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第9章 終焉
6 どちらの説が正しいか
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特別な施設…妖化を追っていると必ずそこにぶち当たる。聖蓮女子で保護された生徒たちの所在を追った時も、特別な施設という壁に阻まれ一切の情報が遮断された。だが昨夜、そこに収容されていたと思われる生徒たちが飛頭蛮化して襲ってきたのだ。室町はあくまでそれは幻覚だと言い張っているが、では女子高生たちは無事なのかと問うと口を濁す。
「特別な施設とは何です?一体そこで何をやってるんです?」
浦安がそう聞くと、室町は眉間にしわを寄せ、はっきりと不快の色を出した。
「君も日本の行政組織くらいは頭に入っているでしょう?内閣総理大臣を筆頭に内閣府や複数の省庁で組織されている。警察庁は内閣府直下の国家公安委員長の管轄であり、我々公安調査庁は法務省の管轄です。そして今日から禍津町の行政は警察庁から自衛隊の指揮下に入る。自衛隊といえば防衛省の管轄です。このように禍津町で起こっていることは首相官邸でも重く受け止められ、省庁を越えて国家ぐるみで対策されているのです。もはや起こったことへの事後処理の段階は終わり、これから起こることを未然に防ぐ段階に入ったと言えます。基本的にはすべての省庁が手を取り合って事に当たりますが、直接的には自衛隊が動いていくことになるでしょう。禍津町周辺には自衛隊が配備され、周辺から出入り出来なくなります。禍津町に住む人たちへの必要な物資は自衛隊を通じて供給され、内閣府を通じて経済的な支援もされていくでしょう。そして君の懸念する特別施設も、管轄はあくまで内閣府ですが、実際の運営は自衛隊が指揮を取っています。先程手を取り合ってと言いましたが、省庁の壁というのはあるものです」
いろいろ御託を並べているが、つまりは省庁の壁があって室町にも分からないということなのだろう、そう要約しかけたが、室町はさらに言葉を続ける。
「まあそういう私も実は首相の諮問機関の一員でしてね、現場での指揮は一任されています。禍津町で起こっていることは前例の無い、そして一見非科学的なことに見えますが、対処の仕様が無いという訳では無い。目からの流血現象という、はっきりそれと分かる兆候があるのです。世間的にはまだ伏せられていますが、もし伝染しているのだとするとその媒介物質は検知できないということになり、現代の医療ではどうすることもできない事態です。なので目から流血した者はまずは徹底的に隔離し、その原因を調べる必要があります。その一役を担うのが君の言う特別な施設なのです。君はまるでそこが悪の巣窟であるかのようなニュアンスで言いますが、そこで働く人は日本を救いたいという自己犠牲精神で事に当たってくれていると私は信じます。考えてみて下さい。新型ウイルス蔓延の時でさえあんなに右往左往したのに、処置の仕方が分からない症状を受け入れてくれる病院があると思いますか?例え今は成果が上げられなくとも、そういう隔離施設があるだけで人々は安心します。不測の事態が起こったとしても、事後それを強化すればいいだけの話。大切なのはそうやって症状のある者とない者とを分断しつつ、元凶となるものを排除することです。分かりますか?」
言いくるめるられているような気もするが、人々の安心のために特別な施設が必要、そこの理屈は分からないでもない。だが室長が最後に言った元凶の排除という部分、そしてなぜそんなことを自分に問いかけてくるのか、そこのところが分からない。
「元凶…とはつまり、セフィロトのことを仰っている?」
浦安の質問に、室町は頷く。
「まず間違いないでしょう。ですが我々も当て推量で動く訳にはいきません。疑惑を確信に変えたい。そのための捜査を、この朝霧と一緒にやっていただきたいのです。今までの警察庁のような手ぬるい捜査ではなく、多少荒っぽくなっても、ね」
室町の目に喜色が浮かぶ。よく見ないと分からない程度に、口角が上がる。
「なぜ、私なんです?」
「まず第一にこれまでの経緯をよくご存知だということ。捜査員のなかでもあなたほど今回の事件に深く関わっている人はいないでしょう。そして第二に、わたしはあなたの精神力を買っています。これまで凄惨な現場に遭遇して来られたと思いますが、あなたの目からは血が流れるという気配はない。違いますか?」
