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05:夜会の準備
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いつも通り、午前中から登城すると、エルシーは数人の女性の使用人に囲まれる。そのまま、あれよあれよと風呂に連れて行かれ、隅々まで磨かれた。
エルシーの準備のために用意された部屋には、明るいブルーのドレスが準備されていた。ウエストがきゅっと絞られており、そこからふわっとチュール生地が重ねられたスカートが広がっている。スカートにはきらきらした飾りが縫い付けされており、遠目からも上品さが伝わってくる。
いつもとは違うメイクに、いつもとは違うドレス。エルシーも年頃の娘だ。鏡に映った自分を見て、緊張と期待で胸がいっぱいになった。
髪をセットしてもらい、イヤリングとネックレスを身につける。ドレスと揃いの手袋をつけると、周りから拍手が起こった。使用人たちが褒めちぎってくれるのに、エルシーは、恥ずかしくてはにかむしかない。
「では、王子殿下の執務室へ参りましょう」
案内を受けて、ライナスの執務室に向かう。
すると、廊下の途中で、トレイシーに出会った。騎士服の背の高い男と話をしているようだ。
近づいてきた人の気配に、二人の視線が使用人とエルシーに向けられた。トレイシーに会うのは、契約書を書いた日以来となる。
エルシーはゆっくりとその場でカーテシーをした。
「ごきげんよう」
「お久しぶりですね。クルック嬢、顔をあげてください。あなたはもう、実質的には殿下の婚約者なのですから」
エルシーは姿勢を戻し、二人を見る。今まで当たり前にしていたことがしなくて良くなるというのは、なんだか変な感じだ。
「なかなか慣れませんね……。ドラン様と、えーと、そちらは……?」
「俺?」
トレイシーの横にいる、赤みがかったブラウンの髪にグレーの瞳を持つ男が自分を指差す。
「ご紹介しましょう。こちらは、カーティス・マクベイン。見た通り、王国騎士団の一人です。カーティス、こちらは、エルシー・クルック嬢。殿下の婚約者候補となられた方だ」
「クルック嬢、あなたのような美しい女性にお会いできて光栄です。俺のことは、カーティスと呼んでください。騎士団に在籍していますが、王子殿下付きの護衛を任されています」
マクベイン侯爵家といえば、一族みなが騎士団に在籍していて、その活躍で令嬢たちから人気を集める家柄だ。
「わかりました、カーティス様。私のことも名前で呼ばれます?」
「いや、俺のは、家名だと誰が呼ばれたか分からなくてややこしいだけなので、クルック嬢と呼ばせてもらいますよ」
「なるほど。よろしくお願いします」
二人が自己紹介を終えると、トレイシーはエルシーに、ここ数日気になっていたことを聞くことにした。
「そういえば、クルック嬢。日々のスケジュールはいかがですか? なかなか貴女の意見を聞く機会がなく、私が一方的に決めたもので過ごしてもらっていましたが」
「……あれは、ドラン様が考えられたのですか?」
「殿下に頼まれましたので」
「なんとかこなせているとは思います。ただ、毎日、お昼と作法のレッスンを兼ねるのはちょっと……食べた気がしないので……」
「なるほど。改善の余地ありですね。わかりました。貴重な意見、ありがとうございます」
手元の紙にささっとメモをとって、トレイシーは顔を上げた。他にはないのか?と目が言っている。
「クルック嬢、遠慮なんかしないでどんどん言ったほうがいいですよー。俺もそうしてますから」
「いえ、もう特にはありません。毎日、新しいことを学べてとても有意義です」
「すごいいい子じゃん……!」
「えっ」
カーティスの感激の声に、エルシーは思わず声を漏らす。トレイシーは、カーティスを軽く睨みつけた。
「カーティス、考えていることがそのまま出ているぞ。クルック嬢は、これから、殿下の執務室に行くのですね」
「そうです」
「引き止めて、申し訳ない。また夜会の時に。ドレス、とてもお似合いですよ」
「ありがとうございます」
二人と別れ、エルシーはライナスの執務室にたどり着いた。
執務室の前に立っていた護衛が扉をノックして、入室の許可を取ると、エルシーは緊張しながら、室内に歩を進めた。
「殿下、失礼致します」
「待っていたよ、エルシー。堅苦しい挨拶は無しで。よく見せて」
「は、はい……」
執務室の机から、ライナスがエルシーのもとまで近づいてくる。すでに、彼の方も準備は整っているようで、シルバーの上品なタキシードを着こなしている。ネクタイとチーフはエルシーの髪色のエメラルドグリーンになっており、なんとなくエルシーは恥ずかしくなってしまった。
「よく似合っていますよ。とても愛らしい姿だ。何か気に入らないところはありませんか?」
「こんなに準備をしていただいて、ありがたい限りです」
それはよかった、と言いながら、ライナスはエルシーの手を取り、彼と腕を組むように促す。準備に忙殺されていたが、すでに夕方。夜会が始まるのだ。
改めて緊張で身体がこわばるエルシーの耳元に、ライナスが顔を近づけ囁く。
「今日は、あなたを気疲れさせてしまいますね。気分が悪くなったりしたら、すぐに言ってください。可能な限りで対応しますから」
可能な限りか……と思わず顔を顰めて、ライナスを見ると、顔を近づけていたせいか距離が思っていたより近いことに気づく。思わず口籠もるエルシーに、ライナスは微笑みながら、組んでいない方の手で眉間をつついた。
「可愛い顔をしてください」
