JNNE ーDreams and realityー

sasayan

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Episode20

輝きを放つ希望

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地面を引きずられる感覚が、全身に伝う。
地面に叩きつけられた私の身体を、カトリーネが乱暴に引きずる。
誰かに見られないよう必死だ。
近くの茂みに私を押し込み、身を隠した。

「……誰だ?」
屋敷から中年の男が現れ、辺りをランタンで照らしながら声を上げる。
私たちのいる茂みへゆっくりと近づいてくる。
暗闇であっても、近くまでくれば気付かれてしまう。
カトリーネは息を殺し、男の動向に目を見張った。
来ないでくれ……切に願うも、それは叶わなかった。
カトリーネの顔をランタンの光が照らしつけた。

「ここでなにをしている!」
男はカトリーネをみるや声を張った。

私は声を発することができずに、ランタンの光をただ見ていた。
屋根から落ち、現実へ戻り、親友の変貌を目の当たりにし、ベランダから身を投じ、挙句見つかってしまったのだ。ここまで災難が重なると、もうどうなっても構わないという気持ちになる。なにをしても、順調にことが進むことなく、悪い結果が待ち受ける。
そういう人生なのだろう。カトリーネを巻き込み、今の状況になにも対応ができない自分に腹が立った。

男が息を吸い込み、叫ぼうとした時、後ろから手が回った。
ジャヌが男の首に腕を回し、動きを封じた。
「静かにしてくれよ」
抵抗する男の耳元でジャヌは囁く。
しかし男は抵抗をやめず、腕を振り解こうと身体を暴れさせる。
その時、骨の折れる鈍い音が響き、男は地面に倒れこんだ。
ジャヌが男の首を捻り折ったのだ。

「あんた……なにしたのよ」
「殺したんだ」
カトリーネの言葉にジャヌは不愛想に答えた。
なんてことをしたんだ……私は目で訴えた。盗みで終わるはずが、人を殺してしまった。
直接手をくだしていないとは言え、私たちが罪なき人を殺したことには変わりがない。
あり得ない事態だ。カトリーネも唖然とした顔で横たわる男の姿を見つめている。
私は身体を起こし、力尽きた男の身体を仰向けにひっくり返した。
頼むから動いてくれ、目を開いてくれ……そう心から神に祈った。
だが、どれだけ祈ろうと、消えた命が再び吹き返す訳もない。
当然だろうという面持ちで私たちを見るジャヌは、命を刈り取る悪魔のように見えた。

「なにをしたのか分かってるの……!? 殺すなんて……!」
周囲を気にしながらカトリーネは必死に声を殺してジャヌに食ってかかる。
目の前で、一切のためらいなく人を殺すのを見せられればそうなるのは当然だ。

「危機から友を救ったんだ。 感謝するべきだろう?」
ジャヌは顔色ひとつ変えずにカトリーネの目をまっすぐ見つめた。
人の命など、ゴミ当然だと語るように。

私は乱れた呼吸を整え、男の死体を探った。
「ちょっと……! なにしてるのよ……!」
異常者でも見るような目つきで私に唸るカトリーネに、私は冷静に答えた。
「今逃げようが、金品を奪って逃げようが、結果は同じだ」
「正気なの!?」
正気だからこその行動だった。
「ない……なにも持ってない……。 屋敷に入ろう」

その場に立ち上がり、青ざめた顔でしゃがみこむカトリーネに手を差し出した。
手を掴み、ふらふらしながら立ち上がるカトリーネを見て、ジャヌは口を開く。
「しっかりしろよ。 人が死んだだけだろう」
その一言に、カトリーネはジャヌを睨みつけるように一瞥した。
「お前もくるよな?」
「もちろんさ。 お前の成長を見てるのが楽しいからな」
成長? 成長しているとは私のどこを指しているのか。成長と一言にしても色々ある。
外見や内面、精神力や考え方……様々な成長がある。
「お前の残酷さだよ。 日を追うごとに本当のお前が見えてきていることに嬉しさを感じるんだ」
私は罪に染まった赤い瞳をしっかりと見つめた。
「心を読むのはよしてくれ。 さっさと終わらせよう」
屋敷へと向かう途中で振り向くと、カトリーネは元いた場所から動かず、私とジャヌを見ていた。カトリーネの元へ足早に戻ると、混乱と恐怖で支配された顔で私に言った。
「私……怖いわ。 お金を手に入れるだけだったはずが、人が殺されて……。 きっと捕まる」
取り返しのつかない状況に陥ってしまったことを、後悔してもしきれない。
そして、恐怖を前に背を向けても、殺しをした事実は変えることはできない。
人道を外れても前へと進むしかない。
私の言動はとても理解できるものではないだろう。
良心の呵責を捨て、どれだけ残酷であっても、今は前に進みたかった。
それが最悪の未来を招こうとしても。

