投獄

藤堂Máquina

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模範囚

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きっとこの数ヶ月、不安なまま過ごしたところで結果という観点から見れば何も変わらないだろう。
「絶望」のような憂鬱な考えは出所の2、3日前から考えれば十分だ。
とりあえず今はここでの生活を考えよう。
考えがまとまった頃、隣の部屋から声がした。
先に収監された人間だ。
何をしてここにいるのだろうか。
私のように無実である可能性は殆どない。
本当は関わりたくないのだが、きっとお勤めの際に会うことになるだろう。
そうなるとここで無視するのは賢い選択ではない。
私は彼に対して言葉を返すことにした。
彼は半年前からここにいるらしい。
彼の話を聞くに、彼もまた、すっかり諦めて、ここでの生活に徹しているらしい。
何が楽しくてこんなところにいるのか。
見たところではそんなに悪そうな人ではない。
私と同じ様に何か失敗をしたのだろうか。
それとも何かやむを得ないことでもあったのだろうか。
彼の素性を事細かに聞く気はなかったし、それはここでの関係に影響するだけだと思った。
もし仮にあの穏便そうな顔をした彼が人でも殺していたとしたら、私はもう近寄ることはできないだろう。
彼もまた、私の素性を聞いてはこない。
私が無実を訴えたところで信用もされないだろうから多分ちょうどいいのだ。
私たちは課されていた作業をよく近くでこなした。
それ以前の彼がどうしていたのかは知らない。
それについても聞くつもりはない。
私は今ここにいてしまって、この先もここにいなければならないのだ。
私は私に見えているものだけを「今」だと思い込む必要がある。
ここは元いた世界とは違うのだ。
そして誰を信用しようがしまいが、失うものもなければここから出れば全て意味もなくなってしまうのだ。
ただの長い夢、悪夢と変わらないのだ。
それから私は黙々と手を動かすだけの作業を続けた。
時折彼の元には手紙が届く。
家族だろうか。
恋人だろうか。
友人だろうか。
それとも何かの組織で良くないことでもしたのだろうか。
何もヒントが無いだけに、可能性はいくらでも考えられる。
だが、ここにいる立場を考えると来過ぎのような気もする。
手紙なんて早々来るものではないと思っていたし、現に私の元へは一通も来ない。
会社もクビになったし家族には会っていない。
今こうしていることも知らないかもしれない。
よほどの凶悪犯でもない限りこれが普通なのではないかと思う。
こういう生活をしている中で「普通」という言葉を使うのが適切かどうかはわからないが、大人しく生活し、決められた期間が過ぎたらここを出る。
何かをしでかした人々の作るコミュニティの中で何も起こさずにいることこそが今の私のすべきことなのだと思った。
彼については何もわからないが、手紙が来るだけきっとマシだ。
この期に及んで何らかの被害者からの誹謗中傷の手紙が届いているということもないだろう。
彼の帰りを待ち望むものかもしれない、彼を元気づけるものかもしれない。
その一方で、その手紙がどれほど残酷なものであるかも知っていた。
何もできない人間に届く手紙だ。
外のことが書いてあるかもしれない、自由な生活について触れられているかもしれない。
私自身としては来ない方がずっといいと思っていたが、傍から見ている分には幸福なように見えて正直羨ましい。
そんなことを考えていた。
私には他に考えることがないのだ。
手紙でも届けばその相手のことを考え、心を痛めたり、胸中で反芻して苦悩を膨らませたりすることができるのだ。
この場所を更に地獄にすることができるのだ。
しかしながら私は空っぽだ。
先ほど述べた通り期間が過ぎるまで待つだけだ。
良くも悪くも何もない。
変わらない日常の場所が変わっただけだ。
悪いことも起こらないだけに慣れてきつつある。
ここにないのは正義だとか悪だとかその類だけだ。
看守が来た時だけ、彼らが「正義」ということになっているだけだ。
後は何が起ころうがそれが自然の摂理だと受け入れるだけだ。
弱肉強食なのかもしれないし、案外何もないかもしれない。
今のところは何もない。
特に危ない人もいなければ、看守が必要以上に高圧的ということもない。
ここでもう数日経つが、何も起こらなかった上に、嫌な噂を聞いたということもない。
多分このまま何事もなく終わるのだろう。
やはりここでのことを考える必要はないのだ。
考えるのは出所してからのことだ。
ぎしぎしと音を立てる木製の椅子は何人の「罪人」と呼ばれた人を載せたのだろうか。
所々に深い傷がある。
この傷が収監された人々によって作られたものなのだろうか。
それとも単に時間によるもの、もしくは移動させる過程でできたものだろうかわからなかった。
人為的なものなのか、事故でできたものなのか。
傷なんてものは物でも人でも変わらない。
いつの間にかできた傷なんてものは人間にもある。
お洒落で傷をつける人もいる。
きっと椅子も同じだ。
ここに捉えられていた者の趣向なのかもしれない。
背景なんて誰にも分らない。
私につけられた社会的な傷も誰が理解できるというのだろうか。
私とて隣の彼の傷を理解できない。
残念だが仕方がない。
出所した際の傷はあまりにも深く、表面だけでも消えてくれることを切に願った。

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