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5語り

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「ここらへんの話は飛ばそうか?」

久奉十四年から数年、ケンシローは薬師としての修行に励むこととなる。
古典書を読み、先生について診療の実践を重ね、ロッテの望む『コイバナ』とやらには一等遠い生活だった。

しかしロッテは首を振った。
もみ上げの髪が横に流れ、でんでん太鼓のようだった。

「ケンシローさんのお話が聞きたいのです」

嘘偽りの見られない澄みきった瞳に、さて困ったとケンシローはかすかに眉をしかめた。
ロッテとやらの真意がどうにも掴めない。
詳細なことはわからないが、死者を呼び出して受肉させるなんて芸当、楽に行えるとは思えない。
学生の課題程度の物だとしても相当な労力を費やしたはずだ。
その労力の対価が、己の話が聞きたい、それだけとは。

腹の探りあいは元々苦手であったが、純粋にあなたを慕っている、とでも描いてありそうな子供のようなロッテの顔は、特に苦手だとケンシローは感じた。

茶を煎れた器に指を這わせる。
マーケットとやらで手に入れたというそれは、ご丁寧に陽翔国で生産されたものらしい。
見覚えのある深緑が部屋の内装とちぐはぐな印象を受けた。

「大した話でもない。
啓導院に入ってからは寺での作務と似たようなことをやりつつ、所蔵されていた大量の書を読んでいた。
あの時代は印刷なんて気軽にできるものじゃなかったから、書き写すか先生の授業を一言一句聞き漏らさないように耳をそばだてたり……」

今にして思えばあの時が一番集中してたかもな、とケンシローは眉を下げて笑う。

「啓導院は意欲さえあれば誰でも歓迎って姿勢だったけど、当時は医学知識を持つものといえば寺の坊主……ええと、僧侶が一般的だったんだよね。
位の高い人や忙しくて声すら掛けられない先生がごろごろいたから、当然気軽に質問なんかできないわけ。
でも自分や学友の頭だけじゃどうしてもわからないとこもある。
そんな時はどうするかって言うと、学校の敷地内にある松に質問を書いた紙をくくりつけるんだよ。
先生の気が向けば、数日の内に答えを書いて結び直してくれるんだ。
雅だよねえ」
「本音を言うと?」
「アホほどまどろっこしい」

二人しかいない部屋で、ど、と笑い声が沸く。

「青春を送られたのですね」
「あそこで生涯の師匠とも出会えたしね。
実践を第一優先にしてた三元先生のおかげで、私の行動範囲はとても広がったよ。
さっき見せた鍼治療も先生に教わったものさ」

さっき見せた、という言葉に、ロッテは記憶を掘り返す。
急所とも言うべき首の経穴に、鍼の先端を差し向ける。
ご丁寧に殺気付き。

「ち、りょう……?」
「乱世の時代、自衛手段の一つや二つ持ってないと薬師の診療旅なんかやってられない、ってことだね」

違和感ごと湯のみを呷るケンシローは、どこ吹く風といったところである。
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