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Episode27
根を失う渇望の世界
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部屋に設けられた錆びた鉄格子から、陽光が差し込む。
普段なら身体に染み渡る気持ちの良い光のはずが、今はそれが苦で仕方がない。
両手は縛られ、口にはテープが貼られろくに息もできない。
目の前に設けられた奇妙な祭壇を見るのにももう飽きた。
数日間飲まず食わずで、屈強な身体も限界を迎えそうになっていた。
すると目の前の扉が、音を立て開いた。
入ってきたのはサナラだ。
「アルバノスと言ったな? どうだ、ここも悪くないだろう? 肉を熟成させるには最適な場所だ!」
サナラはアルバノスの顔からテープを剥がし、水の入ったグラスを差し出した。
「……これでどうやって飲めというんだ」
「そうだった。両手が使えないんじゃグラスも持てない!」
両手を縛っている縄を切り、再びグラスをアルバノスに差し出した。
それを手に取り一気に口へ流し込む様を見て、サナラは満足げに微笑んだ。
「肉は腐りかけが一番美味いんだ。 屍肉は食べない主義でなぁ」
「…貴様には死がお似合いだ」
アルバノスの言葉に、気分を害す事もなくにんまりと微笑む。
ここまで精神的に異常をきたしている者には何を言っても無駄だ。
中でもサナラは特異で、被虐的な言葉を快感に変える事ができるようだ。
「相棒のことは残念に思うが、俺達の力を増幅させる為には仕方のない犠牲。 イデリアに返り咲く日の為に!」
このような者がイデリアに解き放たれてしまえば、エデシア全体は瞬く間に混沌に陥ってしまう。
警備隊が出てこようと、紛争が起き混乱を招くのには変わりない。
アルバノスの正義にかけて、そのような事は起こさせないと心で固く誓った。
だが、まずはここから如何にして脱出し、カルトを全滅させるかが最大の課題だ。
簡単な事ではない。外には無数のシティア、こちらには武器もない。
巨大な蜂の巣へ裸で突っ込んで行く真似などできない。
それに、縄の解けたアルバノスが抵抗しない理由が他にもある。
エクレールだ。
この拠点の何処かに囚われているはずだ。
アルバノスが行動を起こせばエクレールの身はもちろんのこと、カトリーネやクレデリアにまで危険が及ぶ可能性がある。
それが枷になり、自由に事を起こせないのだ。
「貴様には鉄槌が下る。 必ずだ」
「もう下っている! イデリアから追放されたあの日から!」
サナラは目を血走らせながら叫び始めた。
「貴様は叫ぶことしかできないのか。 ……無能な奴だ」
「俺は! 再びイデリアへ戻り、当時の威厳を取り戻す!」
この男のどこに威厳があったのだろうか。
見る限りでは人間離れした異常者としか思えない。
人の過去は様々だが、この男に限っては自慢できる過去など持ち合わせていないだろうと、アルバノスは思った。
「兄貴、女の件で話が」
「ジーク、話の途中だぞ?」
「分かってるが、重要な事で」
サナラは物足りなさそうな面持ちで再びアルバノスに縄をかけ、ジークと共に部屋を出た。
二人の足音が聞こえなくなるのを待ち、扉を足で蹴った。
しかし扉は開くことはなかった。
八方塞がり。
打開策となるものが何も無いまま時間だけが過ぎることに、アルバノスは憤りを感じた。
アルバノスが監禁されている部屋よりも少し大きめで、寝具やテーブルなどの家具がある部屋に、エクレールは囚われていた。
「女! ジークに言った事は、本心か?」
「女じゃない。 エクレールよ」
名前で呼べと、サナラを威圧的な目で見る。
それを面白くないと感じたのか、サナラは気分を整えるように一呼吸置き、再び口を開いた。
「エクレール。 ジークに話した事は本心か?」
「もちろん、私はあなた達のやり方が好きだわ。 あなた達の言う力が、私も欲しい」
確かめるような目でエクレールを見つめ、しばらく黙り込むサナラ。
その横からジークがサナラに耳打ちをした。
「女は貴重だ。 男には無いものを持っている」
「分かっている! この女の言葉が真実か確かめているところだ、ジーク!」
横槍を入れたジークは静かに部屋を後にした。
「さて……俺たちだけだ。 本心を語り合おうじゃないか!
