上 下
6 / 8

白狼覚醒

しおりを挟む
イリスとヴァイスは寝食を共にし
毎晩、愛し合う様に、互いの身体の
弱点を探り、楽しみながら身体を重ね続ける
二人が紡ぐ穏やかな日々は、掛け替えのない
実に幸福な時間だった。
ヴァイスはイリスが出かけている間は
部屋の掃除に励み、進んで家事や炊事をした
心根が勤勉で真面目で、本能的に
賢いヴァイスは、器用に色々な物事を覚え、疲れて帰ってくるイリスを労い、
温かい食事で彼女の帰りを出迎えていた。
イリスと出会う前迄のヴァイスは
無色透明の匂いも味もない、ただ
無為に時間を過ごすだけの人生であった故
今の生活は新鮮な事ばかりで学ぶ事が多い

「お掃除やお洗濯、お料理ってなんで
こんなに楽しいんだろ…?」

全ては「イリスお姉ちゃんに喜んで欲しい」
始めたきっかけはたった一つの思いからだった。今では一種の趣味に近い状態であった。

ヴァイスにとって、イリスの存在は
尊敬する姉であり、甘えられる母であり、
愛おしく思う恋人であり、
命を賭して守りたい女性であり、
そして、彼女が了承し望んでくれるなら
子を成しで孕ませたい雌であり、
何よりも、ヴァイスに自由と全てを
与えてくれた唯一無二の大切なヒトであった。
彼女はヴァイスの無色透明の世界に色を与え
彼に自身の存在の価値と意味を与えてくれた
「イリスお姉ちゃんの為にこの命を使おう」
ヴァイスは何気ない日常の日々を
もたらしてくれたイリスに毎日感謝する。

しかし、彼女の一言によって
二人の別れは唐突に訪れた。

「ヴァイス、貴方とは…今日でお別れよ。」

俯いたイリスの表情を見て、ヴァイスは
驚きもせず、穏やかに彼女に尋ねた。

「…イリスお姉ちゃん…僕、誰かに売られちゃうの?」

「…」

ヴァイスの問いにイリスは答えない

「…ねえ、イリスお姉ちゃん。もしも、僕が
誰かに買われるなら、さ、なるべく高いお金で売ってよ、そしたら、イリスお姉ちゃんに
僕、少しは恩返し出来るよね?良いでしょ?」

ヴァイスは満面の笑みで言う。
彼の屈託のない笑顔を見たイリスは
無言でヴァイスを抱きしめる。
彼の温もりはイリスにとっても
掛け替えのない唯一無二のものであった。

「…イリスお姉ちゃん…?」

「…ごめんね、ごめんね、ヴァイス。」

イリスの頬を暖かな涙が伝うのを感じ
ヴァイスは黙って目を瞑っていた。
それから一言も発する事なく
イリスはバイクを走らせた。
ヴァイスは彼女の背後に乗り
ぎゅっとしがみつく様に
身体をくっ付けていた、もしかすると
イリスとのこのドライブも最後なのかと思うと。頬から涙が溢れ、風の中に消えて行く。
街中を抜け、ハイウェイを越え
郊外を走ってどれくらいかの時間が経つと
二人は緑の丘に佇む教会へと辿り着いた。
見晴らしは良く、緑は生い茂り花が風に揺れる、小鳥達が囀り、長閑なところであった。
ヴァイスはてっきり何処かの裏路地にでも
連れて来られると思っていたので内心驚いていた。教会から離れた所で二人はバイクを降りた。

「…ヴァイス、貴方は今日からこの教会で
少しの間だけ生活する事になるの、いい?
ちゃんと良い子にしてたら、お姉ちゃんが
必ず迎えにくるからね。」

イリスはヴァイスを強く抱き締めて
耳元でそう言うと、ヴァイスは笑顔で頷く。

「僕、ちゃんと待ってるから、必ず迎えに来てね」

「ええ、約束よ。それじゃ行きましょう。」

二人は手を繋いでからゆっくり歩き出す。
教会へと向かうその道半ばで
二人の過ごした長い様で短く
楽しくも濃厚に愛し合った日々を思い出す。
暫しの別れが来るのは
再会を約束したとしても
少し寂しいのは、ヴァイスもイリスも
同じ気持ちであった。
二人は一緒に教会の扉を開く。

「…?…少し…おかしいわね…。」

イリスは異変に思った。
それは、教会に着いた頃から
感じていた事だった、人気が無いのだ。
警戒しながら教会の中へと入ると
あかりはなく中は薄暗かった
しばらく教会の中を歩いて行くと
行きなりブレーカー音を立てて
教会のシャンデリアの明かりが灯り
ステンドグラスが煌々と輝いた。
目の前には白スーツの男が居た。

