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幕末剣士、未来へ

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わたしの彼氏は、一味違う。

おそらく日本中のどこを探したって、そんな彼氏はいないだろう。


なぜなら、わたしが付き合っているのは幕末の剣士だから。


でも、『付き合う』と言っても、これまでの生活とほとんど変わらない。


同じ家に住んでいるから、『会いたい』などといったメッセージのやり取りはないし。

わたしと離れると宗治は消えてしまうから、付き合っても付き合ってなくても常にいっしょだし。


だから、これといってなにをしたらいいのかわからなかった。


ただ、宗治がそばにいると安心する。

宗治と想いが通じ合ってから、世界がキラキラして見える。


恋愛フィルターがかかっているせいだろうか、宗治がこれまで以上にかっこよく見えて仕方がない。


そんな毎日が続き、あっという間に夏休みが終わった。



今日から2学期だ。


「宗治にいちゃん。今日、学校から帰ったらゲームやろうぜ」

「おう。いいぞ、朔」


いつものように、わたし、宗治、朔の3人で登校し、途中の道で小学校に向かう朔と別れる。

朔が曲がり角を曲がり、見えなくなると――。


急に宗治が手を繋いできた…!


「な…なにっ!?」


驚いて、慌てて手を振り払う。


「なにって、現代ではこれが恋人同士がすることじゃないのか?テレビで見たぞ」

「…それはそうかもしれないけど、いきなりされたらびっくりするじゃん…!」


テレビがない時代だったからか、メディアからの情報にすぐに影響される宗治。


手を繋ぐのだって、おそらくこの前見た青春恋愛ドラマから得た知識だろう。

主人公の男の子とヒロインの女の子が付き合って、初デートに出かける回だったから。


だからって、らしくないことはしなくていい。

だって、もしだれかに見られたら――。


「お~っはよ!」


突然後ろから声が聞こえて、わたしと宗治の肩がビクッと動いた。

振り返ると、そこにいたのは七海だった。


「…七海!」

「お、おはよう…菅さん」


さっきまで人通りもなくて油断していたから、急に現れた七海にわたしたちはしどろもどろ。


「もしかして…七海。さっきの…見た?」

「さっきのって?」


キョトンとして首を傾げる七海。


この様子だと、…手を繋いでいたのは見られてないっぽい?


「…ううんっ、なんでもないの!」

「だ…だな!…そうだ!俺、朝から顧問に呼び出されてたんだった!…先行くわ!」


宗治は平静を装いながら、わたしたちから逃げるようにして走っていった。


新学期早々に、顧問の先生から朝に呼び出されているわけがない。

でも宗治なりに、この場を切り抜けるために目一杯に考えた嘘だった。


宗治の背中を見送ると、わたしは七海と並んで歩く。


「なんかあたし、お邪魔しちゃったみたいだね」

「なに言ってるの。そんなこと――」

「そんなことないことないでしょっ」


見ると、七海はニヤニヤしながらわたしに視線を向けていた。

なにかをたくらんでいるような…そんな表情だ。


「いいこと、あったんじゃないの?」

「…いいこと?」


わたしが聞き返すと、七海がそっとわたしの耳に顔を近づけた。


「宗治くんと…♪この夏休みで、いい感じになったんでしょ♪」

「なっ…!」


七海の囁く声に、思わず顔を赤くして反応してしまった。

そんなわたしを見て、クスクスと笑う七海。


「ごめんっ。実は、さっき見ちゃってたんだよね。2人が手繋いでるの」


…えっ。


『もしかして…七海。さっきの…見た?』

『さっきのって?』


ああ言っていたけど、本当は見てしまっていたらしい。


「あっ…あの、その…!べ、べつにたいした意味はなくて…!ドラマの真似事っていうかっ…」

「ちょっと都美、テンパりすぎだから~!」


七海に必死に身振り手振りで説明する。

でも、だんだんと自分でもなにを言っているのかわからなくなってきた。


「いいんじゃない?付き合ってるんでしょ?」

「…そんなわけないじゃん!だって、宗治はわたしのいとこで――」

「隠さなくたっていいよ~。2人の様子見てたら、いとこ同士じゃないことくらいわかるからっ」


予想もしていなかった七海の発言に、わたしは目を丸くした。


「…七海、気づいてたの!?」

「まぁね♪」


七海が、わたしと宗治がいとこではないと確信したのは修学旅行のときなんだそう。


新幹線で後ろの席の宗治が、他の女の子に話しかけられているのを不機嫌そうな表情で眺めていたわたしを見て。


そして決定的だったのが、火事での宗治の行動。


「都美を助けに行った宗治くんの…あの表情。あれは、好きな人を守りたいって顔してたもん」


七海はわたしたちの関係を知っていながらも、今まで秘密にしていてくれた。

陰ながら、うまくいきますようにと願ってくれていたらしい。


でもさっき手を繋いでいるわたしたちを見て、声をかけずにはいられなかったと。


「なにか事情があって、宗治くんが都美の家に居候してるんでしょ?いいねっ、好きな人といつもいっしょって♪」

「けど、学校でも家でも顔を合わせるとなると飽き飽きしちゃうよ」


と言いつつ、顔がニヤけてしまう。


学校に向かうまでの間に、普段2人でどんなふうにして過ごしているかという恋バナを根掘り葉掘り聞いてくる七海。

だけど、いとこ同士でないとわかっても、宗治自身のことに関しては詳しく聞いてくることもなく、わたしはとっても話しやすかった。


「…あっ!あれって、古関先輩じゃない!?」


学校に着いて下駄箱で上靴に履き替えていると、渡り廊下を歩く古関先輩の後ろ姿を七海が見つけた。


「新学期早々、朝から会えるなんてラッキー♪」


古関先輩のいちファンである七海。

すぐにわたしの手を引っ張って、古関先輩のあとを追った。


古関先輩とはあの告白以来会っていなかったから、どんな顔をすればいいのかわからない。


だけど、七海の勢いになすがままで、気づけば古関先輩のもとへ。


「古関先輩、おはようございます!」

「…ん?ああ、おはよう菅さん」


振り返った古関先輩が爽やかに微笑む。

そして、その視線は七海の隣にいたわたしへ。


「高倉もいっしょだったのか。おはよう」


今までと変わらない対応に少し驚いた。

わたしはどうしたらいいのかと戸惑っていたけど、古関先輩はまるで何事もなかったかのように振る舞う。


もしここで、古関先輩と気まずい空気になったら余計に困っただろうけど、先輩のおかげでわたしも気持ちが楽になった。


「おはようございます、古関先輩」


わたしがそう言うと、先輩はにっこりと笑ってくれた。


教室へ入ると、聞こえてくる会話はある話題で持ちきりだった。


「浴衣着るの楽しみ~♪」

「みんなでりんご飴買って、写真撮ろうよ!」

「「いいよ~♪」」


それは、学校近くの広場で催される夏祭りについて。


本当は、先週末の予定だったけど雨で翌週へ延期に。

だから、9月に入ってしまってはいるけど、今週末に夏祭りがあるのだ。


この辺りの学生なら、この夏祭りが夏の一大イベント。

わたしも毎年七海と行っている。


しかし、七海は今週末は予定があって行けないとかで――。


「だから、今年は宗治くんと楽しんできてね♪」

「…宗治と!?」

「当たり前でしょ!せっかくの夏祭りを、カップルで行かないでどうするのっ」


七海が行けないなら、今年は行かなくてもいいかなと思っていたんだけど…。


「夏祭りは毎年あるかもしれないけど、中2の夏は今だけだよ!」


そう言って、わたしの肩をたたく七海。
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