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虚空塔編 最終章
台風一過
しおりを挟む街は、ある一部を除いて、すっかり修復されていた。
「寮の修理までしてくれるとは、頭が上がらないな、しかし、一体誰だったんだろうな、あの爺さん」
「さあ?でもこれで街も元どおりです、私達の仕事が減って助かりましたよ」
「姫さんは機竜の損害でかなり財布が痛んだらしいが、まあ、あの人の事だからどうにかするだろ」
「何も知らない市民からすれば、結局街を壊しただけ。相変わらずの無能姫ぶりだ」
「ああ、全くだな、ははは」
「ええ、本当に」
教師達が、アドルノ寮を見上げて談笑しているのが見えた。
虚空塔の事件が終息して早一週間、街の機能は殆ど回復し、建物は修復が完了していた。
マヌ爺が正体を隠し、修理を手伝って回ったらしく、あっという間に終わったらしい。
けど、万事解決というわけでもなかった。
虚空塔は、寮の屋上から3階ほどぶち抜いて刺さったままだし。
アカーシャを止めるために復活させた魔族達は、今のところ虚空塔の中の街に住んでもらってるけど、人族の事をどう思ってるか微妙なところ。
復讐とか考えてる奴がいたら大変な事になるかもしれない。
部屋を失ったアドルノ寮生達は、当たり前のように虚空塔に侵入して、自分の部屋を作ったりしている。正直どうかしてると思う……未だに最上階で暮らしてる私がそんな事言うのも、変な話だけど。
「どうかしましたか?お姉様」
私の後ろから顔を出す紫髪の娘。
「なんでもないよ、……アカーシャ」
お姉様……寒気がする。この子は何故か私の妹という事になっていた。
誰に聞いてもそう答える……マヌ爺すら……恐らく洗脳だと思うけど、一体どうやったんだろう。
いや、魔族達が復活してるからこの程度は余裕なのかも……?もしかしなくても、私、とんでもない事をしたんじゃ……?
曰く、「ご恩に報いる為、今後お側に使えます」だそうだけど、そんな言葉信じられるかい。
私を洗脳した上、廃人にしようとした相手が、ずっと監視とか怖すぎる。
《もう何かする事はあるまい、こやつにとって貴様は救世主に他ならんのだからな、頂上に部屋を用意したのも、ただの好意だろう》
イヴが思考に割り込んできた。
……だといいんだけどね。
今の所、他の魔族の存在はバレてない筈だし、事件中に辿り着いてる筈の生徒達も、何故か報告していない。
迂闊に奥まで入らなければ、ただの変な塔だから、多分問題も無いと思いたいけど……
◇◇◇◇◇◇◇◇
「これが虚空塔ってのかぁ、随分と大きいんだなぁ」
辺りを見ると、寮の入り口付近には生徒以外にも、街の住人が見物に来ていた。
「土産はいかがですかー、虚空塔饅頭に虚空塔煎餅、あと災害用魔力晶もありますよー」
売店で精を出すモモが見えた。
「機竜エルマイスの模型……あるよ……!動くし、飛ぶし、すごい機能もある……!」
「……わー、すごいなー、どんな機能ですかー」
その向かいでは、先輩のレニーと棒読みの青年が、何かかっこ良さげな模型を売っていた。
あれが噂の機竜らしい。私が見たときには既に無残な姿だったから、こう見ると欲しくなるような、ならないような。
「お爺様が言っていました……魔導具なら自爆は当然……!威力も十分!しかも小出力魔導砲もついてくる!」
「えぇ……」
「というわけで……爆発寸前のモノを……ご用意しました……!」
赤熱した模型を取り出すレニー。
「やめてください!爆破は申請されてませんよ!没収です!」
モモが注意すると、黒服の男達が模型を奪取して走り去っていった。遠くで何か大きな音が鳴った。空を飛ぶ黒服。
「ぉお……威力十分……」
模型を見ていた客は皆、逃げていった。
後でちょっと寄ってみよう……店が吹き飛んでなければ……。
なんというか、あれだけの騒ぎになっていながら、呑気に見物に来たり、見物客目当てに、出店が出ているのを見ると逞しいものを感じる。
「お父様が帰ってきたから、お小遣いは無限よ!饅頭は全て寄越しなさい!」
「レモナ様……流石に買い占めは良くないかと」
「ネーデルは小心者ね!仕方ないわ!じゃあ半分で!」
「……全く、何故僕がレモナ様の荷物持ちを……」
山程の袋を土塊兵に持たせるネーデルは、疲れ切った顔をしていた。
「く!僕も負けていられん!ハルシィ!マルスィ!こちらは残りの半分を買い占めるぞ!」
「流石サドル様ですぅ!」
「流石ですわぁ!」
「……ふっ!ぼ、僕は食べ歩きにおいても頂点を極める男だからな!」
「まいどありがとうございますー」
話によると、モモが全ての出店を仕切ってるらしい……何故か。まあ平和ならなんでもいいや。というか、彼らはアレを全部食べるつもりなのかな……。
……事件中起き上がってた人達はあまりいないらしく、殆どの人は虚空塔の事をただ浮かんでた何か、としか思っていないらしい。
お陰で、機竜だかなんだかと、イヴァルアスの目撃証言が混ざって妙な噂は飛び交い、結局塔を止めたのは"正体不明の偉丈夫"という事になった。つまりマヌ爺だ。
まあ、私の方に目を向けられると危ないからそれでいいけど、釈然とはしない。
何故なら。
「あれがフーカ・フェリドゥーン……」
「魔人と戦ったという、アドルノ寮の黒竜でありますか……」
「魔力光は闇の紫か……やはり恐ろしい」
「街中をうろついてる黒いネバネバした魔物も彼女の使い魔だとか」
見物客や生徒から、そんな声が聞こえる。
何処から広まったのか、私が黒竜を召喚して街を破壊したとか、不気味な魔物を町中に放ったとかいう噂が広まっていた。
街の損害は大体機竜の所為だし、ネバネバ達はアカーシャの使い魔の筈……まあ殆どの人は真実を知らないし仕方ない……仕方ないか……?