「やあ、レッドフード」

「うん…?誰?アンタ…?見たところ
牧師じゃなさそうだけど、と言うか全然
似合わないスーツね、どこかのマフィア?」

白スーツ姿の男を見てイリスは首を傾げる
本当に彼女には顔に見覚えが無かった。

「んー…教会の孤児院施設にヴァイスを
預かって貰うつもりだったのだけど
私、予定間違えちゃったのかしら?」

「…ずいぶんなご挨拶じゃないか、私の名は
クロコディール。その子の引き取り手だよ。レッドフード・イリス、我々は君に
散々煮湯を飲まされていてね
良い加減、辟易としていたんだよ。」

イリスは周囲を見渡し、匂いを嗅ぐ
血と硝煙の香りがする。目を凝らして
よく見てみると、床には赤黒い跡と
長い姿転がり、薄暗い教会の壁には
所々焦げた穴が空いていて、此処で
銃撃戦が行われた後を感じられた。

「ごめーんヴァイス、お姉ちゃん達、
ちょーっと来るとこ間違えちゃった、
さっさとお家に帰るよ」

「…え?うん?…良いの?」

「…良いの良いの、こんな血と火薬の匂いが充満するところに、私の大切なヴァイスを
預ける事なんて出来ないわ。」

イリスは周囲を見渡した後、再度
クロコディールを睨みつけた。

「所でアンタさ…元々此処にいた人たちは
一体どこへやったの?」

「彼等は皆、合意の元でそれぞれが
私の経営する施設に行ってもらったよ。
其処の彼にもそうしてもらうつもりだよ。」

クロコディールは邪悪な笑みを浮かべる
イリスは辟易としてため息をついた
偶然なのか必然なのか、そんな事は
わからなかったが、間違いなく
自分の仕事関係の逆恨みが原因である
その事は理解出来た、しかし、まさか
無関係の人間達にまで手を出すとは
思ってもいなかったからだ。

「逃げるよヴァイス」

イリスはヴァイスを連れて
出口へと向かおうとし振り向いたた時だった。

「おっと、そうは行かないな。」

響く銃声、一発の弾丸がイリスの肩を
撃ち抜いた。その衝撃で彼女は前のめりに
膝をついて座り込むと、肩からは
彼女の赤い血が流れ出して雫が床に落ちる。
ヴァイスは驚きイリスに駆け寄る

「イリスお姉ちゃん!大丈夫!?」

クロコディールの右手には銃口から
煙を立ち昇らせる拳銃が握られていた。

「ぐっ…見事にやられたもんだね…アンタら
最初から私を殺すつもりだったね?」

クロコディールは指を鳴らすと
教会の奥からぞろぞろと武装した
男達が出て来て自動小銃を構える
銃口は全てイリスに向けられている。

「いや、悪名高いお前は、殺す前に
徹底的に調教した後で、私の娼館で
沢山稼いでもらうつもりだよ、もちろん
その少年もな。お前を殺すのは完全に
壊れて使い物にならなくなったその後だ。
だが、動くなよレッドフード、今すぐに
死にたくなかったらな。」

クロコディールは言い終えると
右手の拳銃をイリスの額に向けていた。
イリスはヴァイスの顔を見ずに言う。

「…ヴァイス、此処はお姉ちゃんが
頑張るから…貴方は逃げるのよ。」

「でも…イリスお姉ちゃん…僕は…」

「…逃げるのよ、ヴァイス。」

微笑むイリスの横顔をヴァイスは
真剣な眼差しで、表情で見つめた。
あどけない少年の瞳の奥底には
揺るぎなき強き信念
そして、彼の決意が燃えたぎる。
僕の一番大切な人を守るんだ。
少年はこの日、一人の男になる。

「僕は…僕は逃げない」

「ダメよヴァイスッ!!」

イリスの制止を振り切って
ヴァイスはクロコディール達に歩き出す。
一歩一歩、歩く毎に、ヴァイスの瞳には
怒りの炎が燃えたぎる。

「くくっ…こんなガキに何が出来るッ!
こっちは武装してるんだぞッ!!」

クロコディールと武装した男達は
ヴァイスの姿を見て嘲笑う。
拳銃を見せびらかしながら嘲笑う。

「…よくも…よくも、イリスお姉ちゃんを…」

「ん…?」

ゆっくりと歩くヴァイスの身体が
バキボキと音を立てて次第に変貌していく
イリスの脳裏に焼き付いていた
何時かのケモノは、やはり夢でなかった。
それがヴァイスだった事が
安心と不安、ごちゃ混ぜにする
色々な想いがイリスの中に溢れていた。

「…ヴァイス…貴方…」

「…イリスお姉ちゃん、お姉ちゃんは…
僕が…俺が、絶対に守るよ。」

そして、瞬く間に彼の身体は変貌し
あどけない少年は2メートル近くの
上半身裸で筋骨隆々の白金の立髪を持つ
青年となり、イリスの目の前に背を向け
威風堂々たる出立ちで立っていた。
彼はイリスに一度微笑んだ後で
爪を立て、牙を剥き出す怒りの形相で
クロコディールを睨みつけた。

