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第2部

20 闇夜

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 私の部屋には誰もいなかった。

「──空振りだな、あまり人の匂いがしない。……いや、厳密いうと一人分の匂いはするが……」

 部屋は、私がいた頃と何も変わらない状態のまま、時間が止まったように、そのままだった。

「……この部屋は同盟者が使っていた場所なのか?その割には……」

 アトラは質素な調度品を手に取る。

「はい、そうです……でも、見る限り他の誰かが使ったような感じはしませんね」

 何も変わっていない風景。机、ベッド、修練用の木剣は、法廷に呼ばれたあの日のままだった。

 飾り気の無い、殆ど生気の感じられない部屋。

 ふと、自分の手を見る。その形だけは、前と変わらない。

「……行きましょう、ここには何の手掛かりもありません……それに……もうここは私の部屋ではありませんから」

「……いいのか?主人よ」

 兜の奥の瞳がこちらを見る。

「大丈夫です。……王城へ侵入します。ここに出入りしていないなら、いるのはあちらでしょう」

「……了解した」


◆◆◆◆◆◆◆◆


「妙に人通りが少ないですが……」

 薄闇の修道院には、殆ど人がいない。

 それこそ、私達が堂々と走っていても問題ない程に。

 空は相変わらず暗雲に包まれ、昼なのか夜なのかもわからない。

 もし、私が獣を解き放った為に、こんな天気になったのだとしたら、終末にはおあつらえ向きだろう。

 それに、この薄闇のお陰で獣達の姿を隠す事が出来る。

「……止まれ、人間の匂いだ」

 獣が鼻を鳴らす。

「はい」

 身を潜めて覗き込んだ先は、修道院の門。

 ランプに照らされ、鳥の嘴のようなマスクを被った見張りが、数人見える。

「どうする主人よ。強行突破も可能だが、その先は分からない。妙な香りがするせいで、鼻が効かないのだ」

「……気取られたくはないですね、しかし他に出口はありませんし……」

 周囲を見回す。

 修道院は高い壁に囲まれて、他に出口はない。

「余と同盟者だけなら、抱えて壁を歩いて登るだけなのだがな」

「……それほど、むずかしいことではあるまい?そのためのちからは、すでにあるのだから」

 肩に乗った毛玉が私の剣を指差す。

「……そうですね、真面目に考え過ぎました。──行きましょう」


◆◆◆◆◆◆◆◆


 土の権能を使い、地面を隆起させて壁を乗り換え、王城へ向かう。

 その途中に、広場で異様な光景を見た。

「……人が……」

 吊るされた何人もの亡骸が、風に揺れていた。

「あれは獣……いや、"成り損ない"だ。恐らく……疫病に感染した帝国の……」

 どうしてこんな……アリアは一体何を……

「……同盟者よ。こっちに、まだ息があるものがいるぞ」

「は、はやく救助を……!」

 アトラが見つけた生存者の男の縄を解き、地面に下ろす。

「大丈夫ですか!?」

「な……なぜ……」

「何があったのですか!?」

「──なぜ……私を降ろした」

「え……?」

「……私は罪を贖わなければならないのに……戻せぇ……戻してくれぇ……私がまだ、人の間に死なせてくれ……頼む、死なせてくれ」

「っ……」

 憔悴しきった目で、うわ言のように繰り返す。

 ……私はまた。目の前にいる人を。

 ──いや、獣達を解き放った今、これがこれから先、私が背負うべき罪業なのだろう。

「もう長くは持たないぞ」

 獣が私の肩に手をかける。

「……祈りは必要ですか?」

 男は何も言わず、首を振った。

「──そうですか」

 引き抜いた剣は、男の望みを叶え、返り血が顔にかかった。

「……あり……がとう」

 最後にそれだけ言うと、その後はもう、何も言わなくなった。
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