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6 将軍閣下と突然の初夜※

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 貴族のお屋敷の造りはそれぞれ違うのが当然だけど、大体同じなのが当主の寝室と配偶者の寝室の配置だとか。貴族は二人まで伴侶を持つことが認められているので、当主の寝室の両側に夫人の寝室があり、夫人同士の部屋は直接行き来ができない。
 使う階段も別々になっている。普段の生活では食事をともにすることでもなければ夫人同士が顔を合わせない設計にしてある。

「西側をハロルド様のお部屋に、東側をハリエット様のお部屋にさせていただきました。仕立て屋につきましては、明日の午後こちらに参るとの返事がありました」
 ラークスパー公爵家邸にパーシヴァルと一緒に戻ってきたら、使用人たちがずらりと並んで出迎えてくれて、ハルは思わず身が竦んだ。今まで逆の立場だったのだ。そして極めつけが父ショーンがパーシヴァルに説明している内容だった。
 ……そうか。書類の手続きが終わったから、僕はもう父さんの息子じゃなくて、パーシヴァル様の第一夫人なのか。
 そうしたけじめをきっちりつける父の職業意識は知っていたから、ハルは傷つきこそはしなかったけれど、少し寂しい気持ちになった。
 俯きそうになったとき、ふわりと周囲が温かくなった。パーシヴァルが肩を抱き寄せてくれたのだと気づいて思わず顔を見上げた。
「ショーン。その口調は親子の会話の時はあらためるのだぞ。それにこれからは私にとっても舅殿なのだから、私にも変な遠慮はしなくていい」
「はい。ご配慮に感謝申し上げます」
 ショーンは一礼してから、ハルに目を向けると少し表情を和らげた。ショーンにもハルにも他に家族がいないのだ。
 だからパーシヴァルは家族であることまでやめることはない、と念を押したのだろう。パーシヴァルにも家族はロビンしかいないのだから。
 パーシヴァルは使用人たちに顔を向けて、いつも通りの厳格な口調で告げた。
「皆がいつも以上に屋敷を飾って、祝福してくれているのは聞いている。立場が変わったが屋敷の中だけでもハルに対しては今まで通り親しみを持って接して欲しい。どうかよろしく頼む」
 ハルはそれを聞いて、胸が熱くなった。
 帰りの馬車の中で、レイン商会の二階にほぼ住み込み状態で使っていた商品開発の部屋を本来ならサロンなどに使う部屋へ持ってきてくれる計画や、気晴らしがしたいなら今まで通りあの作業着で屋敷内なら過ごしていいと言われた。
 ハリエットの活動については付きまとってくる貴族たちの動向が落ち着くまで休むようにと説明された。
 元々ハルの抱えていた問題を解決してくれるために求婚してくれたのに、ここまで気にかけてくれるなんて。

 夕食はロビンも同席することになった。気合いをいれたテーブルセッティングにちょっとめまいがしそうになったハルだった。キャンドルの周りにブーケ状に飾った白薔薇といい、華やかなクロスといい……ちょっとした晩餐会のような飾りつけだった。
 ロビンは話を聞いてとても喜んでくれた。お母様と呼びたがっていたけれど、とりあえず今まで通りに呼んでもらうことにした。
「じゃあ、ハリエット様はなんとお呼びしたらいいの?」
 無邪気にそう聞かれて気づいた。ハリエットとロビンには面識がなかった。というより、基本的に今後は社交の場以外はハリエットになることはないだろうとハルは思っていたので、ロビンと会うことは想定してなかった。
「ロビンはハリエットにも会いたいのか」
「はい。だって前からハルにはドレスも似合うって思ってたんです。お父様もそう思いませんか?」
 ……いや、僕がハリエットだって知ってるんだ……ちゃんと話したんだ。
 しかも、その上でドレス姿が見たいとか……。
「確かにドレスを着たところは見たことがないな。ロビン、明日新しいドレスを作るから仕立て屋を呼んでいる。ハリエットと一緒にドレスを選んでくれるか?」
「いいんですか」
「私はドレスのことなどまったくわからないからな。本人に任せるとあの珍妙な作業着のようなものを選びかねないから、頼むぞ」
 ロビンは大きく頷いた。
 いや、いくら僕でもそんなことはしない……と思う。多分。
 ふとロビンはハルとパーシヴァルの顔を見比べる。
「あ、でも、明日はお二人の邪魔をしちゃだめって言われたんですが」
 パーシヴァルは額に手をあてて黙り込んでしまった。
 ロビンの侍女たちにまでそんな根回しがされていて、お屋敷の使用人全体が新床という言葉で結束してしまっている。
 いや、本人絶対そんなつもりなかったよね。僕もなかったし。

