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 フェルナン王の元臣下の中でサシャが一番嫌いそうな相手はアンベールだろう。

 アンベールは頭がいいくせに理屈ではなく情で動く性格だから。

 本当はジュールも気がついていた。フェルナンの臣下の中で、忠誠だけではなく恋情も向けてきていた者の存在を。アンベールもその一人だ。



 だからてっきりサシャは警戒してジュールの側にくっついてきたり、触ってきたりして独占欲を見せるのかと思えば、彼はジュールがアンベールと話している間、むしろ距離をおいて言葉数も少なかった。

 ……そういえば最近は人前で触ってくることが少なくなったような。結婚の誓いをしたから余裕ができたんだろうか。

 そう思って会話の途中様子を窺ってみると、サシャはじっとジュールの方を見つめているようだった。

 何をして欲しいのかわからないんだが。もしかして結婚したことを僕に言わせたいんだろうか。

 ジュールはそう思いながら、アンベールに結婚の話を打ち明けた。どうせ他の元臣下たちには全て話したのだから、アンベールだけに黙っている訳にはいかない。

 ジュールとしても、せっかく結婚したのなら祝福してもらいたかった。自分はともかく、サシャを祝って欲しかった。

 ……サシャはあまり祝福されたことがないような気がするから。

 今まで向けられた恋情を見なかったことにしてきたジュールだったが、サシャだけは結局無視できずに気づいたら懐に入れてしまっていた。

 他の者たちは僕がいなくても大丈夫だと思えるのに、サシャは僕が側にいなかったらヤケになって世界を滅ぼしかねない。

 わかりやすく自分に向けられる強い感情。姿形が変わっていても魂でわかるからと愛を囁いてくる相手を見ていたら、恋愛なんてしないと意地を張っていた自分が幼く思えてきた。だから、サシャの思いを受け入れた。

 なのに、過去を知るアンベールたちに比べたら自分はまだ何も知らないと引け目を感じているとか? それとも遠慮してるとか?

 そんなこと許せない。

 そう思ったから、ジュールは自分からサシャを誘ってみることにした。参考にしたのは、フェルナン時代に言い寄ってきた女性の表情だったが、効果は抜群だったらしい。



 ……いや、効果ありすぎかもしれない。

 性急に衣服を剥ぎ取られて、息ができないほどの深い口づけと同時に肌を弄られる。

 もう身体のどこもサシャに暴かれているのだから、恐怖はない。それどころか快楽を覚えた身体が期待するように熱を帯びてくるのが、ジュールには恥ずかしかった。

 何も知らなかった自分にはもう戻れない。サシャに毎日のように愛を囁かれて、自分は変えられてしまった。

「……あなたから誘ってくれるなんて……嬉しいです」

「うだうだ何か悩んでるからだよ。欲しいんなら欲しいって言えばいいのに」

「欲しいですよ……あなたの魂も、その可愛らしい表情も……私に向けてくれる言葉も……そして……この白い肌も……」

「痛っ……」

 首筋に柔く歯を立てられてもその痛みまで快楽の刺激になる。手のひらが薄い胸を撫でて、胸の突起を探り当てると指先で擦るように刺激する。思わず漏れた声に、サシャが満足げに微笑んだ。

