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番外編 とある伯爵令息の婚活(Sideジョセフ)⑨
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「一緒に飲みませんか?」
パーシヴァルとハルが一緒に部屋に下がった後で、ジャスティンがジョセフの休んでいる客間に現れた。
「ハルが言っていた蒸留酒、持って来たんですよ」
そう言いながら手際よくグラスに酒を注いでくれる。ハルの話にあった酒には興味があったのでジョセフも薦められるまま口にした。
「……うわ、旨い」
「アルテア領で作っているらしいんですけど、将来王都で販売したくて現在閣下に交渉中なんです。まだ生産量が少ないんで難しそうですけど」
そう言いながらジャスティンはジョセフの隣に座る。他の椅子もあるというのにわざわざ長椅子に。
けれど、ジョセフは感傷に浸っていたのでそれを疑問に思わなかった。
「いや、これは売れるよ。僕はアルテアのカナリア砦で働いていたことあるんだけど、あの頃はまだアルテアはボロボロな状態だったからね……。今はこんな酒が造れるようになったんだね。何か嬉しいなあ……」
ジョセフが軍に入ったのは十七年前で、その直後カナリア砦に配属された。アルテアはプロテアに併合されたあと分離独立を求めて戦争し、彼が軍に入る三年前やっと戦争が終結したばかり。
まだ戦争の影響が残る地を見て、ジョセフは愕然とした記憶がある。
「僕は兄より目立ちたかったから、軍で名を上げて認められることしか考えてなかったんだけど、それを見て自分がいかに甘えていたか思い知ったよ」
「僕が生まれた年にアルテア独立戦争が終わったと聞いてます。だからあまり詳しくはないんですけど、あなたはその爪痕を見てきたんですね」
「うわー……それ聞いたら自分がおっさんだなあって実感するよ」
あの後もプロテアは何度も国境を脅かしてきて、カナリア砦周辺も戦地になっていた。同じ頃に周辺国から国境侵犯が続いて、各地の戦場を転々として、やっと全ての戦争が終結したのは五年前。十六歳で軍に入ってから十二年が経っていた。
「おっさんだなんて思いませんよ」
ジャスティンは穏やかに答える。
「ハルが教えてくれたんですけど、将軍閣下の部下にはずっと戦場にいて家に戻れなかったせいで、婚約破棄されたり婚期を逃した人が多いんだそうですね。閣下はそんな部下のことを気にかけていらしたとか」
「あの頃、閣下は部下の縁談を紹介してもらうために推薦状をせっせと書いていたんだよね。国の英雄が直々に推薦したとあって皆良縁に恵まれたらしい」
パーシヴァルは自分のことには無頓着だったが、部下の縁談には心を砕いていた。
国を守るために戦地にいて婚期を逃したのだから、彼らには罪はないのだと。
「あなたは推薦をお願いしなかったんですか?」
「僕は自分で決めるから必要ないって断った。けど、きっと気にしてるとは思う」
だからこそ、ジョセフが見合いに失敗するたびにすぐに気づくのだろう。きっと実の親よりも彼はジョセフの感情を読み取れるくらいには心配してくれている。
「閣下は怖い人と思われることが多いけど、もう滅多にいないくらいの純粋無垢な人なんだよ。あの人には裏なんてないから、君もあの人が褒めてくれたら素直に受け入れて大丈夫だよ?」
だからこそ、ジョセフは年下の上司に素直に仕えていられるのだ。
「……そうですね。僕もさっきはちょっと意地になりすぎていたかもしれません」
「気を悪くはしないとは思うよ。閣下は君のことをハルちゃんの身内として大事に思ってくれてるはずだから」
「……そうなんですよ……悔しいくらいいい人ですよね。ハルが結婚するって聞いた時も年の差くらいしか心配するところがなかったんですから」
ジョセフは微笑んだ。ジャスティンがハルから結婚の事を聞いて驚いている様が目に浮かぶようだ。
「けど、年の差のことも、『その年月とほぼ同じくらい閣下は国を守るために戦っていたんだから、問題どころかむしろ尊敬するところでしょ』って言い返されました」
「さすがだなあ……ハルちゃん」
年の差の分だけ相手を尊敬する。そう言ってくれるハルと巡り会えたパーシヴァルは幸せ者だ。
何だかふわふわと嬉しくなって、酒が回ってきたのかもしれない、と思ったところで、不意にジャスティンがこちらに身を寄せてきたのに気づいた。
「ハルの言葉は正しい。だから僕もあなたのことをおっさんだとは思いません。それだけ長い間国を守っていらしたのですから、尊敬しています」
間近で自分を見つめてくるジャスティンの青い瞳にほのかにこめられた熱に気づいて、ジョセフは思わず目線を逸らした。
「おだてには乗らないよ」
「おだててませんよ。僕はあなたを口説いているつもりです。本当は気づいているんでしょう? あなたは察しのいい人だから」
ジョセフはぐっと息を飲み込んだ。逃げ道を塞いできた。
