらりとした体躯と、そして濃い藍色が目に入る。

「大丈夫か?」
 そう声をかけられたが、女性はふらりと後ろに倒れる。

 濃い藍色とは魔獣の血液だ。

 目の前の美形よりも、その後ろに見えた凄惨な光景と鼻につく血液の匂いで、女性は気を失ってしまった。






「!」
 まさか倒れるとは思っておらず、エリックは急いで女性を支えようと腕と羽を伸ばす。

 地面に頭をぶつける事だけは防げて、ホッとした。

(なんだ、この娘は)
 改めて女性の顔を見て、エリックは息を飲む。

 長い銀髪と長い睫毛、痛みと恐怖で顔は涙でぐちゃぐちゃで、整った容姿ながら今はけして美しいとは言えない。

 なのに。
 エリックは何故かとても心惹かれ、目が離せなかった。






「あの、何があったのでしょう……?」
 少し経ち、女性が目を開ける。この状況に明らかに困惑していた。

 目を開ければ魔獣の返り血を浴びた美形に睨みつけられていたのだ。それなのに支える腕と羽はとても優しい。

(っというか、わたくし、今男性に支えられて?!)
 このような触れ合いなど経験のない女性は顔を赤くし、急ぎ腕から抜け出した。

「助けて頂き、ありがとうございます」
 そう言われて、ようやくエリックはハッとする。

 腕の温かみが消え、思わず寂寥に駆られてしまったのだ。

「いや、気にしなくていい。それよりも」
 エリックはハンカチを取り出し、女性に渡した。

「顔を拭いた方がいい、美人が台無しだ」
 そのお世辞に恥ずかしがりながらも、ハンカチを見る。美しい刺繍の入ったそれを使うのはさすがに躊躇われ、女性はオロオロした。

「いいから、使うんだ」

「は、はい」
 有無を言わさぬ声音に、急ぎ女性は自分の汚くなった顔を隠すように拭いた。

 今更ながらこんな顔を晒してしまい、穴があったら入りたい。

「怪我をしているな。ニコラはいるか?」
 エリックの声掛けに木の影から、一人の男性が出て来る。丸い耳と長い尻尾、ひょろりとした細い体躯をしていた。

 僅かに見える特徴的な模様から、豹の獣人のように思える。

「着くのが遅いぞ」

「申し訳ありません。僕が出てはお邪魔かと思い、側で控えておりました。こちら包帯と薬、それと水筒です」
 それらを二コラから受け取り、エリックは自ら女性の足に触れる。

「あの?!」

「すまないが、女性が手近にいなくてな。我慢をしてくれ」
 見るからに身分の高そうなエリックが手ずから触れるなんてと、女性は助けを求めるように二コラを見る。

 二コラはにこにこと微笑むだけで、何も言わない。

 汚れを落とす為に水で綺麗にしてもらい、布で丁寧に拭かれる。大きな手の温かさと優しさに、思わずビクリと体を震わせてしまった。

「大丈夫か?」
 エリックは痛くしたかと不安になる。

「は、はい」
 異性に触られた事などないので緊張しっぱなしだ。しかもこのような美形なのだから。

(うぅ、恥ずかしさで死んじゃいそう)
 顔が自然と熱くなり、隠そうとして俯いてしまう。

「痛むだろうが堪えてくれ」
 薬を塗り、包帯を巻いていく。

「綺麗な肌に傷がついてしまったな。後で医師に見せよう、早め治癒してもらえれば傷跡も残らないはずだ」
 そう言って悔やむように眉を寄せていた。

「もう少し早くに俺がついていたならば、このような事にはならなかっただろうに……すまない」

「そんな事はありません、助けて頂いたのですもの。本当にありがとうございます」
 女性は勢いよく頭を下げる。

「この御恩はけして忘れません。何らかの形でお礼をしたいのですけど、今は何も返せることがなくて」
 先程の魔獣から逃げるのに気を取られ、荷物も何も持っていない。

「気にしなくていい。魔獣に襲われ怖かっただろう」
 優しく労わるように女性の背を摩る。

(このような事をするエリック様は初めてだ)
 ニコラは静かに主の行動を観察した。

 次いで女性も見る。怖がるではなく、恥ずかしがっている素振りだ。

(嫌がられてはいないようだな)
 ニコラは微笑ましい思いで二人を見つめていた。


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