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君に救われた
大河side 2P
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そう言って、俺は莉子へ優勝旗を手渡した。
その流れで、慌てたように手を伸ばした莉子だったが、想像以上に重たかったのだろか…。
優勝旗に、体のバランス持っていかれていた。
「…うおっ!危ねっ…!」
優勝旗ごと倒れそうになった莉子の体を、抱き起こすようにしてなんとか支える。
「なっ…なに大河、どさくさに紛れて体に触れてるのよ…!」
「…いやっ、そうやなくて!俺は、優勝旗が心配でっ…!」
俺のその言葉に、莉子は頬を膨らませていた。
…あ、怒らせた。
と思いつつも、「莉子のほうが大事に決まってるやろ」なんて、そんな恥ずかしい言葉…。
今さら言えるわけないだろ。
むくれていた莉子だったが、なんだかおかしくなってきたのか、徐々に頬が緩み――。
俺たちは、顔を見合わせて笑ったのだった。
「大河くん、お疲れ!」
「ものすごくかっこよかったわよ~!」
そのあと、スタンドで応援してくれていた莉子のお父さんとお母さんとも合流した。
俺の父さんと母さんは、この日はどうしても仕事を休めなかったようで、応援にはこれなかった。
だから、俺の親の代わりに応援にきてくれて、すごくうれしかった。
「もちろん、高校でも野球を続けるんだろ?」
「はい!」
「じゃあ、またそのときは応援に行かなくちゃねっ」
そう言って、莉子のお父さんとお母さんは笑ってくれた。
――だから。
まさか、あんなことになるだなんて…。
このときは、思ってもみなかった。
最後の夏の大会を終え、俺たちは悔いを残すことなく野球部を引退したのだった。
とは言いつつ、これまで毎日野球をしてきたから、野球のない生活なんて考えられない。
体が鈍るのもいやだ。
そう思ったのは、悠も同じだった。
だから俺たちは、夏休みの間も野球部の練習を覗きに、グラウンドへ行っていたのだった。
莉子も誘ったが、俺たちとは状況が違った。
中学を卒業した来年の春には、東京の高校へ進学すると当初から話していた莉子。
どうやら、莉子のお父さんのこっちでの仕事は3年の期間だったらしい。
だから、そのための受験勉強を夏休みからしないといけないんだとか。
「またあとからがんばればいいんやし、今は野球部に遊びに行こうやっ」
と言いたいのはやまやまだが、これは莉子の進路だから、他人の俺がそんな無責任なことを言えるわけがなかった。
夏休みが明けると、教室内は一気に受験モードに。
俺と悠は、そんなクラスメイトたちの邪魔にならないように、陰で見守ることしかできなかった。
なぜなら、俺たちはすでに進学先が決まったようなものだったから。
最後の夏の大会で優勝できたことが一番大きかったのか、野球で有名な高校からのスポーツ推薦の話たくさんあった。
その中から、俺たちは甲子園出場の常連校でもある『明光学園』を志望することにした。
このあたりで、甲子園を目指すと言えば、やっぱり明光学園。
それに、寮もあるが、家から電車で通える距離でもあったから。
だから、来年からは俺と悠は明光学園の生徒となる。
そして、莉子は東京の高校へ。
来年の春が楽しみである一方、それは莉子との別れのカウントダウンが始まったことを意味していたのだ。
とある日の夕暮れ時。
俺と悠と莉子は、学校帰りに河原でアイスを食べながら、ぼんやりとオレンジ色の夕日を眺めていた。