「だから、本心だって言ってるじゃない? 何度言わせるのよ」
「俺の聞きたいのは、お前の意気込みだ! エクレール、力を得たら何をする?」
エクレールは姿勢を正し、サナラの目を真っ直ぐ見つめた。
「あなたのシティアになるわ。 力をつけて、組織に貢献したいの」
「組織? あぁなるほど俺達のことか!」
サナラはこれでもかと目を大きくし叫んだ。
エクレールの組織という言葉に強く反応し、表情を緩める。
カルト集団ではあったが、名称は無かったのだ。
「俺達にも名が必要だな!」
頭を悩ませているのか、浮かれているのかよく分からないサナラは楽しげに右往左往した。
カルトの主導者がこのような男では、部下が可哀想だと、エクレールは思った。
一方のアルバノスは、自慢の怪力で縄を引き千切る為、渾身の力を両腕に込めた。
しかし、どれだけ力を入れようが、縄はびくともしない。
何かがおかしい。体力が消耗しているとはいえ、アルバノスであれば容易い事だ。
もう一度、全身に力を入れる。額に浮かぶ青筋が今にも破れる勢いだ。
「ぬうぅ……! ……なぜだ……なぜ力が入らん……」
「シュッツヘル。 数少ない生き残り」
「誰だ!?」
突然の声にアルバノスの身体は強張り、鼓動が早くなる。
視線を上げると、革製の衣類を身に纏い、深くフードを被った者が、アルバノスを見下ろしていた。
「私はニーデ。 アルバノスだな?」
「何者だ……。 カルトの者か」
「私は【N】の烙印を持つ者。 それが何を意味するか、お前には分かるはずだ」
「烙印だと……? 何を言っている。 貴様は一体……」
ニーデが何を言っているのか理解が出来ないアルバノスは混乱の最中にいた。
突然現れた謎の男、己の力が出せないこと、カルトからの脱出……。
一人では抱えきれない問題に、アルバノスの思考と精神は追い込まれていた。
「アルパガスを殺す者ならば、烙印を持つ者も知っているはずだ」
「貴様はアルパガスか……」
「違う。 もっと上の存在だ。 ジャヌは知っているな」
「あぁ……。 マレウスの友だ」
「友か……」
友と聞き、ニーデはため息混じりに口元を緩めた。
「奴に友は居ない。 居るのは敵だけだ」
「あいつに興味などない。 腹立たしいだけだ……」
「それもまた、お前の運命に大きく関わりがあるからだ」
「何が言いたいんだ」
意味深な事ばかりで、確信に触れないニーデの目的は一体何か。
アルバノスの前に現れたのならば、目的があるはずだ。
「お前を自由にすれば、私の力になるか?」
「力だと? 俺に何をやらせる気だ?」
「無理にとは言わない。 ここで奴等の餌になりたいのなら、それでもいい」
「……ここで死ぬつもりはない。 貴様の力とやらに、なってやろうじゃないか」
アルバノスとニーデの、取引は始まった。
サナラはエクレールを瞥見(べっけん)しながら部屋中を落ち着きなく歩き回っている。
「〝パニコス〟! 俺達は今日からパニコスだ!」
「パニコス……。 センスあるわね、さすがだわ」
〝リゲイリアのパルコス〟。
エデシアの新たな脅威が今、生まれた。
「お前は俺達に希望をくれた! 俺達もお前に希望をやろう!」
「感謝するわ。 具体的に、希望ってなに?」
「お前の友、アルバノスを料理しろ! そうすれば、お前も今日からパルコスのシティアとして、迎え入れよう!」
「アルバノスを……」
不意をついた要求にエクレールは言葉を失う。
アルバノスを料理……殺す事など出来ない。
そんな事をしてしまったら、サナラと同じ側の人間になってしまう。
自らカルトへ入りたいと言うエクレールの思惑に反している事だ。
エクレールは自分が洗脳されたふりをして、リゲイリアを抜け出す気だった。
しかしそれが墓穴を掘った。悪い状況を更に悪化させてしまった事を悔やんだ。
「出来るか? お前にあの男を料理出来るか?」
「出来るわ……」
答えは一つしかなかった。
「パルコスの諸君!」
高みからの叫びに、シティア達は顔を上げた。
サナラを見るその眼差しは、神でも見ているようだ。
「俺達は今この時からリゲイリアのパルコス!」
パルコスとは何かと、シティア達は戸惑うように互いに顔を合わせた。
突然の事で頭が回っていない様子だ。
そして、サナラの横に立つエクレールにシティアの視線が集まる。
「この女はエクレール! 今日、仲間の男を料理し、新たなシティアとなる! ……な、なんだ!?」
その時、サナラの周囲に深い闇が現れ、それに飲み込まれた。
