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08我、勇者ナリ

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 リストとシャルルが見たものとは、退魔の森で剣の鍛錬を積む勇者であった。
 防具を全て脱ぎ白い布に身を包んだ彼女は、剣を振りながら汗をかいている。それを見ていたリストとシャルルはお互いに目を合わせて、なぜ彼女がいるんだ、と言わんばかりに目を大きくしていた。

「シャルル代表、さっき勇者は新たなクエストに向かうって言ってたよね?」
「確かにそう聞きました。でも、勇者が向かう先は難易度Aクラスの雷帝雲や水龍の巣だと思っていたんですよ、まさか難易度Eクラスの退魔の森にいるなんて」
「どうする? 話しかけるか?」
「ちょ、ちょっとやめてください。彼女が人と話している姿なんて見た事ありません。巷では冷酷な性格だとか、昔、人を殺した、なんて言われているんですよ!」
「え、そんなヤバい奴なのか」

 リストが顔を強張らせると同時に持っていた木の棒にも緊張が伝わる。
 そして、木の棒がわずかに揺れて、ガサッ、という音が森に響いてしまった。

「ちょ、ちょっとリストさん。何やってるんですか」
「しょうがないだろ? 俺も緊張してるんだよ」

 リストとシャルルは限界まで声を小さくして、お互いを責めあっていた。しかし、これがさらに勇者を刺激し結局、彼女に気づかれてしまう。

「誰かそこにいるのか?」

 冷たい尖ったような声質。勇者は先程まで素振りしていた剣を腰の柄に入れしまうと、リスト達の方向に向かって声を出した。

(ヤ、ヤバい……)
「ニャ……ニャア……」
「リストさん。ふざけてるんですか?」
「安心しろ、俺の唯一の特技がこれだ。小さい頃よくやらされてたぜ、同級生達にな」

 リストがとっさに取った行動は、ネコの鳴き声を真似する事であった。
 彼、唯一の特技は動物の鳴き真似をする事なのである。それなのにどこか悲しそうな表情を見せるリストに、シャルルは不思議そうな顔をして見つめていた。

「あぁ、なんだネコか」

 シャルルの心配とは裏腹に勇者はネコと勘違いしたようである。
 再び剣の素振りを始めた。
 本来ならそのまま後ろに下がればリスト達は見つからずに済むのだが、彼はホッとしたあまり持っていた木の棒を完全に手から離してしまった。

(あ、ヤバい……棒が地面に……)

 カツンッ、と軽い音が広がった。
 流石の勇者もこれには気づいた、彼女は音の発生地を見つめて素振りを止め、剣をリスト達の方向に向けた。

「ネコでは無いか、出てこい!」

 勇者が声を張り上げると草むらに姿を隠していた、リスト達が両手を上げて出てきた。
 もう観念したのだろう、2人とも引きつった笑顔を見せて勇者を刺激しないようにしている。

「なんだ貴様らは、我の鍛錬でも見にきたのか?」

 勇者が向ける剣の切っ先は、未だに2人を捉えていた。距離はあるが、そのまま突撃されれば串刺しになるだろう。

「ははは。私達はここにクエストにきたんですよ。そしたら大きな音がしていたのでつい」

 シャルルはすぐに依頼書を勇者に見せた。リストはそれを見て最初からそうしていれば良かったじゃないか、と不満そうな顔をしていた。
 そうすれば、自分がわざわざネコの鳴き真似なんかしなくて良かったし、勇者から剣を向けられる事も無かったであろう。

「ふむ。貴様らはクエスト中であったか。それは失礼な事をした」
「いえいえ、私達がコソコソしていたのが悪いんです。では……」

 シャルルがすぐさまその場を離れようとしたその時、リストは立ち止まったまま勇者に話しかけた。

「勇者さん。あんた何で1人なんだ?」
「ちょっと、リストさん。早く行きましょうよ」
「待ってくれ、さっき王国で見た時はあんな大所帯で移動してたのに今は1人しかいない。もしかして勇者も王国からつまはじきにされてるんじゃないか? だったら……」
「リストさん! それは勇者様に失礼ですよ!」

 シャルルはリストを叱った。
 しかし、当の勇者は怒っていないようである。剣を柄に戻すと腕を組んで笑い始めたのだ。

「ははは! 貴様、面白いな。王国の民が言わぬ事をこんなにも堂々と」
「すみません勇者様。この者は我が【オリエント】の団員でして、どうかご容赦を」
「いや、我は怒ってなどいないぞ。シャルル殿」
「え? なぜ私の名前を」
「王国最古のギルドだ、無知な我でもそれくらい知っておるわ。にしても先代が亡くなってから団員が1人も居らぬと聞いていたが、面白い団員がいたのだな。ははは!」

 勇者の笑い声はどこか切なく、目もどこか疲れているよな生気のない瞳をしていた。
 だが、勇者はリストの前に近づくと手を差し出して挨拶をしてきた。
 その顔は、シャルルが言っていたように冷酷な表情ではなく、穏やかな優しい表情である。

「リスト殿であったか? 先程から我の事を勇者、勇者言っているが我の名はサシャだ。これからはサシャと呼んでくれ」
「え? 急にどうした?」
「はは……お主の言う通り、我も王国から嫌がらせを受けている。奇妙な噂を流して我から人を離れさせ、しまいにはクエストに制限までつけよって」
「じゃあ、冷酷な性格だとか、人を殺したって言うのは……」
「そんな事あるわけがなかろう。我は師匠から常に優しくあれ、と教えられてきたのだ」
「だよな。今、話しても噂みたいな人だとは思えないよ」
「リスト……いや、シャルル殿」
「は、はい?」
「我もシャルル殿のギルドに時々、訪ねてもよいかな? 他のギルドに行こうにも周囲の目が気になってな」
「もちろんいいですが、我が【オリエント】に入ってくる依頼は、今はもう難易度Eクラスだけですよ。勇者様の期待に添えられるモノがあるとはとても……」
「いいんだ。どのみち王国からの命令で、我は難易度Eクラスのモノしか引き受ける事が出来ないからな。王国の奴らはこれ以上、我に民の心が集まるのを恐れているのだろう」

 勇者は悲しそうな表情で地面を向く。
 すると、リストが勇者の手を握って挨拶に応えた。おそらく励まそうとしたのだろうか、笑顔で話を続けた。

「サシャ! いつでも俺らのギルドに来てくれ!」
「あ、あぁ……ありがとう……」
「ちょっとリストさん!? 代表はこのシャルルですよ」
「ごめんごめん、クエストはちゃんとやるからさ。じゃ俺たちは、このままクエスト続けるから後で【オリエント】で会おう」
「あ、あぁ」

 リストは勇者の手を離すと、シャルルと共に再び森の奥深くへと入っていく。
 そしてなぜか、その後ろ姿を見ていた勇者は顔を赤らめて先程の手を胸に当てていた。

「リスト殿は、若い頃の師匠に似ている……」
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