上 下
61 / 67

#057 : 聖女

しおりを挟む
侵略しようしたけど単なるハプニングでキューシュー王国を手に入れた私は、後始末を配下のワイト達に任せ、城下町で観光を楽しんでいた。
市場を歩き、美味しそうな食べ物の屋台を巡っていた。

「おぃい?キャピキャピの温泉シーンがあるとでも思ったのかぁ?残念ながら無いんだよぉ?」(笑顔で振り返る)

「サクラ!誰と話してるの?」
「サクラお姉ちゃん、面白いねw」
カエデがツッコむと小娘が釣られて笑っていた。

「サクラ様、我はそろそろバイトの時間になりますので、行って来ようかと。」
辰夫が時間を気にしている。

「えぇ。がっぽり稼いで来なさいよ。」
「はいッ!」
辰夫が死んだ目で良い返事をした。
いつからだろう。辰夫の目から光が失われたのは?
まぁいいか。

「えへへーサクラさんと観光だー」
「…。」
辰美は私の腕にべったりと張り付いている。
火竜の血を引いている彼女はいつも体温が高い。
そしてキューシューは南の国なので暑い。離れろ。

人々は恐る恐る私たちを避けるようにしていた。
私たちの進む道は自然と開かれ、母親たちは子供たちを抱きかかえ、商人たちは商品を片付け始める。
目が合うとすぐに視線を逸らされ、囁き声が広がっていく。

ざわざわ…

「大魔王がここに来るなんて…」
「どうしよう…逃げた方がいいのか…」
「だ、、、大魔王サクラだ…」
「ママー?あの人が大魔王なのー?お胸が小さいねw」
「ちょ!」
母親が慌てている。

「どうやら教育が…必要なようね…。」
私はキッと子供を睨んだ。

「サクラ!子供を威嚇しないの!」
カエデが諭すように言う。冗談の通じないやつだ。
私は教科書に【大魔王サクラは巨乳】と書くことにした。

その時、街の人たちが一斉に歓声を上げた。
「聖女様だぞーーー!」
「おおお!聖女様が来たぞ!」
「聖女様、お願いです!大魔王を倒してください!」

歓声の先を見ると10人くらいの集団が目に入った。
この集団は遠目からでも目立ち、特にリーダーらしき女が、まるで物語の中から出てきたような華やかさを放っていた。



そして——。
その聖女とやらが近づいてくると話しかけてきた。

「あー!やっと!やっと見つけました!大魔王サクラとその一行…私は聖女の…ツバキ…と申しま…って、え?…サクラ?」
女は驚きの表情を浮かべ、目を見開いた。

「…ん"ッ…?……ツバキ…?」
私も驚きで目を見開いた。

「あ!あれ!?ツバキじゃない!?えええー!ツバキだー!」
カエデも同じように驚いて目を見開いた。

「ええ?カエデもいる?」
ツバキがカエデを指さす。

私もカエデも聖女もその場に立ち尽くす。
「「「………。」」」

ツバキはカエデと同じく幼馴染だ。いつも一緒に行動していた。
聖女の姿に身を包んでいたが、ツバキだ。
この世界にツバキがいる。

「うわぁーーーーー!!!!!サクラとカエデだー!あんたたち急に居なくなったから寂しかったよー!うわーん!サクラー!カエデー!会いたかったよー!!嬉しいなーーー!!!でも大魔王は倒さないとならないので食らいなさい!聖なる魔法!ホーリービーム♡」(超早口)

ツバキの左目が突然、眩しい光を放ち始めた。瞳孔が収縮し、強烈な光線が一気に放たれる。

ビーーーーーッ♡

「ちょ!」

私は瞬時に横に飛び避ける。その瞬間、ホーリービーム♡は一直線に辰夫へ向かい、辰夫に直撃した。

「ギャーーーーーッ!!!!!ば、バイトに…」
「「辰夫さん!?」」
辰美と小娘は目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。

