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種火

第十四話 惨状

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 多くの人を飲み込んだ遺跡は、ただただ静かに佇んでいて、人の気配どころか魔物の気配すら感じられない。
 冒険者ギルドにあった報告通り、この場所は既に調査が終わっているのだ、真新しい異変などそうそう見つかるはずもなかった。

 そう、戦闘の痕跡も、血痕や死体さえも全く見つからない。
 その事実が、その場にいた全員に異常を感じさせたのだろう、ネルゲンはアクトととヒューゴに戦闘態勢を維持するよう指示した。

「この遺跡は何かおかしい、何もないことが逆に異常だな。ヒューゴ、どう見る?」
「そうっすね、さっきから探知魔法使ってるっすけど、何にも引っかかってないすね。ただ、ネルゲンさんの言う通り、何かいるのは間違いないと思うっす」

 先輩の冒険者の会話は、アクトにとって新鮮そのもので、それだけでもついて来て価値があったと感じていた。
 何せ、《エスプ・ヴィレ》に来て、初めて関わった冒険者はミーシャとルルーシュなわけで、彼女らは先輩としての背中など何も見せてはくれなかった。
 彼女らがアクトたちに示したのは、その異常な強さのみである。

「アクト、緊張してるか?」
「……まあ、少しだけな。ここに来てから変な感じがする。なあ、ネルゲン……俺たち合流して全員で動いてた方がいいんじゃねえか?」

「ふっ、緊張することも恐れることも大切なことだ、決して緩めるなよ。それと、合流するという案だがな、却下だ。悪いというわけではないが、あいつらも俺たちも伊達に修羅場を潜ってきてないさ。信じてくれ……と言っても難しいのはわかる。ふむ、困ったな。魔物の一匹でも出てきてくれれば証明できるんだがな……」
「まあまあ、アクト君はまだ駆け出しなんすから社会勉強だとでも思って見ていてくださいっす。あ、俺は弓をメインで使うっすけど近接もいけるんで、気にせず前に出ていいっすからね?」

 先に、この時点で一つ反省点を上げることができるのだとしたら、アクトは、自分が感じ取った異変について無理矢理にでも二人に共有しておくべきだった。
 幾ら自分より高ランクの冒険者だからといって、経験豊富な冒険者だからといって、

 

 アクトたちは《ヴィルメナス遺跡》の南側から調査しており、マリアたちは反対側、つまり北側から周っている。
 マリアは対魔物に効果的な聖属性の魔力が使えることを三人に共有していた。
 その反応は、当然好感触であったのだけれど、マリアもノルフェーンたちもそこでもっと考えるべきだった。
 聖属性を使える者は、確かに希少ではあるけれど、いないわけではない。
 失踪した冒険者の中に聖属性を扱えるものがいた可能性、いたにも関わらず失踪してしまっている可能性をほんの少しでも考慮しておくべきだった。

 この世界の常識の一つとして、聖属性は魔物や魔人族に対して強い。
 しかし、何事にも例外や特例は存在するのだ。


 


 最初は何もなく順調だった。
 ノルフェーンは雰囲気を明るく保ってくれていた。

 