行き交う車に目を奪われるサナラは、奇声を発した。
「なんだ!? 鉄の……鉄の塊が動いている!」
そのうち一台が、サナラの前で停止した。
「車道に突っ立てんじゃねぇよ! 危ねぇだろうが!」
「なんだと! この俺に向かってそんな口を聞くな!」
しかしサナラの言葉を聞くことなく車は走り去った。
「ここはなんだ! この世界は! ……俺の、俺の新しい世界! そうなのか!?」
普段なら身体に染み渡る気持ちの良い光のはずが、今はそれが苦で仕方がない。
両手は縛られ、口にはテープが貼られろくに息もできない。
目の前に設けられた奇妙な祭壇を見るのにももう飽きた。
数日間飲まず食わずで、屈強な身体も限界を迎えそうになっていた。
すると目の前の扉が、音を立て開いた。
入ってきたのはサナラだ。
「アルバノスと言ったな? どうだ、ここも悪くないだろう? 肉を熟成させるには最適な場所だ!」
サナラはアルバノスの顔からテープを剥がし、水の入ったグラスを差し出した。
「……これでどうやって飲めというんだ」
「そうだった。両手が使えないんじゃグラスも持てない!」
両手を縛っている縄を切り、再びグラスをアルバノスに差し出した。
それを手に取り一気に口へ流し込む様を見て、サナラは満足げに微笑んだ。
「肉は腐りかけが一番美味いんだ。 屍肉は食べない主義でなぁ」
「…貴様には死がお似合いだ」
アルバノスの言葉に、気分を害す事もなくにんまりと微笑む。
ここまで精神的に異常をきたしている者には何を言っても無駄だ。
中でもサナラは特異で、被虐的な言葉を快感に変える事ができるようだ。
「相棒のことは残念に思うが、俺達の力を増幅させる為には仕方のない犠牲。 イデリアに返り咲く日の為に!」
このような者がイデリアに解き放たれてしまえば、エデシア全体は瞬く間に混沌に陥ってしまう。
警備隊が出てこようと、紛争が起き混乱を招くのには変わりない。
アルバノスの正義にかけて、そのような事は起こさせないと心で固く誓った。
だが、まずはここから如何にして脱出し、カルトを全滅させるかが最大の課題だ。
簡単な事ではない。外には無数のシティア、こちらには武器もない。
巨大な蜂の巣へ裸で突っ込んで行く真似などできない。
それに、縄の解けたアルバノスが抵抗しない理由が他にもある。
エクレールだ。
この拠点の何処かに囚われているはずだ。
アルバノスが行動を起こせばエクレールの身はもちろんのこと、カトリーネやクレデリアにまで危険が及ぶ可能性がある。
それが枷になり、自由に事を起こせないのだ。
「貴様には鉄槌が下る。 必ずだ」
「もう下っている! イデリアから追放されたあの日から!」
サナラは目を血走らせながら叫び始めた。
「貴様は叫ぶことしかできないのか。 ……無能な奴だ」
「俺は! 再びイデリアへ戻り、当時の威厳を取り戻す!」
この男のどこに威厳があったのだろうか。
見る限りでは人間離れした異常者としか思えない。
人の過去は様々だが、この男に限っては自慢できる過去など持ち合わせていないだろうと、アルバノスは思った。
「兄貴、女の件で話が」
「ジーク、話の途中だぞ?」
「分かってるが、重要な事で」
サナラは物足りなさそうな面持ちで再びアルバノスに縄をかけ、ジークと共に部屋を出た。
二人の足音が聞こえなくなるのを待ち、扉を足で蹴った。
しかし扉は開くことはなかった。
八方塞がり。
打開策となるものが何も無いまま時間だけが過ぎることに、アルバノスは憤りを感じた。
アルバノスが監禁されている部屋よりも少し大きめで、寝具やテーブルなどの家具がある部屋に、エクレールは囚われていた。
「女! ジークに言った事は、本心か?」
「女じゃない。 エクレールよ」
名前で呼べと、サナラを威圧的な目で見る。
それを面白くないと感じたのか、サナラは気分を整えるように一呼吸置き、再び口を開いた。
「エクレール。 ジークに話した事は本心か?」
「もちろん、私はあなた達のやり方が好きだわ。 あなた達の言う力が、私も欲しい」
確かめるような目でエクレールを見つめ、しばらく黙り込むサナラ。
その横からジークがサナラに耳打ちをした。
「女は貴重だ。 男には無いものを持っている」
「分かっている! この女の言葉が真実か確かめているところだ、ジーク!」
横槍を入れたジークは静かに部屋を後にした。
「さて……俺たちだけだ。 本心を語り合おうじゃないか!
