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Episode7
悲しき記憶
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―カトリーネ・オリアン・バンシュタイン。
その名を聞き私は思わず息を呑んだ。
「お前は、バンシュタインの血を引く、忘れられた存在だ」
カトリーネは初めて聞くその名を、すぐには受け入れる事が出来ないようだった。
「お前の存在は誰にも知られる事はなかったんだよ。…母親を除いてな」ジャヌの言葉にカトリーネはひどく困惑し、なにを話せば良いのか分からない状態だった。
「バンシュタイン…」混乱する頭を落ち着かせ、カトリーネは静かに言った。
その様子を視線をそらす事なく見つめる赤い瞳はどこか満足しているようだった。
「そうだ。そして、マレウスの姉。バンシュタイン…その名は俺にとって貴重だ。それで、お前の記憶を取り戻す方法だが…」
ジャヌはその鋭い目で私の顔へ視線を変えた。その時、カトリーネが口を開く。
「ちょっと待って…マレウスが、私の弟ですって?そんなことある訳が…」
再びカトリーネに視線を戻した。「あるんだよ。お前が知っている以上にこの世界は複雑で、広い」
カトリーネはしばらく黙り込み、重い口を開く。
「じゃあ…彼の言っていることは事実なの?」
カトリーネが私の顔をちらりと見る。
「その通りだ。そいつは事実を言っている」
信じられないと言った様子で、その場に立ち尽くすカトリーネ。
自分が生きてきた世界が、自分自身が他人の夢であったことにショックを隠しきれず、全身から悲しみや混乱が溢れ出しているのが感じ取れた。
「だが…なぜそれを教える必要がある?お前は敵なのか味方なのか…」私の問いに、ジャヌは間髪入れずに答えた。
「どちらでもない。それに言っただろう、俺の存在が確かなものになるのであれば、何でもすると」
ジャヌはそう言いながら指をパチンと鳴らした。
突然視界が変わる。
そこは、人気のない森の中にある小さな建物。
「カトリーネ、ごめんね。こんな森の中で暮らすのは嫌でしょう?」
みすぼらしい服装の女が、少女に優しく話す。少女はその言葉に思いきり首を横に振った。
「ううん、わたし、お母さんと一緒に居られればそれでいいの」
少女の言葉に、目に涙を浮かべる女。
「お母さん…」隣に立っているカトリーネが呟く。
どうやら、カトリーネも私と同じ光景を見ているようだ。
「信じられないけど…あの首飾り…」カトリーネの胸元には、石がはめ込まれた質素な首飾りがある。その石はくすみ、輝きを失っているが、それに負けじと、存在感を出しているように見えた。
「ねえ、わたしは大きなおうちには入れないの?」
その言葉に、戸惑いながら母は答えた。「あの家はね、怖い人たちが居るから入ってはダメなの。私はカトリーネに危ない思いをしてほしくないのよ」
少女は母の言葉に軽く頷いた。
「あなたには幸せになってほしい。こんな風に隠れながら暮らさないでほしい…」
「かくれる?」少女は首をかしげた。
「いえ…なんでもないわ」
―エルオーデ!いるんでしょ?エルオーデ!
遠くから聞こえる少年の大声を聞くと、女は少女の頬に優しく手を添えた。
「カトリーネ。あなたは私の希望よ」
母の言葉に自然と口元が緩くなり、娘は母に抱きついた。
母も力強く娘を抱きしめる。
「…私は、少しだけ出かけてくるわ。いい子にしててね。遠くに行ってはダメよ。それから、他の人を見たらすぐに隠れてね。いい?」
「うん、わかった」
娘の返事を聞くと、辺りの様子を注意深く確認し、ゆっくりと建物を後にした。
―カトリーネ…。あなたにはバンシュタインの名は忘れてほしい…。
リズという名も…忘れてほしい…―。
私は…あなたの中に存在していればそれで…十分だわ…―。
悲しげな声が頭の中にこだますると、目の前に広がっていた光景が徐々に薄れ、再びジャヌの姿が視界に入ってきた。
「これはお前の記憶のほんの一部だ。もっと自分のことを知りたいか?」
カトリーネのからの返事はない。うつむくその姿に目をやると、彼女の頬には涙が流れていた。途絶えることなく流れ続けるその涙を見て、私はなにも言ってやれなかった。
自分の中に居た母親がなんだったのか…。
知っていたはずの自分の過去はなんだったのか…。
カトリーネは悲しみと悔しさに胸が張り裂けそうだった。
「孤独を捨てる時が来たんだ」
ジャヌはカトリーネの涙など気にもしない様子で冷たく言った。
「お前の記憶を取り戻す方法だが…」
「どうするの…なにをすれば私の過去を取り戻せるの…」カトリーネは震える唇で言った。
「お前は話を遮るのが好きなのか?」ジャヌは呆れ顔で首を横に振る。
「まあいい。お前の記憶の扉を開ける鍵は、その男だ。そいつがこの世界のことを知るたびに、お前は自分の過去を思い出すだろう」
「具体的になにをすればいいの」カトリーネの口から出た言葉に、またもやジャヌは首を横に振る。
「気に障る女だ」少しばかり苛立った口調で言うと、私の方を指差した。
「こいつと行動を共にしろ。そして、こいつの苦しみ、悲しみ、喜び、怒り、恐怖…全ての感情を受け取れ」
カトリーネは私を見た。「どうやってそんなこと…」
「自分で考えろ。何処へ行くべきか、なにをすべきか…お前らが考え、決めろ」冷たい瞳はまるで私たちを試すようだった。