パーシヴァルとハルが一緒に部屋に下がった後で、ジャスティンがジョセフの休んでいる客間に現れた。
「ハルが言っていた蒸留酒、持って来たんですよ」
そう言いながら手際よくグラスに酒を注いでくれる。ハルの話にあった酒には興味があったのでジョセフも薦められるまま口にした。
「……うわ、旨い」
「アルテア領で作っているらしいんですけど、将来王都で販売したくて現在閣下に交渉中なんです。まだ生産量が少ないんで難しそうですけど」
そう言いながらジャスティンはジョセフの隣に座る。他の椅子もあるというのにわざわざ長椅子に。
けれど、ジョセフは感傷に浸っていたのでそれを疑問に思わなかった。
「いや、これは売れるよ。僕はアルテアのカナリア砦で働いていたことあるんだけど、あの頃はまだアルテアはボロボロな状態だったからね……。今はこんな酒が造れるようになったんだね。何か嬉しいなあ……」
ジョセフが軍に入ったのは十七年前で、その直後カナリア砦に配属された。アルテアはプロテアに併合されたあと分離独立を求めて戦争し、彼が軍に入る三年前やっと戦争が終結したばかり。
まだ戦争の影響が残る地を見て、ジョセフは愕然とした記憶がある。
「僕は兄より目立ちたかったから、軍で名を上げて認められることしか考えてなかったんだけど、それを見て自分がいかに甘えていたか思い知ったよ」
「僕が生まれた年にアルテア独立戦争が終わったと聞いてます。だからあまり詳しくはないんですけど、あなたはその爪痕を見てきたんですね」
「うわー……それ聞いたら自分がおっさんだなあって実感するよ」
あの後もプロテアは何度も国境を脅かしてきて、カナリア砦周辺も戦地になっていた。同じ頃に周辺国から国境侵犯が続いて、各地の戦場を転々として、やっと全ての戦争が終結したのは五年前。十六歳で軍に入ってから十二年が経っていた。
「おっさんだなんて思いませんよ」
ジャスティンは穏やかに答える。
「ハルが教えてくれたんですけど、将軍閣下の部下にはずっと戦場にいて家に戻れなかったせいで、婚約破棄されたり婚期を逃した人が多いんだそうですね。閣下はそんな部下のことを気にかけていらしたとか」
「あの頃、閣下は部下の縁談を紹介してもらうために推薦状をせっせと書いていたんだよね。国の英雄が直々に推薦したとあって皆良縁に恵まれたらしい」
パーシヴァルは自分のことには無頓着だったが、部下の縁談には心を砕いていた。
国を守るために戦地にいて婚期を逃したのだから、彼らには罪はないのだと。
「あなたは推薦をお願いしなかったんですか?」
「僕は自分で決めるから必要ないって断った。けど、きっと気にしてるとは思う」
だからこそ、ジョセフが見合いに失敗するたびにすぐに気づくのだろう。きっと実の親よりも彼はジョセフの感情を読み取れるくらいには心配してくれている。
「閣下は怖い人と思われることが多いけど、もう滅多にいないくらいの純粋無垢な人なんだよ。あの人には裏なんてないから、君もあの人が褒めてくれたら素直に受け入れて大丈夫だよ?」
だからこそ、ジョセフは年下の上司に素直に仕えていられるのだ。
「……そうですね。僕もさっきはちょっと意地になりすぎていたかもしれません」
「気を悪くはしないとは思うよ。閣下は君のことをハルちゃんの身内として大事に思ってくれてるはずだから」
「……そうなんですよ……悔しいくらいいい人ですよね。ハルが結婚するって聞いた時も年の差くらいしか心配するところがなかったんですから」
ジョセフは微笑んだ。ジャスティンがハルから結婚の事を聞いて驚いている様が目に浮かぶようだ。
「けど、年の差のことも、『その年月とほぼ同じくらい閣下は国を守るために戦っていたんだから、問題どころかむしろ尊敬するところでしょ』って言い返されました」
「さすがだなあ……ハルちゃん」
年の差の分だけ相手を尊敬する。そう言ってくれるハルと巡り会えたパーシヴァルは幸せ者だ。
何だかふわふわと嬉しくなって、酒が回ってきたのかもしれない、と思ったところで、不意にジャスティンがこちらに身を寄せてきたのに気づいた。
「ハルの言葉は正しい。だから僕もあなたのことをおっさんだとは思いません。それだけ長い間国を守っていらしたのですから、尊敬しています」
間近で自分を見つめてくるジャスティンの青い瞳にほのかにこめられた熱に気づいて、ジョセフは思わず目線を逸らした。
「おだてには乗らないよ」
「おだててませんよ。僕はあなたを口説いているつもりです。本当は気づいているんでしょう? あなたは察しのいい人だから」
ジョセフはぐっと息を飲み込んだ。逃げ道を塞いできた。
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狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛
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