「確かに、涙は流しましたが、まだ色は透明のようです」
浦安の返答に、室町は二度首肯した。表情のない男の顔に、なにがしかの思惑が読み取れる。あなたから君へ、そしてまた君からあなたへ人称を変える当たり、意外と分かりやすく打算で動く男なのかもしれない。
「ねえねえまこっちーん、今朝のニュース見たぁ?」
そろそろ黙っているのが堪えきれないというように、横から朝霧が割り込んでくる。室町に睨まれてから大人しくはしていたが、その実髪をいじったり携帯を見たり、常にソワソワと動いていた姿は目の端に捉えていた。
「今朝のニュース…ひょっとして、三国と髙瀬のこと?」
ニュースでは三国と髙瀬が連続首無し事件の被疑者として名前が上がったと言う。浦安はそれを忌々しく聞いたが、浦安と朝霧の共通の話題といえばそれしかないはずだ。
「そうそう、全く警察はさあ、自分たちの組織の体裁を取り繕うことばっか考えてやんなるよねえ。でも僕ちんさあ、犯人分かっちゃったかもしんないんだよねー!」
朝霧が得意気に親指を上げて見せる。
「犯人が分かったって、三国殺害の犯人ってことかな」
首無し事件は殺人ではなかったというのは共通認識のはずなので、犯人といえばもうそこしか思い当たらない。
「イエース!僕ちんもさあ、ここ数日、サボってたわけじゃないからね。ずうっと考えてたんだよ、あの密室について。でさ、分かっちゃったんだよ、そのからくりが。だーかーらあ、これからノワールに一緒にそれを暴きに行こう!」
朝霧の提案に室町が何も口を挟まないところを見ると、元々そういう腹づもりだったのだろう。だが浦安には即座にやらなければならないことがあった。まずは夕方まで猶予をもらい、それから朝霧と一緒にノワールに赴くことにした。
8月2日午後1時から、首相の会見が始まった。首相はまず禍津町において昨夜テロ活動があり、大勢の警察官が亡くなったことを鎮痛な表情で報告した。禍津町において人の理性を失わせる何らかの神経作用物質が散布され、禍津町を訪れた人々が凶行に走ったのだと。そして現在禍津町は危険地域と見なし、禍津町をロックダウンする宣言もされた。神経作用物質の影響で目からの流血現象が起こることも言及し、その症状が出た者は直ちに政府の特別施設に連絡を入れることを訴えかけた。同時に画面にはその連絡先のフリーダイヤルが大きくテロップで出される。目から流血する現象がテロ活動として公式に発表された瞬間だった。
浦安はその発表と同時に、亡くなったK署の捜査員たちの遺族に電話をかけた。本当は直接顔を見て報告すべきだったが、浦安にはそんな時間のゆとりはなかった。家庭を持っている者はその配偶者に、一人者はその親に。岩永の妻にも連絡した。家族ぐるみの付き合いとまでは行かなかったが、岩永の家に訪れたことは何度かあり、よく知る穏やかな奥方の悲痛な叫びは浦安の心を暗くて冷たい縁に沈めた。速水の母親は夫を息子が殺害するというこの上ない悲劇に見舞われたばかりで、感情をすでに無くしたような低い声で分かりましたと言っただけだった。あなたの息子さんは普通の精神ではなかったのですと慰めたが、そんなものは何の慰めにもならず、ただ重い沈黙を促しただけだった。弓削の母親は娘の死をしっかりと受け止め、弓削の頑固だがしっかり者だったエピソードをいくつか語ってくれた。それを聞きながら、浦安はまた嗚咽した。必ず敵は取ります、浦安はどの家族にもそう言って電話を切るのが精一杯だった。
泣く者、悲嘆にくれる者、事件の詳細を聞きたがる者など反応はまちまちだったが、遺族たちは遺体が帰って来ないことには一様に戸惑いを見せていた。政府の発表では、亡くなったH県警本部の機動隊員たちも含め、H県で一番大きなコンサートホールを抑えてそこで政府が主催する合同葬儀が執り行われることが伝えられていた。
亡くなった報告だけでなく、浦安が特に意識したのは遠藤と酒井田の家族への連絡だった。遠藤の妻から聞く遠藤の惚けた人となりは、概ね浦安の知る彼と一致した。酒井田に関しては母親が教えてくれたが、しっかり者ではあったが地味な性格で、K署で見てきた酒井田の性格とは少し乖離していた。将門の影武者が彼らにいつ乗り移ったのか、それが知りたかったのだが、酒井田に関しては今年のK署赴任と同時だったのかもしれない。遠藤に関しては特定する決め手に欠けていた。
