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君の気持ち

大河side 2P

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踏ん張るにも踏ん張れず、なすがままに体が倒れる。



派手な音がした。


額が熱を帯びて痛い。

ぶつけたのだと、すぐにわかった。


…いってぇ~。


声にならない声を、心の中でつぶやく。


そして、ゆっくりと目を開けると――。

入ってきた視界に、俺は一瞬固まってしまった。


なぜなら、俺の目の前には莉子の顔。

ベッドに仰向けになった莉子が、なぜか俺の体の下いる…。


一瞬、なにが起こったのかわからなかった。


だが、フリーズしていた頭が情報を処理し始めて、ようやく今の状況を理解した。


まっ…、…待てよ?

これは、莉子が俺の体の下にいるんじゃない…。


俺が、莉子をベッドに押し倒しているんだ…!


ふと、莉子と目が合う。

恥ずかしさのあまり、すぐに目を逸らしたけど、顔がどんどん熱くなっていくのがわかった。


な…なに俺、ドキドキしてんだよっ…。


「…ちょっと大河!早くどいてよっ!」


すると、迷惑そうな莉子の声が聞こえてきて我に返る。


「あっ…、わ…わりぃ!」


慌てて莉子から体を離して起き上がる。


床に目を向けると、なぜかそこにビー玉が転がっていた。

それを見て、すべてを理解した。


俺は、このビー玉を踏んづけてバランスを崩したのだと。

それで、莉子の上に――。



「いっ…今の、なに…!?」


俺に背中を向けていた莉子が、キッと睨みつけてくる。


その顔といったら、まるで俺に襲われそうになった被害者だ。


傍から見たらそうかもしれないが、…それは断じて違うっ!!


「…か!勘違いすんなよ!あれは、ただの不可抗力やし!」

「不可抗力~…!?」


到底、納得していない莉子の表情。

まったく俺の言葉を信じていないようだ。


「…これこれ!!このせい!」


俺は慌てて、ビー玉を拾い上げた。


「これが床に転がってたから、それを踏んづけてバランスを崩してっ…!」


決して、俺が悪いんじゃない。

犯人は、こいつだと。


なんとかわかってほしい。

そう思っていたら――。


「…あっ」


莉子の口から、気の抜けた声が漏れた。

しかも、間抜けヅラして。


初めは、なんで床にビー玉なんかが…!?

と思った。


おそらく、莉子もそう思っていたはずだ。


だけど、莉子のこの声とこの表情からすると、このビー玉に心当たりがあるらしい。


「でも、ビー玉でよろけるなんて、…大河って案外体幹悪いんだね」

「なんやそれ!そもそも、部屋にビー玉が転がってるなんて、だれが想像する…!?」


まだ足の裏が、若干痛ぇし…。


「てっきり、わたしと2人きりなったからって、欲情したのかと――」

「いやいや、ないないっ。俺だって、女くらい選ぶわ」

「…はぁ!?わたしだって、だれが大河なんかに――」


また、莉子がバカなことを言ってきた。


…どこからくるんだ、その自信はっ。

それに、的外れにも程がある。



――すると、そのとき。


「さっき物音がしたけど、なんかあった?」


莉子の部屋のドアが開き、そこから悠が顔を覗かせた。

俺たちは、とっさに距離を取る。


「そっ…それがさ~!大河がビー玉踏んづけて、1人で派手に転けちゃって!」


平静を装いながら、莉子が悠に説明する。


あんな場面、なにも知らない悠に見られたら、変に思われるに決まっている。


「ああ~。その音?」

「「…そうそうっ!」」


俺と莉子は、同時に首を縦に振った。



――その夜。

なぜか、なかなか寝つけなかった。


目をつむったら、あのときの莉子の顔が頭の中に浮かぶ。


なに莉子のくせに、ちょっと色っぽい顔してんだよっ…。


それに、なんで俺…こんなにドキドキしてんだよ…!

