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お題【エスカレーターの親子】
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隣の部署に「除霊のできる」男の子がいるという噂は前々から聞いていた。
その男の子とたまたま話をする機会があったので事の真相をたずねてみたのだが、私が想像していた除霊話とは全く違うものだった。
彼の話は、だいたいこんな感じ。
ある日、僕は近所でフリマをやっているのを見つけて、のんびり回っていました。
すると、とあるスーツが目にとまったんです。
濃いグレーのちゃんとしたスーツです。ほとんど新品のようでした。
その頃の僕は、まだ社会人一年目で、スーツも少ない数を着まわして凌いでいたりして、そのスーツがとても気になったのです。
「お兄さん。それ、上下セットで1500円でいいよ。かさばるから、あんまり持って帰りたくないんだよね」
あまりの安さに驚きました。だってスーツですよ。ゼロの数が一桁違いますよね。
「え、でもこれ、ちゃんとしてますよね。穴とか開いているわけでもないし。なんでそんなに安いんですか?」
「友達からね、うちの息子にどうだって言ってもらったのよ。でもうちの子、お腹まわりがちょっと厳しくてね……」
「このスーツ、そんなに細いサイズなんですか?」
「あ、違う違う。うちのがマジ豚児なだけよ。マジトンなの」
その面白いノリのおばさんと世間話をしていたら、なぜか僕はそのスーツを1000円で買う事になって……かなり安く買うことができたから、ちゃんと洗っておこうかななんて考えて、その足で行きつけのクリーニング屋へ持って行ったんです。
預けて帰ろうとした僕に、お店の人が一通の封筒を手渡してきました。
買ったスーツの内ポケットに入っていたようなんです。
あれ、フリマで買ったときには入ってなかったよな、なんて思いながら、その封筒を受け取り、帰宅してすぐ中を確認しました。
感触から予想していた通り、封筒の中身は写真でした。
それもおそらく家族写真。
有名な私立小学校の制服を着たあどけない顔つきの男の子を中心に、落ち着いたクリーム色のワンピースを着た優しそうなお母さんが左、あのスーツを着たこれまた優しそうなお父さんが左。ご両親とも若かったです。
そして皆さん笑顔で、小学校の入学記念で撮った写真のように感じました。
「あっ」
僕が思わず声を出してしまうくらい驚いたのは、僕はその親子を知っていたからなんです。とはいっても、お母さんと男の子の二人だけでしたが。
そこで彼の表情が少しだけ曇った。彼はそのまま話を続ける。
僕、大学時代は夜間清掃のバイトをしていたんですけれど、郊外型のとある大型ショッピングセンターの夜間清掃中に、その親子を見たことがあったんですね。
従業員も帰り、僕ら清掃業者以外は警備の方しか居ないような夜中です。
4階に駐車場へとつながる渡り廊下があったんですが、そこに親子はぼーっとうつむいて立っていたんですね。
夜中ですよ。僕、時計を二度見しました。
もちろん、すぐに警備の方に連絡しました。お客様が閉じ込められてしまっている、と。すると警備の方は苦笑いしながら言うんです。
「見ちゃったかー」
警備の方はその親子について教えてくださいました。
何年か前に、立体駐車場の入り口で、交通事故があったそうなんです。
最近よく話題になっている老人ドライバーの暴走事件の類で、被害にあった車の方は側面からものすごい勢いでぶつかられて……助手席の奥さんと後部座席の息子さんは即死だったそうです。
それ以来、二人があの場所に立っているのが目撃されるようになったそうなんです。
僕は霊感なんてないと思っていますし、幽霊なんてのを見るのだって後にも先にもその親子だけなんです。
でもそれに本当に、生きている人がそこに立っているみたいでしたよ。
だから僕も「幽霊だ」みたいな恐怖はかけらもなくて、「お客様が途方にくれている」としか思えなくて、慌てて警備の方の所に飛んでいったんですから。
あの幽霊として見た親子が、その家族写真に写っているんですよ。
見間違えるわけありません。その男の子の制服、僕が中学から受験した私立校の小学部の制服なんですよ。
そこは、小学校から大学までエスカレーター式の学校で、途中から入った僕らみたいなのは、下からずっと上がってきたエスカレーター組に比べてやけに肩身が狭いんですよね……ちょっと話がそれました。すみません。
僕は清掃バイト時代の元上司に連絡を取ってみました。
あの親子はまだあそこに立っていると言っていました。
胸がぎゅっと締め付けられたんです。
それで、元上司に相談して、クリーニングから戻ってきたスーツを持って、もう一度、あの親子に会いに行くことにしました。
あの時の警備の方もまだ働いていらっしゃいました。
僕と、元上司と、警備の方との三人で、深夜のショッピングセンターの四階、駐車場へとつながる渡り廊下入り口へと向かいました。