「……本当に申し訳ない」
 その夜、パーシヴァルはハルの寝室を訪ねてきて、ハルの服装を見て一番に謝られた。
「いえ、多分これは父が勘違いしただけのことで……」
  使用人総出で身なりを整えさせられて、当然鬘と眼鏡は取り上げられた。上品なナイトドレスを着せられてはいるものの、さすがに貧相な体つきのせいで似合わない。
 一方のパーシヴァルは立派な身体にナイトガウンを纏っている。彼の体格なら何着ても似合いそうで羨ましいとハルは思った。
「ショーンが今夜は寝室を共にするのは当然だと言うから、こっちで寝かせてもらっていいだろうか」
「どうぞ」
 そう言うからには今夜はただ休むだけなんだろうと、ハルはベッドを指し示した。どう考えてもハル一人が寝るには大きすぎる豪奢なベッドはまあ、当主が訪れることを想定したものだろう。
 パーシヴァルはこちらを見て少し頬を赤らめていた。口元を手で覆って言いにくそうに言葉を継いだ。
「使用人たちが頑張って支度してくれたのを無下にしたくはないが……こうしたことは、挙式の準備をしながらゆっくりとすすめようと思っていた。何しろ結婚もいきなりだったから……もっと時間が必要だろう。もちろんハルのことはとても魅力的だと思っている。そうした扇情的な姿を見ると、その……求めたい気持ちは正直ある」
 扇情的、とは? 
 シンプルなナイトドレスだし、極端に身体の線を強調するものでもない。
 流石に花街の顔役のロレッタがくれたナイトドレスはあまりに刺激が強くてパーシヴァルが退くだろうと思ってしまい込んだ。
 ハルは自分の胸元を見おろして、膝丈のドレスの裾から見える細くて白い脚を眺める。
 ……パーシヴァル様が近くにいると、自分が細すぎて貧相に見えるんだけど……。
「これは私の問題だから、誤解しないでくれ。そもそも、私はこういうとき、どういう手順で何をすればいいのかもわかっていない。ただ、肌に触れたいと思うだけで……」
 ハルはそういえばと思い出した。パーシヴァルは求婚するまでハルの素顔を知らなかった。そしてハルの身体も見たことはない。
 ……冗談抜きでこの人、僕の口元しか見えてなかったんじゃ……。それでどこを好ましく思われたんだろう。
 その上、閨での手順などに思い悩んでいるなんて。世の中相手のことなんてお構いなしに欲望ぶつけてくるような輩も多いのに。
 それに、パーシヴァル様が触りたいというのなら、僕は構わないし、全然嫌じゃない。
 手順なんかどうでもいい。
「貧相でがっかりなさるかもしれませんけど、どうか、パーシヴァル様がなさりたいように。それと、僕も初めてなので、手順とか間違えてもわかりませんから。それにそもそも、正解なんてないかもしれませんよ?」
 そう答えると、パーシヴァルはほんの少し安心したように頷いた。
「そうか。では……」
 手を伸ばしてハルを腕の中に引き寄せる。そのままベッドに腰をかけると、ハルを膝の上に横向きに座らせた。
「もし嫌だったり、耐えられないと思ったら言ってほしい」
 そう言ってから顔を近づけてきた。唇が重なる。触れるだけではなく、もっと深くこじ開けるような口づけ。舌が絡んでもつれ合う感触に、ハルは思わずパーシヴァルのガウンの袖を掴んだ。

