上 下
14 / 27

14 眠り姫の目覚め

しおりを挟む
ハイル帝国、王宮。その地下室。
この場を知っている人間は、極小数だ。

カツリ、と石畳の床に足音が響く。
明かりも少なく、少し湿り気を帯びた場所。暗く、少し鉄臭い臭いがする。
華やかさはないが、シックで落ち着いた調度品で整えられた王宮内とは似ても似つかないこの場所は、滅多に人が訪れることは無い。

ここに来る人間は、極限られる。
門番を務める騎士と、刑を執行する者。

そして──ここに閉じ込められる、罪人だ。

ガチャン。

重苦しい音をたてて、牢屋の鉄格子が開く。
俺を見上げる顔は、ぐったりと憔悴しきっていた。

その男の顔には、よく見覚えがある。
──ヴィオラの嫁入りの馬車を襲撃した、賊の頭だった男だ。

「話を聞かせて貰うぞ」

俺は、時期国王として、ヴィオラの婚約者として。
今、ここにいる。

腰に差した刀の鍔が、チキリと鳴った。



「……で、そいつが吐いた内容がそれ?」
「ああ」

ハイル帝国、王宮の執務室。
俺は己の副官からかけられた言葉に、手にしていた付属品アリの書類をぱさりと机に広げた。
ライは外で部下に稽古を付けてるから、今はいない。

長い指で広げられたそれらを持ち上げるのは、燃えるような赤髪の美男子だ。
名前をルイス・フラガリア。俺の副官を務める男。
匂いたつような色気を纏うこの男が、存外にイタズラ好きと知る人間は限られている。

……こいつを褒め称える女達に、ルイスの本性バラしてやりてぇなぁ。

「『嫁入りの日時を教えたのは、マーガレット家の人間』、ねぇ」

面白くなってきたじゃない。
そう唇を舐めるルイスの言葉に、書類へと視線を落とす。

書類には、賊の証言と、影が持ってきたマーガレット家の情報が連なっていた。

まず、男の証言。
それは先程ルイスも言った通り、ヴィオラがあの日、あの時間に国を越える事を盗賊に漏らしたのは、マーガレット家の人間だという事だ。

マーガレット家の誰か、までは知らないらしい。
マーガレット家の領地にある酒場で飲んでいたら、深くフードを被った男に声をかけられたのだという。
そこで教えられたのが、今回の嫁入りだ。

『公爵家のご令嬢と、隣国の王子がろくな護衛も付けずに森を越える。狙い所じゃあないか?』

確かに盗賊としては美味しい情報だが……信ぴょう性がないと動かないとはねつけたら、バッジを見せられたそうだ。
『自分は由緒あるマーガレット家の人間だ。間違いない』と。

それが、書類の付属品。
──マーガレット家の家紋入の、バッジだ。

リーゼッヒ王国では、家紋入のバッジはとても大きな意味を持つ。
その家の血を継ぐ人間にひとつずつ継承されるそれは、『その家の人間』である証拠になる。
そして、使用人を代表する侍女長と家令は、例外的にそのバッジを付けることを許される。
『その家の者』として認められるバッジ持ちは、使用人にとってとても名誉あることなのだそうだ。

「バッジの紛失も、結構な罪になるんだっけ?あちらさんだと」
「らしいな。……まあ、それが原因で相続問題だ、跡取りだと揉めるのも目に見えてるしな」

その家の血を継ぐものにバッジが継承されるということは、裏を返せば『バッジがあればその家の人間と見なされる』という事だ。
紛失、盗難にあったとなれば、そりゃ大惨事だろうよ。 

そして、そんな重大な意味を持つバッジが何故ここにあるか、と言うと……

「見せられたバッジを隙をついて盗んだの、その盗賊」

最っ高、と腹を抱えて笑うルイスに、思わずため息が出た。
まあ、正直気持ちは分からなくもない。
が、俺がその家の家長だったら、と考えたら……随分と頭の痛い話だ。

「随分とオソマツだこと。……こっちとしちゃあ、渡りに船かねぇ」
「それは確かにな。……で、こっちが、」
「マーガレット家の調査資料、ね。うちの影は優秀だねぇ」

資料をペラリとめくり、ルイスが口笛を吹く。
そこにはマーガレット家に関する様々な情報が連ねられていた。

「『孤児院の経営や、貧民の受け入れなど慈善事業に力を入れており──』ねぇ?」
「読んどいてくれ。俺はひと段落したから、少し外す。……あとは頼むぞ」
「ああ、いつものね。はいよ」

ペラペラと資料を捲りながら、ルイスがこちらを見ることなく手を振る。
……大した意図もないんだろうが、部屋から追い払われてるようで少し癪だな。


***


一度庭に立ち寄ってから訪れたのは、日当たりの良い、景観の良い庭の眺めれる一室。
そこは、『前』と変わらない、ヴィオラの部屋だった。

軽いノックの後に扉を開ければ、侍女長であるアリスが静かに頭を下げて退室する。
アリスはたおやかで美しい女性だが……怒ると、めちゃくちゃ怖い。幼少期に叱られた記憶は今も軽いトラウマになっている。