「莉子、ほんまに東京戻るん?」
なるべく聞かないようにしていたはずなのに、思わず口を突いて出てきた言葉。
「うん。こっちに引っ越してきたときから、東京の高校を受験するって決めてたし」
それに対して、莉子はどこか寂しそうに笑ったのだった。
莉子のお父さんとお母さんが、「こっちの高校も受験してみたら?」という話をしているのは知っていた。
莉子のお母さんの実家が近くにあるから、莉子はそのおばあちゃん家に住んで、こっちの学校に通うこともできるとかで。
それなら、俺たちと同じ明光学園を受験してほしかった。
そうすれば、来年からもまたいっしょにいられるから。
しかし、莉子が東京に戻りたがっていたのは知っていたから…。
俺が口を挟むわけにはいかなかった。
だから言葉にはしないが、どうにかして莉子がこっちに残る方法はないかと考えたりもした。
でも、やっぱりなにも思い浮かばなくて――。
莉子が東京に戻るのはいやだっ。
そんな子どもみたいはダダを、心の中でつぶやくことしかできなかった。
俺がそう願ってしまったせいだろうか――。
『その日』は、突然訪れた。
朝からいい天気だったはずが、徐々に黒い雨雲が空を覆い、お昼休みのときには土砂降りになっていた。
「今日って、晴れの予報じゃなかったの?」
「いや、俺は天気予報は見てへんけど」
俺はそう言って、お弁当のウインナーを頬張った。
「雨降るなんて言ってなかったから、傘なんて持ってきてないよ~…」
「俺も」
「オレもー。しかも、夜中まで止まへんみたいやんっ」
悠は天気を調べてくれているのか、右手にはメロンパンで、左手に持ったスマホに目を移す。
…それにしても、よく降るなぁ。
そう思いながら、雨雲を見上げていたときだった。
机に置いていた莉子のスマホが震えた。
どうやら電話みたいで、莉子はスマホを耳にあてる。
聞こえる会話からすると、電話の相手は莉子のお母さんのようだ。
〈わかった。2人に伝えておくね〉
さっきまで雨で憂鬱そうだった莉子の声が一変。
電話の途中から、急に声のトーンが上がった。
「なんの電話やったん?」
電話を切った莉子に尋ねる。
「えっとね。仕事が早く終わったお父さんを、お母さんが車で迎えに行くみたいなの」
そりゃ、こんな雨だもんな。
「だからそのあと、授業が終わるころに学校まできてくれみたいだから、乗せて帰ってくれるんだって。大河と悠もいっしょに!」
……えっ…?
俺と悠もいっしょに?
「さすが、莉子のお母さん!」
「マジで神っ」
俺と悠は、その場でハイタッチを交わした。
ほんと莉子のお母さんは、女神のように優しい。
土砂降りで帰れない俺たちを救済してくれるなんて。
だけど…。
莉子のお母さんが運転する車が、ここへくることはなかった。
なぜなら――。
今日の最後の授業である、5限の英語。
昼メシのあとだから、ものすごく眠くなる時間帯。
…よしっ!
あと10分で終わるっ。
時計に目をやり、ちょうどそう思ったときだ。
…ガラッ!!
まだ授業中だというのに、突然教室のドアが開いた。
その音に反応して振り返ると、そこにいたのは俺たちのクラスの担任の先生。
「…ハァ、ハァ、ハァ」
先生なのに廊下を走ってきたのだろうか、肩で息をしていた。
「どうかしましたか?」
英語担当の先生だって、驚いた顔をして目を向けている。
「授業の途中で…すみません。…桜庭、ちょっといいか?」
「は…はいっ」
何事かと思ったら、なぜか先生に呼び出されたのは莉子だった。
莉子はそのまま、廊下へ出ていった。
…莉子のヤツ、なにかやらかしたか?
