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第2部 萌未の手記

もし生きていれば…

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 クリスマスイベント最終日のこの日、あたしはなっちゃんと沢渡さわたりさんの食事にご相伴預かった。沢渡さんはお一人だったが、なっちゃんは宣言通り小計200万を達成できそうで、同伴免除されたその同伴をあたしに振ってくれることになっていた。

 沢渡さんは不動産会社の常務さんで、銀縁眼鏡のよく似合うインテリ系の人。なっちゃんのお客さんでは稲垣いながきさんくらいよく来てくださっていて、あたしから見ると二人でなっちゃんを取り合っているようだった。

 入ったのは庶民的なお好み焼き屋さん。といっても、海鮮や野菜などの鉄板料理のメニューも豊富で、あたしたちは大きな鉄板のテーブルを囲んで座った。

萌未めぐみちゃん、同伴勝負、いよいよ今日で最終日やね。どう?勝てそう?」

 沢渡さんは目の前の鶏肉の香味焼きをつつきながら聞いた。

「はい、沢渡さんのお陰でいい線いってます」
「いやいや、僕なんて…」

 店の中では着く席着く席、必ずと言って同伴勝負のことを話題にされていた。みなさん、こんなぺーぺーのホステスがナンバー1のママに挑んだということで興味津々といった感じだ。

「ねぇ~さわちゃん、聞いてよ~!現在同点なのよね~これが!」
「おお!すごいやない」
「すごいってあなた、悔しいやない!あともうちょっとで勝てるのにぃ」

 なっちゃんは自分のことのように悔しがっている。なっちゃんはきっと家を出る前にはやしマネージャーから情報を取っている。ということは香里奈かりなは今日、トリプル同伴を成立させたって訳だな、と思い、なっちゃんに聞く。

「ね、同点やったらどうなるのかなあ?」
「う~ん、そうやねえ、後は百合子ゆりこちゃん次第かしら。ここまでして引き分けって言われてもなーんか納得いかないけど、あの綺羅きらママのことやからね、最悪ドローになんとしてでも持っていくでしょうね」

 ドロー…

 あたしとしては、何とか綺羅ママを追い詰めないと困る。綺羅ママを追い詰め、あたしが完全に優位に立った状態で交渉するのだ。詩音のことで知ってることを教えてくれ、と。

 そしてもし綺羅ママが志保姉しほねえを死に追い詰めた張本人ならば、その時は刺し違えてでもかたきを取ってやる……

 だがそこまで考えたとき、あたしにはまだ交渉するためのキーアイテムが欠けている気がした。あたしの頭には、きのうあおいさんから聞いた志保姉がフジケンなる人物を気にかけていたという話が引っ掛かっていた。

「沢渡さん、あたし、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど…」

 あたしは箸を置き、沢渡さんに改まる。

「ん?何かな?」
「あの、フジケン興業ってご存知ですか?」

 なっちゃんが箸を止めてあたしを見たが、構わず続けた。あたしは実は、今日これを聞きたくて沢渡さんとの食事にお邪魔したのだ。

「フジケン興業か…僕らの業界ではあまりいい噂を聞かない会社やね。それがどうかしたの?」
「はい、ちょっと気になることがあって…そのいい噂を聞かないって、どんな噂があるんですか?」
「うーん、まあ、強引な地上げをしているとか何とか、かな?ほら、何年か前、池橋いけはし駅の高架があってあの辺、発展してきたでしょ?あの地域の土地開発に一枚噛んでるのがフジケン興業でね、その関わり方が何か怪しいって言われてるね」

 池橋市…あたしの生まれ育った街だ。

「怪しい…て、何が怪しいんですか?」
「お、突っ込むねえ。何でそんなこと聞きたいのかなあ?」
「お願いします。どうしても知りたいんです」

 あたしが頭を下げるのを見て、なっちゃんも箸を置く。

「めぐちゃん…止めない?そんな話……」

 話を遮ろうとしたなっちゃんに首を振り、真摯な目を沢渡さんに向ける。その目の真剣さを察知してか、沢渡さんは居住まいを正して話し出した。

「いや、僕もそんなに詳しくはないんやけどね…まず一番怪しかったのは池橋市の持っていた土地の払い下げ価格かな?当時、何でそんなに安価で入札出来たのかって話題になったね。ただね、その頃はまだ池橋駅の高架なんて表立って公表されてなかったから、そんな一近郊都市の土地のことなんかすぐに忘れられたね。後々になって池橋市の開発計画が知れ渡ってから、その土地の価値が一気に上がって、フジケン興業は実は開発計画のことを前々から知ってたんやないかって、訝かがられたね。それだけやなくて、その周辺の土地の地上げも激しかったみたいやね。かなり裏稼業の人間が動いたとか…」

 思った以上に黒い話に、あたしは身を乗り出す。

「あの!その裏稼業って、どんな?」
「あ、ああそうねえ…まあ、暴力団とフジケン興業がツルンでるってことやね。明らかにインサイダーの匂いもプンプン臭ってたけど、ちょっと怖くて誰もそこに突っ込む人間はいなかったんちゃうかなあ?」