 暫くして、一つ異変が起きた。
 その場にいる全員が、霞のようなものに包まれた。



 異変は連鎖していく。
 ベルが何かを叫んでいるようだけれど、何も聞こえなっかった。



 四人の背後に何かが現れた。
 すぐに反応し、迎撃しようとするけれど、ウォーディだった。
 


 彼に気付いて攻撃を辞めた時には、彼はもう死んでいた。
 魔法で焼かれ、聖なる矢に貫かれ、毒のナイフで首を切られていた。



 
「ちょっと! なんでウォーディが……ベル! 駄目よ、近づかないで!」



 ノルフェーンの声もまた、ベルには届かない。
 動かなくなったウォーディに駆け寄ったベルの首が、音もなく斬り飛ばされた。



「マリア! 逃げるわよ! これは私たちじゃ手に負えないわ、生きて帰ってギルドに報告しなきゃ!」



 ノルフェーンはマリアの手を取り、来た道を戻ろうとする。
 取った手は、マリアのものとは違い、血に塗れていたけれど、彼女は気が付けなかった。






 『剛翼の剣』とアクトとマリア、遺跡に到着し調査を始めて僅か一時間、既に半数が絶命してしまった。
 いや、遺跡に喰われたという方が正しいかもしれない。

 そしてその事実を、アクト含めネルゲンたちはまだ知らない。



「ヒューゴ、何か異変があったらすぐに報告してくれ。どうも静かすぎる、ここが本当に多くの冒険者たちが失踪した遺跡であるなら、予想外のことが起きるのだろう。常識や経験は一度捨て去って、警戒していてもいいのかもしれないな」
「珍しく慎重っすね、もしかして怖いんすかー? ま、もちろん指示には従うっすけどね。それにしてもあっちは大丈夫っすかね」

「大丈夫だ、ベルは俺よりも状況の把握に長けているし、ウォーディだって盾なしで前線を張れるんだ。ノルは……まあ能天気だが、常に冷静だしな。あっちの方が寧ろ盤石と言えるかもしれんぞ?」
「えー、なんすかそれ、聞いたっすかアクト君? この人今俺たちのことさりげなく馬鹿にしたっすよ」


 異常はない、いや、異常がなさすぎることが既に異常なのかもしれない。
 三人は警戒を解くことなく、遺跡の周囲の調査を続けていく。

 遺跡の周りに霞がかかり始めたのは、その後すぐのことだった。
 まだ時刻は昼過ぎだというのに、周囲は薄暗く染められ、互いの姿が辛うじて見えるのが精一杯だった。
 それでも、まだ声は聞こえる、意思疎通は可能なことは幸いだった。

 アクトは、意外にも冷静だった。
 まるでこうなることがわかっていたかのように、まるでこの光景を知っていたかのように。
 しかし、自分たちが何かしらの攻撃を受けていることは間違いない。
 対処をしなければ、この場で全員が死ぬことになりかねない。

 何か、何か……。


「ネルゲンさん! これ魔法っす、微かだけど魔力の流れがあるっす! 俺たちは今攻撃されてるっす!」
「ああ、アクト俺に近づけ! 戦闘態勢だ、取り乱すなよ!」


 ネルゲンもヒューゴも、対応は早かったけれど、三人は既に籠の中。
 霞に包まれ、何者かに先手を取られてしまっていることに変わりはない。
 彼らの反対側では、その事象は既に起きていて、全ては終了してしまっている。

 この場において、限りなく正確に状況を把握しかけているのは、アクトだけだった。
 アクトには全て聞こえており、奇襲のタイミングも手段も狙いも、その殆どを一瞬先に知ることができていた。
 しかし、対処するに至らなかった理由、それは経験と信頼関係によるものだと言えるだろう。
 こういう状況に陥った場合、最優先するべきことをアクトはまだ知らない。
 
 ネルゲンならば、それは仲間の命以外あり得ないと即答できた。
 アクトの耳に入った情報、そのうちの一つが判断を鈍らせ、感情の制御を乱してしまった。

「こちらの四人は処理した、そちらも早く終わらせろ」

 その言葉が誰から誰へのものかはわからなくとも、意味はわかる。
 マリアたちを処理した、そう言っているのだ。

 感情が纏まらない。
 情報を正しく飲み込むことができない。

 マリアたちを処理?  
 それは殺したという意味だろうか、これから自分たちは何をされるのだろうか。

 終わらない思考が、アクトの脳内を支配する。

「ぁあ……、あああぁああぁああっぁぁあ!」

「アクト?」
「アクト君!?」

 ネルゲンとヒューゴが驚くのも無理はない、追い詰められたアクトがとった行動は、この場面でするようなことではないし、そもそも霞に包まれた程度のことでそうなる意味がわからない。

 魔力の全力放出。

 アクトは自身の体内にある魔力を出し尽くさんとする勢いで、魔力を放出した。
 そこに意味などなかったのかもしれない、何も考えが纏まらず自棄を起こしたに過ぎないのかもしれない。
 しかし、意味はなくとも、効果はあった。

 アクトは元々、膨大と言って差し支えない魔力を有していて、その使い方を学んでいないが故に大した鍛錬をしてこなかったけれど、その魔力量は魔法に特化した魔人族と比べても全く見劣りしないほどなのだ。
 そんな魔力を一気に放出して、何も起きないわけがない。

