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Episode4
辺境地
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知らぬ土地を休む事なく歩き続ける。鉛のように重くなった足を一歩、また一歩と突き出す。
「西の古城へ向かえ」その言葉に素直に従い、ただひたすら歩き続ける。
だが、どこまでも広がる世界は私に牙を向ける。数日は歩いただろうか。これが現実であればとうに倒れているだろう。不思議と、水も食料も身体は必要としなかった。
しかし、そんな身体も、この焼けるような暑さには悲鳴をあげている。皮膚がじんわり焼け、今にも爛れ落ちるかのように熱を帯びていた。
「どれだけ歩けばいいんだ…」その場に立ち止まり、俯き呼吸を整える。
なにか助けになるものはないか、ズボンのポケットを探る。「これだけか…」
古ぼけたロザリオ。それは、しばらく前に夢の中で拾った物だ。
次の瞬間、ロザリオが勢いよく弾け散ると、轟音と共に、目の前に突如として大きな古城が姿を現した。「どうなってる?!なにが起きた…」私は驚きを隠せず、たじろいだ。
これほど巨大な建造物が、一体どうやって隠れていたのだろうか。現実では到底起こりえない事に、ただただ驚いた。
「あれが、鍵だったのか…?」
私は驚きに満ちた身体を古城へと向かい進ませた。
古城の入り口を探し、壁沿いを進む。
大きな門などは無いようで、その代わりに大人ひとりが通れるほどの小さな木製の扉を見つけ、建物へと踏み込む。
暗くジメッとした長い通路を慎重に進む。突き当たりにある階段を上がり、本棚が犇めき合う部屋に辿り着いた。本棚に無造作に詰められた本は、どれも酷く汚れており破れているのも数多くあった。ゆっくりと無数の本を見て回る。
その中の一つに手を伸ばした。革表紙の厚い本の中には、興味深い内容が記されていた。
―彼は、眠りにつく度に別の世界へと旅立ち、過去を旅する。そこで、己の残した罪を呼び起こす。やがてその罪は現実となる。
「まるで俺の事みたいだ…」私は更に読み進める。
―繰り返される世界から、彼は目を覚ます事はなかった。
夢中になりページをめくる私の背後から女の声が静まり返る部屋の中に響く。
「あなたはわかっている」
その声に、とっさに身体が反応し、本を落としてしまった。振り返った先には見知らぬ女。冷静なその顔からは優しさを感じた。
「…誰だ?」私の問いに、女は静かに答えた。
「この世界がなにか、あなたとの繋がりはなにか、わかっているはず」女は名も名乗らず私を見つめながら話す。
ここは夢で現実ではないことは分かる。だが、私とこの夢の繋がりは分からない。考え込んだ私に向かって女はため息混じりに言った。「とにかく、ここへ来てはダメ。あなたがこの世界を訪れる度にあなたの世界は薄れてゆく。」
「薄れる?どういうことだ?」
「この世界は夢じゃないんだよ」
突然響く声。勢いよく振り返ると、そこにはジャヌの姿。
ジャヌの姿に女は驚きを隠せない様子だった。
「あなた…なぜ…」信じられないといった様子で女の口から言葉が漏れる。
ジャヌはその鋭い瞳を女に合わせ、自慢げに話した。「マレウスのおかげでお前を気にせず姿を見せられるようになったよ。俺はもう、この世界の忘れられた過去なんかじゃないんだよ」
私はこの状況を飲み込めずにふたりの会話をただ聞いていた。
「ジャヌ…あなたはこの世界の罪…。マレウス、私の言葉を覚えておきなさい。この世界には来ないで」そう私に伝えると、女は逃げるように部屋を出た。
ジャヌは後を追うこともなく、私の方へ視線を変えた。
「あの女は信用ならない。なにを聞いたが知らないが、お前はこの世界に来るのを拒めない。絶対にな」突き刺さるような視線で私に言う。
「ここは、この世界は夢じゃないのか?だとしたらここは…」
「現実さ。お前にとってはもうひとつの」
現実…。夢ではない何か他のものだと、頭では分かっていた。しかし、この夢が現実とは思えずにいた。あり得ない事だ。私には私の生きている世界がある。その世界で眠りにつき、夢であるこの世界に来てしまうのは当然考えられる。この世界が私の過去であり記憶だとジャヌの口から聞いてはいたが、夢が現実なんて事は…私の中ではやはり、あり得ない事だった。