 幾度も与えられる溶かされそうな口づけに吐息が乱れてのぼせたように頭がぼうっとする。
 唇に頬に、そして首筋や鎖骨の上に口づけしながら、パーシヴァルは剥き出しのハルの大腿を撫で上げた。そのままするりと手をナイトドレスの裾から潜り込ませてきた。大きな手が感触を楽しむように丁寧に腰から背中へと這い上ってくる。
 肌を直接触れられて、くすぐったいような甘い刺激に身体が震えた。ハルはぎゅっと目を閉じて堪えた。触られているだけなのに、声を上げてしまいそうになる。
 愛おしいと思ってくれているのが伝わるような、優しくてそして熱のこもった不器用な愛撫がハルの身体に初めての感覚を与えてくる。
「ハルの肌は滑らかで触り心地がいい」
「……そう……なんですか?」
 単に筋肉が少なくて平らだってことでは……と思ったけれど、パーシヴァルは手触りが気に入ったかのように脇腹から胸元に手を這わせる。
「いつまでも触っていたいくらいだ」
 そう言いながらまた口づけをくれる。
「……ハルの唇も可愛らしい。この愛らしい唇で私の欲情を宥めてくれたのだな」
「パーシヴァル様……」
 勢いだけでしてしまったとは言え、よくあんな大胆な真似をしてしまったとハルは頬が熱くなった。でも、あれはパーシヴァル相手だからだ。
 そこで、ハルの肌をなぞっていたパーシヴァルの手が不意に止まる。
「下着をつけていないのか?」
「……新床には邪魔なものだからって……つけさせてもらえませんでした」
 あくまで、自分の意思ではない。ナイトドレスの下に何も身につけていないなんて期待してるみたいで恥ずかしいと抗議はしたのに。
 恥じらいながらそう答えたら、ハルの腰に硬いものが触れた。
 ……あ。やっぱり。
 ガウンごしでもはっきりとわかるほど反り返ったご子息に、パーシヴァルが気まずい顔をした。
「今日は触れるだけだと言ったのに……このこらえ性のない身体が……」
「パーシヴァル様。僕に対しては我慢しないでいいんです」
 というか、むしろそうなってくれないとハルとしても困る。欲しくもない相手と結婚させてしまったと後悔してしまう。だから、嬉しいと思った。
「我慢というより、その……私でも男同士がどういうことをするのかは知っている。ここで受け入れるのだろう?」
 ハルのお尻に触れていた指がするりと双丘の間に忍び込んできた。窄みをなぞるように触れられて、ハルは身体をびくりと震わせた。
「ハルが辛いことはしたくない。だからあまり私を増長させないでくれ」
 ハルの身体がパーシヴァルの立派なご子息を受け入れるのは難しいと、知っていたのだ。
 ああもう。パーシヴァル様は閨の知識が少なくてもちゃんと相手のことを思い遣って下さる方なんだ。欲情のままに振る舞ったりしない。
 ハリエットに迫ってきた傲慢な貴族たちとは全然違う。
 こんなに素敵な人が「氷壁将軍」とか「呪われた公爵」だとか下らない呼び方されてるなんて信じられない。
 できることなら、自分の知識を総動員して、できれば喜んでもらいたい。パーシヴァル様が我慢しなくてもいいように。閨事が苦痛になってしまわないように。

「……ええと……じゃあ、他の方法でもよければ……試してみます?」
 ハルがそう問いかけるとパーシヴァルが不思議そうな顔をした。
 ……ああもう。やっぱり期待してるんじゃないか。
 ハルはなんとかパーシヴァルの意に添うようにしよう、と決意した。


 
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