今朝K署に入る前に書き出した疑問点について、浦安は改めて考えた。まずなぜ特別施設に収容されているはずの聖蓮女子の生徒たちが飛頭蛮化して襲ってきたのかだが、室町の言ったようにセフィロトの活動の一環だとすると、施設自体が怪しいのではなく、スパイが侵入して誘導したのかもしれない。天冥説によるとそれは影武者の仕業ということになるが、確かに彼らの能力をもってすれば施設から彼女たちを飛頭蛮化させて襲わせることくらい可能だろう。
また、なぜ影武者がK署の捜査員を選んだということなのだが、それについては天冥が言っていたように、禍津町には将門陣営にとって何か重要な物があり、結界を壊すことを前もって準備されていたということなのかもしれない。その大切な物が何なのか、やはり天冥にはっきり聞かなくてはと思う。彼女の容態がどうなっているのか、青井に連絡を入れても直留守になるだけだった。
浦安には天冥の言うことの方が辻褄が合っているように思える。でないと、天冥が危険に曝され、遵法住職が命まで落とした意味が分からない。襲われるだけの理由があるからあれだけの惨劇が起こったのだ。だが一方で、室町の言うことも筋は通っているように思える。天冥が撃たれたのは演出で、遵法はただの被害者、久遠寺のお焚き上げ供養が機動隊の数を減らすための舞台として選ばれたのだとすれば、こちらも一応の辻褄は合う。遠藤や酒井田は薬物で操られ、首が伸びたり飛んだりするのは幻覚だった、と。ではなぜ禍津町なのかというと、それはやはりセフィロトが近くにあるから、ということか……。どちらの場合も飛頭蛮の亡骸の所在を確かめればいいのだが、もし天冥の言うことが本当だとすれば政府によってそれは隠されるだろうし、室町の言うことが本当だとすればそもそも確認すべき物は無いことになる。結局どちらを取っても飛頭蛮の残骸など見つからないわけで、無意味な追求だと諦めた。
自分の感覚は大切にしたいと思う。自分の見てきたろくろっ首や飛頭蛮の質感は幻覚などでは決してなかった。だが天冥の説を盲信することにも危惧を感じる。きのうの晩、彼女の影が無かったことが引っ掛かっている。天冥の説を信じるなら、彼女も影武者だったという矛盾に陥ってしまう。その矛盾を確かめるため、ここは一旦室町の説に乗り、一度セフィロトに乗り込んでみようと浦安は考えていた。必ず敵を討つ、その思いだけが浦安の原動力となっていた。
「特別な施設とは何です?一体そこで何をやってるんです?」
浦安がそう聞くと、室町は眉間にしわを寄せ、はっきりと不快の色を出した。
「君も日本の行政組織くらいは頭に入っているでしょう?内閣総理大臣を筆頭に内閣府や複数の省庁で組織されている。警察庁は内閣府直下の国家公安委員長の管轄であり、我々公安調査庁は法務省の管轄です。そして今日から禍津町の行政は警察庁から自衛隊の指揮下に入る。自衛隊といえば防衛省の管轄です。このように禍津町で起こっていることは首相官邸でも重く受け止められ、省庁を越えて国家ぐるみで対策されているのです。もはや起こったことへの事後処理の段階は終わり、これから起こることを未然に防ぐ段階に入ったと言えます。基本的にはすべての省庁が手を取り合って事に当たりますが、直接的には自衛隊が動いていくことになるでしょう。禍津町周辺には自衛隊が配備され、周辺から出入り出来なくなります。禍津町に住む人たちへの必要な物資は自衛隊を通じて供給され、内閣府を通じて経済的な支援もされていくでしょう。そして君の懸念する特別施設も、管轄はあくまで内閣府ですが、実際の運営は自衛隊が指揮を取っています。先程手を取り合ってと言いましたが、省庁の壁というのはあるものです」
いろいろ御託を並べているが、つまりは省庁の壁があって室町にも分からないということなのだろう、そう要約しかけたが、室町はさらに言葉を続ける。