「……やな事思い出しちまった」

ふるふると頭を振り、ベッドの横の椅子へと、腰を下ろす。

「よお、ヴィオラ。今日はどうだ?」

そこには、未だに眠り続ける──ヴィオラがいた。

アリスが丁寧に世話をしてくれているんだろう。
寝たきり状態が長いはずだが、とても綺麗な姿で眠り続けるヴィオラは、まるでおとぎ話に出てくるお姫さんみたいだ。

ヴィオラがこの王宮へと来てから、俺は毎日、時間が空く度にこの部屋を訪れていた。
主に執務の合間に、だから、長い時間は居てやれないが……。

少しでも、ヴィオラが寂しくないように。
……少しでも、『前』に俺がしてしまった、彼女の1人の時間を、補えるように。

自己満足と分かっていても、俺は通うのを辞めなかった。

「庭で咲いてたから、庭師のおっさんに頼んで1輪もらって来たんだ。ヴィオラは、花は好きか?」

一輪挿しの花瓶に、花を生ける。
秋も深まってきた庭は、紅葉で暖かな色合いに染まっている。

「目が覚めたら、一緒に散歩をしよう」

ゆっくり、ヴィオラの頭を撫でる。
髪が絡まないように、ゆっくり、優しく。

「…………早く、目が覚めるといいな」

そう、自然と微笑んで、彼女の手を握る。
その時──………



「……………、………」



ヴィオラの、目が、静かに開いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい

水空 葵
恋愛
 一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。  それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。  リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。  そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。  でも、次に目を覚ました時。  どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。    二度目の人生。  今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。  一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。  そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか? ※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。  7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m

【完結済】完全無欠の公爵令嬢、全てを捨てて自由に生きます!~……のはずだったのに、なぜだか第二王子が追いかけてくるんですけどっ!!〜

鳴宮野々花@初書籍発売中【二度婚約破棄】
恋愛
「愛しているよ、エルシー…。たとえ正式な夫婦になれなくても、僕の心は君だけのものだ」「ああ、アンドリュー様…」  王宮で行われていた晩餐会の真っ最中、公爵令嬢のメレディアは衝撃的な光景を目にする。婚約者であるアンドリュー王太子と男爵令嬢エルシーがひしと抱き合い、愛を語り合っていたのだ。心がポキリと折れる音がした。長年の過酷な淑女教育に王太子妃教育…。全てが馬鹿げているように思えた。  嘆く心に蓋をして、それでもアンドリューに嫁ぐ覚悟を決めていたメレディア。だがあらぬ嫌疑をかけられ、ある日公衆の面前でアンドリューから婚約解消を言い渡される。  深く傷付き落ち込むメレディア。でもついに、 「もういいわ!せっかくだからこれからは自由に生きてやる!」 と吹っ切り、これまでずっと我慢してきた様々なことを楽しもうとするメレディア。ところがそんなメレディアに、アンドリューの弟である第二王子のトラヴィスが急接近してきて……?! ※作者独自の架空の世界の物語です。相変わらずいろいろな設定が緩いですので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※この作品はカクヨムさんにも投稿しています。

妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。 だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。 しかも新たな婚約者は妹のロゼ。 誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。 だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。 それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。 主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。 婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。 この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。 これに追加して書いていきます。 新しい作品では ①主人公の感情が薄い ②視点変更で読みずらい というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。 見比べて見るのも面白いかも知れません。 ご迷惑をお掛けいたしました

まさか、こんな事になるとは思ってもいなかった

あとさん♪
恋愛
 学園の卒業記念パーティでその断罪は行われた。  王孫殿下自ら婚約者を断罪し、婚約者である公爵令嬢は地下牢へ移されて——  だがその断罪は国王陛下にとって寝耳に水の出来事だった。彼は怒り、孫である王孫を改めて断罪する。関係者を集めた中で。  誰もが思った。『まさか、こんな事になるなんて』と。  この事件をきっかけに歴史は動いた。  無血革命が起こり、国名が変わった。  平和な時代になり、ひとりの女性が70年前の真実に近づく。 ※R15は保険。 ※設定はゆるんゆるん。 ※異世界のなんちゃってだとお心にお留め置き下さいませm(_ _)m ※本編はオマケ込みで全24話 ※番外編『フォーサイス公爵の走馬灯』(全5話) ※『ジョン、という人』(全1話) ※『乙女ゲーム“この恋をアナタと”の真実』(全2話) ※↑蛇足回2021,6,23加筆修正 ※外伝『真か偽か』(全1話) ※小説家になろうにも投稿しております。

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

そんなあなたには愛想が尽きました

ララ
恋愛
愛する人は私を裏切り、別の女性を体を重ねました。 そんなあなたには愛想が尽きました。

半月後に死ぬと告げられたので、今まで苦しんだ分残りの人生は幸せになります!

八代奏多
恋愛
 侯爵令嬢のレティシアは恵まれていなかった。  両親には忌み子と言われ冷遇され、婚約者は浮気相手に夢中。  そしてトドメに、夢の中で「半月後に死ぬ」と余命宣告に等しい天啓を受けてしまう。  そんな状況でも、せめて最後くらいは幸せでいようと、レティシアは努力を辞めなかった。  すると不思議なことに、状況も運命も変わっていく。  そしてある時、冷徹と有名だけど優しい王子様に甘い言葉を囁かれるようになっていた。  それを知った両親が慌てて今までの扱いを謝るも、レティシアは許す気がなくて……。  恵まれない令嬢が運命を変え、幸せになるお話。 ※「小説家になろう」「カクヨム」でも公開しております。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

処理中です...