そう思って、斜め前のほうの座席に座っている悠と顔を見合わせた。
――その数分後。
莉子が戻ってきたと思ったら、その顔は顔面蒼白そのものだった。
まるで魂が抜けたような…。
心ここにあらずといったようだ。
莉子は、一番後ろの席に座っていた俺の背後を素通りして自分の席へ戻ると、机に広げていた教科書などを適当に片付け、リュックにしまった。
そして、担任の先生に連れられて、莉子はどこかへ行ってしまった。
わずかな時間の間に一変してしまった莉子に、俺は声をかけることすらできなかった。
そのあと、莉子は教室に戻ってくることはなかった。
終礼は副担任の先生がして、莉子は『家庭の事情で早退した』ということしか聞かされなかった。
終礼後。
「莉子、どうしたんだろうな?」
「ああ…」
悠といっしょに、降りしきる雨の様子を教室から眺めていた。
【なんかあった?】
莉子にそうメッセージを送ろうとした。
…だけど結局、送信ボタンは押せなかった。
あの莉子の様子を見たら――。
ただ事ではないのは、なんとなく察しがついたから。
しかし、それがなんであるのかは想像がつかなかった。
まさか、あんなことになっていただなんてっ…。
次の日。
莉子は学校にこなかった。
その流れで、慌てたように手を伸ばした莉子だったが、想像以上に重たかったのだろか…。
優勝旗に、体のバランス持っていかれていた。
「…うおっ!危ねっ…!」
優勝旗ごと倒れそうになった莉子の体を、抱き起こすようにしてなんとか支える。
「なっ…なに大河、どさくさに紛れて体に触れてるのよ…!」
「…いやっ、そうやなくて!俺は、優勝旗が心配でっ…!」
俺のその言葉に、莉子は頬を膨らませていた。
…あ、怒らせた。
と思いつつも、「莉子のほうが大事に決まってるやろ」なんて、そんな恥ずかしい言葉…。
今さら言えるわけないだろ。
むくれていた莉子だったが、なんだかおかしくなってきたのか、徐々に頬が緩み――。
俺たちは、顔を見合わせて笑ったのだった。
「大河くん、お疲れ!」
「ものすごくかっこよかったわよ~!」
そのあと、スタンドで応援してくれていた莉子のお父さんとお母さんとも合流した。
俺の父さんと母さんは、この日はどうしても仕事を休めなかったようで、応援にはこれなかった。
だから、俺の親の代わりに応援にきてくれて、すごくうれしかった。
「もちろん、高校でも野球を続けるんだろ?」
「はい!」
「じゃあ、またそのときは応援に行かなくちゃねっ」
そう言って、莉子のお父さんとお母さんは笑ってくれた。
――だから。
まさか、あんなことになるだなんて…。
このときは、思ってもみなかった。
最後の夏の大会を終え、俺たちは悔いを残すことなく野球部を引退したのだった。
とは言いつつ、これまで毎日野球をしてきたから、野球のない生活なんて考えられない。
体が鈍るのもいやだ。
そう思ったのは、悠も同じだった。
だから俺たちは、夏休みの間も野球部の練習を覗きに、グラウンドへ行っていたのだった。
莉子も誘ったが、俺たちとは状況が違った。
中学を卒業した来年の春には、東京の高校へ進学すると当初から話していた莉子。
どうやら、莉子のお父さんのこっちでの仕事は3年の期間だったらしい。
だから、そのための受験勉強を夏休みからしないといけないんだとか。
「またあとからがんばればいいんやし、今は野球部に遊びに行こうやっ」
と言いたいのはやまやまだが、これは莉子の進路だから、他人の俺がそんな無責任なことを言えるわけがなかった。
夏休みが明けると、教室内は一気に受験モードに。
俺と悠は、そんなクラスメイトたちの邪魔にならないように、陰で見守ることしかできなかった。
なぜなら、俺たちはすでに進学先が決まったようなものだったから。
最後の夏の大会で優勝できたことが一番大きかったのか、野球で有名な高校からのスポーツ推薦の話たくさんあった。
その中から、俺たちは甲子園出場の常連校でもある『明光学園』を志望することにした。
このあたりで、甲子園を目指すと言えば、やっぱり明光学園。
それに、寮もあるが、家から電車で通える距離でもあったから。
だから、来年からは俺と悠は明光学園の生徒となる。
そして、莉子は東京の高校へ。
来年の春が楽しみである一方、それは莉子との別れのカウントダウンが始まったことを意味していたのだ。
とある日の夕暮れ時。
俺と悠と莉子は、学校帰りに河原でアイスを食べながら、ぼんやりとオレンジ色の夕日を眺めていた。
「莉子、ほんまに東京戻るん?」
なるべく聞かないようにしていたはずなのに、思わず口を突いて出てきた言葉。
「うん。こっちに引っ越してきたときから、東京の高校を受験するって決めてたし」
