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幕末剣士、現代へ
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目を凝らすと、その影は徐々に人型となり――。
パッと一瞬にして光が消えたと同時に、だれかがその下にうつ伏せになって倒れていた。
おそらく…人。
しかし、わたしは今さっき見た光景を理解するのに時間がかかっていた。
わたし…、もしかしてまだ夢を見てる?
だって、雨戸を開けて外を見たら、御神木の桜の木のうろが赤紫色に光っていて――。
そこから人が現れた…?
そんなこと、現実で起こるわけがない。
そっか。
やっぱりこれは夢なんだ。
そう思って頬をつねってみたけれど、なぜか痛かった。
それでようやく気がついた。
…あれ?
夢じゃ…ない?
でも、人が突然現れるわけ――。
そこで、わたしは徐々に寒気がした。
…まさか、あれは…幽霊……?
冷静になって考えてみたら、それが一番納得がいく。
そういえばお父さんの弟の叔父さんも、初めて霊を見たのは中学生のときって話してたし…!
だからわたしも、ついに霊感に目覚めてしまったに違いない。
…うれしいことではないけど。
たしか、霊感を持つ者は幽霊を助けてあげないといけないって、お父さんが朔に口うるさく言っていた気がする。
ということは、わたしもあの幽霊を助けてあげないといけないのかな…?
そんなことを考えながら、ぼんやりと倒れている幽霊を遠目に眺める。
すると、かすかに指先が動いたのが見えた。
と…とりあえず、近づいてみよう。
わたしはおそるおそる、その幽霊に歩み寄った。
黒髪に近い濃紺の短髪。
秘色色の着物に、錆浅葱色の袴をはいた男の子だ。
…この男の子、どこかで……。
「あの~…」
そばまで行くと、わたしは声をかけた。
しかし、反応がない。
「すみませ~ん…。ここで寝てたら、風邪引きますよ~…」
と言って、気づいた。
幽霊なら、風邪なんて引かないということに。
「聞こえてますか~?」
しゃがみこんで、指先で肩の辺りをツンツンと突つく。
起きる気配はない…。
…どうしよう、お父さんを呼んできたほうがいいかな。
そう思って立ち上がってみたけど、わたしはすぐにハッとして幽霊のほうを振り返った。
待って…、今…。
…触れた!?
幽霊って…触れるの!?
もう一度ツンツンしてみるけど、…やっぱり触れる。
触れる幽霊なんて聞いたことがない。
これはますますお父さんに知らせなくちゃ…!
そのとき、幽霊の体が小刻みに震えた。
「…んっ……」
そして、かすかな声を漏らして手をついて体を起こし始めた…!
こわくなったわたしは後退りする。
すると、顔を上げた幽霊がゆっくりとわたしに目を向けた。
深い海のような色をしたきれいな瞳。
その瞳が、まっすぐにわたしを捉える。
「姫…!!」
そう小さく叫ぶと、慌てて起き上がった幽霊がわたしの手を握ってきた!
「なっ…なに!?」
「…姫!ご無事でしたか!?」
「だからっ…、なんなの!?」
わけがわからない。
幽霊が目を覚ましたかと思ったら、いきなり手を握られて――。
今の状況を理解できなくて、思わずポカンとしてしまった。
そんなわたしの顔を、幽霊は眉間にシワを寄せながらまじまじと見つめる。
「…姫?いや、姫がこんなアホ面なわけがない」
ア…、アホ面…!?
今、わたしのこと…『アホ面』って言った!?
「ちょっと、なに勝手なこと――」
「…お前こそ何者だ!?姫と同じ顔…。さては、妖怪の類だな!?」
「妖怪って…、…わたしが!?」
人を『アホ面』だの『妖怪』だのって…。
…この幽霊、失礼すぎる!
