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君にありがとう

大河side 1P

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準決勝も勝利した明光学園。

すでに夏休みに入り、毎日が練習だ。


練習メニューもレギュラー中心で、悠ともなかなか話せない日々が続いていた。


――話せない、というか。

話さないように、避けられているような気がしていた。


莉子とはあれからぎくしゃくしたままでも、悠とそんなことになるような心当たりは一切ない。


だから、これは俺の勝手な思い込みかもしれない。


そう思っていたが――。



「オレ、莉子に告白したから」


そう告げられたのは、決勝戦の前日のことだった。



帰り道に悠の姿を見つけて、すぐに後ろから駆け寄った。


しかし悠は、どこかよそよそしい。


他愛のない話をしても、いつもみたいに会話も続かない。

それに、俺が振る話題に対しての悠の反応も薄い。


やっぱり、これは俺の思い込みなんかじゃない。

悠は、俺に思っていることがなにかある。


そう思って聞き出そうとしたときに、告げられたのがそれだった。


一瞬、なんのことか理解するまでに数秒はかかった。


だって――。

悠が…莉子に……?


予想もしていなかった悠の言葉に、俺はただただ驚くことしかできなかった。


そして、初めて聞かされた。

悠は、中1のころから莉子のことが好きだったということを。


「大河が莉子のことを大事にしてくれるなら、それでいいと思ってた。…でも、悩んで苦しんでる今の莉子の姿を見たら、もう大河には任せらへん」


莉子が…、悩んで苦しんでいる?

ケンカしたまま、俺のことをまだ怒ってるんじゃなくて…?


「もしかして、俺が野球ばっかやから――」

「そんなんとちゃうわ。それすらもわかってへんなんて、…彼氏として失格やで」


悠の言葉が胸に刺さる。


俺は、莉子のことをだれよりも知っていると思っていた。


でも実際は、莉子が悩んで苦しんでいることにも気づけず、その原因がなになのかもわかっていなかった…。


「大河はレギュラーで、オレは応援。…野球では負けたと思ってる」

「悠…。そんなんで、勝ち負けなんか――」

「お前がなんとも思ってへんくても、オレはそうやと思ってる…!やから、莉子のことだけは…もう負けたくないっ」


悠は鋭い目つきでそう言うと、俺に背中を向けて行ってしまった…。



明日は、いよいよ甲子園出場をかけた決勝戦。

コンディションは抜群。


――のはずだったのだが。


『オレ、莉子に告白したから』

『莉子のことだけは…もう負けたくないっ』

『…彼氏として失格やで』


悠の言葉に、動揺している自分がいた。



次の日。

決勝戦当日。


目覚めは…、最悪に悪かった。


昨日はなかなか眠れず、無理やりなんとか寝たが、眠りは浅かったと思う。

そのせいで、気分もスッキリしない。


でも、スッキリしないのは眠気じゃなくて、胸の中のモヤモヤ感だった。



決勝戦の試合会場に到着。

応援の席には、大勢いる野球部員の中に悠の姿が見えた。


その他のスタンド席には、野球部員以外の一般の応援もたくさんきていた。


もしかしたら、この中に莉子もいるかもしれない。


この決勝戦は、悠にも莉子にも見られている。


もし、この試合で負けるようなことがあれば――。

悠に莉子を奪われたっておかしくはない。


そんなプレッシャーがのしかかった。


俺はできる。

俺ならできると自分に言い聞かせて、いつもポジティブなことしか考えていなかったのに…。


今日の俺は、どこか弱気だ。


「大河、頼むで!」

「お前のその豪速球で圧倒してやれよ!」


レギュラーの先輩たちに、まるで気合を入れられるかのように、痛いくらいに背中を叩かれる。


…そうだよな。

この試合は、俺だけの試合じゃない。


ピッチャーを任された俺が、こんな弱気でどうする。


俺はキャップを深く被ると、マウンドを睨みつけた。


絶対勝つ。


そうして、両校にとって大事な決勝戦の火蓋が切って落とされた。



相手は、明光学園と同じく甲子園出場の常連校。

去年の夏の大会も決勝戦で当たり、なんとか明光学園が勝利した。


しかし、今年の春のセンバツは相手校が出場。


どちらも甲子園出場には、相手校には絶対負けるものかという並々ならぬ思いがあった。



序盤から、点の取り合い。

こんなに打たれるのは…初めてのことだった。


中盤の6回に入るころ、5ー5の同点。


これ以上、点数は取らせたくなかったのに、なぜかここぞという決め球が打たれる。

完全に…読まれている。



そして、6回表。


俺が投げたストレートボールは、バッドに当たった爽快な音ともに…。

外野裏のスタンド席へと飛んでいった。


…3ランホームランだった。


相手チームに、大きな3点が追加される。


そして、俺はここでピッチャーを交代。

当たり前の結果だった。


相手は、俺のことを研究しつくしていたのかもしれない。

そうだったとしても、8失点なんて…俺の中ではありえないことだった。



「…すみませんでした」


ベンチに下がった俺は、先輩たちに謝るしかなかった。


「気にすんなって!大河のせいとちゃうっ」

「そうそう。お前は、ここまでよう投げてくれた」

「あとは、オレらに任しとき!」


唇を噛む俺に、先輩たちは心強い言葉をかけてくれた。



そして、終盤。

先輩たちの宣言どおり、2点を取り返し、7ー8の1点差まで詰め寄った。


残り1点で追いつく。

そして、2点入れば逆転サヨナラ。


そうした状況の9回の裏の明光学園の攻撃。


2アウトであとがないが、ランナーは2塁と3塁にいる。


あと1本、長打が出れば…!


俺は、祈る思いでマウンドを見つめていた。


――そして。



カキーーーーーーンッ!!


高鳴る音。

弧を描いて、勢いよく青空へと飛ぶ白いボール。


そして、そのボールが落ちた先は――。


…外野のグローブの中だった。


あと少しのところでホームランだったのに…。

結果は、大きなフライだった。


――試合終了。


明光学園は、1点差というギリギリのところで、甲子園出場の切符を逃したのだった。



ベンチに突っ伏して、涙を流す先輩たち。

3年生の先輩たちの野球は、…これで終わった。


…俺が。

俺があのとき、3ランホームランさえ打たれなければっ…。


次から次へと、後悔の波が押し寄せてくる。


しかし、先輩たちはだれも俺を責めることはなかった。


野球は、お前1人じゃない。

オレたちもいてこの結果なら、それが今の実力だって。


バスに乗って学校へ着くころには、みんな清々しい笑顔に変わっていた。



…夏の大会が終わった。

それはすなわち、3年生の先輩の引退を意味していた。


3年生たちは、甲子園出場の夢を後輩の俺たちに託して引退していった。
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