「まあそういう私も実は首相の諮問機関の一員でしてね、現場での指揮は一任されています。禍津町で起こっていることは前例の無い、そして一見非科学的なことに見えますが、対処の仕様が無いという訳では無い。目からの流血現象という、はっきりそれと分かる兆候があるのです。世間的にはまだ伏せられていますが、もし伝染しているのだとするとその媒介物質は検知できないということになり、現代の医療ではどうすることもできない事態です。なので目から流血した者はまずは徹底的に隔離し、その原因を調べる必要があります。その一役を担うのが君の言う特別な施設なのです。君はまるでそこが悪の巣窟であるかのようなニュアンスで言いますが、そこで働く人は日本を救いたいという自己犠牲精神で事に当たってくれていると私は信じます。考えてみて下さい。新型ウイルス蔓延の時でさえあんなに右往左往したのに、処置の仕方が分からない症状を受け入れてくれる病院があると思いますか?例え今は成果が上げられなくとも、そういう隔離施設があるだけで人々は安心します。不測の事態が起こったとしても、事後それを強化すればいいだけの話。大切なのはそうやって症状のある者とない者とを分断しつつ、元凶となるものを排除することです。分かりますか?」
言いくるめるられているような気もするが、人々の安心のために特別な施設が必要、そこの理屈は分からないでもない。だが室長が最後に言った元凶の排除という部分、そしてなぜそんなことを自分に問いかけてくるのか、そこのところが分からない。
「元凶…とはつまり、セフィロトのことを仰っている?」
浦安の質問に、室町は頷く。
「まず間違いないでしょう。ですが我々も当て推量で動く訳にはいきません。疑惑を確信に変えたい。そのための捜査を、この朝霧と一緒にやっていただきたいのです。今までの警察庁のような手ぬるい捜査ではなく、多少荒っぽくなっても、ね」
室町の目に喜色が浮かぶ。よく見ないと分からない程度に、口角が上がる。
「なぜ、私なんです?」
「まず第一にこれまでの経緯をよくご存知だということ。捜査員のなかでもあなたほど今回の事件に深く関わっている人はいないでしょう。そして第二に、わたしはあなたの精神力を買っています。これまで凄惨な現場に遭遇して来られたと思いますが、あなたの目からは血が流れるという気配はない。違いますか?」
「確かに、涙は流しましたが、まだ色は透明のようです」
浦安の返答に、室町は二度首肯した。表情のない男の顔に、なにがしかの思惑が読み取れる。あなたから君へ、そしてまた君からあなたへ人称を変える当たり、意外と分かりやすく打算で動く男なのかもしれない。
「ねえねえまこっちーん、今朝のニュース見たぁ?」
そろそろ黙っているのが堪えきれないというように、横から朝霧が割り込んでくる。室町に睨まれてから大人しくはしていたが、その実髪をいじったり携帯を見たり、常にソワソワと動いていた姿は目の端に捉えていた。
「今朝のニュース…ひょっとして、三国と髙瀬のこと?」
ニュースでは三国と髙瀬が連続首無し事件の被疑者として名前が上がったと言う。浦安はそれを忌々しく聞いたが、浦安と朝霧の共通の話題といえばそれしかないはずだ。
「そうそう、全く警察はさあ、自分たちの組織の体裁を取り繕うことばっか考えてやんなるよねえ。でも僕ちんさあ、犯人分かっちゃったかもしんないんだよねー!」
朝霧が得意気に親指を上げて見せる。
「犯人が分かったって、三国殺害の犯人ってことかな」
首無し事件は殺人ではなかったというのは共通認識のはずなので、犯人といえばもうそこしか思い当たらない。
「イエース!僕ちんもさあ、ここ数日、サボってたわけじゃないからね。ずうっと考えてたんだよ、あの密室について。でさ、分かっちゃったんだよ、そのからくりが。だーかーらあ、これからノワールに一緒にそれを暴きに行こう!」
朝霧の提案に室町が何も口を挟まないところを見ると、元々そういう腹づもりだったのだろう。だが浦安には即座にやらなければならないことがあった。まずは夕方まで猶予をもらい、それから朝霧と一緒にノワールに赴くことにした。
8月2日午後1時から、首相の会見が始まった。首相はまず禍津町において昨夜テロ活動があり、大勢の警察官が亡くなったことを鎮痛な表情で報告した。禍津町において人の理性を失わせる何らかの神経作用物質が散布され、禍津町を訪れた人々が凶行に走ったのだと。そして現在禍津町は危険地域と見なし、禍津町をロックダウンする宣言もされた。神経作用物質の影響で目からの流血現象が起こることも言及し、その症状が出た者は直ちに政府の特別施設に連絡を入れることを訴えかけた。同時に画面にはその連絡先のフリーダイヤルが大きくテロップで出される。目から流血する現象がテロ活動として公式に発表された瞬間だった。
