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22.魔法使いと心の隙間

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 番人小屋に戻ってから、セシルはアンドレアスにあれこれ質問された。

 シャノン王国にシェパーズ侯爵家がどう関わっているのか、そして、今、どのように魔結晶が生産されているのか。

 実は魔結晶の生産装置がどこにあるのか、表向き明らかにはされていない。

 シェパーズ侯爵家でもその秘密を知る者は一握りで、その技術に関する記録は当主にしか受け継がれない。そう聞いていた。

「次期当主は本来は侯爵の長男ピーターですが、彼の素行があまりに悪いので王家が彼の家督相続を危惧しているとも聞いています。……ただ、ロイ先輩からの情報だとピーターは僕の元婚約者だった王女殿下の夫になるそうなので、彼の家督相続が濃厚になりますね」

 シャノン王国にとって魔結晶生産技術は重要な秘密だ。だからこそ王家はピーターが相続することを渋っていたはずだ。なのにそのピーターに王女殿下を嫁がせるとか、やってることおかしいんじゃないだろうか。

「ほう。その馬鹿息子は利用出来そうだな」

 アンドレアスはわずかに目を細めた。悪巧みをしている様子にセシルは肩を竦める。

「言っておきますけど、彼は呪い云々より前から僕を嫌ってますから。僕には何もできませんよ」

 アポイントを取ってくれと言われても無理だ。向こうが会いたがらないだろう。

「逆だ。元々嫌っているなら向こうから来る。嫌いな相手が落ちぶれているのを高笑いしたいだろうからな」

 あー……たしかに。そういう意味では顔を見る羽目になりそうだ。

「大勢に嫌われてましたから、王都に戻ったらある意味モテモテですね……」

「そうだな。それに犯人というのは現場に戻ってくると相場が決まっている。お前の顔を見に来る奴の中に必ず呪いの犯人がいる」

 うわー、楽しくなさそうなモテ期だな。皆で僕の不幸をこぞって喜んでもらえるなんて、ろくでもない。

 でも、それでも。

 自分がどうして不当に嫌われて追放されなくてはならなかったのか、それを知りたい。

 今はそう思っている。

 この先どこでどう生きていくにしても、ずっとそのことが気になるに決まっている。

 だから、解決しに行かないと。



 アンドレアスが部屋に戻ってから、セシルは今日の出来事を報告書に纏めた。さすがにこれは遺跡の番人としてロイに報告しなくてはならないだろうと思った。

 明日にでも村に行って手紙を発送しておこう。それから……。

 他にやり残したことがないか、と思った途端に周囲の景色が一変した。

「え?」

 気がついたら見覚えのあるアンドレアスの部屋にいた。しかもベッドの上で、衣服もない。またセシル本体だけを移動させたのだろうか。

 戸惑っていたら乱暴にひきよせられて、アンドレアスの腕の中にとりこまれる。

「あの……これは?」

「寒い」

「え?」

「寒いからこうしていろ」

 ……え? だってアンドレアスは全裸でも魔力を纏っているから寒くもなんともないって言ってたのに?

 もしかして熱でもあるんだろうか? 

 そう思ったセシルが身体の向きを変えてアンドレアスの額に触れる。

「……何をしている?」

「いえ、熱でもあるのかと……平熱っぽいですね」

「だが、寒い。一人になった途端、急に」

 アンドレアスがそう言って腕に力を入れてくる。肌が密着して相手の体温も伝わってくる。

 何だか子供が甘えているような……。

 そう思うと彼が何を訴えているのかわかる気がした。

「……寒い、じゃないと思います。きっと」

 セシルはそっと両手をアンドレアスの背中に回した。正面から抱き合うような形で、子供を宥めるように背中を軽く叩く。

 

 アンドレアスは今日、唯一の肉親の最期を知ってしまった。そして、親しくしていたグスタフ王の棺が自分の隠した記録のせいで暴かれたことを知った。

 大事な存在を壊され辱められたと聞いて、普段通りにいられるだろうか。

 彼は牢に閉じこめられていて何もできなかったのに、その間に自分が関わった人たちに起きていた出来事は、彼の心に傷を付けるに十分だったのではないだろうか。

 