「大きなお世話です!」
ヒソヒソと話をする二人を見て、会話の内容を知る由もない周りの使用人たちは生暖かい目を向けるのだった。
エルシーの準備のために用意された部屋には、明るいブルーのドレスが準備されていた。ウエストがきゅっと絞られており、そこからふわっとチュール生地が重ねられたスカートが広がっている。スカートにはきらきらした飾りが縫い付けされており、遠目からも上品さが伝わってくる。
いつもとは違うメイクに、いつもとは違うドレス。エルシーも年頃の娘だ。鏡に映った自分を見て、緊張と期待で胸がいっぱいになった。
髪をセットしてもらい、イヤリングとネックレスを身につける。ドレスと揃いの手袋をつけると、周りから拍手が起こった。使用人たちが褒めちぎってくれるのに、エルシーは、恥ずかしくてはにかむしかない。
「では、王子殿下の執務室へ参りましょう」
案内を受けて、ライナスの執務室に向かう。
すると、廊下の途中で、トレイシーに出会った。騎士服の背の高い男と話をしているようだ。
近づいてきた人の気配に、二人の視線が使用人とエルシーに向けられた。トレイシーに会うのは、契約書を書いた日以来となる。
エルシーはゆっくりとその場でカーテシーをした。
「ごきげんよう」
「お久しぶりですね。クルック嬢、顔をあげてください。あなたはもう、実質的には殿下の婚約者なのですから」
エルシーは姿勢を戻し、二人を見る。今まで当たり前にしていたことがしなくて良くなるというのは、なんだか変な感じだ。
「なかなか慣れませんね……。ドラン様と、えーと、そちらは……?」
「俺?」
トレイシーの横にいる、赤みがかったブラウンの髪にグレーの瞳を持つ男が自分を指差す。
「ご紹介しましょう。こちらは、カーティス・マクベイン。見た通り、王国騎士団の一人です。カーティス、こちらは、エルシー・クルック嬢。殿下の婚約者候補となられた方だ」
「クルック嬢、あなたのような美しい女性にお会いできて光栄です。俺のことは、カーティスと呼んでください。騎士団に在籍していますが、王子殿下付きの護衛を任されています」
マクベイン侯爵家といえば、一族みなが騎士団に在籍していて、その活躍で令嬢たちから人気を集める家柄だ。
「わかりました、カーティス様。私のことも名前で呼ばれます?」
「いや、俺のは、家名だと誰が呼ばれたか分からなくてややこしいだけなので、クルック嬢と呼ばせてもらいますよ」
「なるほど。よろしくお願いします」
二人が自己紹介を終えると、トレイシーはエルシーに、ここ数日気になっていたことを聞くことにした。
「そういえば、クルック嬢。日々のスケジュールはいかがですか? なかなか貴女の意見を聞く機会がなく、私が一方的に決めたもので過ごしてもらっていましたが」
「……あれは、ドラン様が考えられたのですか?」
「殿下に頼まれましたので」
「なんとかこなせているとは思います。ただ、毎日、お昼と作法のレッスンを兼ねるのはちょっと……食べた気がしないので……」
「なるほど。改善の余地ありですね。わかりました。貴重な意見、ありがとうございます」
手元の紙にささっとメモをとって、トレイシーは顔を上げた。他にはないのか?と目が言っている。
「クルック嬢、遠慮なんかしないでどんどん言ったほうがいいですよー。俺もそうしてますから」
「いえ、もう特にはありません。毎日、新しいことを学べてとても有意義です」
「すごいいい子じゃん……!」
「えっ」
カーティスの感激の声に、エルシーは思わず声を漏らす。トレイシーは、カーティスを軽く睨みつけた。
「カーティス、考えていることがそのまま出ているぞ。クルック嬢は、これから、殿下の執務室に行くのですね」
「そうです」
「引き止めて、申し訳ない。また夜会の時に。ドレス、とてもお似合いですよ」
「ありがとうございます」
二人と別れ、エルシーはライナスの執務室にたどり着いた。
執務室の前に立っていた護衛が扉をノックして、入室の許可を取ると、エルシーは緊張しながら、室内に歩を進めた。
「殿下、失礼致します」
「待っていたよ、エルシー。堅苦しい挨拶は無しで。よく見せて」
「は、はい……」
執務室の机から、ライナスがエルシーのもとまで近づいてくる。すでに、彼の方も準備は整っているようで、シルバーの上品なタキシードを着こなしている。ネクタイとチーフはエルシーの髪色のエメラルドグリーンになっており、なんとなくエルシーは恥ずかしくなってしまった。
「よく似合っていますよ。とても愛らしい姿だ。何か気に入らないところはありませんか?」
「こんなに準備をしていただいて、ありがたい限りです」
それはよかった、と言いながら、ライナスはエルシーの手を取り、彼と腕を組むように促す。準備に忙殺されていたが、すでに夕方。夜会が始まるのだ。
改めて緊張で身体がこわばるエルシーの耳元に、ライナスが顔を近づけ囁く。
「今日は、あなたを気疲れさせてしまいますね。気分が悪くなったりしたら、すぐに言ってください。可能な限りで対応しますから」
可能な限りか……と思わず顔を顰めて、ライナスを見ると、顔を近づけていたせいか距離が思っていたより近いことに気づく。思わず口籠もるエルシーに、ライナスは微笑みながら、組んでいない方の手で眉間をつついた。
「可愛い顔をしてください」
「大きなお世話です!」
ヒソヒソと話をする二人を見て、会話の内容を知る由もない周りの使用人たちは生暖かい目を向けるのだった。
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