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第二幕

43 シェイプ・オブ・マイ・ハート◆

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 どれだけ分の悪い賭けでも、

 人は配られたカードで戦うしかない。

 俺は俺以外の何者でもない。

 他の何者の仮面も被れない。

 ただ、代償を払う時が来た。

 ただそれだけ……それだけの話だ。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 白いオルキヌスの背に立ち、アンナと対峙する。

「何故だ、マナ様を苦しめるような事を……!」

 話しながら、気取られないように生き残る術を探す。

「それが目的ですの」

「……たったそれだけの為に……こんな事をしたのか……?」

「はぁ、お前程度には分からないかも知れませんの。私はお姉様を絶望させて、現実を否定させたいんですの。その時こそ、微睡みの中にあるただ唯一の神が目覚め、この……戒めのような世界が終わり、夢は解き放たれるんですの……そして──」

「お前……本当にあのアンナか?」

「……良い着眼点ですの!良く気が回りますの!……お前、早死にしますの」

 アンナの髪が生き物のように揺らめく。

「っ!やはり化物の類か」

「失礼ですの、お前の大事な大事なお姫様も──いえ、アレの方がもっと化物ですの」

「……マナ様を侮辱するな」

「ご冗談を、褒めてますの。お姉様以上の存在はこの世界……いえ、他の次元においても殆ど存在しませんの」

「……なんなんだ……お前らは……」

 自分の勝ちを確信した相手は、よく喋る。

 ──それがどんな結果を齎すのか知りもせずに。

「何度も言っているように、"フカミル"ですの、さぁ《頌歌曲キャロル》!先輩を《ディスコルディア》へ搬送しますの」

 ……勝機を探せ……不幸を嘆く者には勝利はない。

「……後輩か、らしくもない」

 滑るように、俺達の前へ降りてくる獅子のようなアシカの機海獣……名前は……そうだ。

「《フォルトゥーナ》か久しぶりだな」

 本当はもっと長い名前だが、皆そう呼んでいた。

 ……その機体は俺が昔乗っていた機海獣だった。

「へぇ~、てっきりいかついオッサンかと思ってたけど、あんたが噂の帝国騎士最強の男……オード先輩かー。私はあんたの後任のキャロル!よろしく!」

 快活そうな金髪で青い目の少女は手を差し出す。

「こんな形で後輩に挨拶されるとは思わなかったがな……」

 差し出してきた手をしっかりと握る。

「わー、細身なのにすごい筋肉──え?」

「…すまないな」

 キャロルを白いオルキヌスの上に投げ、フォルトゥーナを強奪する。

「なっ、なにすんのさ!」

「少し返して貰うぞ!いくぞフォルトゥーナ!」

「◾︎◾︎◾︎◾︎──!!」

「返すって、それ私の──」

 久しぶりに乗り込んだフォルトゥーナは獅子の雄叫びを上げ、ディスコルディア……シロナガスクジラへ飛ぶ。

 フォルトゥーナ……本来の名前はフォルテス・フォルトゥーナ・アドユゥアト。

 意味は、《運命は強い者に味方する》──だ。

 俺は……今、賭けに勝った、ただそれだけのことだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆


「キャロル何してんですかぁ!私のディスコルディアは簡単に旋回出来ないんですって!オードもくんな!やめろ!」

 慌てた声、そしてゆっくりと旋回して避けようとするディスコルディア。

「させるか──」

 ヴァルツァーが操る、装甲を纏ったマッコウクジラを躱す。

「すまないなヴァルツァー!そしてアリア!ディスコルディアも貰うぞ!」

 フォルトゥーナはディスコルディアの背中……甲板からそのまま内部へ侵入した。

 俺は勢いのまま飛び降りて、通路を駆け抜け、扉を蹴破って操舵室のアリア捕まえる。

「と、止まりなさ──」

「悪いな、大人しくしろ」

「やめっ、やめなさい!こんな事をして!おい!止めろよ!私はお前と違って真面目にやってるんですよぉ!」

 黒い修道服のアリアは淡紅色のショートカットの髪を振り乱し、身をよじって逃げ出そうとする。

「適当なところで空から突き落とされるか、安全に空の旅をするか選べ」

「ほ、本気でいってんのかぁ!?おいこの馬鹿が!私も反逆者にするつもりなんですかねぇ!?」

「お前は陛下に忠誠誓ってた訳じゃないだろ、どうせそのうち乗っとるつもりだったんじゃないのか?お前が教会に横流していた資金や物資の話を今してもいいんだぞ?そうすれば、晴れてお前も反逆者だ」

