上 下
92 / 95
第3部

34 亡者-2

しおりを挟む
◆◆◆◆◆◆◆◆


 私は、あの日の姿に戻った。

「お祖母様」

 目の前に寝かされているのは、あの日の死の寸前の祖母だった。

「……クララ?どうしたのかしら?そんな顔をして……ここは……?」

「……言わなければ、いけないことがあります。私は罪を犯しました、あらかじめ定められているものを曲げてしまったのです」

「……そう……ね、でも、ちゃんと反省したのね、偉いわ、クララ。罪を犯しても、それを悔い改める事が大事……なの。ああ、ごめんなさい、少し、眠らせて……なんだか、とても眠いの。……アルサメナはそそっかしいから、ちゃんと面倒を見るのよ……ダリウスは真面目すぎるから、気を抜けるように……クララ……貴女は自由に……聖女になんて、ならなくても……あなたは、私達の……光……だから」

「お祖母様」

「……長かった、これで、漸く"終われる"」

 お祖母様はゆっくり目を閉じて、二度と開くことはなかった。

 彼女の望みは……結局、自らの死だったのだろう。

「行きましょう、獣さん」

「大丈夫か?」

「はい。これで全てに決着をつけます」


◆◆◆◆◆◆◆◆


 瘴気で曇った暗黒の空に空いた空洞の下。

「……これで、終わりですね」

 この戦争と二人の融合で、生贄は十分だ。

「《──その者は寛容である》」

 「《情け深く/妬まず》」
 「《高ぶらず/誇らない》」
 「《不作法をせず/利益を求めない》」
 「《いらだたない/恨みをいだかない》」
 「《不義を嫌い/真理を喜ぶ》」
 「《すべてを忍び/すべてを信じ》」
 「《すべてを望み/すべてを耐える》」

「その詠唱は……」

「アリアの記憶から引き出したものです」

「どうにかなるのだな?」

「ええ、これで──」

「これで、漸く」

「──"女神の完全な召喚が達成されます"」

「何を……言っているんだクララ?召喚を止めるんじゃなかったのか……?」

「ふ、ふふ、獣さん、ここまで手伝ってくれてありがとうございました!漸くこれで!世界を滅ぼすことができます!」

「どういうつもりで──」

 耳障りな轟音と共に、空がガラスのように割れ、女神が降臨する。

 泡立ち爛れた肉塊、のたうつ黒い触手、黒い蹄を持つ短い足、粘液を滴らす巨大な口の暗黒の女神の巨体が、闇から降りてくる。

 後は──

「《だるぷし、あどぅら、うる、ばあくる》」

「てぃけ、り、り、何を直す?どうしたい?」

「玩具修理者さん、いえ、創造主よ。貴方方の娘である私が人間なのは、おかしいですよね?私と女神を混ぜて、直してくれませんか?あ、見た目はなるべく人に近くしてください、肉塊とか嫌なので」

 女神と私を、玩具修理者に頼んで混ぜるだけだ。

「わかった」

 悍ましい見る目に耐えない物体、穢らわしい女神は、悉く分解されて、私に組み込まれていった。

 痛みはなかった。もうそれを感じるような感覚は、ないのだろう。

 私は元々、人間じゃなかったのだから。

 修理は速やかに行われ、獣さんが唖然としている目の前で、私は神性を手に入れた……いや、取り戻した。

「おわった」

「ふ、ふふ、あそこまでバケモノにならなくて良かったです、まあ、ちょっと触手とかついてますけど」

 髪の毛はとても伸びて黒く染まり、その先端の方は殆ど触手になった。

 頭には山羊のような角が生えてしまった。

 肌の色は特に変わった様子はない。

 かなり背が伸びた気がする。

「おまけ、これを……よし、じゃあ、かえる」

 7本の角で出来た冠を、私の頭へ乗せ玩具修理者は消えた。

「さぁ、めでたく私が《獣の王》に"戻った"ところで。獣さん。今、私を殺さなければ、この世全ての生きとし生けるものは私の力で捻じ曲げられて死ぬでしょう──いえ、"私"を殺さなければ、"クララ"は二度と戻らない」

「──お前、アリアか?」

「私は、私ですよ、あの日の状態に戻せば、呪文を唱えた方へ、戻るに決まっているじゃあ、ないですか。ふふふ、さあ、獣さん。どうしますか?」

「…………」

「ふ、ふふ。選びなさい、クララの命をとるか、世界の存続をとるか。貴方が決めるのです」

「選ぶまでもない──」

「わかってますよね?貴方は──」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境伯聖女は城から追い出される~もう王子もこの国もどうでもいいわ~

サイコちゃん
恋愛
聖女エイリスは結界しか張れないため、辺境伯として国境沿いの城に住んでいた。しかし突如王子がやってきて、ある少女と勝負をしろという。その少女はエイリスとは違い、聖女の資質全てを備えていた。もし負けたら聖女の立場と爵位を剥奪すると言うが……あることが切欠で全力を発揮できるようになっていたエイリスはわざと負けることする。そして国は真の聖女を失う――

復讐という料理は、冷えた時の方がおいしいのよ!