「ここで待っててくれ。 必ず戻る」
カトリーネにそう言い残し、私はジャヌと屋敷へ足を踏み入れた。

屋敷の中に人気は感じられず、静寂な空気が流れている。
中央の大きな階段を取り囲むように背丈の高いショーケースが並でいる。
丁寧に陳列された価値の高そうな物が屋敷内をより豪華に見せた。
金貨、石膏、骨董品、古文書など、どれも歴史的価値のある物ばかりだ。
偽物か本物かは定かではないが、これだけの屋敷であれば、本物だろう。たとえ偽物であってもそう思いたかった。本物でなければ、ここへ来た意味が全くなくなるからだ。
これらを売れば金になる……だが、〝欲〟が私を突き動かす。
欲は身の破滅を招く。だが、命あるものは欲に逆らうことができない。
他にも高価な物があるはずだ……そんな愚かな考えを持ち、私は二階へと足を進めた。

階段を登りきると、きめ細かな刺繍が施された美しい絨毯が私を迎えた。廊下に並ぶ大きな扉は、意匠のこもった模様が彫り込まれている。
ここにある物すべてが芸術だと、屋敷は物語っていた。
ひときわ豪華な彫りが入った扉を開き、暗い室内へ入る。
荷袋から蝋燭を取り出し、火をつけ近くに置いてあった燭台に蝋燭を刺した。
背の高い書棚にはありとあらゆる種類の本がぎっしりと詰まっている。
中には貴重なものもあるのだろうが、大量の本を一冊ずつ確認している時間はない。
部屋の隅に置かれたずっしりとした書机の引き出しをに調べるが、金目の物はなにも見つからない。
その時、爪が底板に引っ掛かり、板が外れた。
二重底だ。底板を外し、隠されている物を手に取り、蝋燭の火に近づけた。
手の平ほどの銅板に【N】と刻まれている。私はそれを荷袋へ放り込み、部屋を後にした。

「いい物はあったか?」
駆け足で階段を降りる私を見て、落ち着き払った口調でジャヌは言った。
「面白いものは見つけた。 全部の部屋を見るのは無理だ。 ここにあるのを持っていこう」
ショーケースに並んでいる品を手当たり次第に荷袋へ突っ込み、足早に屋敷を出た。
「お前はどうだ。 ただ突っ立って俺を待ってた訳じゃないだろ」
「当然だ。 俺をなんだと思ってる。 ここを離れたら見せてやる」
木の陰からカトリーネがそっと顔を見せ、早く来いと言わんばかりに手を招いている。
金品の詰まった重い荷袋が、身軽さを奪い、カトリーネまでの距離が何倍も長く感じた。
息を切らし走る視線の先に、私たちとは違う人影が見えた。
急いで近くの茂みに身を潜める。
その人影はじっとその場に立ち、私たちを見つめているように見える。

「なにをしに来たんだ。 サリッサ」
ジャヌの言葉に、サリッサと呼ばれる人影はこちらへと歩み寄ってきた。

「あなたは、この世界で罪を犯した……。 マレウス……」
明かりに照らされたその姿を見て、私は茂みから這い出た。
カトリーネと出会う前の、古城に現れた女……。
透き通るような白い肌に、青い瞳、すらりとして背は高く、その身を華麗に見せるように白いロングドレスを纏っている。
前のような優しい顔はなく、今は怒りと悲しみが混合した面持ちだ。
サリッサは私からジャヌへと視線を移した。

「ジャヌ……」
「前みたいに逃げないんだな」
サリッサは見るものすべてを凍らせるように冷たい瞳でジャヌを見る。
それを不快に感じているのか、鋭い目を更に細くし、サリッサを睨みつけるジャヌ。
その背後から不安そうに近づいてきたカトリーネは私とジャヌの様子を伺い、口を開いた。

「この人は……?」
善悪を分けるようにカトリーネを見つめる。
人を殺し、盗みに入り、やっと戻ってきた思えば、知らぬ女が現れた。カトリーネの思考は混乱を極めていた。

「……あなたは純粋な人ね。 私が助けてあげるわ」
優しそうに口元を緩めるサリッサに、カトリーネは自分の母の姿を重ねた。
素性も知れぬ、なにひとつ分からない人間だが、どことなく、そして自然とそう思ってしまう。優しさに包み込まれるような感覚に、不思議とカトリーネは心をを穏やかにした。
「この女の言うことは信用ならない。 見た目は良くても、中身は魔物だ」
ジャヌの言葉に説得力が感じられない。自分のことを言っているようではないか。
この男こそ、魔物ではないか。
その挑発的な言葉に、サリッサは笑みを消し、ジャヌに向き直ると、目を細くした。
「私に姿を見せることができるのも、今だけよ。 マレウスの記憶が無くなれば、あなたの存在も消えて無くなる」

私の記憶が無くなるなど冗談ではない。私の記憶は私のものだ。
いきなり現れ、人の記憶が無くなればいいなどと、なにをどう考えれば言えるのか。
ジャヌに引けを取らず、この女、サリッサも酷いものだ。
……私のやっていることも非人道的極まりないが。

「マレウス。 この世界に来れないようにしてあげる……そうすればあなたも、この世界も救われる。 あなたの為なのよ」
そう呟き、サリッサは私に向かって腕を上げた。
手中から眩い光が解き放たれる。それを受け、脳裏から様々な記憶が引き出され、それが映像として視界をもの凄い速さで駆け巡った。
ダムが決壊したかのように、記憶が次々と頭の中から流れ出る。

その時、私を襲っている光がなにかに遮られる。

それは、サリッサと私の間に飛び込んできた、ジャヌだった。


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