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快楽の牢獄
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「――何すか、マスター。報告書は上がってんでしょ」
「ああ。スヴェンからのは読ませてもらったが、お前にも詳しい話を聞かせてもらおうと思ってな」
がやがやと騒がしい酒場の一角で初老のギルドマスターとテオドアが一枚の紙を挟んで向かい合っていた。まるでミミズがのたくったような乱雑な文字が並んでいる。いつもの几帳面なスヴェンの字とは天と地ほどの差に、テオドアは、よほど具合が悪いのだな、とスヴェンの学者然とした顔を脳裏に浮かべた。
「メイテイカズラの変異種、ね……。ぶっ壊しちまったそれ、かけらとかは残ってないのか」
「いやー、何か色々やってるうちに他の動物の餌になっちまったみたいで。あ、蔓なら残ってると思いますけど」
あの後、ひどく具合の悪そうなスヴェンを地上に降ろし、彼の要請で近くの川にまで肩を貸してやった。水を飲んでは嘔吐を繰り返すスヴェンはテオドアの手を借りることを頑なに拒み、そんな暇があるならあの植物が他にも生えてないか見てこいとつっけんどんに追いやったのだった。渋々戻ってみれば、多数の小動物がかけらに群がり散々に食い散らかされた跡と、死んだ蛇のような多数の蔦が残るばかりだった。
「……でも多分、他にもあるんじゃないすかね」
「本当か?」
テオドアの言葉にギルドマスターの目が興味深げに輝いた。食いカスの他に、恐らくはスヴェンのものと思われる矢と、人間のものと思しき溶けかけた骨が落ちていた。果たしてあの巨大なメイテイカズラが人間一人を完全に食い切るまでにどれだけの時間がかかるのかは分からないが、少なくともあの蔓と同じものが巻き付いている木は他にも幾つかあった。木々の色と混じって本体の存在は明確には発見できなかったが、それ以上は自分の仕事ではないとテオドアは見切りをつけて捜索を切り上げたのだった。
しかしね、と地図に当たりをつけた場所を書き込みながらギルドマスターに訊いた。
「あんな人喰い植物、どうする気です。あんなの売れるんすか?」
他にも存在すると知ったギルドマスターの目は、人への被害を憂うものではなかった。確実に商売人のそれだ。蔓は丈夫そうだし、あの食い散らかされぶりからするに、あの肉厚のゼラチン質は動物にとってはいい栄養となるのだろう。しかし食うのか? あれを? と考えて渋い顔をするテオドアに、ギルドマスターは下卑た笑みを浮かべた。
「何だお前、知らんのか? あれはな――媚薬になるんだよ」
「媚薬ぅ?」
きょとんと目を丸くするテオドアの顔を見て、ギルドマスターは機嫌よく呵々と笑う。
「そうさ。人間も動けなくするほどのもんなんだろう? なら、その効果は普通のメイテイカズラの何倍とも知れん。これは売れるぞ――」
ギルドマスターの言葉を聞きながら、樹上で聞いたスヴェンのあの甲高い悲鳴を思い出す。あの声――あのいやらしい声は聞き間違いではなかったのだ。それにあの甘ったるい匂い。項垂れたスヴェンの首筋の妙に艶めいた皮膚を見て、無性に女を抱きたい気持ちになったのも、きっとあの甘ったるい匂いを吸い込んだせいだったのだろう。それなら合点が行く。
「――で、スヴェンの様子はどうなんだ? 寝込んでるそうだが、怪我でもしたのか?」
「いやあ――」
その媚薬のプールに浸かりまして、とばらすのも何だか可哀想だし、一応護衛役でもあった自分の不手際を吹聴することもないだろう。ちょいと蔓に締められましてね、とテオドアは茶を濁した。
「まあ、スヴェンにはしばらく休暇でもやろう。この報告書を見る限り、あいつはこれを活用することには反対のようだしな」
何重にも下線が引かれた「危険」の文字をトントンと指で叩き、ギルドマスターは口端を吊り上げた。部下に対して金払いのいいマスターではあるが、金に目がないのもまた事実だ。近日中には捜索隊が編成されることだろう。
「ご苦労だったな。宿に戻るついでに、休暇のことをスヴェンに伝えておいてくれ」
「へいへい」
テオドアは立ち上がり、酒場を後にした。むらむらとわだかまる性欲を発散するために戻り次第娼館に行こうと思っていたのだが、すぐギルドマスターに呼び出され、なら報告が終わったら行こうと思えばこれだ。面倒な言付けを頼まれてしまった。夜空を照らすふしだらな灯りに照らし出された石畳をぶらぶらと歩きながら、テオドアはふといいことを思いついた。あの先生もきっと今頃さぞやむらむらしてることだろう。娼館にでも誘ってやろう。ああいう堅物は変に羞恥心を抱いて一人ではなかなか娼館に行けなかったりするものだ。それで護衛役の失態は相殺だ。テオドアは鼻歌まじりに宿屋への道を歩き始めた。