「言っとくけどね、わたしはあなたを――」
「近づくな、妖怪!」
そう言って、幽霊は腰にささっていた鞘から刀を引き抜いた。
「姫をどこにやった!」
「どこにって…。そもそも、『姫』ってだれのこと?」
「答えないのなら、吐かせてや――ッ…!!」
すると突然、幽霊は頭を抱えて苦しみだした。
「…えっ。だ…大丈夫…!?」
「くっ…!おのれ…、妖術か…!」
こっちは心配しているというのに、まだわたしを妖怪呼ばわりだ。
「ひ…、姫……!」
幽霊は刀を地面に突き刺しなんとか立っていたけれど、つぶやくように声を漏らすと、よろけながら地面に倒れてしまった。
「…しっかりして!ねぇ…!」
幽霊は気を失ってしまったのか、わたしの声にまったく反応しない。
どうすることもできなくなったわたしは、慌ててお父さんを起こしにいった。
そのあと、幽霊はお父さんに抱きかかえられて、今は客間に敷かれた布団の上で眠っている。
そのあと、おじいちゃんとおばあちゃんとお母さんも起きてきた。
幽霊事件で騒がしかったからか、まだ朝の6時過ぎだというのに、朔まで目を覚まして下りてきた。
そして、家族全員が居間に集まると、客間で寝ている幽霊の話になった。
「お父さん。あの幽霊ってなに?触れたからびっくりしちゃって――」
「彼は幽霊じゃないよ」
お父さんの言葉に、わたしはキョトンとする。
「幽霊じゃ…ない?」
「そもそも幽霊は触れないからな」
じゃあ、一体なんなの…?
「でも、わたし見たよ…!御神木の桜のうろが赤紫色にぼんやりと光って、そこからあの幽霊が…!」
こんなファンタジー小説みたいな話、信じてもらえないと思った。
だから、必死に説明しようとしたけど、わたしの予想と違っておじいちゃんとおばあちゃんはうんうんと首を縦に振っている。
「そうか、そうか。ばあさん、都美が『あれ』じゃな」
「そうですねぇ、おじいさん。都美が先祖代々伝わる『あれ』とは…」
顔見合わせる、おじいちゃんとおばあちゃん。
「えっと…。さっきから言ってる『あれ』ってなに?」
お父さんに顔を向けると、お父さんはわたしの頭を大きな手で優しくなでた。
「都美。お前は、『救い人』の力を持っていたんだ」
「救い人…?」
――『救い人』。
それは、500年に1人の確率で高倉家の子孫に宿る力を持った人のこと。
過去からやってきた人を救う力があるらしい。
そう説明されたけど、いまいちピンとこなかった。
「なに?ねえちゃん、すげー感じなの?」
「…それはわかんないけど。それに、救い人なんてそんな話…今までに聞かされたことないよ?」
「そもそも話していなかったからな。500年に1人の確率で生まれる力だなんて、お父さんも半信半疑だったから」
「残された古文書には書かれていたが、じいちゃんも信じてはなかったの~」
「まさか本当に実在して、それが孫の都美とはの~」
わたしが『救い人』というめずらしい力を持っているとわかっても、家族のみんなはそこまで驚いていない。
普段から霊が見えてしゃべっている霊感がある人にとっては、特殊能力なんて日常的なことなのだろうか。
「ということは、あの幽――じゃなくて男の子は、過去からきたの?」
「そういうことになるな。どの時代からやってきたかは、彼が目覚めてから聞いてみよう。刀と服装からすると…、江戸時代辺りだと思うが」
ひとまず、あの男の子が目覚めない限り、なにもわからないようだ。
客間で、見知らぬタイムスリップしてきた男の子が眠っているというのに、我が家はいつも通りの朝を迎えた。
「そうだ、朔。ゴールデンウィークでしばらく学校も休みだから、久々に父さんが剣道の稽古をつけてやろうか?」
「え~、やだよ~。オレ、剣道はしないから」
朔は、朝ごはんのだし巻き卵を口に頬張りながらお父さんに話す。
高倉家の男子は代々剣道を教えてもらうのだけれど、朔は小学3年生のときにお父さんから習うのをやめてしまった。
剣道をしている友達はいなかったし、周りではサッカーがブームだったから。
「剣道って防具とか暑いじゃん。それにサッカーのほうがモテるしさ」
朔の言葉にお父さんも苦笑い。
「でも、朔。お姉ちゃんの学校では、古関先輩っていう1つ上の先輩が一番モテてるけど、剣道部の部長だよ?」
「それはレアなケースだよ。やっぱりかっこいいのはサッカーだよな~」
パッと一瞬にして光が消えたと同時に、だれかがその下にうつ伏せになって倒れていた。
おそらく…人。
しかし、わたしは今さっき見た光景を理解するのに時間がかかっていた。
わたし…、もしかしてまだ夢を見てる?