「身体は稚いくせに、もうこんなに感じるようになって……」

「……言っておくけど、中身は本当なら三十歳だから」

「そうですね。では子供扱いはやめましょう」

 指で弄られて疼くような熱を帯びた部分に顔を埋める。

「……やっ……そこばっかり……」

 賢者になるだけあって、サシャは探究心の塊だ。ジュールの身体の感じやすい場所はとっくに知られているし、さらに新たな快楽を覚え込ませようと手を抜かない。

 ……そろそろ下が辛いんだけど……。

 触れられていない足の間に熱が集まる。なのに、そこには触れようとしない。

 自分で触れようとしたら手首を掴まれてしまう。抵抗を封じてからも胸への愛撫しかしてくれない。どうやら意図的に触ってもらえないのだと気づいた。

 欲しい刺激が与えられないことでますますそこが熱くなる。疼くように膨れ上がっているのに、解放されない辛さに、ジュールは切ない声を漏らした。

「……サシャ……こっちも触って……お願い……」

 そう訴えたら脚を大きく開かれて、そこにサシャが顔を寄せた。ギリギリまで昂ぶっていたそこを熱く柔らかいものに包まれて、ジュールは思わず腰を引こうとした。

「何……そんなの……」

 逃れようもなく腰を掴まれていて、敏感になった部分を刺激される。

 未知の快楽に翻弄されて上手く言葉さえ出せない。熱い相手の口腔に包まれて、舌でなぞられる。あっという間に追い上げられて、衝撃とともに頭まで貫くような痺れが突き上げてきた。

 息を整えるのがやっとの状態だったジュールに、サシャが問いかけてきた。

「……気持ち良かったですか?」

 口元を拭っているのを見て、ジュールは羞恥で顔が熱くなった。

 まさか、飲んだ……? 飲んでも大丈夫なのか?

「言ったでしょう? あなたの全てが欲しいって」

「……飲んだりして腹壊したりしないのか?」

 思わず呟くと、サシャは小さく吹き出した。

「大丈夫ですよ。……あなたは本当に綺麗な人ですね。淫らなことを覚えさせても綺麗なままだ」

 どういう意味だ。

 ジュールはそう思ったけれど、口には出さなかった。サシャの言う綺麗は、おそらく外見のことではない。

「明日の予定もありますし、ここでやめましょうか?」

 そう言ってサシャが唐突に身を起こす。

「僕が欲しいんじゃなかったの?」

「けれど、身体の負担が大きすぎます」

 ジュールはサシャの脚の間に目を向ける。血管が浮くくらい張り詰めたそこはとっくに限界だろうに。

「……僕がしてほしいって言っても?」

 多少煽るようにそう告げると、サシャの目に熱が点ったように見えた。

「あなたは……どうして」

 確かに身体を繋げる行為自体は辛いけれど、慣れてきたから翌朝起きられないほどではないと思う。

 サシャは執拗に愛していると告げてきて、側にいたいと言っていた。それなのに、ジュールが全てを受け入れてからは、少し遠慮がちになったように見える。ジュールはそれが気に入らなかった。

「サシャが僕を心配していることも、守ろうとしてくれていることもわかっている。だけど、僕を汚してはいけないと思っているのなら間違いだ。僕がもし汚れることがあるとしても、サシャならかまわない。愛するということはそういう意味だろう?」

 サシャにも秘密があると知っている。何もかもを話し尽くすほどお互いを知っているわけではない。それでもそれを込みで相手を受け入れるために誓約したのだ。

 サシャはジュールを抱き寄せて、苦しげに呟いた。

「……愛しています。私が欲しいのはあなただけです」

 ジュールはサシャの頬に唇を寄せた。そのまま耳元に囁いた。

「欲しいものはここにあるだろう?」

 サシャの喉が鳴った音が聞こえた。そのままジュールを膝の上に向かい合って跨がらせると、傍らに置いていた潤滑用の香油が入った小瓶を手に取った。

 滑った指がサシャ以外に触れさせたことがない場所を押し広げるように蠢く。すでにそこは受け入れることを覚えてしまったせいか、異物感はない。

「……もうこんなに私の指を咥えてきて……」

「……誰が教えたんだよ……」

「そうですね。あなたは私しか知らないのですから」

 そしてサシャの張り詰めたものが押し当てられて、下から突き上げるように貫かれた。

 膝の上に跨がっているから、自分の身体の重みで深く受け入れることになる。

 一気に奥まで暴かれて、切れ切れの悲鳴が漏れた。チカチカと光が頭の中で明滅する。

 腰を掴まれて緩やかに抽挿されると、まるで身体がそこだけで支えられて、宙にういているような気がしてくる。自分を抱き留めてくれている腕と繋がった部分、それしかわからない。