「ああ。スヴェンからのは読ませてもらったが、お前にも詳しい話を聞かせてもらおうと思ってな」
がやがやと騒がしい酒場の一角で初老のギルドマスターとテオドアが一枚の紙を挟んで向かい合っていた。まるでミミズがのたくったような乱雑な文字が並んでいる。いつもの几帳面なスヴェンの字とは天と地ほどの差に、テオドアは、よほど具合が悪いのだな、とスヴェンの学者然とした顔を脳裏に浮かべた。
「メイテイカズラの変異種、ね……。ぶっ壊しちまったそれ、かけらとかは残ってないのか」
「いやー、何か色々やってるうちに他の動物の餌になっちまったみたいで。あ、蔓なら残ってると思いますけど」
あの後、ひどく具合の悪そうなスヴェンを地上に降ろし、彼の要請で近くの川にまで肩を貸してやった。水を飲んでは嘔吐を繰り返すスヴェンはテオドアの手を借りることを頑なに拒み、そんな暇があるならあの植物が他にも生えてないか見てこいとつっけんどんに追いやったのだった。渋々戻ってみれば、多数の小動物がかけらに群がり散々に食い散らかされた跡と、死んだ蛇のような多数の蔦が残るばかりだった。
「……でも多分、他にもあるんじゃないすかね」
「本当か?」
テオドアの言葉にギルドマスターの目が興味深げに輝いた。食いカスの他に、恐らくはスヴェンのものと思われる矢と、人間のものと思しき溶けかけた骨が落ちていた。果たしてあの巨大なメイテイカズラが人間一人を完全に食い切るまでにどれだけの時間がかかるのかは分からないが、少なくともあの蔓と同じものが巻き付いている木は他にも幾つかあった。木々の色と混じって本体の存在は明確には発見できなかったが、それ以上は自分の仕事ではないとテオドアは見切りをつけて捜索を切り上げたのだった。
しかしね、と地図に当たりをつけた場所を書き込みながらギルドマスターに訊いた。
「あんな人喰い植物、どうする気です。あんなの売れるんすか?」
他にも存在すると知ったギルドマスターの目は、人への被害を憂うものではなかった。確実に商売人のそれだ。蔓は丈夫そうだし、あの食い散らかされぶりからするに、あの肉厚のゼラチン質は動物にとってはいい栄養となるのだろう。しかし食うのか? あれを? と考えて渋い顔をするテオドアに、ギルドマスターは下卑た笑みを浮かべた。
「何だお前、知らんのか? あれはな――媚薬になるんだよ」
「媚薬ぅ?」
きょとんと目を丸くするテオドアの顔を見て、ギルドマスターは機嫌よく呵々と笑う。
「そうさ。人間も動けなくするほどのもんなんだろう? なら、その効果は普通のメイテイカズラの何倍とも知れん。これは売れるぞ――」
ギルドマスターの言葉を聞きながら、樹上で聞いたスヴェンのあの甲高い悲鳴を思い出す。あの声――あのいやらしい声は聞き間違いではなかったのだ。それにあの甘ったるい匂い。項垂れたスヴェンの首筋の妙に艶めいた皮膚を見て、無性に女を抱きたい気持ちになったのも、きっとあの甘ったるい匂いを吸い込んだせいだったのだろう。それなら合点が行く。
「――で、スヴェンの様子はどうなんだ? 寝込んでるそうだが、怪我でもしたのか?」
「いやあ――」
その媚薬のプールに浸かりまして、とばらすのも何だか可哀想だし、一応護衛役でもあった自分の不手際を吹聴することもないだろう。ちょいと蔓に締められましてね、とテオドアは茶を濁した。
「まあ、スヴェンにはしばらく休暇でもやろう。この報告書を見る限り、あいつはこれを活用することには反対のようだしな」
何重にも下線が引かれた「危険」の文字をトントンと指で叩き、ギルドマスターは口端を吊り上げた。部下に対して金払いのいいマスターではあるが、金に目がないのもまた事実だ。近日中には捜索隊が編成されることだろう。
「ご苦労だったな。宿に戻るついでに、休暇のことをスヴェンに伝えておいてくれ」
「へいへい」
テオドアは立ち上がり、酒場を後にした。むらむらとわだかまる性欲を発散するために戻り次第娼館に行こうと思っていたのだが、すぐギルドマスターに呼び出され、なら報告が終わったら行こうと思えばこれだ。面倒な言付けを頼まれてしまった。夜空を照らすふしだらな灯りに照らし出された石畳をぶらぶらと歩きながら、テオドアはふといいことを思いついた。あの先生もきっと今頃さぞやむらむらしてることだろう。娼館にでも誘ってやろう。ああいう堅物は変に羞恥心を抱いて一人ではなかなか娼館に行けなかったりするものだ。それで護衛役の失態は相殺だ。テオドアは鼻歌まじりに宿屋への道を歩き始めた。
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