KAKERA

花岡橘

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第一章「彼女にしか見えないもの③」

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 放課後の部活の時間になった。アキラ達三人は校舎三階から繋がる廊下を通り別棟の西洋風の五階建ての建物に移動する。学院よりも大きなスペースを誇るここは学院の図書館となっている。図書館は学院の自慢の場所でもあり、蔵書が二百五十万冊以上あって外国の図書も沢山ある。一階から二階までは一般利用も出来て、平日でも多くの利用者が訪れる。ここを生徒が利用する際は利用時間が決まっていて、学校がある日の下校後から十九時まで、休みの日の利用開始時から終了時まで、となっている。学院の生徒が通常授業時に図書館を使用する際は三階のみとなっている。ここは生徒や学校関係者以外は立ち入り禁止となっていて、学院の歴史資料や過去全ての生徒の作文集、また受験勉強に使う学校特別作成問題集等が置いてある。アキラの所属部は、この図書館の三階に設置してある学習ルームを部室として使用許可を貰って利用していた。
「あーお腹すいたー。部活終わったら駅前カフェるぞー!」
「あら、カフェなんてリッチね。でも、今日の星の流れからすると駅前のカフェよりも自宅でくつろぎコーヒーの方が良いわよ、柚木さん」
 部室に入るなり瑠莉が叫ぶと、それに応えたのは副部長の真宮寺依子だ。依子は占星術オタクで学院内では有名だ。いつも部活が始まる前にその日の占いを皆にしてくれる。占いは抽象的だが、たまに当たる事があるので侮れない。
 アキラ達は天文研究会に所属している。学院には星に関する部活が二種類あって天体観測等を毎日行うような部活は「天文部」でアキラ達の「天文研究会」は星に関する歴史等を研究する部活だった。“研究する”とは言っても、ヘール・ボップ彗星が発見されたのは何年で肉眼での確認は何年だとか冥王星が惑星から格下げされたのは何年だとかそんな事を時々話し合うだけで、後は毎日のほとんどは雑談したり、図書館の一室を使用出来るので本を読んだり、個々に好きな時間を過ごしている。
 部員メンバーは、部長で三年の観寺充希、先ほど瑠莉に話しかけた副部長・三年の真宮寺依子、二年の二木毬香。二木毬香はアキラと同学年だが授業はほとんどが空き教室で先生と二人、という生徒で、アキラ達が部活を始めてからただの一度も出席した事の無い幽霊部員である。この三人にプラス、アキラ、ちこ、瑠莉で六名、現天文研究会部員全員となる。人数も十人以上の行動的な「天文部」に比べほとんど図書室で資料を見ながら話し合うだけのこの部には毎年入部希望者があまり訪れない。
「さて、駅前カフェでも家コーヒーでも良いけどとりあえず時間でーす。では、本日もよろしくお願いします」
 瑠莉と依子の話を聞いていた部長が始まりの挨拶をする。
「えー今日も二木さんは欠席で三人娘は出席、と。では最初に、ちょこっとだけ巷で天文ニュースがあったので、それについて話し合いたいと思います。うちの部活もたまにはまともな活動しないとね!」
「はーい!」
 勢いよく瑠莉が合いの手を入れる。三人で入れる所、という事で競争率の無いこの部活に何となく入部したアキラやちこと違って瑠莉は結構天文学が好きだ。
「内容は、かのアイン爺さんも予言していたと言われる宇宙重力派の初検出について、何やら小難しい事のオンパレードです。なので、副部長お願いします!」
 天文に関しても部内では一番詳しく、何か天文ニュースがあった時などは決まって説明担当になる依子に話をバトンタッチする。
「まずは今日の星の流れから……何か突発的な事が起きて変革が訪れようとしますが、大きな力が動きそれを食い止めようとします。偽の情報に惑わされないように……」
「では、重力派の説明に入ります。重力派とは光速で伝わる時空のゆがみ・波動現象の事です。重さを持った物、例えば惑星ですね。それが自らの重力で周りの空間をゆがめます。そして運動した時に周りのゆがんだ時空が宇宙空間にさざ波のように広がる、それが……」
 依子の話は続いていく。一通りの説明が終わると、充希が借りてきたDVDの鑑賞が始まる。内容は『ある科学者の予言』だ。ドキュメンタリータッチに進んでいく話に瑠璃は真剣に見入っている、反対にちこは完全に眠ってしまっていた。そんな二人を確認し、アキラもまた、少しウトウトし始めていた。
 部活が始まってから一時間程立っていた。
「〈えー、突然ですが校内放送が入ります〉」
「ん? 何かしら……」
 DVDの音を遮るかのように、部室内に突然校内放送が入る。話声からすると教頭先生だろう。
「〈全校生徒にお知らせ致します。本日早朝、××県で発生した人体や物体の損傷が突然に起こる事件についてですが、先ほど警察庁の発表により感染性のものだという事が判明致しました。この感染された方ですが、色々な場所を訪れていらっしゃったそうで、一週間ほど前には花咲町にも訪れていた事が分かりました。もちろん、花咲町が感染源と特定されたわけではありませんが、とりあえず全住民厳重注意を喚起されています。何分未知のウイルスですので安全性を考慮し、町内就学児童は全員二週間ご自宅で過ごした頂く事になりました。詳しいご説明と自宅学習用プリント等の配布は後日担当教諭が皆さんのご自宅にご訪問に伺いますので、本日は速やかに帰宅するようにして下さい。えー繰り返します。本日早朝~〉」
 繰り返しの放送が入る。
「重力派はまた今度、騒がしい出来事が終わってから……。柚木さん、駅前カフェ残念だったわね。部長、挨拶を……」
 依子はすぐさま帰り支度をし始める。
「何か本当に突発的な事が起きて困惑していますが、とりあえず校内放送は本当みたいだから今日は皆すぐに家に帰る事! お疲れ様でした!」
 充希もすぐに挨拶をし、皆で学習ルームを出る。図書館内はざわついていた。窓の下を見下ろすと一般開放でのん気に本を読みに来る人達の姿が見える。
「何ぼぅっとしているの!」
 はっとアキラは我に返る。後ろを向くと百合葉がいた。
「百合葉先輩」
「生徒は皆さん速やかに自宅に戻る事! 放送で言っているでしょ」
「すみません……! ちこリン、瑠莉、帰ろう」
 アキラ達は慌てて帰ろうとすると、
「ちょと待って! アキラさん、これを」
 突然百合葉から手渡されたのは登校時百合葉の胸ポケットにあったあの綺麗なペンライトだった。
「夕暮れ時だからお使いなさい」
「でもっ先輩はどうされるんですか?」
「私には別の物があるから大丈夫よ。さあ、気を付けて帰るのよ!」
「ありがとうございます! 先輩もお気を付けて!」
 アキラは百合葉に渡された小型のペンライトを自分の胸ポケット内側に掛けて、他の二人と図書館を後にした。