「知ってたのかよ、クソが。魔術が使えねぇから真面目に工作してたってのに……!」

「いや、知らなかった。今お前が話してくれたよ」

「クソ……カマかけかよ……はぁ……分かりましたよ!してやるよ!運転すりゃいいんだろ!」

 アリアは座席に戻り操縦桿を握る。

「ああ、……と言う訳だ!反逆者は仲良く失礼させてもらう!」

 拡声器で宣言する。

「易々と逃げられるとでも思ってますの?」

 白いオルキヌスの上に立って、此方を睨み付けるアンナ。

「忘れてもらっちゃ困るが、我々もいる」

 マッコウクジラからヴァルツァーの声。

 残った七元徳の機体達が俺達に睨みを効かせる……と言っても、もはや5人しかいないが。

「はぁ……仕方ありませんねぇ……ディスコルディア、飛行用意!」

「◾︎◾︎◾︎◾︎──」

 アリアが言うと、ディスコルディアは汽笛のような低く重い鳴き声を上げた。

「ディスコルディア!出力解放!」

「そいつの速度で私達から逃げられる訳が──」

 迫りくる6体の機海獣。

「裏切る予定だったのに改造しねぇ馬鹿はいませんよぉ!──ディスコルディアぁ!波を起こせ!」

 巨大な鯨は潜るように一度下を向き、尾鰭を使って上向きに旋回する。

 起こしたイムラーナの反動の波が彼らを押し流す。

「くっ、出力が違いすぎるか……!」

 ヴァルツァー達は乱れた流れに逆らえず、体勢を整えるので精一杯らしい。

「行きますよぉ!」

「◾︎◾︎◾︎◾︎──!」

 そして勢いよく飛び始める、オルキヌス程の速度では無いが、七元徳の面々は追いつく事などできないだろう。

「なん──」

 ヴァルツァー達を置き去りにして、真っ直ぐに更なる上空へ飛ぶ。

「そんな速度で!私のクォ・ヴァディスから逃げられるとでも──!」

 当然のように追跡してくる白いオルキヌス──いや、クォ・ヴァディスか。

「やっぱりオルキヌスと同じ速度が出るんだな」

「オード君!関心してないで、なんとかしてくれませんかねぇ!魔術が使えないんじゃ私は何も出来ないんですよぉ!」

「上昇して空の限界まで行け。オルキヌス程度の一体じゃ、ディスコルディアの出力を止めることはできない」

「冗談言ってんですかぁ!?そんな上まで行って無事に済む訳……!他にどうにか出来ないんですかぁ!」

「こいつでイムラーナから降りたら俺たちもこの機体も助からない。あれは自立できるオルキヌスだから出来た事だ。構わない、やれ」

「はぁー、これだから騎士とか言う連中は嫌になりますよ!ディスコルディア!──捕鯨砲発射!」

 白いシャチの機海獣、クォ・ヴァディスに向かって放たれる大量の魚影。

「そんな薄鈍が私に当たるとでも思ってますの!舐めてんじゃねぇですの!」

 イムラーナの光を纏って殺到するそれらを悉く躱し、クォ・ヴァディスは身体に刃を展開して反撃せんと迫る。

「舐めてんのはどっちですかぁ~?戦場にも立った事のねぇクソ王女が私に叶うとでも思ってるんですかねぇ?」

「口の悪い──な!?何故動けない!」

 突然、何かに阻まれたように動きを止めるクォ・ヴァディス。機体には、イムラーナの光が纏わりついていた。

「教える訳ありませんよね?悔い改める者、自らを省みる者にこそ幸いがありますよぉ、じゃ、反省して下さいねぇ!」

「待ち──」

 そして、アンナを振り切り、更なる上空へと飛ぶ。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「くく、くひひ。待てと言われて待つ馬鹿が何処にいるんですかね、クソ間抜けが」

 アリアは裏切って早々、ケラケラ笑っていた。

 脅しておいてなんだが、何だこいつ。

 ……コレが何で七元徳だったんだ?

「なんだ、余裕じゃないか」

「……これが余裕に見えんなら、おめでたい野郎ですね。虎の子の網まで使った、もう同じ手は二度使えません、次に連中に会ったら正面から戦わないといないんですよ?」

「今捕まったら意味ないだろ」

「漸くここまで来たってのに、私の計画は丸潰れだ……その代わりオード、次の教皇は私がやりますので、お前がどうにかしてくださいね、いや、しろ。巻き込んだ責任を取れ」

 ああ、なるほど。最初から完全に教会に帰属してた奴なのか。

 だが。

「出来ない約束はしない」

「クソが……これだから正義の味方や、"英雄気取り"ってのは嫌です。……はぁ。運転は任せます、後は勝手にどうぞ」

 悪態を吐くアリアは操縦席から離れ、何処かへ行った。

 マナ様の向かった先は遥か南、海を目指すなら同じ方角に行けば、その内見つかるはずだ。

 目的地は同じなのだから。

「待っててくれマナ様……」

 約束を嘘にしない為に。
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