べつに、莉子のことなんてなんとも思ってないのにっ…。


どうしてかわからないが、莉子のことが頭から離れない。


莉子が引っ越してきてから、ずっといっしょにいて、まるで幼なじみのような感覚。

『女』として、意識したことなんてなかった。


…でも。

それなのに…。



次の日。

莉子を見ると、昨日のことが思い出されて、俺は恥ずかしくてまともに顔を合わせられなかった。


いつもならどうでもいい話をするはずなのに、なぜか今日はまったく会話が出てこない。


莉子もそうだ。

いつもよりも口数が少ない。


俺たちの間に、微妙な空気が流れる。

その雰囲気をなんとなく察したのだろうか――。


「お前ら、ケンカでもした?」


悠が、そんなことを聞いてきた。


「…いや、べつにっ」 

「そうだよ…?フツーだよ?」


俺と莉子は、悠にそう言ってみせる。


悠になにか悟られるのも困るし、なるべく莉子とは普通に接するように心がけた。


だから、それから数日たてば、徐々に莉子とのわだかまりはなくなっていった。



「ねぇねぇ、大河ー?」


いつものように莉子が話しかけてくる。


「なんや?」

「ここ、教えてほしいんだけど」


莉子が数学の教科書を持ってきて、俺の隣の席に座る。


こんなの、今までもよくあること。

たったそれだけのこと。


――なのに。


莉子が隣にいるというだけで、俺の心臓はうるさくバクバクしていた。


隣にいる莉子に聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい。


おかしい…。

こんなこと、これまでになかった。


莉子じゃなくたって、わからない問題を聞きに、俺のところへくる女子はいる。

だけど、そんな女子には俺の心臓はなにも反応しない。


莉子がそばにいるときだけだ。


授業中だって、気づけば前のほうの席に座る莉子を見ていたりした。


…まったく授業に集中できない。


俺…、一体どうしたんだ?



それに、休み時間のときだって――。


「なあ、悠。あいつ、莉子に近づきすぎとちゃう?」


俺の視線の先には、クラスメイトの男子と話す莉子の姿が。

その男子と莉子の距離が、妙に近いような気がした。


「そう?べつに普通ちゃう?」


しかし、悠が見るにはそんなこともないらしい。


「それに最近、莉子のヤツ、よくあいつと話してるよな?…もしかして、気があるんかな」

「それはちゃうやろ。ただ同じ委員会やから、用事があるだけやろ?」


ああして、莉子に話しかけらる用事があるなんて、…正直うらやましい。

こんなことなら、莉子と同じ委員会にしておけばよかった。


なんてことをぼんやりと考えていると――。


「てかさー。大河、莉子のこと好きやろ?」


突拍子もなく、そんな言葉が隣にいる悠から飛び出して、俺は危うくイスから滑り落ちそうになった。


「…なっ!いきなり、どうした…!?」

「どうしたもなにも、やたら莉子のこと気にするし。最近の大河見てたら、普通に気づくって」

「…いやいやいや!俺が…莉子のことを?そんなわけ――」


あるわけがない。


俺は、もっとおしとやかで女の子っぽいのがタイプだ。

莉子とは少し違う。


だから、俺が莉子を好きだなんて…あるはずがないっ。


そう自分に言い聞かせる。


――だけど。


『大河、莉子のこと好きやろ?』


悠の言葉がきっかけになったのか、俺は野球のこととはべつに、ふと気づいたときには莉子のことを考えていた。


莉子、今なにしてるかな。

あの後輩、やたらと莉子に話しかけにいくよな。

今日は莉子のヤツ、俺のところにこないな。


――なんて。


…だから、悔しいけど認めるしかなかった。


思ったことをズバズバ言うし、俺のことは野球バカ呼ばわりだし、なんのかわいげもないヤツだけど――。


いつも隣にいるのが当たり前で。

莉子に応援されたら、かっこいいところを見せないとなってなるし。


負けたときの悔し涙も、莉子にしか見せたことがなかった。


俺のすべてをさらけ出せる存在…。

それが莉子だ。


そんな莉子に、俺はいつの間にか惹かれていたんだ。


こんなこと、本人に言ったら絶対バカにされるから言わねぇけど…。

――俺は、莉子のことが好きだ。



それから、3ヶ月後。

莉子と悠といっしょに、お昼休みの弁当を食べ終わったころ――。


「大河、なんかきてほしいらしいで?」


そう言って、クラスメイトの男子が俺のところにやってきた。


「…え?だれが?」

「あのコら」


指さした先に目を向けると、廊下からチラチラとこちらを覗いている3人の女子たちがいた。


名前は知らないけど、なんとなく顔は知っている。

たぶん1年生。


よくあの3人で、練習試合の応援にきてくれているのを見かけたことがあったから。
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