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12:2度目の夜会

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 数日後、エルシーはライナスと共に、馬車に揺られていた。さすがに王族の馬車、普段乗っている伯爵家の馬車とは格が違う。揺れも少なく、とても快適だ。

 向かう先は、ラブキン公爵邸。夜会に招待されたのだ。招待状の主は現当主だが、三男のダルネルが仕掛けてくるなら、おそらく今日だろうとライナスたちは考えていた。

 ただ、警戒していることをあからさまにするわけにもいかず、護衛としてフィルとカーティスの二人だけを連れてきた。二人はそれぞれ馬に乗り、外の警戒にあたっている。

 エルシーはちらりと、目の前に座るライナスに視線をやった。頬杖をついて、外の景色を眺めている。その横顔からは何を考えているか読み取ることはできない。すると、その視線に気づいたライナスが、エルシーを見て微笑んだ。

「そろそろ着きますよ」
「はい」
「エルシー、会場では私からなるべく離れないように。何があるか分かりませんからね」
「かしこまりました」

 馬車がスピードを緩め、大きな屋敷の前で止まる。ライナスはエルシーをエスコートして、カーティスに馬車の近くに残るよう指示し、フィルを連れて、ラブキン邸に足を踏み入れた。

 二人の到着を聞きつけ、すぐにラブキン公爵夫人が案内に現れる。にこやかに迎え入れられて、二人は王族を歓待するために準備されていた場所に通され、ラブキン公爵が挨拶に来るのを待つことになった。

「ダルネルが見当たらないな」

 ライナスの言葉に、エルシーは会場を観察する。ラブキン公爵の長男と次男がそれぞれ自分のパートナーと共に社交をしているのが確認できた。

「王城からまだ戻っていないのでしょうか?」
「どうでしょう。普段から、ユージンが寝付くまで相手をしているらしいですから考えられなくもありません」
「教育熱心なんですね……」

 エルシーの言葉にライナスは曖昧に頷く。教育熱心というより、あれは……と考えていると、ラブキン公爵がやってきた。

「これはこれは、ライナス王子殿下。クルック伯爵令嬢と揃ってお越しいただき、感謝を申し上げます」
「ラブキン公爵、こちらこそ、お招きありがとうございます」
「いえいえ、ご令嬢も、よくお越しくださいました」
「こちらこそ、お礼申し上げます」
「次期皇太子と目される殿下に、婚約がととのったこと我々も大変嬉しゅうございます。この国はこれからも安泰でございましょう」
「ラブキン公爵は、相変わらず大袈裟ですね」

 親しげに話し始めた二人の様子に、気は抜かないよう、エルシーは愛想笑いを浮かべる。

「本日は、私どもの領地で取れた作物をふんだんに使った酒、料理を用意させていただきました。また、王城にも納めに参りましょう。どうぞ、ごゆるりと。ダンスなど楽しまれていってください」
「ありがとう、ラブキン公爵。父上にも伝えておきます」

 公爵が離れて行くと、長男と次男が相次いで訪れ、挨拶を済ませる。

 落ち着くと、喉が渇いてきた。心なしか、お腹も空いている。料理は、立食形式のため毒の混入は難しそうだと、ライナスはエルシーに料理を勧めた。

 すかさず、フィルがいくつか料理を選んで持ってきてくれる。さらに栓がついたままの飲み物を使用人から預かり、給仕もしてくれた。

 新鮮なサラダや、照り焼きにされたジューシーなチキンに、ラブキン公爵領が豊かな領地であることが身をもって分かる。エルシーは舌鼓を打った。そんなエルシーを見て、ライナスは微笑む。

 食事や会話を一通り楽しむと、音楽が切り替わり、ライナスのエスコートでエルシーは大広間の中央へ文字通り躍り出た。ダンスのレッスンは毎日欠かさず行なっているので、自信を持って披露できる。

「また上達しましたね」

 ライナスと踊るのは、この前の王城での夜会以来だ。この距離の近さではもう動揺しないと思っていたエルシーだが、耳元でこっそりと囁いてくるのがくすぐったく、なんだか恥ずかしくなってきて、ライナスに非難の目を向けた。

「殿下は相変わらず、とてもお上手です」
「それは、嬉しい言葉だ」

 負けじと囁き返すエルシーに、ふふ、と満足げに笑うライナス。傍からは、仲良く楽しそうにしているようにしか見えず、周りの貴族たちは微笑ましく見守った。

 しばらくして、夜会は特に異常もなく、お開きとなった。最後までダルネルは姿を現さない。ラブキン家の誰もがダルネルについて言及することもなく、情報が得られないまま屋敷を後にすることになった。

 カーティスに見張らせていたおかげで、馬車にはなんの異常もなかった。ひとまず安心して、ライナスはエルシーと共に乗り込む。

「さて、城に戻りましょう。エルシーの部屋も用意できているでしょうから、城に戻るまでは気を抜かないで」
「わかりました」

 今晩は、このままライナスと城に戻り、用意された部屋で過ごす予定となっている。

 あと半分というところで、夜のため見通しの悪い林の中を走っていくことになった。昼間はなんとも思わなかった場所も暗くなれば全く違う表情を見せる。

 突然、馬車の窓が外からノックされた。ライナスは、音を立てないよう慎重に窓を開ける。馬に乗ってついてきているフィルが話したいことがあるようで、窓の近くに器用に顔を寄せていた。

 二人が窓越しに何やら話しているのを、エルシーは見つめる。すぐに会話を切り上げたライナスとエルシーの視線が交わった。

「エルシー、スキルを使ってもらえますか。説明はあとです」
「わかりました」

 エルシーがスキルを使い、時間が止まる。馬車の音が止み、しんと静かになった。ライナスは、馬車の扉を開けて先に降り、エルシーに手を差し出す。その手を取り、エルシーも馬車を降りた。

「この先に襲撃者が集まっています」
「……殿下の命を直接狙いに来たのですね」
「えぇ。思った通りです」
 
 ライナスは周りを確認しながら、人気のない茂みの奥へと進んでいく。エルシーは手を引かれるまま、後に続いた。

 このまま時間が止まっているうちに敵を探して倒せれば良かったが、残念ながら、エルシーには護身用の短剣くらいしかない。正直に言うと、自分で自分の身を守れるかも怪しい腕前だ。

「……このような時のために私も鍛錬が必要ですね」
「……エルシー、とても言いづらいんですが、あの時のように足を踏むくらいでたじろぐような輩ではないですよ」

 ライナスはこちらを振り返りもせず、冗談混じりに言い返す。
 
「そうですね……でも、護身用の短剣なんて持っていても、私がきちんと使えなければ意味がないと思いました」

 ドレスの下にある短剣が、これではただの飾りだと思っていると、ライナスが振り返った。
 
「エルシーには危険なことはなるべくさせたくありません。それに、体力を使う仕事はカーティスとフィルに任せましょう。勇ましいあなたもとても魅力的だと思いますが、今は私と隠れてほしい」

 言葉と同時に手を引かれ、ライナスに肩を抱かれる。そのまま、二人で茂みの中に隠れた。
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