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30 サムウェア・ゼイ・キャント・ファウンド・ミー◆-4

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 街を抜け、さらに下へ進む。

 錆び塗れのオルキヌスは、まだ街で動いている旧式の魔導人形と区別が付かないらしく、道行く人々は気にも留めかった。

 街を進む度に、マナ様は色々な事を尋ねて来た。

 俺からしてみれば、ごく普通で当たり前のことでしかなかったが、彼女にしてみれば初めて見聞きするものばかりだったのだろう。

 彼女は喜んでいたが……時折なんとも言えない表情をしていたのが気になった。

「マナ様の姿があまり知られて無くて助かったな……追手に連絡されることもないだろう」

「……皆…私…知らない?」

「聖女様の噂は知ってても、姿は誰も見た事ないからな」

「……そう…よかった…」

「マナ様……?」

 マナ様は疲れたのか眠ってしまい、夜になるまで起きなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 夜半、町外れで火を起こし、日記を書いていると、のそのそとマナ様が起きて来た。

「……何…してる…?」

「日記だ」

「なに、それ?」

 指差すして尋ねるマナ様。

「その日に起きたことや、見たもの、思ったことを書いておくんだ。記憶は不確かだ。変わってしまう、忘れることもある。だから」

「そう……」

 マナ様は上っている煙を見ていた。

「どうしたんだ?」

「オード…もし…前、知る…こと…、見る…もの…嘘、とき、どうする……?」

 マナ様の青い目が、ほんの少し揺らいでいるように見えた。

「嘘……だったらか?」

「…そう、嘘…だったら」

 ……薬の影響で幻覚が見えていた……と言いたいのか?

 ……いや、そうじゃない。

 彼女は外の世界の事を殆ど教えられていないんだ。

 マナ様が想像していた世界がどんな風景かは、俺にはわからない。

 だけど、少なくともなぜ教えてくれなかったのか疑問に思うだろう……あれだけ父親のことを口にしていたのだから。

「間違ってたらしょうがないさ、その時は……一緒に本当を探しに行こう」

「探しに……?」

「大丈夫だ、嘘じゃない。海はある」

「本当?」

「俺がマナ様に嘘をつくと思うか?」

「……ううん」

 首を横に振るマナ様。

「だから……今は"それ"を信じられなくても良い。もしマナ様が俺を信じてくれるなら……マナ様の信じる俺を信じてくれ」

「……私…信じる…オード…うん……わかった」

 コクリとうなずくマナ様。

 俺は嘘をついた。

 いや、既に嘘をついていた。

 俺は彼女が思っているような、真っ当な騎士ではない。

 彼女の父親が殺されるのを黙認したのも、他ならない俺なのだから。

「……信じる」

「ん?」

『……いぃるおぇぐね』

 マナ様が首から下げた宝石を握ってそう言うと、ほんのりと光が灯り──

「それはどう言う──」

『──がるふぶら!』

 何処からかスカール達が飛び出してきた。

「本当…だった…本当…オード」

 マナ様は静かに微笑んだ。

「──っ……そうだな……良かったな」

 彼らが幻覚だったのなら──そんな可能性を考えるだけでも恐ろしかったのだろう。

 幻覚だったのなら、自分が白痴であると認める事になるのだから。

「オード!私…日記…書く!嬉しい、の…こと、忘れる……忘れ、ない!」

「まずは、文字を覚えなくちゃな」

「……難しい?」

「…すぐに覚えられるさ」

 甘かった。想像していたよりも、彼女が抱く恐怖は大きく、複雑だ。

 無邪気にはしゃぐ彼女の印象で、俺は頭のどこかで、子供だと思い込んでいたのかもしれない。

 俺は一体、どうやって彼女を守れば良いのかわからなかった。

 真実……或いは現実が俺達を捕まえる前に、逃げなければならない。

 どこか見つからない場所へと。
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