隣の席の一条くん。

中小路かほ

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保健室で

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と同時に、一瞬体が浮いた。


「あっ」と思ったときにはもう遅かった。


わたしの後ろには廊下はなくて――。

下へ続く階段だけだった。



「よかった、気がついたのね!」


ゆっくりと目を開けると、メガネをした女の人がわたしの顔を覗き込む。

保健室の先生だ。


「…あれ。わたし……」


よくわからないけど、わたしは保健室のベッドの上に横になっていた。

保健室にきた記憶はない。


なのに、どうして…。

と考えていると、右足に鋭い痛みが走った。


「…いたっ」

「まだ無理しないで。右の足首、捻挫してるから」


めくれた掛け布団を保健室の先生が掛け直してくれた。


「花宮さん、階段から落ちたらしいんだけど、足首のほかに痛むところある?」


…階段から。


あ…、そうか。

あのとき、エリさんに……。


体のところどころに青くアザができていたけど、足首以外に痛いところはなかった。


「たぶん…大丈夫です」

「そう、よかった。たまたま教頭先生が近くにいて、音に気づいてくれたから処置が早くて済んだけど…。足でも滑らせた?」

「は…はい、まぁ…」


わたしはとっさに嘘をついた。

大事にしても、いいことはないから。


「今、6限が始まったところだから、終礼までここで休んでなさい」


6限が始まったところ…。

音楽の授業は、5限だった。


ということは、わたしは1時間もの間気を失っていたようだ。


スマホは教室のカバンの中だから、彩奈とも連絡が取れない。

休んでいなさいとは言われたけど、なにもすることがなくて暇だ…。


と思っていた、そのとき。


…ガラッ


保健室のドアが開く音がした。


「あら?どうかしたの?」

「腹が痛いから、休みにきました」


あれ…、この声。


聞き覚えのある声に、思わず耳が反応する。


「またまた~。そう言って、サボりにきたんじゃないの?」

「…まぁ、そんな感じっす」

「こらっ!せっかく3年生になってからは、真面目にしてると思ってたのに」

「真面目っすよ。じゃあ、ベッド借りまーす」


白いカーテン越しに聞き耳を立てていた。


…やっぱり、この声。


すると、カーテンの向こう側に黒い影が映った。

そして、ゆっくりと開けられたカーテンの隙間から、彼が顔を出した。


「見っけ」


それは、思った通り一条くんだった…!


「…一条くん!」

「意外と元気そうじゃん」


そう言って、一条くんはわたしのベッドに腰を下ろす。


さっきの保健室の先生とのやり取りを聞いていると、どうやら一条くんはこれまでもたびたび保健室にサボりにきていたよう。


「なに~?サボり?」

「まぁなっ」


わたしが茶化すように尋ねると、口角をニッと上げて一条くんが笑った。

だけどすぐに、表情が一変する。


「んなわけねーだろ」


そう呟いた一条くんが、わたしの左手を取った。


「本当は、花宮さんが心配できた」


そして、手の甲にある青アザを労るように優しく撫でる。


一条くんの手はあったかくて、撫でられるのはくすぐったいけど、…嫌じゃない。


「…聞いた。階段から落ちたって」

「あ…、うん。足滑らせちゃって――」

「嘘つくな」


見ると、少し怒ったような表情で、一条くんはわたしを見つめていた。


「視聴覚室に行くのに、階段なんか使わない」


わたしは、思わず黙ってしまった。

だけど、それが一条くんになにかを悟らせる。


「…エリだろ」


その言葉に、喉の奥がキュッと詰まる。


「…ごめん。花宮さんにケガさせて」

「どうして、一条くんが謝るの?」

「…あいつ。エリのヤツ、俺と花宮さんの関係を誤解してるみたいで…。それで、花宮さんにこんなことして…」


――わたしと一条くんの関係。


ただの隣の席同士の関係だけど、一条くんと仲よくなってしまったのが気に食わなかったのかな。


さっき階段で交わした一条くんとエリさんの話からすると――。


「…2人は、付き合ってたんだよね?」

「ああ。1ヶ月前に別れてる。でも、エリは納得してないみたいで」


金髪不良の一条くんと茶髪のギャルのエリさんなら、ギャル雑誌のカップルモデルもできそうなくらいお似合いだ。

わたしが隣なんかよりも。


別れた理由は知らないけど、あの様子だと、エリさんは今でも一条くんのことを想っている。

だから、わたしが一条くんに国語の教科書を返すように指摘したときも、あんなに怒ったんだ。
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