「イリス姉さんを傷付けたオマエたちを
俺は、俺は絶対に許さんッ!!!」

「な、なんだこの化け物!!早く撃ち殺せ!!」

ヴァイスに向けられた銃口は
仕切り無しに火を吹く、しかし
銃弾は彼の身体に一切傷をつける事が
出来ず、身体に阻まれ潰れた銃弾が
空虚な音を立てて地面へと転がっていた。

「な、バカな…!!」

「それで終わりか?」

ヴァイスはゆっくりとクロコディール達に
近づく、爪を立て、牙を剥き出しにした
その姿は正しく、伝承に伝わる様な
獣人、狼人間、人狼、ライカンスロープ
ヴァイスは真に白き人狼の如き姿であった。

「お前達!何をしてる!!撃ち殺せッ!!!」

「…この世から消えて無くなれ!!」

鋭く風を切り裂く音が走り
ヴァイスの爪が空を薙いだ瞬間
男達の身体が無数に切り刻まれ
教会の壁に鮮血が散乱する。
鉄を切り、肉を裂き、骨を断つ
容赦無き野生の暴力にクロコディールは
戦意を喪失して、その場にへたり込んだ

「ひっ…ひいぃぃ…」

男は恐怖で失禁し、独特の匂いをさせた
汚れた液体を股間から漏らしていた。
その無様な姿をヴァイスは見下ろす

「イリス姉さんに害なす者が、生きて
此処を照れると思うな…!!」

ヴァイスの爪はクロコディールを縦に裂く
血飛沫は開いた華の様に絢爛に床を飾る

「イリス姉さん…大丈夫…?肩、痛い?」

「…そうだけど、ヴァイスこそ…身体、大丈夫なの?」

「うん、平気だよ。」

そう言ってヴァイスはイリスの方へと向かい
彼女を両手で軽々と優しく抱き上げた。
まるでお姫様の様に大切に扱われた
イリスは少し恥ずかしそうに赤面する

「あっ!?ちょっとヴァイス!?」

「良いから良いから、ちゃんと
手当てしてから、俺達の家に帰ろう?」

「…そうね…一緒に帰りましょう…」

身体が元に戻ったヴァイスは
イリスの駆るバイクの背に乗り
彼女の身体にしがみつく。
それ以降、イリスはヴァイスを
誰かに預ける様な提案を二度としなかった。
その後、ヴァイスはイリスの仕事を手伝う様になり、人生において二人は名実共に
掛け替えのないパートナーとなった。

今宵も、白狼の少年は深紅の女と共に
裏社会の闇の中を駆け抜ける。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あるマゾヒストの呟き

大衆娯楽
SMの世界で生きるマゾヒストの独り言。 SMとは何? マゾヒストとは? 被虐って? 自分なりの回答を探します。 過激な性表現はありません。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

特別な能力を持って生まれた私は周囲からあまり良く思われていませんでしたが、最終的にはその能力のおかげで良い縁を得られました。

四季
恋愛
特別な能力を持って生まれた私は周囲からあまり良く思われていませんでしたが、最終的にはその能力のおかげで良い縁を得られました。

甘党魔女の溺愛ルートは乙女ゲーあるあるでいっぱいです!

朱音ゆうひ
恋愛
パン屋の娘が殺害された日、魔女のマリンベリーは、「私が乙女ゲームの悪役令嬢で、パン屋の娘は聖女ヒロインだ」と気づいた。 悪役の生存ルートは、大団円ハーレムルートのみ。聖女不在だと世界滅亡END一直線。魔女に聖女の資格はない。 マリンベリーは考えた。 幼馴染で第二王子のパーニスは優秀な兄王子の引き立て役に徹していて民からは「ダメ王子」だと勘違いされているが、実は有能。秘密組織を率いて王国の平和のために暗躍しているいいひとだ。彼には、聖女役をする素質がある。 「俺がいるのに、他の男拾ってきやがって」 「パーニス王子殿下、美男子を攻略してください!」 マリンベリーは決意した。必ず彼をハーレムルートヒロインにしてみせる! ……と思ったら、彼が婚約を申し込んできて、自分が溺愛ルートに!? 「俺はお前に婚約を申し込む」 「えっ?」 一途な王子×明るく引っ張っていく系魔女のラブコメです。 別サイトにも投稿しています(https://ncode.syosetu.com/n9600ix/)

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

未定

ゆん
エッセイ・ノンフィクション
つまらない人生

もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ

中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。 ※ 作品 「男装バレてイケメンに~」 「灼熱の砂丘」 「イケメンはずんどうぽっちゃり…」 こちらの作品を先にお読みください。 各、作品のファン様へ。 こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。 故に、本作品のイメージが崩れた!とか。 あのキャラにこんなことさせないで!とか。 その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)

処理中です...