 そこでなっちゃんが、パン、と手を打つ。

「ちょっと、さわちゃん!もう、めぐちゃんも!そんなきな臭い話止めようよ。ご飯が不味くなっちゃう」

 そこでこの話はおしまいになった。



 フジケン…綺羅ママの口座…
 そして宮本みやもとが勤める会社のトップ。

 ひょっとして志保姉の死因は単純な痴話喧嘩などではなく、そこの関係性も絡んでいるのではないか…そんな気がしてきていた。







 この日、あたしには弥生やよいママ口座の五十嵐いがらしさんとかんなママ口座の長谷部はせべさんの店前同伴がついていた。お二人とも、同伴勝負の結果を見届けたくてご来店、といった雰囲気満載だった。

 ともあれこれであたしはこの日もトリプル同伴達成だったが、香里奈もトリプル同伴をやってのけたらしく、2週間に及ぶ同伴勝負もお互い27回で引き分けたことになる。


 27回か…
 我ながらよくやったな…


 いや、あたしじゃなくて、結局綺羅ママVS百合子ママ陣営、なっちゃん、弥生ママ、かんなママ、雅子まさこママの勝負だったわけだけど…




 沢渡さんの席から呼ばれて五十嵐さんの席に着くと、五十嵐社長は待ってましたとばかりに、

「あれ、持ってきて」

 と、黒服に指示した。持ってこられたのはシルバー、ゴールド、メタリックピンクの3本のキラキラしたシャンパンボトル。3人の黒服がそれぞれシャンパンクーラーに入れて、テーブルの横に並べていった。

「え、これ…どうしたんですか?」
「萌未ちゃん、2週間よく頑張ったね。これは俺からのお祝いや」
「え…でも、同伴勝負は引き分けやったんですよ?」
「五十嵐ちゃんがね、いいもん見せてもろた~って、入れてくれたんよ。萌未ちゃん、お疲れさんやったね」

 弥生ママは小計が上がってほくほく顔だ。

「これはね、アルマンドっていってね、シャンパンの中では俺はこれが好きでね。飲んだことある?」
「いえ、ありません」
「いやあ~萌未ちゃんのお陰で私もこんな美味しいシャンパン飲めた上に小計も上がって、ラッキーやわあ」
「そんな…あたしなんて…。五十嵐さんや弥生ママがよくして下さったお陰です」
「まあまあ、ママもそんなやらしいこと言わんと、ささ、乾杯しよ!」

 どれから飲む?と聞かれ、全身ピンクの光沢のボトルを選ぶ。あたしたちは乾杯し、ベルエポックの甘みとはまた違った、上品なフローラルな香りときめ細やかな泡が口の奥まで広がった。

「おいしい…」
「そうか、よかった。いやあ、俺も長いこと新地で飲んでるけど、萌未ちゃんみたいな若い子がその店一番の売り上げのママに立ち向かうなんて初めて見たわ。結果はどうあれ、よくやったね。ホンマ、いいもん見せてもろた」
「結果はどうあれって、引き分けたんよ。すごいことよね。でも悔しいわね。私があと1日早く知ってたら、勝たせてあげれたのにぃ。百合子ママも人が悪いわ」

 弥生ママは自分のことのように悔しがってくれた。改めて考えると、自分はいいお店で働いてるんだなと思う。なっちゃんを筆頭に、弥生ママ、かんなママ、そしてそのお客さんたち…

 思えば志保姉も最初は楽しそうだったな……

 もし志保姉が生きていれば、今頃二人でこの店で働いている…なんてこともあっただろうか…?

 そんなことを考えると、少し、涙が出た。


「ほーら、萌未ちゃん、泣いちゃったやない。五十嵐ちゃん、わーるいんだー」
「え、俺のせい?」
「いえ、嬉しくて…本当にありがとうございます。でも、ドローになってしまって、せっかく皆さんにも力になってもらったのに、すみません」
「なーに、心配せんでええよ、あとは百合子ママに任せておけば。あのおばはん、その辺の道理はよく分かってる人やから、萌未ちゃんがこのあとどうこうなることはない。もし何かあったら、俺に言ってくれたらええから」
「そうそう、俺に言ってくれたらええから」

 弥生ママが五十嵐さんの口真似をし、場は笑いに包まれた。







 この後長谷部さんの席でも同じようなやり取りが続き、あたしが家を出る時に感じた予感とは裏腹に、イベント最終日は特に何事もなく過ぎていくように思われた。

 同伴時間が切れる頃、五十嵐さんが帰るというので送り出しに席に着いた。

「結局、百合子ママは来なかったわねぇ…」

 弥生ママが幾分沈んだ口調で言った。

「じゃあ、今日は百合子ママ抜きでミーティングしますか。萌未ちゃんもよかったらおいでよ」
「え、いいんですか?」
「いいも何も、君は今日の主役やないか。一緒に打ち上げしよう」
「じゃあ萌未ちゃん、終わったら私の携帯に電話して」
「はーい」

 そんなやり取りをして五十嵐さんと弥生ママと玄関口へ向かう。





 エレベーターの前に来ると、ちょうどお客さんの送り出しを終えた綺羅ママと香里奈が上がってきた。

「あ~ら、もうお帰りですか?」

 綺羅ママは五十嵐さんの顔を見て、余裕しゃくしゃくといった感じで声をかけてきた。

「ええ、帰ります。綺羅ママも若名わかなでのお勤め、お疲れ様でした」
「はあ⁉何言うてはりますの。私、辞めたりしませんよ?」




 カーン!

 と、試合開始のゴングが鳴ったような気がした──。




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