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第3部

20 徒花

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「不死身ではありませんよ……決して」

「何を言って………ぐっ、うッ──」

 レオンハルトは嗚咽と共に血を吐き出した。

「な、何だこれは……?何が……?」

 あっさりとしたものだった。

 あれだけ恐ろしい異形の力を持ったレオンハルトは、嘔吐を繰り返し、血の涙を流す。

 漸くこの時が来た…….漸く。

「"毒"ですよ……レオン様。馬鹿馬鹿しいですが……玉葱の類は"貴方達"には毒になるんですよ……」

 以前、獣さんが玉葱が入った食べ物で死に掛けた時に知った事だった。獣さんと似たような力なら、効かないはずがなかった。

「他にも混ぜてありますがそれが一番効くでしょう。貴方達、"整った"獣は、身体の中身も動物に似るんです。……知りませんでしたか……?」

「アリアが作ったものしか、食べていなかったから……な」

 考えた事も無かったという様子のレオンハルト。

「貴方が悪いんです……から」

 アリアそっくりに作らせた顔の被り物を脱ぎ捨て変装を解く、もはや必要はない。

「しかし、そうか。やはり……毒だったんだな」

「気が付いた上で……?」

「それが僕の……《制約》だからな……だがまさか僕に毒の類が効くとは思わなかった……よ」

「制約で、アリアが作った物以外口に出来ない……のではなかったのですか?」

「僕の制約は《クララが差し出すものなら、喜んで受け取る》だ。君が差し出すものなら、例え、それが毒だろうと……"死"だろうと……」

「……なぜ、そんな制約を」

「君が生きていないと、この《制約》は働かない……だから、信じる為に僕は……自分自身に掛けた……だから、何処かで生きていると……この呪いがある限りは……何処かで生きていてくれると……」

「でも、貴方は……裏切りました……!私が四肢を切り落とされても、牢へ入れられても何もしてくれなかった!」

「アリアと……取引した……協力する代わりに……君の命だけは助けてくれ、と。……文字通り、命だけしか助けてくれなかったがな……そして、《君を牢獄で隔離する》という《契約》を結んだ……しかし、その《契約》は砕けて無くなった。アリアは君が死んだと言った。……だから、自分にこの制約をかけた……」

「私を助けるなら、他に方法が無かった訳じゃ…….ないでしょう!貴方が証言さえすればっ!」

 ……責めるような言葉しか出てこない。

 そうしないと、頭がかき混ぜられて、どうにかなりそうだった。

「"他に方法がなかったのか"……か。そうだ……自分の立場を犠牲にして、二人で逃げれば助ける事も……できた……筈だった……僕は……そうできなかった。僕には僕の責務……を……いや、そんなものは言い訳だ……怖かったんだ……僕には、籠の外になんて……出られなかったんだ……すまない……すまなかった……」

「今更、遅いです……遅すぎたんです……!今更何を詫びるというのですかっ!」

「君は……何を贈っても、何処かにやってしまうから……僕は……もし君が生きて……僕に一つでも何かをくれるなら……それを拒まないと……決めて……………」

「レオンっ!私は!貴方に同情されている事なんて最初から知って!だから私に!」

 レオンの目から光が消えていく。

「同情……?違う……僕は……」

 その言葉は音になっていなかった。

「……もっと……早く」

 まだ温かいのに、体温はそこにあるのに。

 もう彼はそこにいなかった。

「ふざけないでください!レオン!言わないで、思ってるだけで!伝わる思いなんてないんですよ!」

「……すまなかっ……た」

 彼の言葉はそれで最後だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 部屋を出ると、いつのまにか戻っていた耳元の蜘蛛から声がした。

「(……聞こえるか……同盟者よ)」

「アトラさん……?そちらはどうでしょうか?

「(予定通りに戦端は開かれた……そちらは……)」

「それは……」

「(いや……いい、この蜘蛛から情報は読み取った……そういう事だったか)」

「……何が分かったんですか?」

「(以前行った際、同盟者の部屋が"埃一つなく、そのまま"残っておった理由だ……その意味もな……もう言わずとも分かるだろう)」

 私達を閉じ込めた鳥籠……私達が気兼ねなく話せる唯一の空間。

 だから、あの場所の時間を止めて……

「でも私は……もう前に歩きだしたんです……歩き始めてしまった……だから──もう……私はそこへ帰らない」

 私が彼に対して行った復讐は、きっと、彼に、最大の後悔と絶望を与えた事だろう……なんせ、思いは否定され、願いも全て無意味になったのだから。

 でも何故だろう、目から何かが流れ出るのは。

「どうして……どうしてこんな……」

「(同盟者よ……)」

「違います、これは悔し涙です。スッキリ復讐できなかったことにっ、対する……悔し……涙ですから……っ……」

 視界が揺れるのは、悔しさの所為だ、きっと、そうなんだ。そうじゃなければ、嘘だ。

「いまから戻り──」

「(──クララ!後ろだ!)」

「え──」

 何かが風を切る音がして、私は地面に叩きつけられた。

 最後に聞こえたのは──

「悪く思うなよ、これも仕事だ」

 私を担ぎ上げる誰かの声だった。
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