 三人を包んでいた霞が一瞬晴れ、それの姿を捉えることに成功した。

 褐色の肌に、銀色の髪。
 赤く染まった瞳は、まるでこちらを射殺すかのような鋭さだ。
 体格からして男のようだけれど、容姿そのものはかなり整っていて、街ですれ違えば殆どの者が振り返るだろう。
 しかし、重要なことはそこではない。
 気配の察知に長けた者がいる状況で、ここまで近付かれていることが既に異常なのだ。
 異常で、理不尽で、手遅れなのだ。

「おい、お前……何者だ」
 
 声はネルゲンのものでも、ヒューゴのものでも、もちろんアクトのものでもない。

「そこの、馬鹿げた魔力の小僧。お前は一体なんだ?」

 男は、アクトのみを見つめている。
 ネルゲンとヒューゴには一切興味がないようで、アクトの様子を観察している。

「俺が何者かどうかが重要か?……マリアは、あいつらをどうした?」
「……お前が知る必要はない」

 噛み合わない会話、充満していく殺気。
 アクトはこれまで感じたことのない感情に飲まれかけていた。

 憎悪と焦燥。
 
 男は小さな声で詠唱を始め、周囲に再び霞がかかりだした。
 先程よりも濃く、明確な意図を持って。

「アクト! もう一度この霞を飛ばせるか?」

 ネルゲンがアクトに尋ねることはできなかった。
 何故ならば、ネルゲンの視界に既にアクトはおらず、加えてヒューゴの姿もなかったからだ。
 霞の中は、白く、静かで、とても遅い。

 ゆっくりと近付く足音すらも、ネルゲンには聞こえていないだろう。
 的外れな方を向いて縦を構え直し、懸命に何かを叫んでいる。

 流石のネルゲンも余裕はなく、額に汗を浮かべ、最大限に神経を使って備えている。
 だが、その程度のことはこれまでの冒険者たちでもやっていた。
 それでも、一人も帰らず、全てが飲み込まれているのだ。

「アクト、ヒューゴ! どうしたぁ! くそっ、さっきの男はなんだ? この霞の中では連携が取れん」
「……もうその必要はない」

 ネルゲンの背後、唐突に声を掛けられ、身体は一瞬強張ってしまう。
 致命的な隙、戦闘においてそれは死に直結する。

「なっ……」
「……」

 ネルゲンは振り返ることもできず、背後から胸を貫かれてしまう。
 ネルゲンの鎧はかなり頑丈なものではある筈なのだけれど、男が突き出した刃は、その全てを無視するかの如く、何の抵抗も感じることなくゆっくりとネルゲンの胸を貫いた。

「がはっ……、お前はダークエルフ……何故こんな所に……」
「……」

 その言葉を最後に、ネルゲンの身体は力を失い、ガックリと地に伏してしまう。
 
「貴様に要はない、しかし使い道はあるか……」




 アクトは、微かに何かを感じ取った。
 それは叫びに近い、感情の揺らぎのようなものだった。 
 依然として霞は全てを飲み込んで、方向感覚すら惑わせてしまう。
 しかし、何となくわかってしまう。

「ネルゲンもヒューゴもやられた……?」

 構えた大剣を一体どこに向けるべきか、どこを警戒するべきか。
 自分が何をされているのか、結局何もわかっていないのだ。

「ただ怯えているだけかと思えば、少しは修羅場を潜ってきたのだな……お前もあの小娘も」

 霞は完全に消え、周囲の全てが視界に入ってくる。
 ネルゲンとヒューゴは、アクトから少し離れた所で倒れている。

 そして、アクトの目の前には先ほどの男。
 ただ、その両手には二つの首。

 恐怖に染まったヒューゴの顔は、死ぬ直前まで仲間の名前を叫び続けていたことを簡単に想像させる。
 絶望を浮かべたネルゲンの顔は、これまでの全てを否定され、一方的に殺されたことがわかってしまう。