だって、雨戸を開けて外を見たら、御神木の桜の木のうろが赤紫色に光っていて――。
そこから人が現れた…?
そんなこと、現実で起こるわけがない。
そっか。
やっぱりこれは夢なんだ。
そう思って頬をつねってみたけれど、なぜか痛かった。
それでようやく気がついた。
…あれ?
夢じゃ…ない?
でも、人が突然現れるわけ――。
そこで、わたしは徐々に寒気がした。
…まさか、あれは…幽霊……?
冷静になって考えてみたら、それが一番納得がいく。
そういえばお父さんの弟の叔父さんも、初めて霊を見たのは中学生のときって話してたし…!
だからわたしも、ついに霊感に目覚めてしまったに違いない。
…うれしいことではないけど。
たしか、霊感を持つ者は幽霊を助けてあげないといけないって、お父さんが朔に口うるさく言っていた気がする。
ということは、わたしもあの幽霊を助けてあげないといけないのかな…?
そんなことを考えながら、ぼんやりと倒れている幽霊を遠目に眺める。
すると、かすかに指先が動いたのが見えた。
と…とりあえず、近づいてみよう。
わたしはおそるおそる、その幽霊に歩み寄った。
黒髪に近い濃紺の短髪。
秘色色の着物に、錆浅葱色の袴をはいた男の子だ。
…この男の子、どこかで……。
「あの~…」
そばまで行くと、わたしは声をかけた。
しかし、反応がない。
「すみませ~ん…。ここで寝てたら、風邪引きますよ~…」
と言って、気づいた。
幽霊なら、風邪なんて引かないということに。
「聞こえてますか~?」
しゃがみこんで、指先で肩の辺りをツンツンと突つく。
起きる気配はない…。
…どうしよう、お父さんを呼んできたほうがいいかな。
そう思って立ち上がってみたけど、わたしはすぐにハッとして幽霊のほうを振り返った。
待って…、今…。
…触れた!?
幽霊って…触れるの!?
もう一度ツンツンしてみるけど、…やっぱり触れる。
触れる幽霊なんて聞いたことがない。
これはますますお父さんに知らせなくちゃ…!
そのとき、幽霊の体が小刻みに震えた。
「…んっ……」
そして、かすかな声を漏らして手をついて体を起こし始めた…!
こわくなったわたしは後退りする。
すると、顔を上げた幽霊がゆっくりとわたしに目を向けた。
深い海のような色をしたきれいな瞳。
その瞳が、まっすぐにわたしを捉える。
「姫…!!」
そう小さく叫ぶと、慌てて起き上がった幽霊がわたしの手を握ってきた!
「なっ…なに!?」
「…姫!ご無事でしたか!?」
「だからっ…、なんなの!?」
わけがわからない。
幽霊が目を覚ましたかと思ったら、いきなり手を握られて――。
今の状況を理解できなくて、思わずポカンとしてしまった。
そんなわたしの顔を、幽霊は眉間にシワを寄せながらまじまじと見つめる。
「…姫?いや、姫がこんなアホ面なわけがない」
ア…、アホ面…!?
今、わたしのこと…『アホ面』って言った!?
「ちょっと、なに勝手なこと――」
「…お前こそ何者だ!?姫と同じ顔…。さては、妖怪の類だな!?」
「妖怪って…、…わたしが!?」
人を『アホ面』だの『妖怪』だのって…。
…この幽霊、失礼すぎる!
