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虚空塔編 最終章

燃え尽きる鎧

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 赤い閃光となった鎧は、魔人の放つ魔術、魔法を相殺していた。

「『お前はそこでじっとしていろ!』」

『断る!』

 相手を拘束する魔法を放とうが、即座に解除し。

『赤光よ!集いて空を穿て!』

 鎧が放つ真っ赤な光線は空を焼こうが。

「『絶無よ!吸い込め!』」

 掌に渦巻く黒影が光線を吸い込み、消し去る。

『落ちろォォォォ!』

「『私は落ちぬ!』」

 言の葉が全て魔法となる彼女達、その戦いは拮抗し、如何なる魔術、魔法を持ってしても決着が着くことはない。

 故に、彼女達の雌雄を決するのは。

「『"言葉"じゃだめなら!』」

『ブン殴って!わからせる!』

 純粋な拳のみ。


◇◆◇◇◇◇◆◇


 記憶の抜け落ちた頭で、私は待ち続けていた、私達を救出する勇者を。事件を収束させる英雄を。

 分割した私の記憶が、彼らを連れてきてくれる事を信じて。





 けれども、やはりというか私達の目論見は見事に的外れ。

 放った私の分身は変質し、魔物や生徒たちに、次々と討伐され、吸収されていった。

 私の因子は、その相手に乗り換えて寄生し続け、相手を魔族化させていった。

 それらが、蠱毒のように食い合って、その結果、一番私に近づいたのは、放った覚えのない鎧の私だった。





 イヴの推理だと、奴はアカーシャが放ったものらしい。魔法や魔術を使わせて、余計な記憶を消した私を作り、私が統合しても記憶が戻らないように。

 あんな無邪気なように見えて、結局私すら信用していなかったのだ。

 まあ、お互い様だとは思うけども。

 人族への復讐、彼女の話は十分理解できている、私の口八丁が信じられていないなら、もう出来ることは一つしかなかった。

 正面から復讐を終わらせる。

 馬鹿な考えかもしれないけど、もうこの事件の収集をつけるには、そうするしかない……しかなかったのに。


◆◆


 予定は変わってしまった、思い通りにいかないことばかりだ。

 回収の為、放ったニコラスが消され、私の記憶は自我を繋ぎ止めるのがやっとの段階まで減ってしまった。

 もはや、猶予はなかった、アカーシャが隠している何かが始まる前に、記憶と魔力を回収しなければ。



 猶予がない、私が私ですらなくなる、時間が、答えが、魔法が、術が、書き換えられる、早くしなければ、アカーシャを止める術が、私の失敗が取り返しつかなくなってしまう。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「『私の記憶をォォォォ!』」

『私のだァァァ!!』

 空で交わされるのは拳、言葉はもはや咆哮。

「『偽物のクセにィィ!』」

『私は、お前じゃない!』

 交差する赤い輝きと暗黒、激しい衝撃が空気を揺らす。

 ぶつかり合う二人の姿は、ほとんど目で追う事叶わず、空に残る軌跡と曳光が、彼女達の残像が何が起きているのか伝える。

「『さっさと燃え尽きろォォ!!』」

『くれてやるかよ!!』

 混ざり合う赤黒い光の中、瞬く一瞬で遥か先まで移動し、互いを吹き飛ばしては、街の建造物を薙ぎ倒す。

『虚空塔よォォ!』

 デュラハンは、街の建造物を変形させ巨大な石の腕を振りあげる。

「『そんな見掛け倒し!』」

 フーカが手を振るうと、空間に走ったヒビ割れをぶち破って、長方形の高層建築が降り注ぐ。

『ただのコンクリートが虚空塔の一部に勝てるものかァァァ!』

「『質量が違うんだよォォォ!』」

 膨大すぎる質量の動きは、先程と打って変わってまるで低速で再生しているようにゆっくりと動く。

 ぶつかり合うそれが、轟音を立てて崩れ落ちるよりも早く、赤光が突き抜ける。

『お前の拳より軽いものなんてェェェ!』

「『重けりゃいいって訳じゃねェンだよォォ!!』」

 再び交差する、互いの拳。

 それが相手に届く前に、異変は起きる。

『腕がッ……!』

「『ク……ッ制御が!』」

 鎧の右腕は砕け散り。

 フーカの左腕は黒い魔力に飲まれ、消滅する。

『赤光よォォォ!!』

 喪失した右腕、既に無くしていた左腕には代わりに赤い光と粒子が腕と拳を作り出す。

「『絶無よォォォォ!』」

 同じようにフーカは魔法で腕を生成した。

『もっと、もっとだ!もっと輝けぇぇ!!』

「『負けるわけにはいかないんだァァァ!』」

 赤光の煌めきと暗黒の魔力はさらに激しさを増し、殴り合いは続く。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「あの赤いのは……誰なんだ……?フーカ君と互角に戦うなど……」

