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第131話 自己犠牲

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 ギルナスが手を翳すと、分厚い土壁が地面よりせり上がる。

 全てではないが、氷の刃の威力を削ぎ、イシスの命までは奪えていない。

 ギルナスはそのままエリックに向けて突っ込んでいく。

「あなたの相手はアタシなんだけど」
 オスカーは魔力を解放し、イシスにしたように蔓を操ってギルナスを足止めしようとした。

 だが、ギルナスは力づくで蔓を引きちぎり、進行を止めない。

「凄い馬鹿力だわ」
 敵ながら思わず感心してしまう、こんなことされたのは初めてだ。

(ティタン様なら出来そう)
 試す気はないけれど、恐らく余裕だろう。

 こういう人達は咄嗟に身体強化の魔法を使用するのに優れている。

 動きを止めて隙を見せないためだ。

(時間稼ぎが目的ならば早く倒さないといけないんだけど)
 エリックが先程言っていた言葉を思い出す。

 帝国が何を企んでいるかわからないが、あまり時間を掛けるわけにはいかないだろう。

 いつ他の敵が来るかもわからない。

「お前の相手はオスカーだ。俺ではない」
 エリックが氷壁を作り、ギルナスの進行を阻む。

「くそっ!」
 叩こうが何しようが、エリックの氷は破れない。

 いまだにあれを壊せたものをオスカーも知らなかった。

「残念、振られちゃったわね。可哀想に」
 クスクスとオスカーは笑うと、剣を振り下ろす。

 剣とメイスがぶつかる音が響いていた。

「大人しくアタシで我慢なさい」






「さて死ぬ覚悟は出来たか?」
 ギルナスをオスカーに任せ、イシスに迫る。

「それはこちらのセリフよ」
 分断されても強気だ。

「強がりはよせ」
 イシスの顔色は先程よりも悪くなっている、オスカーの植物が放つ毒を吸い過ぎたのだろう。

 だが中毒死など待つつもりは無い。

「いい加減死んでもらう」
 部下たちをイシスに殺されたし、生かしておくには人質としての価値も低い。

 第一皇子、第二皇子も同様だが、皇帝がそのような人の心を持ってるようには思えなかった。

 そうでなければこのような戦いの前線に皇女を出すとは思わない。

「まだ終わりではないわ」
 イシスの体が発光する。

 自らに向けて魔法を放ったのだ。





「イシス様!」
 ギルナスが叫び声を上げた。

 イシスの体を雷が走り、煙が上がっている。

 だがそのおかげでオスカーの植物は全て焼け落ちた。

「わお、自分まで犠牲にするなんて」
 随分思い切ったことをするとオスカーは感心した。

(降伏するよりも戦って死ぬ方を選ぶなんて、あんな可愛い顔からは想像も出来なかったわ)
 そんな事を考えていると、ギルナスの鋭い攻撃がオスカーを打つ。

「ぐっ!」
 もろに腹部に喰らい、骨が軋む音がした。

「さっさと死ね」
 どうやらイシスをやられて怒り心頭なようだ。

 こみ上げる血反吐を吐き出し、オスカーはそれでも飄々とした態度は崩さない。

「大事な人なのね。残念だけど、近寄らせないわ」
 オスカーはウインクし、ギルナスを挑発する。

「だってあなた弱いもの、アタシ一人にこんなに手こずるようでは、駄目よ」
 口元に手を当ててふふっと侮蔑するように笑えば、ギルナスは素早い動きでオスカーとの距離を詰めた。

 渾身の一撃が頭上より振り下ろされる。

 だがその一撃が届く事はなかった。

 オスカーの背中から生えた木が、ギルナスの剣を止めている。

 それは直接体から伸びていて、生物のように脈打っている。

「後が大変だけど、仕方ないわね」
 オスカーは自分の魔力と命が背中の木に吸い取られているのを感じながら、ギルナスを攻める。

 普通の攻撃ではギルナスを倒すのはオスカーには無理だと思ったのだ。

 力もなく、魔力もそれほど多くないオスカーではギルナスの攻撃は躱せても決定的に倒す力を持っていない。

 自分の剣の腕はルド達は疎か、エリックよりも弱いかもしれないと思っているからだ。

 だから捨て身の戦いだ。

 二コラが倒れた今、もっと自分が頑張らなければいけない。

 第三の腕のごとく背中から生えたそれはギルナスに襲い掛かる。

「降参してくれないかしら?」
 木が強く、素早くなるにつれ、オスカーの顔色は悪くなる。

 オスカーの命を吸って強くなっているので、仕方ない事だ。

「降参など、誰がするものか!」

(でしょうね、イシスも頑張ってるものね)
 黒焦げになり多量の出血をしていても、エリックと懸命に戦っていた。

 忠誠心の厚そうなこの男が、そんなイシスを見て諦めるわけがない。

「さすがに、動くのに疲れたわ、ね……」
 オスカーの足がふらつき、その場に座り込む。

 目の前が暗くなり、頭がぼんやりとして来た。

 だいぶ魔力と命を吸われてしまったようだ。

 ギルナスはすぐさまオスカーを討とうと武器を振り下ろした。

「油断が多いわね、不用意に近づいては駄目よ」
 オスカーは地面に手を付けていた。

 魔力を注ぐ為だ。

 巨大な植物が生え、それはギルナスを飲み込む。

「捕まえた」

 オスカーは背中の木をすぐさま切り捨て、ギルナスを飲み込んだ植物に触れる。

 直接魔力を注ぎ込んで、強化に当たる。

「くっ!」
 メイスで叩こうが、拳で殴ろうが、内部に充満した液体のせいで、上手く傷がつけられない。

 ぬめりが衝撃を逃がし、そして抜け出せないようになっているのだ。

「生きたまま溶かされるってどんな気分?」
 液体に触れている皮膚が焼けただれ、痛みが走る。

 それらは全身に絡みつき、身動きも取れない。

「ギルナス!」
 傷ついた体で戦っていたイシスが駆け寄ろうとするが、その首を後ろから掴み持ち上げられた。

「僕を忘れないでくださいよ」
 楽しそうな声だ。

 すっかり元通りになった腕で、二コラはイシスを捕らえた。



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