浦安はその発表と同時に、亡くなったK署の捜査員たちの遺族に電話をかけた。本当は直接顔を見て報告すべきだったが、浦安にはそんな時間のゆとりはなかった。家庭を持っている者はその配偶者に、一人者はその親に。岩永の妻にも連絡した。家族ぐるみの付き合いとまでは行かなかったが、岩永の家に訪れたことは何度かあり、よく知る穏やかな奥方の悲痛な叫びは浦安の心を暗くて冷たい縁に沈めた。速水の母親は夫を息子が殺害するというこの上ない悲劇に見舞われたばかりで、感情をすでに無くしたような低い声で分かりましたと言っただけだった。あなたの息子さんは普通の精神ではなかったのですと慰めたが、そんなものは何の慰めにもならず、ただ重い沈黙を促しただけだった。弓削の母親は娘の死をしっかりと受け止め、弓削の頑固だがしっかり者だったエピソードをいくつか語ってくれた。それを聞きながら、浦安はまた嗚咽した。必ず敵は取ります、浦安はどの家族にもそう言って電話を切るのが精一杯だった。
泣く者、悲嘆にくれる者、事件の詳細を聞きたがる者など反応はまちまちだったが、遺族たちは遺体が帰って来ないことには一様に戸惑いを見せていた。政府の発表では、亡くなったH県警本部の機動隊員たちも含め、H県で一番大きなコンサートホールを抑えてそこで政府が主催する合同葬儀が執り行われることが伝えられていた。
亡くなった報告だけでなく、浦安が特に意識したのは遠藤と酒井田の家族への連絡だった。遠藤の妻から聞く遠藤の惚けた人となりは、概ね浦安の知る彼と一致した。酒井田に関しては母親が教えてくれたが、しっかり者ではあったが地味な性格で、K署で見てきた酒井田の性格とは少し乖離していた。将門の影武者が彼らにいつ乗り移ったのか、それが知りたかったのだが、酒井田に関しては今年のK署赴任と同時だったのかもしれない。遠藤に関しては特定する決め手に欠けていた。
今朝K署に入る前に書き出した疑問点について、浦安は改めて考えた。まずなぜ特別施設に収容されているはずの聖蓮女子の生徒たちが飛頭蛮化して襲ってきたのかだが、室町の言ったようにセフィロトの活動の一環だとすると、施設自体が怪しいのではなく、スパイが侵入して誘導したのかもしれない。天冥説によるとそれは影武者の仕業ということになるが、確かに彼らの能力をもってすれば施設から彼女たちを飛頭蛮化させて襲わせることくらい可能だろう。
また、なぜ影武者がK署の捜査員を選んだということなのだが、それについては天冥が言っていたように、禍津町には将門陣営にとって何か重要な物があり、結界を壊すことを前もって準備されていたということなのかもしれない。その大切な物が何なのか、やはり天冥にはっきり聞かなくてはと思う。彼女の容態がどうなっているのか、青井に連絡を入れても直留守になるだけだった。
浦安には天冥の言うことの方が辻褄が合っているように思える。でないと、天冥が危険に曝され、遵法住職が命まで落とした意味が分からない。襲われるだけの理由があるからあれだけの惨劇が起こったのだ。だが一方で、室町の言うことも筋は通っているように思える。天冥が撃たれたのは演出で、遵法はただの被害者、久遠寺のお焚き上げ供養が機動隊の数を減らすための舞台として選ばれたのだとすれば、こちらも一応の辻褄は合う。遠藤や酒井田は薬物で操られ、首が伸びたり飛んだりするのは幻覚だった、と。ではなぜ禍津町なのかというと、それはやはりセフィロトが近くにあるから、ということか……。どちらの場合も飛頭蛮の亡骸の所在を確かめればいいのだが、もし天冥の言うことが本当だとすれば政府によってそれは隠されるだろうし、室町の言うことが本当だとすればそもそも確認すべき物は無いことになる。結局どちらを取っても飛頭蛮の残骸など見つからないわけで、無意味な追求だと諦めた。
自分の感覚は大切にしたいと思う。自分の見てきたろくろっ首や飛頭蛮の質感は幻覚などでは決してなかった。だが天冥の説を盲信することにも危惧を感じる。きのうの晩、彼女の影が無かったことが引っ掛かっている。天冥の説を信じるなら、彼女も影武者だったという矛盾に陥ってしまう。その矛盾を確かめるため、ここは一旦室町の説に乗り、一度セフィロトに乗り込んでみようと浦安は考えていた。必ず敵を討つ、その思いだけが浦安の原動力となっていた。
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