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03 アイ・アム・ア・ロック◇-3

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ここ最近、この庭園に訪れるのは彼と妹くらいで、お父様の顔は暫く見ていない。

「◾︎◾︎、何▪︎聖女◾︎。◾︎◾︎寝て◾︎◾︎だけ◾︎はないか、お前▪︎▪︎、帝国◾︎◾︎◾︎◾︎そのものだ」

 私を見るなり顔を顰めるハインリヒは、かなり機嫌が悪いようだった。

 私とスカール達が使う言葉と、彼らが話す言葉はまるで違う、"言いたいこと"くらいしか分からない。

「何◾︎?その◾︎は?」

 ハインリヒは私を睨み付けていた。

 薬が効き始めたのか、意識が身体から離れて、自分を外から観察しているような気分になる。

「ごめん、なさ──」

「"白痴"◾︎、俺◾︎言う◾︎◾︎◾︎意味◾︎◾︎◾︎分からない◾︎◾︎◾︎◾︎ないか、すまなかったなぁ!」

「うっ」

 近寄ってきたハインリヒが私を蹴った。

 "白痴"──彼は私のことをそう呼ぶ、いくら言葉を知らなくても、それが蔑称であることだけはわかる。

 それを口にする時の彼の振る舞いで、私はそれが何を意味するのか覚えたのだから。

 薬も効き始めたのか、慣れているからか、何をされても、もう痛みも何も感じない。

「◾︎◾︎みたいな、知恵◾︎れ◾︎◾︎◾︎、何故、結婚せねばならない?一生、お前◾︎◾︎◾︎◾︎世話◾︎して生きろと?◾︎◾︎じゃない!」

 私の手から落ちたお母様の形見が、転がって行くのが見えた。

「や、ぇて…」

「痛がるフリ◾︎◾︎◾︎するな!◾︎◾︎。何◾︎しても◾︎◾︎◾︎◾︎治る◾︎◾︎◾︎◾︎、お前◾︎俺◾︎出来る◾︎◾︎◾︎◾︎にある◾︎◾︎◾︎?お前◾︎口◾︎◾︎◾︎良い◾︎◾︎、感謝◾︎言葉◾︎◾︎◾︎!」

 そう言って、私を踏み続ける。

 薬のお陰でそこまで苦しく無いのが幸いだった。

「言え!◾︎◾︎◾︎くださって、ありがとうございますとな!」

「……ぃや」

「このっ……!◾︎◾︎◾︎反抗◾︎◾︎目◾︎……!◾︎◾︎のよう◾︎◾︎◾︎いる◾︎◾︎……ん?何◾︎これは」

「あっ」

 ハインリヒは何かを拾い上げた。
 
 それは執事風の服を着せられた人形、笛を持った人形、そして緑色の人形。

 彼らの姿は、他人には物言わぬ人形にしか見えない。

 それか、彼の言うように私の方がおかしいのだろうか。

「….…◾︎◾︎歳◾︎人形遊び◾︎?」

「やぇて…」

「なんだ?◾︎◾︎◾︎◾︎、大事◾︎◾︎◾︎◾︎?◾︎◾︎◾︎◾︎発音◾︎◾︎」

「ぁ、大切…やぇて…や…め、て」

「◾︎◾︎◾︎、じゃあ◾︎◾︎◾︎◾︎」

 そう言って微笑むハインリヒ。

「よかっ──」

 しかし、人形はバラバラに引き裂かれた。

「……何……で?」

「こうすれば、◾︎◾︎◾︎気味◾︎悪い、独り◾︎◾︎無くなるだろう?良かったな、これで◾︎◾︎◾︎されず◾︎◾︎◾︎だろう!」

「ひどい……」

「黙れ。◾︎◾︎◾︎石ころ◾︎、俺◾︎◾︎◾︎◾︎石ころ◾︎しか無い。無価値◾︎、◾︎◾︎◾︎ない◾︎◾︎◾︎、相応しい◾︎◾︎◾︎!」

「私…聖女…魔術…封印」

「そんな"迷信"、◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎、陛下だけだ。それ◾︎◾︎◾︎◾︎教えた◾︎◾︎、陛下だろう。いい加減◾︎◾︎◾︎、◾︎◾︎は何◾︎意味◾︎◾︎◾︎、閉じ込められてるだけなんだってなぁ!」

 迷信、聖女の役目は何の意味もないと言われているらしい。

 私が何をしているのか、何の為にここに居るのかも、誰も知らない、誰も認めない。

「お父様……言う」

「狂った◾︎◾︎◾︎何◾︎分かる。◾︎◾︎、そうだとして、◾︎◾︎、そう言った◾︎◾︎◾︎放置している?陛下◾︎分かっているんだよ、◾︎◾︎◾︎何◾︎価値◾︎無いって事をなぁ!」

 そうして、私はなすすべもなく、暴行を受け続ける。

 お父様も、誰も、私を認めている人間など、どこにもいない。

 私の視線の先で、暗い虹色の宝石は何も反射しない。

 形見は私を助けはしない、所詮、ただの石に過ぎないのだから。

◇◇◇◇◇◇◇◇

 私は大丈夫だった。

 私も石ころだったから。

 石ころは痛みを感じない。

 そして石で出来た島は決して涙を流さない。

 私は……多分、石ころだった。
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