「お前は常識に囚われ過ぎだ。もっと頭を柔らかくして考えてみろ。夢の中で負った傷が現実でも残っていて、毎日同じ夢を見てはその中で旅をし、しかもそれを事細かに覚えているんだ。それに、お前はもうどのくらい目覚めていないんだ?」
その言葉に私はやっと気が付いた。最後に眠りについてからかなりの時間が経っている。現実ではどれだけの時間が過ぎているのか、検討もつかなかった。私は死んだのか…そんな考えが一瞬頭をよぎる。
そんな私をよそ目に、ジャヌは私が落とした本を拾い上げた。
「過去を旅する…まさしく今のお前じゃないか。どんな気分なんだろうな、自分の無くした記憶の中を旅するのは」ジャヌは本に視線を送りながら私に言う。
無くした記憶…。この夢は私の過去…私の記憶…。現実とは、夢とはなにか…当たり前の事が全て覆り、それら全てに裏切られたような思いになった。
「俺はここで…」頭をあげると、そこにジャヌの姿はもう無かった。
私は深いため息をついた。
これから何をすべきか、何処へ行くべきなのか全くわからないまま、古城の中を歩き回る。
細かな装飾が施されたテーブルや椅子。床一面に敷かれた赤い絨毯。豪華なシャンデリア。
ここが廃墟と化す前はこれらは城内を豪華に見せていただろう。しかし今は、厚く積もった埃に輝きを失い朽ちた城内により一層の退廃感を醸し出す。物も、記憶と同じように風化するものだと物語っていた。
長い通路の中ほどにある部屋で私は一枚の紙切れを手に取った。「これは、地図か」
古ぼけた羊皮紙に書かれた地図を眺める。そこにはかなりの広域が描かれている。
私は古城までの記憶を頼りに現在地を探した。小高い丘に位置し、小川に囲まれた城のような印の周りに何かないかと確認すると、山を越えた先に家のような印が示されている。村か街だろうか、この場所が今も存在しているか不明だったが、今はここへ行くしか道は無いようだった。羊皮紙を折りたたみ、私は燦々と降り注ぐ陽光の元へ戻った。
その時、鈍器で叩かれるような激しい頭痛に襲われ、その場に膝をついた。突如として襲う激痛にぼんやりと視界が霞む。目の前が真っ白な世界へと変わる中、私は必死に意識を保とうとするが、やがて全身の力が抜けその場に倒れこんだ。
「西の古城へ向かえ」その言葉に素直に従い、ただひたすら歩き続ける。
だが、どこまでも広がる世界は私に牙を向ける。数日は歩いただろうか。これが現実であればとうに倒れているだろう。不思議と、水も食料も身体は必要としなかった。
しかし、そんな身体も、この焼けるような暑さには悲鳴をあげている。皮膚がじんわり焼け、今にも爛れ落ちるかのように熱を帯びていた。
「どれだけ歩けばいいんだ…」その場に立ち止まり、俯き呼吸を整える。
なにか助けになるものはないか、ズボンのポケットを探る。「これだけか…」
古ぼけたロザリオ。それは、しばらく前に夢の中で拾った物だ。
次の瞬間、ロザリオが勢いよく弾け散ると、轟音と共に、目の前に突如として大きな古城が姿を現した。「どうなってる?!なにが起きた…」私は驚きを隠せず、たじろいだ。
これほど巨大な建造物が、一体どうやって隠れていたのだろうか。現実では到底起こりえない事に、ただただ驚いた。
「あれが、鍵だったのか…?」
私は驚きに満ちた身体を古城へと向かい進ませた。
古城の入り口を探し、壁沿いを進む。
大きな門などは無いようで、その代わりに大人ひとりが通れるほどの小さな木製の扉を見つけ、建物へと踏み込む。
暗くジメッとした長い通路を慎重に進む。突き当たりにある階段を上がり、本棚が犇めき合う部屋に辿り着いた。本棚に無造作に詰められた本は、どれも酷く汚れており破れているのも数多くあった。ゆっくりと無数の本を見て回る。
その中の一つに手を伸ばした。革表紙の厚い本の中には、興味深い内容が記されていた。
―彼は、眠りにつく度に別の世界へと旅立ち、過去を旅する。そこで、己の残した罪を呼び起こす。やがてその罪は現実となる。
「まるで俺の事みたいだ…」私は更に読み進める。
―繰り返される世界から、彼は目を覚ます事はなかった。
夢中になりページをめくる私の背後から女の声が静まり返る部屋の中に響く。
「あなたはわかっている」
