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君にありがとう

莉子side 1P

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『オレ…ほんまは中1のころから、…莉子のことが好きやった』



ずっと仲間で親友だと思っていた悠から、…突然告白された。


正直、ものすごく驚いた。

悠がわたしのことをずっと想っていたなんて、そんな素振り…これっぽっちも見せたことがなかったから。



大河と悠とも会うことはないまま、夏休みに入った。

そして迎えた夏の大会、準決勝。


大河の登板もあり、見事明光学園は勝利。

いよいよ、あと1勝で甲子園への切符をつかむ決勝戦へと駒を進めた。



決勝戦当日。

もちろんわたしは、応援席にいた。


だけど、応援席は超満員。

マウンドに立つ大河にとって、わたしの存在なんて、たくさんいる観客の中の1人にすぎない。


おそらく、背景のようにしか見えていないことだろう。


だけどわたしは、だれよりも声を出した。


なぜなら、決勝戦の相手は、明光学園と同じく甲子園出場の常連校。

去年の夏の大会も、決勝戦で当たった。


そのときは、なんとか明光学園が勝利した。

だからこそ、今年は負けないという相手校の気迫が感じられた。



そして、プレイボール。


序盤から、点の取り合いだった。

手に汗握る試合に、目が離せない。


まさか、大河がこんなに打たれるなんて…。



中盤の6回では、5ー5の同点。


大河の決め球が、ことごとく打たれているのはわかっていた。

相手は大河への対策を立てて、この試合に臨んでいる。


思うように投げることができず、大河の表情に焦りの色が見え始めているのに気がついた。



そして、6回表。


大河が投げたストレートボールは、バッドに当たった爽快な音ともに…。

外野裏のスタンド席へと飛んでいった。


それを見送ることしかできない大河。


…3ランホームランだった。


ここにきて、相手チームに大きな3点が追加される。


その結果、ここでピッチャー交代。

大河は、ベンチへと下がったのだった。


いつも自信に満ち溢れている大河の背中が、今はとても小さく見えた。



そして、終盤。

明光学園は2点を取り返し、7ー8の1点差まで詰め寄った。


明光学園の9回の裏の攻撃。

2アウトで追い込まれてしまったけど、2塁と3塁にはランナーがいる。


どうか…ヒットが出ますようにっ。


応援席にいるすべての人が、おそらくそう願っていた。


――そして。


カキーーーーーーンッ!!


大きな音がグラウンドに響き渡る。


ハッとして目を向けると、ボールは大きく外野のほうへ飛んでいった。


もしかして、これは…ホームラン!?