 ネーデルは目の前の光景が信じられなかった。フーカが凄まじい魔術を使うのはまだしも、それと互角に戦う存在をこの学園で知らないなど、あり得ないからだ。

「……デュラハンさんです」

 ミケはフーカとは呼ばなかった。魔力光が赤に変質したのを見て、もはや彼女は同一人物ではないのが明白だった、何より、本人が違うと言っているからだ。

「あんな使い方をすれば、魔力はあっという間に尽きてしまうぞ……?命だって……」

「そう……ですね…….」

 ミケには、どうなってしまうのか既にわかっていた。

 魔力視をしなくても見える程の魔力。記憶を消費しなければ、今のデュラハンには引き出せる量ではない。そしてその後は。

「私なら……よゆーね……」

「レモナ様やフーカさんみたいに、無尽蔵に魔力があるならそうでしょうね…….でも」

 レモナを嗜めるモモ。

「ありゃー手遅れだねー……」

 アリシアはそう告げる、身動きの取れない自分達には、もはや為すすべはないと理解していた、例え、消えゆく者がいたとしても。

「デュラハンさん……フーカちゃん」

 ミケは無力を噛み締めていた。救出しようとしていた相手は魔人で、共に歩いていた相手でもあった。

 自分を見つけてくれたのは、結局一人だったのだ。

 そのたった一人も、助ける事も出来ないまま、見ている事しか出来ない。


《力が欲しいミケ?》

 その声はミケにだけ、聞こえた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 ミケの時間は止まった。

《望むのなら、手を貸してやってもいいミケ。自分自身と戦っても決着がつかない事なんて知ってるミケ?》

「僕は……僕の力なんかじゃ」

《眷属の吸収量だけなら、ミケが一番多いミケ。今や、フーカやデュラハンよりも、ほんの少しだけ》

 逆さまに立つ鏡像は、宙を滑るように歩く。

《ミケはフーカの魔力から、産まれたミケ。ニコラスも、デュラハンも、ミケも同じミケ》

「僕にもまだ出来る事が……?」

《フーカは自我が消えかけ、デュラハンは自らを燃やしてるミケ。じきに、二人とも消えるミケ》

「そんな!」

《呼べミケの名を。その身に煮えたぎる眷属達、お前の食った"絶無の力"を》

「……何が望みだ?」

《お代は結構、もう"本当"を貰ってるミケ》

 ミケの肩に手を掛ける鏡像、その背後には、ミケの屠った眷属の群れが並んでいた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「『ほんの少しの間、僕に力を貸してくれ』」

 魔力が満ちる、翡翠の粒子が舞う。

「ミケ君……?」

「フーカちゃんを、デュラハンさんを助けてきます」

 想像する、瞬間を跳躍して到達する事を。

 それは即座に魔法となり、僕はたどり着く。

「『膝をつけ偽モノォォォ!』」

『黙れェェェ!』

 宙で殴り合いを続ける二人の間へ、割り込む。

「『やめてぇぇ!!』」

 伝える言の葉は呪い、祝い、表裏一体の呪いまじない

「『な……っ!』」

『み、ミケ……!?』

 しかし、彼女達を止められたのは、ほんの一瞬。

「『"我輩"に魔法で対抗できるわきゃ、ないだろうがァァァ!』」

 強引に魔法を破った彼女の暗黒が、迫る。

『ミケに手を出すなァァァ!!』

 僕の目の前に転移したデュラハンさんの光が瞬間的に増して、赤から白へ変わる。

「デュラハンさんッ!」

「『砕け散れ贋作ゥゥゥ!!』」

『ああぁぁァァ!!』

 黒い魔力がデュラハンを打ち、白光は爆ぜた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 全てがゆっくりと感じられた。

 デュラハンさんから魔力が消えて行くのが見えた。

『ミ……ケ……ごめん……』

「そ、そん……な」

『嘘……ついてて………』

 兜に宿る、瞳のような輝きが消え。

「あ、ぁ、あ」

 "鎧"は、砕け散って砂と散った。

 鎧から光を吸い取った彼女の目には。

「『こ、こんな、なんで……記憶……私は……誰も犠牲なく……私は」

 朧に灯る赤い光が、涙のように流れて消えた。

「私は……」

 彼女が纏っていた黒い燐光も、解けるように消え、気を失って頭から落下していった。

「フーカちゃん!」

 転移して受け止めた彼女はひどく憔悴していた。

「はやく、アカーシャを、止めなきゃ……」

 うわ言のようにつぶやくその言葉の真意は。

「魔人様、時間稼ぎありがとうございました、これで、最終段階に移れます」

 突如として現れた紫髪の少女によって明かされた。

「さあ、今こそ人族の街を滅ぼし、この塔を墓標として大地に建てましょう!」

 空が割れ、そこにあったのは、僕らのよく知った街、エルマイス魔導王国の景色。

「この塔は地穿つ槍、さらに、この皇都アルヴァントで、上から押しつぶして差し上げましょう!」

 少女は歪んだ笑みを浮かべた。
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