「この首は土産だ、欲しけりゃくれてやる」

 男は、首を乱雑に投げ、二人の首はアクトの足元に転がってきた。
 アクトは転がってきたそれを直視することができない。

「こいつらは貴様の何だ? そのような表情を浮かべるほどの繋がりがあったのか?」

 表情一つ変えず、男はアクトに尋ねるけれど、アクトは反応できない。
 身近な人の死を初めて経験して、自分の感情を言語化できずにいるのだろう。

 もう話すことすら叶わぬ二人の顔、冗談を言い合い酒を交わし、共に冒険をする仲間だったネルゲンたち。
 短い時間とはいえ、縁を結べば他人ではない。

「お前が……お前が殺したんだな。ネルゲンもヒューゴも……他のみんなも……マリアのことも」

 アクトの身体から魔力が溢れ出す。
 怒気を纏い、目の前の敵を滅さんと意志を持って。

「……ほう、お前はただの人ではなかったか。しかもその魔力は、……なるほど」

 男の瞳に、初めて興味の色が宿る。
 しかし、その全てがアクトにはどうでもいいことである。
 大切な人を殺された、自分たちに良くしてくれた人たちを殺された。
 許してはいけない、このままにしていてはいけない。

 殺されたのであれば、償わせなければならない。
 敵であるのならば、殺さねばならない。
 
「お前は、もう喋んなよ……お前は殺す」

 魔物に対して、命を奪うことを迷ったことはなかった。
 当然である。
 魔物は人の命を奪う存在、世界に仇なす存在でしかないのだ。
 迷う余地など、微塵もない。

 だが、同じ人同士となれば話は別だった。
 ミーシャに稽古を付けてもらった時、クロと手合わせをした時、アクトの思考は一種の迷いに染まった。

 二人の戦い方は、魔物を倒す為ではなく、人と戦うための技術だったということ。
 もっとわかりやすく言えば、人と戦い、人を殺すための技術。
 それは、アクトには備わっていない、備える必要がないことだった。
 世界の敵はあくまで竜であり、魔物でしかなかったからだ。

 テアドラさえも、その技術をアクトやマリアに伝えることはなかった。
 
 しかし、今、アクトは明確な意志、確かな殺意を持って大剣を構え直す。
 
「マリア……すぐ迎えに行くからな……」

 アクトの一歩は、簡単に音を置き去りにした。
 凄まじい衝撃を残し、刹那の間に男との距離を無にしてみせる。

「ありがたいことに、お前を殺すことに何の迷いもねえ……死ね、【顎門】ぉぉ!」

 ミーシャやクロには通用しなかった、単純な突き。
 小細工も緩急も技術もない、速度と膂力任せの雑な突き。

 それでも、その速度と膂力が人智を遥かに超えたものであれば、それだけで必殺の技たり得てしまうのかもしれない。

 アクトの放った【顎門】は、強力な突きであると同時に、アクトの魔力を前方に放った。
 力任せであるけれど、威力は壮大だった。
 遺跡の一部が消し飛んでしまう程の威力、しかしそれでも、男の命を刈り取るには至らなかった。

「素晴らしい、その魔力……恵まれたな。あの小娘もお前も、我らについて来てもらう」
「……うるせえな。殺してやる、お前ももう一人の方も」

「ほぅ、ゾルの声に反応したのか……ますます興味深いな」

 アクトはもう一度、強く一歩踏み出した。
 先程と同等の速度、同等の威力。

 【顎門】、アクトの剣が男に向かって真っ直ぐに突き出される。
 しかし、一度躱された技、同じことを繰り返したところで効果は見込めない。

「避けられんなら、繋げるまでだ……お前に当たるまでな! ……【空斬】!」

 アクトは絶え間なく技を繰り出していく。
 魔力の霧散も、体力の消費も関係ない。
 力の尽くし、限界を超えて。

 果たしてその剣は、何の為に、誰の為に振るうのか。
 物語は、アクトの冒険はまだ始まったばかり。
 
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みんなの感想(1件)

谷 亜里砂
2024.04.26 谷 亜里砂

好きな展開です!また見に来ますね!

忍忍
2024.04.26 忍忍

ありがとうございます!もっともっと楽しんでいただけるよういろんな仕掛けを準備しておきます!

解除

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