とは言え、なんで私がいる場所で言うのさ。
「私なら何秒見ても平気でありますな!」
「やめておけ、直視すれば死ぬぞ」
死なんわ、私のこと神話生物かなんかだと思ってんのか。
「──随分言ってくれるじゃないか」
どこからか私の隣に現れたミケが殺気立つ。
……いたんだ、気がつかなかった。
彼は、突然出現するストーカーと化した。拗れそうだから何もしないし、言わない。怖い。一体何をした、鎧の私よ。
「いいよ──こうすれば簡単に逃げるからっ」
「え?」
目にほんの少しだけ魔力を込める。彼らのいう通りに死んだりしないけど、要望通り驚かして──
「ひぎぃっ!」
……間違えたかな?ちょっと脅かしたかっただけなんだけど……もしかしてやばい?
「お、おい!どうした!無事か!?アローニア!」
「回復魔術が効きません!大変ですフュリアス様!」
人だかりの中で騒ぎが起こった。やっぱりやり過ぎたらしい。
「逃げよ……」
「いないと思えば、ここにいたんですね、フーカさん?いえ、魔人クドゥリューとお呼びした方がよろしいでしょうか?」
声に振り向くと、咎めるような眼をした聖女ちゃんが後ろに立っていた。
「これはその……ねぇ、ミケ、アカーシャ?」
アカーシャは無言で私の背後へ隠れ、ミケはどこかへ消えた。都合のいい奴らよ……!こういう時に庇ってよ……!
「公にはなってませんが、教皇領と学園からは保護観察処分ってことになってるんですよ?今回の"事件での死者"が出てないだけで……被害者が居ないとは言えませんし」
「わ、私、何か悪いことしました……?」
「魔族は解放され、国内に得体の知れない魔獣が跋扈している。……貴女のお爺様の保証が無ければ、そこのアカーシャと一緒に封印するか、実家で謹慎してもらう他なかったでしょう」
実家……?帰れるの……ならそっちの方が……
「逆に考えるんだ、謹慎になった方が良いんじゃないのかな?ほら、そんなに危険なら私は引きこもって、毎日食っちゃ寝して暮らした方が安全だしさ!ほら!早く謹慎にしてよ!」
「フーカさん……謹慎といっても、結局封印される事には変わりませんよ?」
呆れ顔の聖女ちゃん。
《封印は辛いぞ小娘、狭いし暗い。そして何より暇だし、やる事はない。いくら恨んでも何にもならんし、しかも死なん。今思えば、我輩、何百年も良く我慢したものだ。とにかく封印だけはつまらん。あれほどつまらんものはない、もしも次に封印されそうになったら、我輩は迷わず死を選ぶぞ》
流石の経験者は言うことが違った。
「よし!逃げよう!開け、闇の門!……あれ?」
何も起こらない。
《魔法の使い過ぎだ。暫くは何も使えん》
「じゃ、行きましょー。まだ街の瓦礫掃除は残ってますし、必要な貯蔵晶も山程あります、魔法や魔術が使えなくても、魔力があるなら奉仕活動はできますよぉ~!」
聖女ちゃんに引き摺られる。
「ぬぉぉぉぉ!!いやだぁぁ!!せっかく出店がやってる時間に抜け出したのにぃぃ!!私に食べ物と酒精を飲ませろぉぉぉぉぉ!!」
《生きてさえいれば次がある、耐えるのだ我が後継者よ……!》
◇◇◇◇◇◇◇◇
こうして、後に虚空塔事変と呼ばれる事件は終わった。山積みになった問題はそのままに、何事も無かったように授業は再開する。
そう、エルマイス魔術学園の全生徒が技量を競う、全寮対抗戦が目前に迫っていた。
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