上 下
3 / 88
いんとろだくしょん

第2話 三頭六眼の黒竜

しおりを挟む
 広く薄暗い洞窟の中、赤く光る文様が刻まれた祭壇。そこで私を迎えたのは嘲笑うような声だった。

《クハハッ!記憶を全て失ったか!愉快愉快!》

 驚いて見上げると、巨大な三つ首の黒竜が私たちを見下ろしていた。
祭壇の天井を覆い隠す翼を広げ、そして燃えるような6つ眼が私達を映している。

「お前の仕業じゃろうが、今更何を笑う?」

お爺さんは呆れたように言う。

  信じがたい光景だけど、人とドラゴン的な何かが、ごく普通に会話している。

私の常識が通じない世界に来てしまった事はもはや疑いようもなさそうだ。

《そこの小娘が自分でやった事だからだ、久々に面白いものを見せてもらった》

「この……えーと大きいのは何?」

「こやつはーー」

《我輩はイヴァルアスである!依り代である貴様のお陰でようやく解放されたのだ!》

「あ、封印がどうとか言ってたやつ?」

《そうだ。現に今、こうして結界から自由にーー》

「やはり解けておったか……ん?」

 赤く光る魔法陣的な何かから抜け出す黒竜。
激しい稲妻のような光を発し、舞い降りるその姿。

《クハハッ!忌まわしき封印ももはやこれまで!時代は再び我が物となる!》

そう言って翼を広げた姿は私よりも小さなモノになっていた。

「……時代がなんじゃって?」

お爺さんはすっとぼけた顔で聞き返した。

《な、なんだコレは!どうなっている!》

バタバタと慌てる黒竜。
先程まで見えた威厳のようなものは微塵も感じない。

「フーカが勝手に封印の術式を書き換えたらしいからの。詳しくは知らん」

《おい!小娘!何をした!》

「分かるわけないじゃん」

《何を!小娘の分際でっ!!むっ!?何故だ!何故詠唱が出来ぬっ!!》

「懲らしめてやるつもりで来たが、その気も失せたわ。どうやら呪いまでかけられておるようじゃしな」

《なんだこれは!『解析ッ!』》

 空間に文字が映し出されていく。
日本語と漢字に見えるのは気のせいだろうか。

《【フーカ・フェリドゥーンの生活を保護しなければ消滅】……は?》

気のせいじゃない。明らかに日本語で書いてある。
この世界……この国の言葉は同じなんだろうか。

「お得意の魔法でどうにかしてみるんじゃな、悪竜王様よ」

《言われなくとも!『我が名において約定を焼き払う!』ーー何故だ、何故効果が無い?そうだ!小娘!望みはなんだ!なんでも叶えてやろう!この呪いを取り消すのだ!》

「なにそれ。呪いって?」

「さっき聞いたじゃろ。記憶は無くなってしまったんじゃ。まあ諦めろ。実質術者が死んだようなものじゃしな」

《くっ!これならまだ封印されていた方がまだマシではないかっ!なにが嬉しくてこんな小娘を》

「ねえ、なんか続き書いてあるけど」

《続きだと?【魔力は全てフーカ・フェリドゥーンに移譲し、一定以上離れても時間経過で徐々に消滅する】……なんだそれはまるで使い魔ではないかっ!》

「気の毒じゃが、その姿ではもう悪竜王とは名乗れまい、使い魔がお似合いじゃ」

「使い魔って変な語尾で可愛いい感じじゃないんだ」

「そんな使い魔聞いたこともないが……まあ、ここで腐らせておくよりは良いじゃろ、貰っておけ」

「使い魔って何に使うの?」

「簡単なところだと、雑用じゃな、炊事洗濯掃除何でもござれじゃ」

「こうなる前にそれが欲しかったよ」

 家に帰ったら自動的に飯が出てきて、掃除洗濯が勝手に終わるとか最高じゃないか……
これで見た目が癒される感じならもっと良かった。

《わ、我輩に何をさせるつもりだっ!》

震え上がる黒竜に近づく。

「よろしくね、状況が分からないもの同士、仲良くやろう」