 浅く深く繋がった場所は肌が触れあう音と滑った音が淫靡に響く。

「……ジュール……。すごく熱いです……」

「サシャ……も……気持ちいい?」

「ええ、とても……」

 そのまま抽挿が激しくなる。追い詰められる感覚にジュールはサシャにしがみついた。深く奥底まで突かれてのけぞった瞬間にサシャの腰が大きく揺れた。

「明日立てなかったら背負ってもらうからな……」

「わかりました。どこまででも背負っていきます」

 息を整えながらジュールが言うと、サシャはジュールを腕の中に収めたまま頷いた。

「……だから、もう一回いいですか?」

 確かに欲しいものは言えと……そう言ったのは自分だった。

 素直になったらなったで面倒な男だ、と思いながらジュールはサシャの額にある傷にキスした。

「……ちゃんと言えたな。いい子だ」

 そう言ったらサシャは嬉しそうに微笑んだ。それを見て、きっと一回では済まないんだろうな、とジュールはこっそりと確信した。



 飢え乾いた人のように自分の肌を貪る相手が愛おしい。

 自分に覆い被さって、楔を打ち込むように腰を打ち付けてくる相手の背中に手を回した。

「サシャ……」

 もうお互いの体温が等しくて、溶けてしまうのではないかと思う。

 達した瞬間に肌越しに伝わる魔力が弾けて打ち消し合う感覚と、そして、別の力が自分の中で爆ぜて消える感覚。

 ああ。やはりそうだ。

 ジュールは目を伏せた。

「サシャ……もっと近くに……」

「ジュール?」

「僕は大丈夫だから」

 サシャはまだ、ジュールを汚してしまうと心配しているのだろうか。

 ……愛される事で汚されるなんてあるはずがないのに。それに生きていればずっと無垢で穢れ一つないままでいられる筈はない。

 それとも、それは彼の中にあるジュールの魔力と反発する力の存在のせいだろうか。それに漠然と気づいていても、ジュールはサシャを拒むつもりはなかった。

 すごい人、になりたいのだと言っていた。彼の母がことあるごとに息子に言い聞かせていたらしい。

 それは、人間のままでいてほしい、という意味だったのだろう。



「サシャは……半魔なのか」

 そう問いかけると、傍らにいたサシャが身を起こした。

「ジュール……私は……」

「責めてるつもりはない。話したくないならそれでいい。僕にとってサシャは命の恩人だし、僕の伴侶だ。それは変わらない」

 悪魔や魔族が人と交わることがある。時にはその間に子供が生まれることも。そのほとんどが人とはかけ離れた容姿をしているから、魔族の方に引き取られるらしい。

 サシャが母親とともに人に混じって暮らしていたのは彼の外見が人と変わりなかったからだろう。母親はおそらく彼を人間として育てようとしていたのだ。

「……ジュール。それでいいのですか?」

「何か問題があるのか? 今の僕はただの平民で、誰とつきあおうと文句を言われる筋合いはない。それに、僕を陥れようとした悪魔はサシャの父親じゃないだろう? そのくらいはわかる」

 大公に手を貸していたのは自己顕示欲の強い低級悪魔だった。けれど、サシャの持つ魔力や頭脳からすれば父親はおそらく高位の存在だ。

 そういう存在は人の召喚に応じることは滅多にない。

「だから今まで通りでいい」

「どうして……そこまで……

「簡単な理由だよ。……僕はサシャを愛しているんだ」

 ジュールがそう言い放つと、サシャは翡翠の瞳からぽろぽろと涙を零していた。

 ああ、やっぱり彼は初めて会った時と変わってはいない。

 ジュールはそう思いながら笑みを浮かべた。



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