「さて…必要なことは済んだ。最後にひとつ教えてやる。お前の名だ。エルオーデ・バンシュタイン…そしてもうひとつが…」
―マレウス・アマルティア・エクシリオ…
その名を聞き私は思わず息を呑んだ。
「お前は、バンシュタインの血を引く、忘れられた存在だ」
カトリーネは初めて聞くその名を、すぐには受け入れる事が出来ないようだった。
「お前の存在は誰にも知られる事はなかったんだよ。…母親を除いてな」ジャヌの言葉にカトリーネはひどく困惑し、なにを話せば良いのか分からない状態だった。
「バンシュタイン…」混乱する頭を落ち着かせ、カトリーネは静かに言った。
その様子を視線をそらす事なく見つめる赤い瞳はどこか満足しているようだった。
「そうだ。そして、マレウスの姉。バンシュタイン…その名は俺にとって貴重だ。それで、お前の記憶を取り戻す方法だが…」
ジャヌはその鋭い目で私の顔へ視線を変えた。その時、カトリーネが口を開く。
「ちょっと待って…マレウスが、私の弟ですって?そんなことある訳が…」
再びカトリーネに視線を戻した。「あるんだよ。お前が知っている以上にこの世界は複雑で、広い」
カトリーネはしばらく黙り込み、重い口を開く。
「じゃあ…彼の言っていることは事実なの?」
カトリーネが私の顔をちらりと見る。
「その通りだ。そいつは事実を言っている」
信じられないと言った様子で、その場に立ち尽くすカトリーネ。
自分が生きてきた世界が、自分自身が他人の夢であったことにショックを隠しきれず、全身から悲しみや混乱が溢れ出しているのが感じ取れた。
「だが…なぜそれを教える必要がある?お前は敵なのか味方なのか…」私の問いに、ジャヌは間髪入れずに答えた。
「どちらでもない。それに言っただろう、俺の存在が確かなものになるのであれば、何でもすると」
ジャヌはそう言いながら指をパチンと鳴らした。
突然視界が変わる。
そこは、人気のない森の中にある小さな建物。
「カトリーネ、ごめんね。こんな森の中で暮らすのは嫌でしょう?」
みすぼらしい服装の女が、少女に優しく話す。少女はその言葉に思いきり首を横に振った。
「ううん、わたし、お母さんと一緒に居られればそれでいいの」
少女の言葉に、目に涙を浮かべる女。
「お母さん…」隣に立っているカトリーネが呟く。
どうやら、カトリーネも私と同じ光景を見ているようだ。
「信じられないけど…あの首飾り…」カトリーネの胸元には、石がはめ込まれた質素な首飾りがある。その石はくすみ、輝きを失っているが、それに負けじと、存在感を出しているように見えた。
「ねえ、わたしは大きなおうちには入れないの?」
その言葉に、戸惑いながら母は答えた。「あの家はね、怖い人たちが居るから入ってはダメなの。私はカトリーネに危ない思いをしてほしくないのよ」
少女は母の言葉に軽く頷いた。
「あなたには幸せになってほしい。こんな風に隠れながら暮らさないでほしい…」
「かくれる?」少女は首をかしげた。
「いえ…なんでもないわ」
―エルオーデ!いるんでしょ?エルオーデ!
遠くから聞こえる少年の大声を聞くと、女は少女の頬に優しく手を添えた。
「カトリーネ。あなたは私の希望よ」
母の言葉に自然と口元が緩くなり、娘は母に抱きついた。
母も力強く娘を抱きしめる。
「…私は、少しだけ出かけてくるわ。いい子にしててね。遠くに行ってはダメよ。それから、他の人を見たらすぐに隠れてね。いい?」
「うん、わかった」
娘の返事を聞くと、辺りの様子を注意深く確認し、ゆっくりと建物を後にした。
―カトリーネ…。あなたにはバンシュタインの名は忘れてほしい…。
リズという名も…忘れてほしい…―。
私は…あなたの中に存在していればそれで…十分だわ…―。
悲しげな声が頭の中にこだますると、目の前に広がっていた光景が徐々に薄れ、再びジャヌの姿が視界に入ってきた。
「これはお前の記憶のほんの一部だ。もっと自分のことを知りたいか?」
カトリーネのからの返事はない。うつむくその姿に目をやると、彼女の頬には涙が流れていた。途絶えることなく流れ続けるその涙を見て、私はなにも言ってやれなかった。
自分の中に居た母親がなんだったのか…。
知っていたはずの自分の過去はなんだったのか…。
カトリーネは悲しみと悔しさに胸が張り裂けそうだった。
「孤独を捨てる時が来たんだ」
ジャヌはカトリーネの涙など気にもしない様子で冷たく言った。
「お前の記憶を取り戻す方法だが…」
「どうするの…なにをすれば私の過去を取り戻せるの…」カトリーネは震える唇で言った。
「お前は話を遮るのが好きなのか?」ジャヌは呆れ顔で首を横に振る。
「まあいい。お前の記憶の扉を開ける鍵は、その男だ。そいつがこの世界のことを知るたびに、お前は自分の過去を思い出すだろう」
「具体的になにをすればいいの」カトリーネの口から出た言葉に、またもやジャヌは首を横に振る。
「気に障る女だ」少しばかり苛立った口調で言うと、私の方を指差した。
「こいつと行動を共にしろ。そして、こいつの苦しみ、悲しみ、喜び、怒り、恐怖…全ての感情を受け取れ」
カトリーネは私を見た。「どうやってそんなこと…」
「自分で考えろ。何処へ行くべきか、なにをすべきか…お前らが考え、決めろ」冷たい瞳はまるで私たちを試すようだった。
「さて…必要なことは済んだ。最後にひとつ教えてやる。お前の名だ。エルオーデ・バンシュタイン…そしてもうひとつが…」
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