「言っとくけどね、わたしはあなたを――」
「近づくな、妖怪!」
そう言って、幽霊は腰にささっていた鞘から刀を引き抜いた。
「姫をどこにやった!」
「どこにって…。そもそも、『姫』ってだれのこと?」
「答えないのなら、吐かせてや――ッ…!!」
すると突然、幽霊は頭を抱えて苦しみだした。
「…えっ。だ…大丈夫…!?」
「くっ…!おのれ…、妖術か…!」
こっちは心配しているというのに、まだわたしを妖怪呼ばわりだ。
「ひ…、姫……!」
幽霊は刀を地面に突き刺しなんとか立っていたけれど、つぶやくように声を漏らすと、よろけながら地面に倒れてしまった。
「…しっかりして!ねぇ…!」
幽霊は気を失ってしまったのか、わたしの声にまったく反応しない。
どうすることもできなくなったわたしは、慌ててお父さんを起こしにいった。
そのあと、幽霊はお父さんに抱きかかえられて、今は客間に敷かれた布団の上で眠っている。
そのあと、おじいちゃんとおばあちゃんとお母さんも起きてきた。
幽霊事件で騒がしかったからか、まだ朝の6時過ぎだというのに、朔まで目を覚まして下りてきた。
そして、家族全員が居間に集まると、客間で寝ている幽霊の話になった。
「お父さん。あの幽霊ってなに?触れたからびっくりしちゃって――」
「彼は幽霊じゃないよ」
お父さんの言葉に、わたしはキョトンとする。
「幽霊じゃ…ない?」
「そもそも幽霊は触れないからな」
じゃあ、一体なんなの…?
「でも、わたし見たよ…!御神木の桜のうろが赤紫色にぼんやりと光って、そこからあの幽霊が…!」
こんなファンタジー小説みたいな話、信じてもらえないと思った。
だから、必死に説明しようとしたけど、わたしの予想と違っておじいちゃんとおばあちゃんはうんうんと首を縦に振っている。
「そうか、そうか。ばあさん、都美が『あれ』じゃな」
「そうですねぇ、おじいさん。都美が先祖代々伝わる『あれ』とは…」
顔見合わせる、おじいちゃんとおばあちゃん。
「えっと…。さっきから言ってる『あれ』ってなに?」
お父さんに顔を向けると、お父さんはわたしの頭を大きな手で優しくなでた。
「都美。お前は、『救い人』の力を持っていたんだ」
「救い人…?」
――『救い人』。
それは、500年に1人の確率で高倉家の子孫に宿る力を持った人のこと。
過去からやってきた人を救う力があるらしい。
そう説明されたけど、いまいちピンとこなかった。
「なに?ねえちゃん、すげー感じなの?」
「…それはわかんないけど。それに、救い人なんてそんな話…今までに聞かされたことないよ?」
「そもそも話していなかったからな。500年に1人の確率で生まれる力だなんて、お父さんも半信半疑だったから」
「残された古文書には書かれていたが、じいちゃんも信じてはなかったの~」
「まさか本当に実在して、それが孫の都美とはの~」
わたしが『救い人』というめずらしい力を持っているとわかっても、家族のみんなはそこまで驚いていない。
普段から霊が見えてしゃべっている霊感がある人にとっては、特殊能力なんて日常的なことなのだろうか。
「ということは、あの幽――じゃなくて男の子は、過去からきたの?」
「そういうことになるな。どの時代からやってきたかは、彼が目覚めてから聞いてみよう。刀と服装からすると…、江戸時代辺りだと思うが」
ひとまず、あの男の子が目覚めない限り、なにもわからないようだ。
客間で、見知らぬタイムスリップしてきた男の子が眠っているというのに、我が家はいつも通りの朝を迎えた。
「そうだ、朔。ゴールデンウィークでしばらく学校も休みだから、久々に父さんが剣道の稽古をつけてやろうか?」
「え~、やだよ~。オレ、剣道はしないから」
朔は、朝ごはんのだし巻き卵を口に頬張りながらお父さんに話す。
高倉家の男子は代々剣道を教えてもらうのだけれど、朔は小学3年生のときにお父さんから習うのをやめてしまった。
剣道をしている友達はいなかったし、周りではサッカーがブームだったから。
「剣道って防具とか暑いじゃん。それにサッカーのほうがモテるしさ」
朔の言葉にお父さんも苦笑い。
「でも、朔。お姉ちゃんの学校では、古関先輩っていう1つ上の先輩が一番モテてるけど、剣道部の部長だよ?」
「それはレアなケースだよ。やっぱりかっこいいのはサッカーだよな~」
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