この時も、怖いという感覚はまるでありませんでした。
幽霊に会いに行くっていうのに、まったくです。
その夜も居ました。
クリーム色のワンピースのお母さんと、手をつないでいる男の子は見間違えるはずもない母校の小学部の制服。
僕は元上司に肩をぽんとたたかれて、紙袋からクリーニング済みのスーツとあの家族写真とを取り出し、親子に近づいていきました。
不思議なくらい気持ちは落ち着いていました。
なんでしょうね、このスーツのお父さんに背中を押されでもしたのでしょうか。
僕は親子のすぐ前に立ちました。
ただ、ああいう時、なんて声をかけたらいいのかわからないんですよね。
でもそんなところでモジモジしているうちに親子がスッと消えたら、それこそ後悔してしまうだろうと僕は行動を起こしました。
スーツの上に写真を乗せ、そのまま親子の正面へと差し出したんです。
「あの、これ……」
そう言うのがやっとでした。
すると、親子がパッと僕の方を見たんです……正確に言うと、見た、と、思った……という感じです。
でも気付いたら、親子は目の前から消えていました。
「おい、あれ」
いつの間にか近づいてきていた元上司と警備の人が、渡り廊下を指差しました。
見ると、そこには三人の人影が駐車場の方へと歩いてゆくのが見えました。
制服の男の子が真ん中で、左手はお母さんとつなぎ、右手はあのスーツを着たお父さんとつないでいて、ああ三人は再会できたんだなって思ったら、自然と涙がこぼれてきたんです。
それ以来、親子の幽霊が目撃されることはなくなったそうです。
あのショッピングセンター、記念写真の撮影が出来る写真スタジオがあるんですけれど、事故があったあの日、親子は家族写真を撮りに来ていたみたいなんですね。
事故で一人生き残ったお父さんが事件後にどうなったのか、お父さんまで亡くなられているのか、まではわからないんですが、少なくとも僕は、三人は今一緒に居られているんだろうな、そう思っています。
除霊とはちょっと違うと思うんですけれどね。これで全部です。
縁というのは本当に不思議なものだと、私は感じる。
彼がその中学に入っていなかったら、夜間清掃のバイトをしていなかったら、フリマに寄らなかったら、彼は親子の霊を呪縛から解き放つことは出来なかっただろう……いや、フリマには呼ばれたのかもしれない。
それだけの縁を持っていたから、男の子のお父さんに頼まれたのかもしれない。
そして、彼がその体験をしなかったら、その話を私にしてくれなかったら、私たちはこうして付き合ってなんかなかったと思うから。
<終>
その男の子とたまたま話をする機会があったので事の真相をたずねてみたのだが、私が想像していた除霊話とは全く違うものだった。
彼の話は、だいたいこんな感じ。
ある日、僕は近所でフリマをやっているのを見つけて、のんびり回っていました。
すると、とあるスーツが目にとまったんです。
濃いグレーのちゃんとしたスーツです。ほとんど新品のようでした。
その頃の僕は、まだ社会人一年目で、スーツも少ない数を着まわして凌いでいたりして、そのスーツがとても気になったのです。
「お兄さん。それ、上下セットで1500円でいいよ。かさばるから、あんまり持って帰りたくないんだよね」
あまりの安さに驚きました。だってスーツですよ。ゼロの数が一桁違いますよね。
「え、でもこれ、ちゃんとしてますよね。穴とか開いているわけでもないし。なんでそんなに安いんですか?」
「友達からね、うちの息子にどうだって言ってもらったのよ。でもうちの子、お腹まわりがちょっと厳しくてね……」
「このスーツ、そんなに細いサイズなんですか?」
「あ、違う違う。うちのがマジ豚児なだけよ。マジトンなの」
その面白いノリのおばさんと世間話をしていたら、なぜか僕はそのスーツを1000円で買う事になって……かなり安く買うことができたから、ちゃんと洗っておこうかななんて考えて、その足で行きつけのクリーニング屋へ持って行ったんです。
預けて帰ろうとした僕に、お店の人が一通の封筒を手渡してきました。
買ったスーツの内ポケットに入っていたようなんです。
あれ、フリマで買ったときには入ってなかったよな、なんて思いながら、その封筒を受け取り、帰宅してすぐ中を確認しました。
感触から予想していた通り、封筒の中身は写真でした。
それもおそらく家族写真。
有名な私立小学校の制服を着たあどけない顔つきの男の子を中心に、落ち着いたクリーム色のワンピースを着た優しそうなお母さんが左、あのスーツを着たこれまた優しそうなお父さんが左。ご両親とも若かったです。
そして皆さん笑顔で、小学校の入学記念で撮った写真のように感じました。
「あっ」
僕が思わず声を出してしまうくらい驚いたのは、僕はその親子を知っていたからなんです。とはいっても、お母さんと男の子の二人だけでしたが。
そこで彼の表情が少しだけ曇った。彼はそのまま話を続ける。