 ちこ・瑠莉達と別れ帰宅したアキラは早速うがい手洗いをしようと洗面所へと急ぐ。既に学校から連絡が入っていたらしく、洗面所には洗浄ソープ以外にうがい薬と消毒液まで用意されていた。アキラは丁寧に手を洗いうがいを念入りにする。そして部屋で着替えた後、居間にいくと祖父がテレビを見ていた。ニュース番組ではしきりにゾンビ病事件の話が流されている。
「おぉ、アキラか。お帰りじゃ。今日は大変だったなぁ。そんなアキラの為に爺ちゃんが朝に引き続きスペシャル夕食を用意してやろう! 待っておれよ~!」
エプロンを付けてノリノリの祖父は台所に立ち始める。
「お爺ちゃん、朝も作ってくれたのに……ありがと。楽しみにしてるね」
 アキラの家では普段、食事は交代制で作る事になっている。今朝は祖父が作ったので、本当は夕飯はアキラの番であったが、緊急事態が起きた事でのアキラの不安を感じ取ったのか今日は祖父が用意してくれるそうだ。アキラは感謝しながら、一度部屋へ戻る事にする。机に座り、考える。
「本当何なのよ、……学校まで休みになっちゃった。ゾンビ病……怖過ぎだよ……」
 アキラは今まで他人事のように感じていた事が身近にせまっているような気がして背筋が寒くなるような思いがしていた。
「そういえば、百合葉先輩から借りたペンライト!」
 思い出したかのように、アキラは制服からペンライトを取り出す。図書館を出た後、帰り道で制服の胸ポケットに掛けたペンライトは、夕暮れ時に小さくアキラを照らしてくれた。光は自転車の揺れと一緒にゆらゆら揺れてとても綺麗だった。アキラはペンライトを取り出してマジマジと見つめてみる。今朝、百合葉の胸ポケットで見たあの光≪何か≫はまた見えるだろうか……?
「本当にライトの光だったのかなあ? 絶対、もっと違った光だった気がするけど。そう! いつも私にしか見えないあの≪何か≫……」

「その光、あなたにしか見えないわけじゃあないのよ」

「えっ!?」
 唐突に後ろから声が聞こえてきて、アキラは驚いて振り返る。そこには百合葉の姿があった。制服から着替えたようでとても綺麗な紫色のシフォンのワンピースを着ている。
「先輩……どうしたんですか?」
 突然の来訪者に驚くアキラをよそに、百合葉は話をし始める。
「いきなりでごめんなさい。今からあなたには来てもらいたい場所があるの、いえ、必ず来てもらわなければいけないの。それが決まりだから……」
 突如、白煙がアキラの部屋いっぱいに広がっていく。
「一体……ど……うしたん……ですか……? せ……んぱい? 私……お爺ちゃん……に、言わ……ないと……」
 その言葉を残してアキラは意識を失った。
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