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第二幕
14.秘密の求愛者-8(※三人称視点)
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「ま、まだ……あわてる時間じゃないわ、おちつくのよ、落ち着いてこの剣で……そして……」
王宮から抜け出したアイリスはアルサメナへ伝えに行くこともせず、物陰で一人、錯乱していた。
動転した彼女は、結婚を止めるにはもう、剣で誰も彼も"鳥の餌"にする他ないのではないかと思い詰めていた。
剣を見つめて、ブツブツと呟く姿は、どこからどうみても不審者だった。
「おい!そこで何をしている?」
そこへ強い口調で、誰かが話しかける。
「な、なんでもありません!」
思わず強張るアイリス。
「なんちゃって。私です、私。従者のルヴィですよ」
戯けたルヴィは、ひょこっと顔を出し、へらへら笑っていた。
「今回は逆の立場になりましたね、アリステラさん?」
「え、あ……なんだ……そうだったの」
納得したような事を言いつつも、それでも青い顔をしたままのアイリスは、震える手に握った剣を離さない。
「……どーしたんですか?剣なんて持って」
限りなく自然に、小首を傾げて尋ねるルヴィ。
もはや癖なので、媚びているつもりは無くとも、このようにしてしまうのだ。
「こ、これで、全員殺して私も死のうかと思って……」
「えぇ……何があったらそうなるのですか?暗号はベルミダ様にお渡ししたのですよね?」
「ええ……間違いなく。居場所は聞いていたし、ちゃんとその場所にもいたわ……しっかりと渡した事も覚えているの……なのに……」
「それで……?」
「私達が行動するよりも早く、ベルミダ様は既にナローシュへ恋文を渡していたらしいのよ……」
「えぇぇ!?」
ルヴィは思わず素の態度で驚いてしまうが、辛うじて声の出し方は死守し、限りなく女性的な悲鳴となった。
「私が渡した暗号を先に解読していたのなら、アルサメナ様への愛を感じていたら、そんなことはとてもじゃないけど、出来ないはずよ……私達は出遅れたのよ……もし、もう少しだけ私が早く行動できていたなら……あぁ、この作戦の失敗は、全て私の所為なの……ごめんなさい……」
説明しているアイリスの焦点の定まらない目は、虚空を彷徨い、
そうして剣を自分へ向けようとするアイリスの手を、ルヴィは掴む。
「……っ!?……そんな可笑しな事が起きてたまるものですか……アリステラさん。落ち着いて下さい」
ルヴィは、内心驚いていた。
アイリスの腕力が思いのほか、いや、信じられないほどに強靭だったので、細身といえど男の筈のなのに、ゆっくりと力負けしていたからだ。
「いえ……離してください、私はもう死にます……」
「……思い詰めないで下さい。まだ何もかも詰んだ訳じゃありませんよ」
ギリギリとなりそうなくらい、歯を食いしばりながら止めるルヴィ。
「いいえ、もうどうしようもありません、二人が相思相愛なら、そしてそうなる事を防げなかった私に、生きている理由など……」
しかし、アイリスは汗ひとつ流さずに剣を自分へ突き立てようとしていた。
ルヴィはその姿に、元々王妃になる予定だったアリストイーリスという姫は、どれだけ恐ろしい訓練と教育を、この密偵へ施したのだろうと考えた。
その姿が自分と重なったのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ルヴィのような暗殺者達は、かつてアリストイーリス……ナローシュの暗殺を恐れたアイリスの差し金で、一家郎等もろとも処分され、消されていたが、
その彼らの唯一の生き残りが、このルヴィと彼の父親だった。
家族を消された憎しみに燃える父親は、ルヴィを激しい訓練を与え、厳しい教えを授けた。
更には男女問わず籠絡する為の技術を、"身体に直接"叩き込まれ、敵を油断させる為に殆ど少女と見分けが付かないような仕草を身につけた、いや、身につけさせられた。
その彼にとっては、今抑えている男装娘も同じような運命を辿ってここに居るのだとしか、思えなかったのだ。
それが例え、仇の手下だったとしても。
「アリステラさん……大丈夫です。私を信じて下さい、例え何があろうと、私が何とかしてみせます」
「……何ができるというのですか?」
「ええ、こう見えて、戦闘にはそれなりの自信があるのです」
ルヴィは、任務の失敗による追手から守ろうと言っているだけだった。
「ふふ、何を言っているんですか、あなたに、できるわけないじゃないですか……」
アイリスにはその発言が、自分の代わりに殺してくると言っているように聞こえていたし、
自分にすら力負けしている、少女のような男ではそんなのは無理だと思っていた。
まさか、彼が訓練を受けて、兵士以上の腕力を持っている、などとは考えもしていなかった。
比較して、アイリスが凄まじい馬鹿力なだけなのだが。
「……いえ、人に任せるわけにはいかないわ」
ただ、アイリスはルヴィの発言を聞いて、その言葉の荒唐無稽さに冷静になり、剣を収めた。
「……そうよ……死ぬ前に、やらなければならないことは沢山あるもの……」
