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第三章『家督相続』

伊達政宗、信長救出は伊達じゃない その拾

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 寝起きを頭を回転させて、俺がやるべきことを行った。目覚めて三十分も経ったら目も開くようになり、眠気も感じなくなった。あくびを噛み殺すと、馬にまたがって前進を始めた。
 テントは二階堂と忠義が丁寧に片付けた。未来人だし、戦国時代に来たばかりだから未来の物にまだ慣れているんだろう。だが、二年か三年もしたら戦国時代の生活に体が慣れてしまうからいずれ未来では当然のことも出来なくなるぞ(実体験から学んだ)。
「前方! 何者かが近づいてきている!」
 忠義の大声で、全員が前を向いた。俺は身構えて、戦いの準備をする。
「忠義! 離れて弓で攻撃だ! 二階堂は接近戦、仁和はサポート! 小十郎は刀を抜け!」
「「了解!」」
 俺は馬から飛び降りて、王水の入ったビンを取り出した。
「汝、強キ者ヨ」
 片言な言語だ。以前のヘルリャフカは片言ではなかったし、苗床を変えたことで片言になるのか? 考えても仕方ない。目の前にいる奴を倒す。
「お前はヘルリャフカか?」
「我ハ上級悪魔ヘルリャフカ。マタ会エタナ、伊達政宗!」
 今度のヘルリャフカの苗床には、見覚えがあった。白髪はくはつで目はキリッとしていて、鋭い眼光。鎧を装着し、体にまとったオーラは禍々まがまがしい。あの姿は......牛丸だった。
「牛丸!」
 俺は騒然とした。牛丸の遺体はヘルリャフカの手に渡っていたのだ。牛丸は、ヘルリャフカの苗床として生きていた。
「伊達政宗、ツイニ勝負ノ時ダ」
 俺にはヘルリャフカを倒すことが出来なかった。ここはどうするのが最善か......。どうすればいいんだ。
「撤退、撤退だっ!」
 即座に撤退を決断し、ヘルリャフカに背中を見せた。その瞬間、小十郎の胸を槍がつらぬいた。血を吹き出し、うつ伏せで倒れ込む。静寂の二秒間に、小十郎の胸から流血が酷くなる。
「小十郎! 小十郎!」
「な、名坂......」
「神辺! 死ぬな! 死ぬな!」
 小十郎はそこで、息絶えた。
 俺は牛丸を倒すことも、小十郎を助けることも出来ず、小十郎の抜け殻を馬に乗せて逃げ帰った。もちろん、ヘルリャフカと距離をとってから、すぐに転移をしただけだ。
 米沢城に着くと、小十郎の遺体を安置した。小十郎は助けることが出来なかった。どちらも選ぶことが出来ずに、どちらも失う。だけど、涙は流れない。戦国時代で暮らしている内に心までも戦国時代に染まったんだ。残酷で冷徹な、戦国時代に染まったことを......自覚した。

 若様が転移によって米沢城に帰還した、という知らせを受けた。私は急いで、若様のところへと向かった。
「若様!」
「ああ、俺は大丈夫なんだが」
 少し顔色の優れない若様の視線の先には、小十郎殿がいた。仰向けに寝かされていて、息をしているようには思えない。
「若様......まさかっ!」
「神辺は死んだ」
 若様の右腕である小十郎殿が逝去せいきょなされた。私にはそれが理解出来ませんでした。まさか、若様がヘルリャフカなどに負けるはずもなく、それでも小十郎殿が亡くなっていることも事実。現状がうまく把握はあく出来ないのですが──。
「若様......な、何が道中であったのですか!?」
「ヘルリャフカの苗床が、牛丸だったんだ。もう、意味がわからねぇ」
「牛丸殿がヘルリャフカの苗床となっていたのですか!」
「そうだ。俺は牛丸を倒す勇気がなかった。だから、撤退の命令を出した。それでヘルリャフカに背を見せた瞬間に、神辺は槍で貫かれたんだ」
「胸中、お察しします......」
 これでは、若様はヘルリャフカを倒すことは無理だということでしょう。牛丸殿がヘルリャフカの苗床となっているのなら、若様は攻撃することは不可能。つまり、ヘルリャフカを攻略することはおよそ九割の確率で失敗します。
「私と成実殿で、ヘルリャフカ討伐の遠征に行きます。若様は、心の傷をやしてください」
「なあ、景頼」
「何ですか?」
「俺さ、わからないんだ」
「何がわからないのですか?」
「それがわからない。牛丸が死んだ時も、神辺が死んだ時も涙は一滴も流れ落ちない。悲しいはずなのに、涙は流れない。戦で同朋の者が倒れていっても、見向きもしなかった。俺は......最低だ」
「若様、この戦国の世では仕方が無いことです」
「仕方が無いって何だ? 何が正しくて何が正しくないんだ? 何が間違っている? 俺は悲しくはならなかったんだ! 大切な仲間が死んでも!」
「わ、若様」
「一人に......してくれ」
 私は若様の元から姿を消して、成実殿に会いに行った。
「成実殿!」
「屋代殿。どうしたのですか? そんなに急いで」
「小十郎殿がヘルリャフカを倒すための遠征中に絶えて、若様が憔悴しょうすいしているのです」
「ま、誠か!? 小十郎殿が亡くなっただと?」
「さようです」
「なぜ、若様は憔悴を?」
「若様は、自分の無力さと感情の無さを呪っているのです。小十郎殿が亡くなっても、悲しくならないという現実を受け入れたくない様子」
「若様......」
 成実殿は真剣に悩んでいるのでしょう。腕を組んで、口を堅く結んでいます。
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