一瞬、そう思うほどの長打だった。


――しかし。

そのボールが落ちた先は、外野のグローブの中だった。



歓喜にわく相手チーム。

明光学園は、あと一歩のところで甲子園出場を逃した。


大河の明光学園での初めての夏が終わった瞬間だった。



結果は負けてしまったけど、終盤の巻き返しはすごかった。

それに、試合終了後の3年生たちは、目に涙を浮かべながらも、その表情はどこか清々しかった。


全力でプレーができたからに違いない。


――だけど。

きっと大河は、1人で責任を感じている。


…わたしにはわかる。


自分が投げた球で、3ランホームランさえ打たれなければ…。


そう思っているはずだ。


そんな大河のことを考えたら、わたしは居ても立っても居られなかった。

試合会場の最寄り駅から電車に乗り、明光学園へと向かった。



大河とは、あの日以来口を利いていない。

それに落ち込んでいて、尚更わたしなんかと話したくないかもしれない。


だから、声をかけるつもりはない。


でも、もし先輩たちの言葉に助けられて、陰から元気そうな大河を見ることができたら――。

それだけで十分だ。



明光学園へ着くと、すでに表には野球部を乗せて帰ってきたバスが停まっていた。

そして、バッグを肩にかけて、帰っていく野球部員の姿も。


とっさにバスの陰に隠れて様子を窺ったけど、どうやら大河の姿はなかった。


――そのとき。


「こんなところで…なにしてるん?」


突然後ろから声がして、驚いて振り返る。

すると、そこにいたのは悠だった。


「…悠!」


悠も、会うのは――あの日以来だった。

応援する悠の姿を、後ろの応援席から眺めるだけだったから。


「あっ…えっと、その…。ちょっと、様子を見に…」

「様子…?もしかして、…大河?」


悠の問いに、わたしはぎこちなく首を縦に振った。


『大河じゃないと…あかんの?』


あのときの悠の言葉が思い出されて、素直にうなずくことができなかった。


「大河って、…まだいるかな?」

「大河なら、もうとっくに帰ったで」

「…えっ」


それを聞いて、わたしは言葉に詰まった。


――でも。

そうだよね。


すでに帰っていたって、なにもおかしくはない。


「それに、もう大河のことはいいやろ?」


背中を向けたわたしに、悠が言葉を浴びせる。


「大河とは、終わったんとちゃうん?確かにあいつは今日の試合のことで落ち込んでるかもしれへんけど、情けで声をかけても――」

「…そんなんじゃないっ!」


わたしはそう叫んで、振り返った。


「悠の言うとおり、わたしたちの関係はもう終わってるかもしれないっ…。でも、ここにきたのは大河への情けとかじゃない!」


言葉に詰まりそうになりながら、わたしは悠との距離を詰めた。


「好きな人が落ち込んでる。…だったら、そばで寄り添ってあげたいって思うのは、当たり前のことじゃないの?」


まさか、悠に対してこんなに怒ることがあるだなんて、自分でもびっくりだった。

だけど、それが今のわたしの正直な気持ちだった。


「…大河は、もう莉子のことなんてなんとも思ってへんかもしれへんのに?」

「もしそうだったとしても、わたしは…友達としてそばにいるっ」


わたしがそう言うと、なぜか悠の表情が緩んでいく。

そして、呆れたようにため息をついた。


「…なんやねん、それ。なんだかんだで言って、大河のこと…めっちゃ好きやん」


そうつぶやいて、悠はわたしの背中をぽんっと押した。


「大河なら、まだ部室にいるはずや」

「…え。でも、さっき帰ったって…」

「莉子を大河のところに行かせたくなくて、嘘ついた」


そうして、微笑む悠。

でも、眉が下がったその表情は…見ていてとても切なかった。


「…これでわかった。お前ら2人の間に、そもそもオレが割って入るような隙間なんかなかったってな」

「悠…」


自嘲する悠に、かける言葉が見つからない。


「悠が、わたしのことを想ってくれているのは…うれしかった。…でも、わたしは大河のことが好きだから。ごめんね…」

「謝んな。謝られたら、こっちが惨めになる」

「ごめ――、…あっ」

「もういいって。それよりも、早く大河のところに行ったら?じゃないと、ほんまに帰ってしまうで?」

「そうだね…!わたし、行ってくるよ。…ありがとう、悠っ」

「ああ。大河に、気持ちぶつけてこい」


わたしは悠に大きくうなずいてみせると、大河がいるという野球部の部室へ向かった。



広いグラウンドの隅にある、各部活の部室の建物。

野球部の部室は、その中でも一番端だ。


駆け足で向かうと、だれかの話し声が聞こえた。

それは、大河の声だった。


よかった、まだ大河がいた。


そう思って、部室の陰から顔を覗かせようとしたら――。


「あたし…、大河のことが好きやねん」


静かなこの場に、突然そんな会話が聞こえてきたものだから、わたしはとっさに首を引っ込めた。


…最悪なことに、告白の現場に居合わせてしまった。


ゆっくりと覗くと、それは3年生のマネージャーの先輩だった。


あの先輩…。

前から、大河との距離がやけに近かった。


「あたしは今日、野球部を引退した。もう野球部員やない。つまり、『部内恋愛禁止』なんていう掟も関係ない」


大河に迫る先輩。


…ほら、やっぱりっ。

引退した直後に、大河に告白してる…。



「大河、今の彼女とうまくいってへんのやろ…?」


先輩に痛いところを突かれた。


わたしとの関係が微妙なところに、大人の色気のあるマネージャーの先輩からの告白。

ここで気持ちが傾いたって仕方がない。


だって最近の大河は、わたしよりも、この先輩と過ごす時間のほうが長かっただろうから。


「あたしやったら、ずっと大河を支える自信がある。だって、マネージャーとしてそばで大河を見てきたんやから」


…もう、これ以上この場にいたくない。


わたしはまた部室の陰に隠れて、力なくしゃがみこんだ。


大河の返事も…なんとなくわかってしまった。

きっと大河は、この先輩の告白を――。



「…先輩、すみません」


そのとき、耳を疑うような声が聞こえた。

驚いて、とっさに立ち上がって再度顔を覗かせる。


するとそこには、大河が先輩に向かって頭を下げていた。


「俺、やっぱり今の彼女のことがむちゃくちゃ好きなんですっ。だから、先輩の気持ちには応えられません…!本当にすみません!」


キッパリとそう言ってくれた大河の姿に、思わず胸が熱くなった。


わたしたちの気持ちは、すでに離れてしまっていると思っていたのに――。

実際は、そんなことなかったんだ。



部室の陰に隠れて、潤んだ目を抑えた。


そして、また立ち上がろうとした――そのとき。


「…うわぁ!」


突然、部室の角から現れた大河が変な声を上げた。

その声に、わたしのほうこそ驚いた。


「り…、莉子?」


大河はというと、キョトンとしてわたしを見つめた。


「…こんなところで、なにしてんの?」


そう尋ねる大河だったけど、すぐにしまった!というような表情を見せた。


「もしかして…。さっきの先輩との会話…、全部聞こえてた?」

「…聞いてたよ。あのマネージャーの先輩から告白されてたのも、全部」


本当は、聞くつもりなんてなかった。


でも、他にだれもいない静かなグラウンドで、あんなふうに告白されてたら、嫌でも聞こえちゃうよ。


「…だから、全部聞いてた。大河が、わたしのことをむちゃくちゃ好きだっていうのも、全部」


わたしのことを悪く言うようなら、ぶっ飛ばしてやろうかと思ったけど――。


そうじゃないなら…、許すっ。
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