《く、仕方あるまい……我輩に敬意を払うのであれば聞いてやらん事もないぞ。粗雑に扱えばいずれか牙を剥いてやろう!》


◇◇◇◇◇◇◇◇


「おーい、イヴ!もう一個リンゴ酒持ってきてよ酒が足らないぞぉ」

 床に寝転がりながら、使い魔を呼ぶ。
私が目覚めて一月ほど経っていた。
焦土と化した山に、お爺さんが魔術と筋力にものをいわせて、こしらえた家で二人と一匹は暮らしている。

《くっ!最初の頃の純真な少女は何処へっ!》

文句を言いながらも注文の品を抱えてくる黒竜。

「人って言うのは変わる。そんな事、毛も生え揃ってない頃から教わるんだよ。例えば、一年間同じ教室で過ごした筈が、それが終わった途端おさらばって具合にさ」

《相変わらず何を言っているか分からん!それに変な名前で呼ぶな!》

「イヴァルアスなんてあんたにゃ勿体無い名前だよ。あんたはイヴで十分サ、そっちの方が女の子になりそうな感じするし」

《我輩はこれから先も誇り高き黒竜だ!変わりはしない!》

「どうせ折に触れて美少女になったりするんでしょ?ありがちだし」

「のう、フーカ。なにをしておるんじゃ?」

「何ってそりゃあ……あ」

 見上げると鬼の形相をしたマヌ爺さんがいた。
何か反論する隙もなく、持ち上げられる。
足元の酒杯は遠ざかる。

「記憶を失ってからというもの、目的も展望もなしに食っちゃ寝をしおって、それにそれは……まさか酒精か?」

「あー、大丈夫だって、なんとかするって。今はまだ本気出してないだけだから、明日からだすから、ほら魔力たくさんだし、ちょちょいと本気出せばー」

マヌ爺さんに掲げられたまま、バタバタともがいても無意味に終わる。

「魔力があればなんじゃ?」

《それでまた山を吹き飛ばすか?》

「……う、や、その」

あれから魔術を使うのは避けている。
もっと言えば、家の外に出てすらいない。
次は家が吹き飛ぶだけで済まないかもしれないし。

「まだ気にしておったのか」

「私は……その……」

《我輩の魔力を引き継いだのだ、いやが応にもかつての我輩と同じ厄災へとなっていくだろうよ!クハハッ!》

「やかましい!」

《ぐぉっ》

イヴを片手ではたき落としたマヌ爺。

「どうやら呪いにも抜け道があったようじゃな。いや、フーカよ何も恐れる事はない。お主の魔力なぞわしに比べれば大したものではないからな!」

「そ…そうなの?」

「ああ、そうだ。出なければわしは何故ここにいる?あそこで消し炭になっておるはずじゃ」

「本当に……?」

「そうだ。証明してやろう。来い」

そうしてマヌ爺さんは私を抱えて連れ出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【異世界ショップ】無双 ~廃絶直前の貴族からの成り上がり~

クロン
ファンタジー
転生したら貴族の長男だった。 ラッキーと思いきや、未開地の領地で貧乏生活。 下手すれば飢死するレベル……毎日食べることすら危ういほどだ。 幸いにも転生特典で地球の物を手に入れる力を得ているので、何とかするしかない! 「大変です! 魔物が大暴れしています! 兵士では歯が立ちません!」 「兵士の武器の質を向上させる!」 「まだ勝てません!」 「ならば兵士に薬物投与するしか」 「いけません! 他の案を!」 くっ、貴族には制約が多すぎる! 貴族の制約に縛られ悪戦苦闘しつつ、領地を開発していくのだ! 「薬物投与は貴族関係なく、人道的にどうかと思います」 「勝てば正義。死ななきゃ安い」 これは地球の物を駆使して、領内を発展させる物語である。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

処理中です...