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箱と触手

夜の空の下・4

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「そのスピードでよく私にケンカを売ったな、このノロマ!」

がおん!
右の指が落ちる。

「自分が脱走すればどうなるかも思い至らない、考えなしのまぬけめ!」

がおん!
手首から先が飛ばされる。

振るうごとに、刃は光源が夜間用の淡いライトだけとは思えぬ輝きで怪しく光った。
話し合いでの交渉決裂と判断したマッピーが攻勢に出たことで、状況は一転する。
ミミックも残った腕で攻撃するのだが、ただでさえのろい身体を変形させることで更に時間がかかる。
マッピーからの罵倒に言い返す余裕もないようだ。
浮かび上がるミミックの白い両目が、どんどんと焦りを帯びていく。
だというのに、

「あきらめて部屋に施設にもどってください!」
「いやだ!」

この要求だけは間髪入れずに拒否してくるものだから、マッピーの額には血管が浮いた。
ダダをこねる幼子のようなたった一言は、ミミックの意志の強さだけを伝えてくる。

闇夜に紛れて襲いかかる武器を切り落とす斬撃の合間に、舌打ちが紛れた。

このまま四肢を切って物理的に部屋へ叩き戻してやる、と物騒極まりない方針をマッピーが定めたのは、影に近い物質でできているミミックの身体は、分離しても接合が可能だからだ。
文化は知らずとも、多少の生体知識は会館に就職する時に教えられた。

ライトの光を反射し、煌めく剣の一太刀は風さえ斬る。
夜に紛れて、暗い色の華が飛沫をあげる。
振るうたびに冴えていく剣筋に集中しながら、マッピーははたと思い至った。

分離したミミックの身体が生きていることは知っている。
これまで剣で切り離した分は大人しくじっとしているものだろうか?

考えたことは立派だったが、残念ながら疑問に辿り着くまでが遅かったため、マッピーはその答えを身をもって知ることになる。

びき! ばき!
硬いものが割れる音が、背中からつんざいた。
突然の不調と言わんばかりに点滅し始めるライトの琥珀色が、嫌な予感を増長させる。
そろり、マッピーは正面のミミックに意識を集中させたまま、視線だけで振り返る。

白一色であったはずの壁に、真っ黒なひび割れができていた。
水が染み込むように潜り込んだミミックの一部が変形して、壁の構造そのものを破壊しようとしているのだ。

がさり!
草を蹴り飛ばし、ミミックが走る。
気配を察知していたマッピーは剣を構えるが、予想に反してミミックは攻撃せずに剣のすぐ脇を走り抜けた。

「ん……ぐぅ……うぐぅううう!」

突き出したのは先ほどまで手のあった腕で、すっぱりと切り落とされた手首を向けたのは、黒いひび割れ。
染み込んだ一部と手首がインク同士が混ざるようにじわりと合体し、ミミックは片足を壁に掛け、まるで投網を引く漁師のように踏ん張りはじめる。
それに呼応して、ひび割れは更に広がっていく。

3-A区画の地図を頭で再現し、壁の先にあるものをようやく思い至って、マッピーは叫んだ。

「テンタクルを収容違反させる気ですか?!」
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