「おのれ大魔王サクラ!避けるなぁーホーリービーム♡」

再び、ツバキの左目が輝き、光が収束すると同時にビームが発射される。

ビーーーーーッ♡

「あぶッ!」
私は素早く避けると、再度ビームは辰夫に命中した。

「ギャーーーーーッ!!!!!て、店長に…みなに迷惑をかけてしまう…」
「「辰夫さん!?」」
辰美と小娘は再び驚きの声を上げた。

「カエデ!こいつ抑えつけて!あと♡にイラっとするッ!」

「うん!たしかにイラっとする!」
カエデがツバキを羽交締めにする。

「はなせぇー!はなしてぇー!大魔王を倒すって約束したんだぁー!私が世界を平和にするんだぁー!」

「あ!この曲がった感じに真面目なとこはやっぱりツバキだ!」

「相変わらずのめんどくさい性格…大変なのが来たわね…」
私はため息をつくと肩を落とした。

「こんなとこでツバキに会えるなんて嬉しいなぁw」
カエデがのんきだ。今はそれどころじゃないだろ。
このポンコツ勇者が。

「くっ!左目が疼く…!私は光を放つ救世の聖女!聖なる光の守護者!闇を払うために、神々から与えられた力を持って、お前を討つ!ホーリービーム♡」

再び、ツバキの左目が発光しビームが放たれる。

ビーーーーーッ♡

「あぶなッ!やっぱり♡うざッ!」
私はサッと魔法を避ける。

「ギャーーーーーッ!!!!!お、お客様の笑顔を…」
倒れている辰夫に当たる。

「「辰夫さん!?まさかの接客業なのーッ!?」」
辰美と小娘は驚愕の表情を浮かべて叫んだ。


「仕方ない…戦うしかないのか…ククク…久しぶりねぇ?ツバキィ?元気そうでなによりだわぁ?」
私は一歩前に出て、指を一本一本曲げては伸ばし、関節を鳴らして準備を整える。
小さな音が響き渡る度にツバキの表情が引き締まっていく。

「私は貴様の終焉を告げる者!神聖なる力と共に、天上の裁きを下す!闇夜の中で光を放つ私は…!お前の前に立ちはだかる絶望だ!覚悟しろッ!大魔王サクラ!」

「…相変わらず厨二病を拗らせてるみたいね…フフフ…いい声で鳴いてくれよぉ?」
私はツバキを見つめながら、微笑む。

「サクラ?ツバキ?ふざけてるんだよね?や、やめてよ!私たち親友でしょ?」
カエデが手に持っていた団子を食べ終わると同時に口を開いた。そういうとこだよ。カエデ。

その時、空が急に暗くなり、ぽつぽつと冷たい雨が降り始めた。
私たちの悲劇の再会を悲しむかのように冷たい雨が降り注ぐ。
周囲の人々は雨から逃れることもせず運命の2人の対峙を見守っていた。

「…邪魔ねこれ。」
私は倒れている辰夫を拾って後ろに投げ、戦闘に備えた。
雨は次第に激しさを増し、冷たい滴が私たちの体を打ちつける。

「ば、バイトに…バイトに行くのだ…うぅ……」
「「「た、辰夫さん……」」」
ボロボロになりながらもバイトに向かおうとする辰夫の姿にカエデと辰美と小娘が泣いていた。もう今日はバイト休めよ。

「ぬあああああああああーーーーーッ!」
そして辰夫が突如!闇に包まれるとドラゴンの姿に戻った!

「「「「な、なに!?」」」」

突然の辰夫の変身!
その場にいた全員が驚愕する。
雨が辰夫の鱗を叩きつけ続ける。
その鱗は光を反射して不気味な輝きを放つ。

—— やがて辰夫はゆっくりと口を開いた。

「……ち…遅刻は…許されないのです…バイトに行ってきます。」

「「「あ、はい。どぞ。いってらっしゃい。」」」

辰夫は大きな翼を広げ、フラフラとしながらも空へ飛び立とうとした。
辰夫の頬を伝う雫が涙なのか雨なのかは辰夫にしか分からない。

そしてその様子を見ていた街の人々が声を上げ始めた。
「辰夫さん、がんばれー!」
「負けないでー!」
「気をつけていってらっしゃい!」
「何のバイトしてんだろ?」
「休めば?」

辰夫は声援に応えることなく、ゆっくりと重い翼を広げ、雨の中に消えて行った。

「神よ、あの者に…どうかご加護を…」
ツバキは雨の中を飛び去る辰夫を祈り続けていた。

辰夫が見えなくなると、街の人々は静かにその場を離れた。
私たちは黙ってその場に立ち尽くしす。

—— 冷たい雨が降り続ける音だけが響いていた。

その後、その場にいた皆が思った。
(バイト休めよ。)

(つづく)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

俺のギフト【草】は草を食うほど強くなるようです ~クズギフトの息子はいらないと追放された先が樹海で助かった~

草乃葉オウル
ファンタジー
★お気に入り登録お願いします!★ 男性向けHOTランキングトップ10入り感謝! 王国騎士団長の父に自慢の息子として育てられた少年ウォルト。 だが、彼は14歳の時に行われる儀式で【草】という謎のギフトを授かってしまう。 周囲の人間はウォルトを嘲笑し、強力なギフトを求めていた父は大激怒。 そんな父を「顔真っ赤で草」と煽った結果、ウォルトは最果ての樹海へ追放されてしまう。 しかし、【草】には草が持つ効能を増幅する力があった。 そこらへんの薬草でも、ウォルトが食べれば伝説級の薬草と同じ効果を発揮する。 しかも樹海には高額で取引される薬草や、絶滅したはずの幻の草もそこら中に生えていた。 あらゆる草を食べまくり最強の力を手に入れたウォルトが樹海を旅立つ時、王国は思い知ることになる。 自分たちがとんでもない人間を解き放ってしまったことを。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...