 そして、今の彼の心境をセシルは知っていた。

「それは、寂しいというんです」

 一瞬アンドレアスの身体がびくりと反応した。

「子供扱いするな」

「大人だって寂しいことはあります。誰だって……たとえ最凶最悪の魔法使いでも」

 彼はどれほどたくさん失ってきたのだろう。それを傲然と最凶最悪だと名乗ることで乗り越えていたのだろうか。

「お前も寂しいのか?」

「そうですね。僕も王都にいたころはずっと自分の中に隙間風が吹いているような気がしました。今も思い出すとそんな気持ちになります」

 だからセシルはアンドレアスの気持ちが少しだけ理解できた。

「あの時、僕が誰かにこうしてほしかったんです。だから、僕の自己満足です」

 これがアンドレアスにとって正解だとは思わない。でも、セシルをここに引き寄せたのは無意識に孤独を避けようとしたからじゃないだろうか。

 アンドレアスにだって、感情がある。辛いこともいやなこともある。当然だ。

 ……寂しい時だってあるはずだ。

「セシル」

 名を呼ばれて思わずセシルはアンドレアスの顔を見上げた。どこか困惑の色が混じったような、こちらの真意を窺うような紺色の瞳がセシルを捉えている。

「その、お前は誰にでもこういうことをしているのか?」

「いえ。今まで僕は大概の人に嫌われていたので、人に触れることもしていません」

 赤の他人に直に肌を触れられたのだって、アンドレアスが初めてだった。

「……勘違いしても構わないのか?」

 勘違い? そう言われてからセシルは今の状況に気がついた。

 裸で抱き合っているというのはさすがに普通の状況ではない。つまりは誘惑していると思われかねないと……。

 けれど、肌が触れあっていても嫌だとは思わなかった。

 前に治療行為だと言われてキスされたり身体に触られた時も嫌悪感はなかった。魔力の相性がいいせいなんだろうか。王太子殿下に迫られた時はバルコニーから飛び降りてもいいくらい嫌だったのに。

「……ええと……そのつもりはないですが……そう思われそうですね……」

「馬鹿。お前は前に男に襲われかけたんだろう。もう少し警戒しろ。そんな甘っちょろい事をやってると襲うぞ」

 セシルは思わず笑ってしまいそうになった。警戒しろと言ったり襲うと言ったり、彼は優しくて公正だ。



 ……そうか。僕はこのひねくれた魔法使いが好きなんだ。

 人と触れあうことすらなかった自分に歩み寄ってくれたから、話を聞いてくれたから、僕は彼に恋情を抱いてしまったんだ。

 でも、そんなことを言ったら頑なになってしまうだろうし、そもそも僕のような誰からも嫌われている冴えない地味男なんて、アンドレアスの好みではないだろう。

 そもそも、本気で相手の意思を無視して襲う人はそんなことは言わない。

 襲うぞ、という言葉に少しでも自分への情があるのなら、嬉しい。



「僕が魔力酔いで苦しかった時に、治療してくれたでしょう? 僕もあなたの役に立ちたいんです」

 そう言ってセシルはアンドレアスの唇にキスで触れた。

 とたんにアンドレアスがセシルに覆い被さってきた。セシルを下に組み敷くと唇をこじ開けるように口づけて、舌を絡ませてくる。

 魔法の練習で自分の魔力を自覚した今になると、魔力の相性がいい、という意味が何となくわかってきた。

 身体に魔力が満ちている状態で誰かと触れあうと、魔力同士も接触する。

 相性のいい相手だと側にいるだけで、ほんの少し触れただけでも心地いいのだ。

 ……溶けてしまう。境目がわからなくなる。

 セシルは両手を伸ばしてアンドレアスの背中に回す。

 キスだけでこんなになってしまうなんて、思いもしなかった。

 唇が離れると、アンドレアスは真っ直ぐにセシルを見おろしてきた。

「馬鹿が」

「……え?」

「お前の治療をしてから、こうなってしまう。オレはお前が喘ぐ様に欲情していたんだ。そんな男に身体を差し出す馬鹿がいるか」

 そう言ってぐっと押しつけられた部分の熱さに、セシルは驚いた。

 もしかして、腰布を巻くようになった理由って……。そこが興奮してるのを隠すため?

 最凶最悪だとうそぶきながら、セシルの過去を聞いて気を遣ってくれたんだろうか。自分に対する欲情を知ったら、セシルが怯えると思って。

 セシルはふっと口元が緩んだ。

「……ここにいますよ」

 その答えに一瞬だけ辛そうに顔を歪めてから、アンドレアスはセシルにもう一度口づけた。



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