上 下
87 / 202

第87話 似て非なる力

しおりを挟む
「あの、この方は?」
レナンは困惑する。

今日はグウィエンとの会談だとは聞いていた。

だが部屋に戻ってきたエリックは、明らかにグウィエンとは違う赤髪の男を伴っている。

そして男は名も名乗らずに、レナンを値踏みするように見てきた。

居たたまれず、なんて反応していいかもわからない。

「すまない。アドガルムの魔術師で魔道具師だ。少々変わり者でな、不快にさせて本当にすまない」
とは言いつつもエリックも不快ではある。

今まではロキに対してそのように思ったことはなかったが、やはり妻の事となると違う。

二コラも共に入室させていたら斬りつけさせていたかもしれないが、今は外に待機させていた為に功を奏していた。

いざとなったら自分で切りかかるが。

「エリック王太子、レナン妃に触れてもいいか?」
ロキが許可を求める。

ミューズは身内だが、レナンは他人で王太子妃だ。

一応そこは配慮したようだ。

「少しだけならば」
ロキは悍ましい冷気を感じながらもレナンの手を取る。

レナンは温かな力が体を駆け巡るのを感じた。

「エリック王太子は死ぬ気でレナン妃を保護してて欲しい。けして側を離れるなよ」

「死ぬ気で守るつもりではいますが、どういう事でしょう?」
不穏な言葉に心配だ。

あの力はやはりレナンの体に負担を与えているのだろうか。

「気づかれたら狙われる力だ。それこそ世界中から」

「狙われる? 何故です?」

「レナン妃の力は魂に関する魔法だ。黒い靄を払ったと言ったが、靄に見えたのは悪霊にされた死人達だ。レナン妃は強い光を放ったらしいが、恐らくそれは天国へと導くものだったのだろう。消えたように見えたのは浄化されたからだな。そのルビアとかいう女と対象的な魔法で、唯一の対抗手段」
ロキはレナンの手を離す。

「ルビアは死霊術師だ。闇魔法に近いがそれとはまた異なる。だからキュアの力では払いきれない。死霊術師は人の魂から魔力を吸収したり、その魂を使って意のままに人を操ったりする。レナン妃の魔法は光属性に傾いている。生きているものに活力を与え、悪しき力をはねのける。似て非なる力だな」
ロキはどう説明するか、言葉を探しているようだ。

「レナン妃もその気になればルビアのように操ることも出来るのだろうが、そのようなことはしないだろう。おそらく向いていないし」
レナンはぶんぶんと首を横に振る。

「そんな事はしたくないです!」
エリックはホッとしながら口を挟む。

「向いていないとは、適性の話でしょうか。それとも性格的に?」

「どちらもだな。魂に関する魔法だが、飴と鞭のように真逆だ。レナン妃ならば操るではなく要請するといい。自分の魔力を与え、お願いすれば味方をしてくれる。ルビアのやり方は魔力を吸い取り無理に従えているものだ。逆らえば一気に力を失い消滅させられる、従ってもいずれ枯渇するから、どっちみち行く先は消滅だ」

「なんて恐ろしい力なの……」
そんな力でパルスは蹂躙され、母トゥーラも殺されかけた。

今更ながら助けてくれたエリック達には感謝しかない。

「そしてこの力は死者をも生き返らせられる」
ロキからの本題だ。

「非常に稀有な力だ。生き返らせることが出来るとなると各国の者が欲しがるに違いない。器を入れ替えれば死ぬこともなく生き続けられるからな」

「知れば欲しがるものは多いだろう、今まで発現しなくてよかった」
エリックは複雑な胸中だ。

魔力がないからと冷遇されていたが、もしこの魔法が使えると知られていたら、逆に幽閉されていたかもしれない。

「だから知られてはいけない。これは自分の寿命も削る力だ。与えることは、奪うことよりも難しく、魔力の消費も激しい。使えば使う程命も少なくなる」
とても危険な力だ。

「エリック様……」
心配そうなレナンの声に、エリックは気づく。

「大丈夫、そんな力は使わせないし、誰にも利用させない。俺が守るから」
どんな理由があっても駄目だ。

使えば使う程命の灯が小さくなる魔法なんて使わせるわけにはいかない。

「王太子、眉間にしわ寄せすぎだ。人を生き返らせなければいいだけだから、あまり不安になるな。あとはレナン妃にも転移魔法を覚えてもらう。防御壁と治癒魔法もどれくらい使えるか知りたい」

「あのわたくしは魔法は生活魔法しか使えず、そのようなものは一切駄目なのです」

「そうなのか? これだけの魔力があるのに?」
ロキは再度レナンの手に触れる。

エリックの表情が動くが見なかったことにした。

「充分強い。なのに、何故だ? 適切な師がいなかったのか?」
レナンは困って顔で話し始める。

「わたくしは小さい頃から魔力がないと言われ、あまり魔法の事を教えてもらえませんでした。なので基本的なものしか知らず……すみません」

「パルス国はレナンにあまり手をかけてくれなかった。その影響かもしれません」

「そうか。ならばキュアに教わるといい、あいつならば喜んで教えてくれるだろうからな」
ロキはエリックに向き直った。

「エリック王太子ならばレナン妃の力は悪用しないな」

「当たり前です。絶対に使わせません」
その力強い言葉に嬉しくなる。

レナンはきゅっとエリックの腕にしがみついた。

「しかし他に代わりがないのならば、あの女対策でレナンを戦場に連れて行かねばなりませんね。非常に不本意だ」
危険な場所に連れていくしかないのかと、悔しい。

「キュアを補助につければいいさ。光魔法も多少は有効だ。あとでキュアにコツを教えよう」
レナンは感心する。

「ロキ様は色々な事について、とてもお詳しいのですね」
その言葉に少しだけ悲し気な目を見せる。

「大事な人を取り戻したくて二十数年、死に物狂いで調べた結果だ。そうして得た知識がアドガルムの為に役立つのは嬉しい」
レナンにはそれが誰の事だかはわからないが、泣きそうに歪むその顔に胸が痛む。

「それはわたくしの力が役に立つということでしょうか?」

「気遣いだけ頂くよ。他人を犠牲にして生き返るなんて、あの人たちは望まない、寧ろ怒られるな。余計な事をするなって」
エリックもロキの言う人達の検討がつく。

想像した人物であればきっとそう言うのであろうな。

その人達の娘もだいぶ自己犠牲の強いものだ、誰かを傷つけてまで生きたいとは思わないだろう。

「レナン、軽々しく使おうとするなよ。生き返った方がつらいという事もある、望まぬ事もある。その対象が俺でも使用してほしくはない、そのような力を求めて側に置いたわけではないのだから」

「そんな、エリック様……」
エリックの言葉に涙を浮かべるレナンをロキが励ます。

「あり得ない未来は想像しなくていい。戦が終われば、そのような力を使わなくていいのだ。なんのために俺様が戻ってきたと思う」
ロキは胸を張り、自信たっぷりだ。

「さぁ、アルフレッド王のもとに行こう。ヴァルファルなんて打ち負かしてやろうではないか!」







しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します

シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。 両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。 その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...