僕、大学時代は夜間清掃のバイトをしていたんですけれど、郊外型のとある大型ショッピングセンターの夜間清掃中に、その親子を見たことがあったんですね。
従業員も帰り、僕ら清掃業者以外は警備の方しか居ないような夜中です。
4階に駐車場へとつながる渡り廊下があったんですが、そこに親子はぼーっとうつむいて立っていたんですね。
夜中ですよ。僕、時計を二度見しました。
もちろん、すぐに警備の方に連絡しました。お客様が閉じ込められてしまっている、と。すると警備の方は苦笑いしながら言うんです。
「見ちゃったかー」
警備の方はその親子について教えてくださいました。
何年か前に、立体駐車場の入り口で、交通事故があったそうなんです。
最近よく話題になっている老人ドライバーの暴走事件の類で、被害にあった車の方は側面からものすごい勢いでぶつかられて……助手席の奥さんと後部座席の息子さんは即死だったそうです。
それ以来、二人があの場所に立っているのが目撃されるようになったそうなんです。
僕は霊感なんてないと思っていますし、幽霊なんてのを見るのだって後にも先にもその親子だけなんです。
でもそれに本当に、生きている人がそこに立っているみたいでしたよ。
だから僕も「幽霊だ」みたいな恐怖はかけらもなくて、「お客様が途方にくれている」としか思えなくて、慌てて警備の方の所に飛んでいったんですから。
あの幽霊として見た親子が、その家族写真に写っているんですよ。
見間違えるわけありません。その男の子の制服、僕が中学から受験した私立校の小学部の制服なんですよ。
そこは、小学校から大学までエスカレーター式の学校で、途中から入った僕らみたいなのは、下からずっと上がってきたエスカレーター組に比べてやけに肩身が狭いんですよね……ちょっと話がそれました。すみません。
僕は清掃バイト時代の元上司に連絡を取ってみました。
あの親子はまだあそこに立っていると言っていました。
胸がぎゅっと締め付けられたんです。
それで、元上司に相談して、クリーニングから戻ってきたスーツを持って、もう一度、あの親子に会いに行くことにしました。
あの時の警備の方もまだ働いていらっしゃいました。
僕と、元上司と、警備の方との三人で、深夜のショッピングセンターの四階、駐車場へとつながる渡り廊下入り口へと向かいました。
この時も、怖いという感覚はまるでありませんでした。
幽霊に会いに行くっていうのに、まったくです。
その夜も居ました。
クリーム色のワンピースのお母さんと、手をつないでいる男の子は見間違えるはずもない母校の小学部の制服。
僕は元上司に肩をぽんとたたかれて、紙袋からクリーニング済みのスーツとあの家族写真とを取り出し、親子に近づいていきました。
不思議なくらい気持ちは落ち着いていました。
なんでしょうね、このスーツのお父さんに背中を押されでもしたのでしょうか。
僕は親子のすぐ前に立ちました。
ただ、ああいう時、なんて声をかけたらいいのかわからないんですよね。
でもそんなところでモジモジしているうちに親子がスッと消えたら、それこそ後悔してしまうだろうと僕は行動を起こしました。
スーツの上に写真を乗せ、そのまま親子の正面へと差し出したんです。
「あの、これ……」
そう言うのがやっとでした。
すると、親子がパッと僕の方を見たんです……正確に言うと、見た、と、思った……という感じです。
でも気付いたら、親子は目の前から消えていました。
「おい、あれ」
いつの間にか近づいてきていた元上司と警備の人が、渡り廊下を指差しました。
見ると、そこには三人の人影が駐車場の方へと歩いてゆくのが見えました。
制服の男の子が真ん中で、左手はお母さんとつなぎ、右手はあのスーツを着たお父さんとつないでいて、ああ三人は再会できたんだなって思ったら、自然と涙がこぼれてきたんです。
それ以来、親子の幽霊が目撃されることはなくなったそうです。
あのショッピングセンター、記念写真の撮影が出来る写真スタジオがあるんですけれど、事故があったあの日、親子は家族写真を撮りに来ていたみたいなんですね。
事故で一人生き残ったお父さんが事件後にどうなったのか、お父さんまで亡くなられているのか、まではわからないんですが、少なくとも僕は、三人は今一緒に居られているんだろうな、そう思っています。
除霊とはちょっと違うと思うんですけれどね。これで全部です。
縁というのは本当に不思議なものだと、私は感じる。
彼がその中学に入っていなかったら、夜間清掃のバイトをしていなかったら、フリマに寄らなかったら、彼は親子の霊を呪縛から解き放つことは出来なかっただろう……いや、フリマには呼ばれたのかもしれない。
それだけの縁を持っていたから、男の子のお父さんに頼まれたのかもしれない。
そして、彼がその体験をしなかったら、その話を私にしてくれなかったら、私たちはこうして付き合ってなんかなかったと思うから。
<終>
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