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婚約

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「あ、愛…」
顔中どころか今なら体も赤い気がする。

目の前の王子様がレナンに愛と言ったのだ、どの恋愛小説よりもドキドキしてしまう。

そもそもあの時レナンが感じたときめきは、本来エリックから与えられたものだ。

人違いでハインツと思っていたが、本来の初恋相手が自分に告白してくれた。

思わずふらりとソファに倒れ込む。

「大丈夫か、レナン!」
「大丈夫です、あまりの展開に目眩が…」
目が合わせられない。





少しして何とか体を起こすことができた、意を決する。


「わたくしもエリック様が好きです。あの時のときめき、そして、こちらに来てからの優しさ。凄く嬉しかったです」
いつも優しくしてくれた人。

今だって人違いに気づいても怒ることもない。

そして、冤罪を一緒に信じてくれている。

レナンを信じて認めてくれている事はとても嬉しいだ。

レナンの言葉にどう思っただろうか。

エリックはゆっくりと呼吸をし、瞳がレナンの方を向く。

そしてそっと手を取られた。

「凄く、嬉しい。恋が実るとは嬉しいものだな」
穏やかな、優しい笑顔だ。

氷の王子様だなんて、思えない。

今の笑顔を額に収めて眺めていたい程だ。

「すぐに婚約を…」
「嬉しいですが、婚約となると…お断りさせてください」
控えめに言ったレナンの言葉に、エリックの体が固まる。

「俺のことが好き、だよな?」
先程の言葉は聞き間違いなのだろうか?

「好きです。ですが王太子妃、ゆくゆくは王妃になるなんて、わたくしには到底務まりません。それにわたくしとの婚姻はエリック様になんのメリットもございませんから」

(メリットなど、俺がレナンを好きであれば充分だ)
エリックは言葉を飲み込む。

レナンをおとすためにはそういう言葉ではない。



恋愛と結婚が違うのを理解しているし、エリックの身分と、アドガルムという国を思って断っているのはわかった。

感情よりも理性が優先されているようだ。

そうでなければ、あんな悲しそうな顔で断るわけがない。

今から再度口説き落とす必要があるのだが、時間が少ない。

今夜までにここに残りたいと思わせなくば、さすがのシグルドだってそろそろ手元に移したいと思うはず。

エリックは呼吸を整える。

「メリットがある結婚であればいいのか?   そこに感情がなくても」

「そういうわけではないですが、でもエリック様はこの国を背負う方です。もっと相応しい方がいいと思いまして」

「レナンが言う相応しい人物とは、どういうものだ」
話しながら何とか説得の手立てを考える。

「賢くて優しく、民を思う人。そしてエリック様の隣に立つくらいの方でしょうか?」

「それならばレナンとて成績は優秀だし、語学は堪能だし、とても優しい。そして今は自分は王太子妃になれないと民の為に身を引こうとする謙虚さがある。俺の隣に立つべき人だと思うが?」
そのままレナンに当て嵌めていいはずなのに。

「しかし、わたくしでは相応しくないです! 感情もすぐに顕にしてしまうし……」
「いいんだ、そこは王太子妃教育でどうとでもなる。正直俺はその素直さが好きだ」
この素直さが決め手と言っていいのだが、本人は納得していない。

「確かに少し迂闊な時はあるが、君は本来聡い人間だ。考え方と話す際の注意点を重点的に勉強すれば問題ない。何かあれば俺がフォローしよう。背筋を伸ばし、堂々と前を向けば自ずと自信が出る」
自信のなさで背が丸まってしまうから、伸ばすように心掛けよう。

「……でもやはり、無理です」
それでもやはり自信はなさそうだ。

エリックは脅しにかかる。

「逆にレナンが婚姻をしてくれなければ、デメリットが出る」

「デメリット…ですか?」

「今振られたならば、俺は一生独身のまま過ごす。アドガルムに跡継ぎができない」
断言出来る。

「…エリック様への婚約話は多数出ているではないですか」

「出ているのにこの年まで婚約していないんだ、相応しいと思えるような令嬢に会えていない。それに好きな女性に振られて、その想いを抱えて別な女性と結婚するような不義理は行えない」

「それは…」
自分のせいになるというのはそういうことなのかと、レナンが小さくなる。

「君は違うのか?恋愛小説でもそうだと思ったが」
他の女性を想う者が、次の恋愛になど踏み切れないだろう。

「でも、エリック様にはこれから出会う方もいらっしゃると思いますよ」

「これから? 今目の前に好きな女がいるのに、次の女に心を寄せろと? レナンは酷な事を言うな」
レナンの銀髪を手に取る。

「こういう事をしたいと思うのはレナンだけなんだが」
銀髪に口づけをし、じっとレナンを見る。

距離がとても近い。

「リンドールになど返さない」
感情のこもった声にレナンの心臓がドキドキしている。

「俺の為にも頼む。帰らないでくれ」
強い自分が守るだけではなく、弱い自分をレナンが守って欲しい。

「エリック様の為に…」
「そうだ、俺はレナンとの家庭が欲しい。温かい君に側にいてほしいんだ」
レナンの素直さは時として仇となるが、人なのだから間違えるのは当然だ。

頭脳の良さもあり、控えめなところも好感が持てる。

優しいレナン。

家族はエリックを大事にしてくれる。

しかし、ティタンもリオンもいずれ自分の家族を持ち、離れていくだろう。

その時に一人になりたくない、レナンによってエリックは支えられたいし、エリックも支えていきたい。

今振られてしまったら、自分はこの先も生涯愛するものを持てないだろうと、確信している。

政略的に決められた相手と愛を育めるとは思えない。

エリックはレナンとの未来しかもはや描けなかった。

「いいのですか? 私王妃様なんて器じゃないのですが…」

「いいんだ、俺が欲しいんだから。君は俺が嫌いか?」
再度の確認。

レナンは首を横に振る。

「好き、です。わたくしもエリック様の側にいたいです」
ようやく素直に言ってくれたレナンを、エリックは抱きしめた。

「エリック様?!近いです」
思わず腰が引けてしまう。

「ようやく受け入れてくれたんだ、少し甘えさせてくれ」
レナンは体を強張らせ、しばらく身じろぎ一つ出来なかった。





「この後レナン達の今後についての話があるが、俺はリンドールへと返すつもりはない」
ようやく体を離してくれて、そのような事を言われる。

「帰りたい気持ちもあるだろうが、今帰ればどのような目に合うか、想像に難くない。だから、安全が確認出来るまではアドガルム王城にいてくれ。ここなら警備も厚いし、リンドールの者も手出しをしづらいはずだから」
レナンの手を握りながら、心配そうに言っている。




「必ず守る、だからこれからはずっと側に」



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