そう言って笑うアイリス。
その目を間近で見たルヴィは、自分の中にある以上の狂気を感じて、恐れおののいた。
王宮から抜け出したアイリスはアルサメナへ伝えに行くこともせず、物陰で一人、錯乱していた。
動転した彼女は、結婚を止めるにはもう、剣で誰も彼も"鳥の餌"にする他ないのではないかと思い詰めていた。
剣を見つめて、ブツブツと呟く姿は、どこからどうみても不審者だった。
「おい!そこで何をしている?」
そこへ強い口調で、誰かが話しかける。
「な、なんでもありません!」
思わず強張るアイリス。
「なんちゃって。私です、私。従者のルヴィですよ」
戯けたルヴィは、ひょこっと顔を出し、へらへら笑っていた。
「今回は逆の立場になりましたね、アリステラさん?」
「え、あ……なんだ……そうだったの」
納得したような事を言いつつも、それでも青い顔をしたままのアイリスは、震える手に握った剣を離さない。
「……どーしたんですか?剣なんて持って」
限りなく自然に、小首を傾げて尋ねるルヴィ。
もはや癖なので、媚びているつもりは無くとも、このようにしてしまうのだ。
「こ、これで、全員殺して私も死のうかと思って……」
「えぇ……何があったらそうなるのですか?暗号はベルミダ様にお渡ししたのですよね?」
「ええ……間違いなく。居場所は聞いていたし、ちゃんとその場所にもいたわ……しっかりと渡した事も覚えているの……なのに……」
「それで……?」
「私達が行動するよりも早く、ベルミダ様は既にナローシュへ恋文を渡していたらしいのよ……」
「えぇぇ!?」
ルヴィは思わず素の態度で驚いてしまうが、辛うじて声の出し方は死守し、限りなく女性的な悲鳴となった。
「私が渡した暗号を先に解読していたのなら、アルサメナ様への愛を感じていたら、そんなことはとてもじゃないけど、出来ないはずよ……私達は出遅れたのよ……もし、もう少しだけ私が早く行動できていたなら……あぁ、この作戦の失敗は、全て私の所為なの……ごめんなさい……」
説明しているアイリスの焦点の定まらない目は、虚空を彷徨い、
そうして剣を自分へ向けようとするアイリスの手を、ルヴィは掴む。
「……っ!?……そんな可笑しな事が起きてたまるものですか……アリステラさん。落ち着いて下さい」
ルヴィは、内心驚いていた。
アイリスの腕力が思いのほか、いや、信じられないほどに強靭だったので、細身といえど男の筈のなのに、ゆっくりと力負けしていたからだ。
「いえ……離してください、私はもう死にます……」
「……思い詰めないで下さい。まだ何もかも詰んだ訳じゃありませんよ」
ギリギリとなりそうなくらい、歯を食いしばりながら止めるルヴィ。
「いいえ、もうどうしようもありません、二人が相思相愛なら、そしてそうなる事を防げなかった私に、生きている理由など……」
しかし、アイリスは汗ひとつ流さずに剣を自分へ突き立てようとしていた。
ルヴィはその姿に、元々王妃になる予定だったアリストイーリスという姫は、どれだけ恐ろしい訓練と教育を、この密偵へ施したのだろうと考えた。
その姿が自分と重なったのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ルヴィのような暗殺者達は、かつてアリストイーリス……ナローシュの暗殺を恐れたアイリスの差し金で、一家郎等もろとも処分され、消されていたが、
その彼らの唯一の生き残りが、このルヴィと彼の父親だった。
家族を消された憎しみに燃える父親は、ルヴィを激しい訓練を与え、厳しい教えを授けた。
更には男女問わず籠絡する為の技術を、"身体に直接"叩き込まれ、敵を油断させる為に殆ど少女と見分けが付かないような仕草を身につけた、いや、身につけさせられた。
その彼にとっては、今抑えている男装娘も同じような運命を辿ってここに居るのだとしか、思えなかったのだ。
それが例え、仇の手下だったとしても。
「アリステラさん……大丈夫です。私を信じて下さい、例え何があろうと、私が何とかしてみせます」
「……何ができるというのですか?」
「ええ、こう見えて、戦闘にはそれなりの自信があるのです」
ルヴィは、任務の失敗による追手から守ろうと言っているだけだった。
「ふふ、何を言っているんですか、あなたに、できるわけないじゃないですか……」
アイリスにはその発言が、自分の代わりに殺してくると言っているように聞こえていたし、
自分にすら力負けしている、少女のような男ではそんなのは無理だと思っていた。
まさか、彼が訓練を受けて、兵士以上の腕力を持っている、などとは考えもしていなかった。
比較して、アイリスが凄まじい馬鹿力なだけなのだが。
「……いえ、人に任せるわけにはいかないわ」
ただ、アイリスはルヴィの発言を聞いて、その言葉の荒唐無稽さに冷静になり、剣を収めた。
「……そうよ……死ぬ前に、やらなければならないことは沢山あるもの……」
そう言って笑うアイリス。
その目を間近で見たルヴィは、自分の中にある以上の狂気を感じて、恐れおののいた。
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