「だから、本心だって言ってるじゃない? 何度言わせるのよ」
「俺の聞きたいのは、お前の意気込みだ! エクレール、力を得たら何をする?」
エクレールは姿勢を正し、サナラの目を真っ直ぐ見つめた。
「あなたのシティアになるわ。 力をつけて、組織に貢献したいの」
「組織? あぁなるほど俺達のことか!」
サナラはこれでもかと目を大きくし叫んだ。
エクレールの組織という言葉に強く反応し、表情を緩める。
カルト集団ではあったが、名称は無かったのだ。
「俺達にも名が必要だな!」
頭を悩ませているのか、浮かれているのかよく分からないサナラは楽しげに右往左往した。
カルトの主導者がこのような男では、部下が可哀想だと、エクレールは思った。
一方のアルバノスは、自慢の怪力で縄を引き千切る為、渾身の力を両腕に込めた。
しかし、どれだけ力を入れようが、縄はびくともしない。
何かがおかしい。体力が消耗しているとはいえ、アルバノスであれば容易い事だ。
もう一度、全身に力を入れる。額に浮かぶ青筋が今にも破れる勢いだ。
「ぬうぅ……! ……なぜだ……なぜ力が入らん……」
「シュッツヘル。 数少ない生き残り」
「誰だ!?」
突然の声にアルバノスの身体は強張り、鼓動が早くなる。
視線を上げると、革製の衣類を身に纏い、深くフードを被った者が、アルバノスを見下ろしていた。
「私はニーデ。 アルバノスだな?」
「何者だ……。 カルトの者か」
「私は【N】の烙印を持つ者。 それが何を意味するか、お前には分かるはずだ」
「烙印だと……? 何を言っている。 貴様は一体……」
ニーデが何を言っているのか理解が出来ないアルバノスは混乱の最中にいた。
突然現れた謎の男、己の力が出せないこと、カルトからの脱出……。
一人では抱えきれない問題に、アルバノスの思考と精神は追い込まれていた。
「アルパガスを殺す者ならば、烙印を持つ者も知っているはずだ」
「貴様はアルパガスか……」
「違う。 もっと上の存在だ。 ジャヌは知っているな」
「あぁ……。 マレウスの友だ」
「友か……」
友と聞き、ニーデはため息混じりに口元を緩めた。
「奴に友は居ない。 居るのは敵だけだ」
「あいつに興味などない。 腹立たしいだけだ……」
「それもまた、お前の運命に大きく関わりがあるからだ」
「何が言いたいんだ」
意味深な事ばかりで、確信に触れないニーデの目的は一体何か。
アルバノスの前に現れたのならば、目的があるはずだ。
「お前を自由にすれば、私の力になるか?」
「力だと? 俺に何をやらせる気だ?」
「無理にとは言わない。 ここで奴等の餌になりたいのなら、それでもいい」
「……ここで死ぬつもりはない。 貴様の力とやらに、なってやろうじゃないか」
アルバノスとニーデの、取引は始まった。
サナラはエクレールを瞥見(べっけん)しながら部屋中を落ち着きなく歩き回っている。
「〝パニコス〟! 俺達は今日からパニコスだ!」
「パニコス……。 センスあるわね、さすがだわ」
〝リゲイリアのパルコス〟。
エデシアの新たな脅威が今、生まれた。
「お前は俺達に希望をくれた! 俺達もお前に希望をやろう!」
「感謝するわ。 具体的に、希望ってなに?」
「お前の友、アルバノスを料理しろ! そうすれば、お前も今日からパルコスのシティアとして、迎え入れよう!」
「アルバノスを……」
不意をついた要求にエクレールは言葉を失う。
アルバノスを料理……殺す事など出来ない。
そんな事をしてしまったら、サナラと同じ側の人間になってしまう。
自らカルトへ入りたいと言うエクレールの思惑に反している事だ。
エクレールは自分が洗脳されたふりをして、リゲイリアを抜け出す気だった。
しかしそれが墓穴を掘った。悪い状況を更に悪化させてしまった事を悔やんだ。
「出来るか? お前にあの男を料理出来るか?」
「出来るわ……」
答えは一つしかなかった。
「パルコスの諸君!」
高みからの叫びに、シティア達は顔を上げた。
サナラを見るその眼差しは、神でも見ているようだ。
「俺達は今この時からリゲイリアのパルコス!」
パルコスとは何かと、シティア達は戸惑うように互いに顔を合わせた。
突然の事で頭が回っていない様子だ。
そして、サナラの横に立つエクレールにシティアの視線が集まる。
「この女はエクレール! 今日、仲間の男を料理し、新たなシティアとなる! ……な、なんだ!?」
その時、サナラの周囲に深い闇が現れ、それに飲み込まれた。
行き交う車に目を奪われるサナラは、奇声を発した。
「なんだ!? 鉄の……鉄の塊が動いている!」
そのうち一台が、サナラの前で停止した。
「車道に突っ立てんじゃねぇよ! 危ねぇだろうが!」
「なんだと! この俺に向かってそんな口を聞くな!」
しかしサナラの言葉を聞くことなく車は走り去った。
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