それに対して、莉子はどこか寂しそうに笑ったのだった。
莉子のお父さんとお母さんが、「こっちの高校も受験してみたら?」という話をしているのは知っていた。
莉子のお母さんの実家が近くにあるから、莉子はそのおばあちゃん家に住んで、こっちの学校に通うこともできるとかで。
それなら、俺たちと同じ明光学園を受験してほしかった。
そうすれば、来年からもまたいっしょにいられるから。
しかし、莉子が東京に戻りたがっていたのは知っていたから…。
俺が口を挟むわけにはいかなかった。
だから言葉にはしないが、どうにかして莉子がこっちに残る方法はないかと考えたりもした。
でも、やっぱりなにも思い浮かばなくて――。
莉子が東京に戻るのはいやだっ。
そんな子どもみたいはダダを、心の中でつぶやくことしかできなかった。
俺がそう願ってしまったせいだろうか――。
『その日』は、突然訪れた。
朝からいい天気だったはずが、徐々に黒い雨雲が空を覆い、お昼休みのときには土砂降りになっていた。
「今日って、晴れの予報じゃなかったの?」
「いや、俺は天気予報は見てへんけど」
俺はそう言って、お弁当のウインナーを頬張った。
「雨降るなんて言ってなかったから、傘なんて持ってきてないよ~…」
「俺も」
「オレもー。しかも、夜中まで止まへんみたいやんっ」
悠は天気を調べてくれているのか、右手にはメロンパンで、左手に持ったスマホに目を移す。
…それにしても、よく降るなぁ。
そう思いながら、雨雲を見上げていたときだった。
机に置いていた莉子のスマホが震えた。
どうやら電話みたいで、莉子はスマホを耳にあてる。
聞こえる会話からすると、電話の相手は莉子のお母さんのようだ。
〈わかった。2人に伝えておくね〉
さっきまで雨で憂鬱そうだった莉子の声が一変。
電話の途中から、急に声のトーンが上がった。
「なんの電話やったん?」
電話を切った莉子に尋ねる。
「えっとね。仕事が早く終わったお父さんを、お母さんが車で迎えに行くみたいなの」
そりゃ、こんな雨だもんな。
「だからそのあと、授業が終わるころに学校まできてくれみたいだから、乗せて帰ってくれるんだって。大河と悠もいっしょに!」
……えっ…?
俺と悠もいっしょに?
「さすが、莉子のお母さん!」
「マジで神っ」
俺と悠は、その場でハイタッチを交わした。
ほんと莉子のお母さんは、女神のように優しい。
土砂降りで帰れない俺たちを救済してくれるなんて。
だけど…。
莉子のお母さんが運転する車が、ここへくることはなかった。
なぜなら――。
今日の最後の授業である、5限の英語。
昼メシのあとだから、ものすごく眠くなる時間帯。
…よしっ!
あと10分で終わるっ。
時計に目をやり、ちょうどそう思ったときだ。
…ガラッ!!
まだ授業中だというのに、突然教室のドアが開いた。
その音に反応して振り返ると、そこにいたのは俺たちのクラスの担任の先生。
「…ハァ、ハァ、ハァ」
先生なのに廊下を走ってきたのだろうか、肩で息をしていた。
「どうかしましたか?」
英語担当の先生だって、驚いた顔をして目を向けている。
「授業の途中で…すみません。…桜庭、ちょっといいか?」
「は…はいっ」
何事かと思ったら、なぜか先生に呼び出されたのは莉子だった。
莉子はそのまま、廊下へ出ていった。
…莉子のヤツ、なにかやらかしたか?
そう思って、斜め前のほうの座席に座っている悠と顔を見合わせた。
――その数分後。
莉子が戻ってきたと思ったら、その顔は顔面蒼白そのものだった。
まるで魂が抜けたような…。
心ここにあらずといったようだ。
莉子は、一番後ろの席に座っていた俺の背後を素通りして自分の席へ戻ると、机に広げていた教科書などを適当に片付け、リュックにしまった。
そして、担任の先生に連れられて、莉子はどこかへ行ってしまった。
わずかな時間の間に一変してしまった莉子に、俺は声をかけることすらできなかった。
そのあと、莉子は教室に戻ってくることはなかった。
終礼は副担任の先生がして、莉子は『家庭の事情で早退した』ということしか聞かされなかった。
終礼後。
「莉子、どうしたんだろうな?」
「ああ…」
悠といっしょに、降りしきる雨の様子を教室から眺めていた。
【なんかあった?】
莉子にそうメッセージを送ろうとした。
…だけど結局、送信ボタンは押せなかった。
あの莉子の様子を見たら――。
ただ事ではないのは、なんとなく察しがついたから。
しかし、それがなんであるのかは想像がつかなかった。
まさか、あんなことになっていただなんてっ…。
次の日。
莉子は学校にこなかった。
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