その声に、とっさに身体が反応し、本を落としてしまった。振り返った先には見知らぬ女。冷静なその顔からは優しさを感じた。
「…誰だ?」私の問いに、女は静かに答えた。
「この世界がなにか、あなたとの繋がりはなにか、わかっているはず」女は名も名乗らず私を見つめながら話す。
ここは夢で現実ではないことは分かる。だが、私とこの夢の繋がりは分からない。考え込んだ私に向かって女はため息混じりに言った。「とにかく、ここへ来てはダメ。あなたがこの世界を訪れる度にあなたの世界は薄れてゆく。」
「薄れる?どういうことだ?」
「この世界は夢じゃないんだよ」
突然響く声。勢いよく振り返ると、そこにはジャヌの姿。
ジャヌの姿に女は驚きを隠せない様子だった。
「あなた…なぜ…」信じられないといった様子で女の口から言葉が漏れる。
ジャヌはその鋭い瞳を女に合わせ、自慢げに話した。「マレウスのおかげでお前を気にせず姿を見せられるようになったよ。俺はもう、この世界の忘れられた過去なんかじゃないんだよ」
私はこの状況を飲み込めずにふたりの会話をただ聞いていた。
「ジャヌ…あなたはこの世界の罪…。マレウス、私の言葉を覚えておきなさい。この世界には来ないで」そう私に伝えると、女は逃げるように部屋を出た。
ジャヌは後を追うこともなく、私の方へ視線を変えた。
「あの女は信用ならない。なにを聞いたが知らないが、お前はこの世界に来るのを拒めない。絶対にな」突き刺さるような視線で私に言う。
「ここは、この世界は夢じゃないのか?だとしたらここは…」
「現実さ。お前にとってはもうひとつの」
現実…。夢ではない何か他のものだと、頭では分かっていた。しかし、この夢が現実とは思えずにいた。あり得ない事だ。私には私の生きている世界がある。その世界で眠りにつき、夢であるこの世界に来てしまうのは当然考えられる。この世界が私の過去であり記憶だとジャヌの口から聞いてはいたが、夢が現実なんて事は…私の中ではやはり、あり得ない事だった。
「お前は常識に囚われ過ぎだ。もっと頭を柔らかくして考えてみろ。夢の中で負った傷が現実でも残っていて、毎日同じ夢を見てはその中で旅をし、しかもそれを事細かに覚えているんだ。それに、お前はもうどのくらい目覚めていないんだ?」
その言葉に私はやっと気が付いた。最後に眠りについてからかなりの時間が経っている。現実ではどれだけの時間が過ぎているのか、検討もつかなかった。私は死んだのか…そんな考えが一瞬頭をよぎる。
そんな私をよそ目に、ジャヌは私が落とした本を拾い上げた。
「過去を旅する…まさしく今のお前じゃないか。どんな気分なんだろうな、自分の無くした記憶の中を旅するのは」ジャヌは本に視線を送りながら私に言う。
無くした記憶…。この夢は私の過去…私の記憶…。現実とは、夢とはなにか…当たり前の事が全て覆り、それら全てに裏切られたような思いになった。
「俺はここで…」頭をあげると、そこにジャヌの姿はもう無かった。
私は深いため息をついた。
これから何をすべきか、何処へ行くべきなのか全くわからないまま、古城の中を歩き回る。
細かな装飾が施されたテーブルや椅子。床一面に敷かれた赤い絨毯。豪華なシャンデリア。
ここが廃墟と化す前はこれらは城内を豪華に見せていただろう。しかし今は、厚く積もった埃に輝きを失い朽ちた城内により一層の退廃感を醸し出す。物も、記憶と同じように風化するものだと物語っていた。
長い通路の中ほどにある部屋で私は一枚の紙切れを手に取った。「これは、地図か」
古ぼけた羊皮紙に書かれた地図を眺める。そこにはかなりの広域が描かれている。
私は古城までの記憶を頼りに現在地を探した。小高い丘に位置し、小川に囲まれた城のような印の周りに何かないかと確認すると、山を越えた先に家のような印が示されている。村か街だろうか、この場所が今も存在しているか不明だったが、今はここへ行くしか道は無いようだった。羊皮紙を折りたたみ、私は燦々と降り注ぐ陽光の元へ戻った。
その時、鈍器で叩かれるような激しい頭痛に襲われ、その場に膝をついた。突如として襲う激痛にぼんやりと視界が霞む。目の前が真っ白な世界へと変わる中、私は必死に意識を保とうとするが、やがて全身の力が抜けその場に倒れこんだ。
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