しゃもん
恋愛
平凡顔だけど魔力だけは超一流の少女が婚約者とその取り巻き達に嵌められ地位を奪われ、さらには両親を無実の罪で処刑された。  そこで復讐を誓った少女が流れ着いた国で成り上がり、最後は見事、復讐を果たす物語です。

悪辣令嬢の独裁政治 〜私を敵に回したのが、運の尽き〜

あーもんど
恋愛
「ねぇ、お願いだから────さっさと死んでよ」 憑依そうそう投げ掛けられた言葉に、主人公は一瞬呆気に取られるものの…… 「はっ?お前が死ねよ」 と言い返し、相手を殴り飛ばす。 元々気の短い主人公は、周りに居た者達もまとめて窓から投げ捨てた────魔法の力で。 「さて、まずは情報収集からだな」 誰に言うでもなくそう呟くと、主人公は憑依した者の記憶を覗き見た。 と同時に、全てを理解する。 「くくくっ……!そうか、そうか。この小娘は憑依の対価として、親の“復讐”とアルバート家の“存続”を望むか」 憑依した者の憎悪を読み取り、主人公は決心する。 「いいだろう。その願い、確かに聞き届けた」 これは本物のアルバート家のご令嬢に代わって、主人公がクズ共を粛清し、やがて────帝国の頂点に立つお話。 *小説家になろう様にて、先行公開中*

伯爵令嬢は身の危険を感じるので家を出ます 〜伯爵家は乗っ取られそうですが、本当に私がいなくて大丈夫ですか?〜

超高校級の小説家
恋愛
マトリカリア伯爵家は代々アドニス王国軍の衛生兵団長を務める治癒魔法の名門です。 神々に祝福されているマトリカリア家では長女として胸元に十字の聖痕を持った娘が必ず生まれます。 その娘が使う強力な治癒魔法の力で衛生兵をまとめ上げ王国に重用されてきました。 そのため、家督はその長女が代々受け継ぎ、魔力容量の多い男性を婿として迎えています。 しかし、今代のマトリカリア伯爵令嬢フリージアは聖痕を持って生まれたにも関わらず治癒魔法を使えません。 それでも両親に愛されて幸せに暮らしていました。 衛生兵団長を務めていた母カトレアが急に亡くなるまでは。 フリージアの父マトリカリア伯爵は、治癒魔法に関してマトリカリア伯爵家に次ぐ名門のハイドランジア侯爵家の未亡人アザレアを後妻として迎えました。 アザレアには女の連れ子がいました。連れ子のガーベラは聖痕こそありませんが治癒魔法の素質があり、治癒魔法を使えないフリージアは次第に肩身の狭い思いをすることになりました。 アザレアもガーベラも治癒魔法を使えないフリージアを見下して、まるで使用人のように扱います。 そしてガーベラが王国軍の衛生兵団入団試験に合格し王宮に勤め始めたのをきっかけに、父のマトリカリア伯爵すらフリージアを疎ましく思い始め、アザレアに言われるがままガーベラに家督を継がせたいと考えるようになります。 治癒魔法こそ使えませんが、正式には未だにマトリカリア家の家督はフリージアにあるため、身の危険を感じたフリージアは家を出ることを決意しました。 しかし、本人すら知らないだけでフリージアにはマトリカリアの当主に相応しい力が眠っているのです。 ※最初は胸糞悪いと思いますが、ざまぁは早めに終わらせるのでお付き合いいただけると幸いです。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

妹に裏切られて稀代の悪女にされてしまったので、聖女ですけれどこの国から逃げます

辺野夏子
恋愛
聖女アリアが50年に及ぶ世界樹の封印から目覚めると、自分を裏切った妹・シェミナが国の実権を握り聖女としてふるまっており、「アリアこそが聖女シェミナを襲い、自ら封印された愚かな女である」という正反対の内容が真実とされていた。聖女の力を狙うシェミナと親族によって王子の婚約者にしたてあげられ、さらに搾取されようとするアリアはかつての恋人・エディアスの息子だと名乗る神官アルフォンスの助けを得て、腐敗した国からの脱出を試みる。 姉妹格差によりすべてを奪われて時の流れに置き去りにされた主人公が、新しい人生をやり直しておさまるところにおさまる話です。 「小説家になろう」では完結しています。

処理中です...