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第二幕

39 キープ・ザ・カスタマー・サティスファイ.3◇◆

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◇◇◇◇◇◇◇◇

 ベストラさんの口調や仕草、冗談を言っているようで、実は常に真剣に考えてるところはオードにそっくり……それ以上(?)だった。

 彼が口でも剣でも負けてる姿を見たこと無かったから、こういう姿は新鮮だった。

 私のお母様はどんな風なんだろう。

 やっぱり、私の事ならなんでも分かるのかな?

「……鍵は貰った、もう行くぞ、マナ様」

 疲れ切った顔のオードが私を呼ぶ。

「はぁー、随分慌ただしいこった」

 煙を吐いて、呆れたように言うベストラさん。

「もう用はない」

「オード…お母様…苦手…でしょ」

「……そんな事ない。断じて」

 といいつつ、何とも言えない顔だった。

「ふーん、じゃあ、困った事…全部…話す」

「残念だ、それはまた次の機会だな」

 早口で、私の手を引くオード。

「まあ、なんでもいいけどねぇ、親の前くらい本名で名乗ったらどうなんだい」

「今の俺はオード、マナ様の騎士だ。それ以上でも以下でもない」

「それカッコいいと思って言ってんのかぃ?」

「余計なお世話だ」

「そーかい。言っとくが、アレは動力の魔導具がもうダメだ、動かねぇよ?」

「道はあるんだ、歩いて行くさ」

「そりゃそうか。よし!この先は禄でもねぇから、飯だけでも食ってけ!」

「……急ぐんだが」

「どうだい、マナ。ベストラ直伝の家庭の味って奴を教えてやるから、ちぃっと面ぁ貸しな」

「家庭…味……?家庭…食べれる?」

 食べられる家……?

「お母さんの味って奴さ」

「お母さん…味……!?」

 お母さんの味?何それ怖い。人って食べるものじゃない……よね?

「一度食ったら病みつきになるさ」

「病みつき……?」

 病気になるの……?つまりどう言うこと?

「困らせるな。マナ様、家庭の味というのは、家で普段作る料理の味のことを言ってる。家を食べたり、母親を食べたりするわけじゃない」

「そ…そうなんだ…普段……ね…そっか…」

 でも、オードには悪いけど、家で作る料理っていうの、あんまり分からない。

 普段、普通、家庭……そんな物……あそこには、何処にも無かったし。

「……分かったような事を言うのは好きじゃねぇんだけどよ。マナ、ここにいる連中は、どいつもこいつも家はなければ親もいねぇのさ。だけど全員家族で、この街が家だ」

「……?じゃあ…何で…外…子供…お爺さん…倒れてる…?」

 少し疑問に思っていたことを聞きたくなった。家族と言うなら、彼らは何なんだろう。

「そりゃ、全員プロの物乞いだ。行き倒れてる奴なんざ殆どいないよ」

「えっ……」

 予想外の答えだった。

「ここじゃ、上で出来ない商売を幾つもやってるからねぇ、それ目当ての客はいくらでも来る、そいつらから巻き上げる為さ、同情心を買わせて、優越感を与えてやってる、立派な商売だよ」

「え?じゃあ…オード?」

「……だから彼らにとっては普通のことだって言ったんだ」

「……わかった…けど…分からない」

「まあ、なんでもすぐに納得できる奴何て、つまんねぇさ、考えな」

「みんな…血…違う…でしょ?」

「あ、そう言うことかい。ま、ファミリーの繋がりは血なんかよりも濃いのさぁ。まあ息子はもっと大事だけどよ」

「……?血…じゃない…繋がり……」

「そのうち分かるさ、そのうちね」

「そのうち……わかった…覚えた」

「よし、じゃあちとマナは借りるぞ、バカ息子よ」

 私をヒョイと抱き抱えるベストラさん。

 近くで見た顔は、やっぱりオードに似てる。

「どうぞお母様」

 オードは苦笑いしていた。

「結構、よろしくってよ」

 ベストラさんのニタニタ笑った表情。

 なんだかんだ言って、多分嬉しいんだと思う。そんな気がする。

 オードがこういう表情してる時は見たことないけど、彼もこんな風に笑うのかな?


◆◆◆◆◆◆◆◆


「……調子が狂う」

 ベストラのアジトから出て、濁った街の空気を吸う。

 下層街の空はいつも夜だった。

 それは今も昔も変わらない。

 配管から漏れる排気と、露店や飲食店の香ばしい匂い、そして甘ったるい"草"を炙る煙が混ざった空気。

 澄み切った空気よりも、馴染んだ淀みの方が心なしか落ち着く。

 潔白でない俺には、その方が相応し──

「っ──!?」

 何かが風を切る音を聞き、咄嗟に避ける。

「鈍ってはいないようで、何よりです。坊ちゃん──いえ、今はオード様とお呼びしたら方がいいですか?」

 いつの間にか背後に立っていたのは、白髪の目隠しをした黒服の男。母親の懐刀のヴェリルだった。

「……あの人が世話になってるな」

「私のような者が世話などと。あの方は一人でもやっていける方ですよ」

「だろうな……この国が滅んでも一人だけ助かりそうだ」

「くく、そうですね。……散歩ですか?」

「ああ……久しぶりに故郷の空気を吸いたくてな」

 歩き始める俺とヴェリル。

 見慣れた灯りと暗闇の街路が俺達を迎える。

「ベストラ様とお話しされないのですか?」

「顔を見せれば十分だ、今生の別れでもあるまいし」

「ベストラ様はいつも、オード様の話をされてますよ」

「親バカも困ったもんだ」

「そっくりですね、貴方も素直じゃない」

「……本当に調子狂うな」

「常に気を張っていると疲れるものです」

「俺は…子供でいる訳には行かないんだ。あの子の為に」

 いくらすぐに追って来られないと言っても、もう余裕は無い。第三王子の戴冠式やパレードもとっくに終わった頃だろう。

 気を抜いてなんていられない。

「私達からすれば、貴方はいつまでも子供ですから」

「……そんなに変わらないか?」

「ええ、いつまでも大切な坊ちゃんです。どれだけ背が伸びても、背伸びをしていても」

「背伸び……か」

「オード様。格好つけるのは大事です、辞めたら男じゃない。ですが、素直になるのも大事ですよ」

「素直……?」

「そうですね……自分の願いに正直に生きると言うことでしょうか?」

「自分の願いなんて無いさ、俺はマナ様の願いを叶えてやりたい。それだけだ」

「じゃあ、マナ様の願いを叶えたらどうするんですか?」

「っ……」

 言葉が出なかった。

 その質問は何気ない一言だった、ヴェリルは何かを知っている訳ではないから、それは間違いない。

 だが、俺は何も言えなかった。

 ……心の奥底で思っていたのかも知れない。

 ……彼女の願いが叶う事は決して無いのだと。

 彼女が現実に気が付くとき。

 俺は……その瞬間を……

「マナ様の願いは叶いますよ」

「何を根拠に……」

「オード様がそれを叶えるからです」

「それが保証になるのか?」

「貴方は我々ファミリーの自慢の息子ですから。ベストラ様もそう思っていますよ。本人には言いたがらないですがね」

「……俺は──」

 その時だった。

 暗闇の筈の天井に、突然光が差したのは。

 遥か先の暗闇から光が這い出し、何かが溢れるように落ちてきた。

 そして、異様な、連続した重々しい轟音が闇の街の静寂を破った。

「……なんだ?」

「オード様!早くマナ様を連れて逃げて下さい!」

 ヴェリルが深刻な表情で言うのと殆ど同時くらいだった。

 "それ"が、現れたのは。
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