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#16 ホムンクルス
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「さあ、さっさと風呂を済ますのだ。その間、『魔力感知』ともう一つ、寿命の渦の調整も同時に練習するのだ」
「調整……ですか?」
と質問しているそばからルブルム先輩たちが服を脱ぎ始める。
「あっ、あの、男の風呂はどこですかっ」
「マドハトもリテルとの接触時間が長いから呪詛に伝染しているだろうし、問題はないだろう」
ま、間違いが起きるかどうかで言えば確かに起きはしないだろうけど。けど。
「えっ、いえ、でも――街でも風呂も男女別に分かれていますし」
「そうだな。外の常識を前提に考えるべきか。それに分けた方が人数的にも効率が良いな。ルブルム。大タライを一つマドハトへ渡すのだ。マドハトとゴブリンは表の井戸から水を汲み、そのタライへ。リテルにはイルージオを教える」
「イルージオ、ですか?」
「偽装の渦という意味で偽装の渦だ。自分の本来の寿命の渦とは異なる形へ整えることを言う」
カエルレウム師匠の寿命の渦が、見えなくなっていた状態から本来の猿種型へと戻る。
「リテルの寿命の渦はそのままでは魔術特異症だと公言してまわっているようなものだ。ルブルムくらい偽装の渦が自然にできるまで練習するのだ。目標は寝ている間に偽装の渦が解けてしまわないこと」
寝ている間も?
そんなことでき……るかどうかじゃないよな。やるんだ。やる前から諦めるなんて思考の放棄だし、紳士でもない。二重にダメじゃないか。
「はい!」
元気に返事したところへ、ルブルム先輩がお湯をなみなみと汲んだ手桶を手渡してくれた……全裸で。なんとなく視線をそらす。
「お湯は外の大タライへ。その後、三人とも服を脱いで持ってきて。ブーツはここで脱いで、このサンダルを使って。洗い液用のこすり布は机の上に置いておく」
「ありがとうございます」
「……リテル、やっぱり私は変か?」
「変……というわけではないですけど」
風呂を男女別にしても俺の前で脱いでたら意味ないじゃんというツッコミじゃ言葉が乱暴かなと、よりよい表現を探す。
「私がホムンクルスだからか?」
「え?」
ホムンクルス……ってアレか?
パラケルススがフラスコで造った人造人間。
ゲームやってたり、マンガ談義をしている中で丈侍が時々教えてくれるモンスター豆知識の中で、「人間の精子をもとに造る人造人間」なんていうパワーワードは、思春期の多感な童貞男子としては記憶に残りやすい。
ただそうやってできるホムンクルスは、たくさん知識があっても小人くらいの大きさしかなかったはず……元の世界では、だけど。こっちでは魔法で育でたりするのかな?
「ルブルムの偽装の渦はどう見ても猿種だ。安心するのだ」
カエルレウム師匠がルブルム先輩のお尻をペチンと叩くと、ルブルム先輩はホッとした表情で奥の部屋へと戻ってゆく。
「ルブルムとアルブムは私が作ったのだ。本来のホムンクルスとは制作手法を変えたから実際にはほとんど猿種や鼠種と変わらないのだが、彼女らの本来の寿命の渦は若干、純粋な獣種とは異なる。ルブルムは特にそれを気にしているようだ」
「そうなのですか……」
口では冷静に返事をしているが、脳内はとんでもなく思考が回転している。
ホムンクルスを作った――作れるのか。だとしたら、俺の体を作って俺の魂だけリテルから切り離してホムンクルスの体に移すことができれば――いや、そもそもホムンクルスにはどうやって魂が宿るんだ? 魂が宿るよりも前に俺の魂を移さないと結局はリテルと同じ乗っ取りになっちゃうよな? いやいや。もしそうだとしても思考を手放さなければ、どこかへ道は拓けるかもしれない。
「あのっ、ホムンクルスはどうやって作るのでしょうか。どうやって魂が宿るのでしょうか」
「一般的なホムンクルスは獣種の男の精液を主な原材料とする。もともとはある魔男が自分の精液を用いて単性生殖できないかと試した結果生まれたものなのだが、種々の材料と、母体を模した環境とを準備し、大量の魔法代償を消費してようやく生み出せた生物は、最も小さな獣種の子供よりも大きくなることはなかったと記録されている。その方法をもとに多くの魔術師が多くの試行錯誤を繰り返してそれぞれのホムンクルスを作り出しているが、私は自らの卵核を取り出し協力者から頂戴した精液を用いて受精させ、疑似子宮を用いて時間をかけて育成させる方法を選んだ。そのため非常に時間がかかったが、ルブルムとアルブムはホムンクルスではあるものの、通常の獣種とほとんど変わらない。そして魂が宿る瞬間だが、うちのホムンクルスに限っていえば細胞分裂後、脳に相当する器官が分かれて発達し始めた頃だな。面白いことに、その時点でもう獣種が確定しているのだ」
よどみない説明が、右の耳から左の耳へ流れてしまわないよう必死に自分の中へと留める。
最初のホムンクルスは、元の世界のパラケルススのホムンクルスと同種っぽいが、その研究結果をもとにそれから多くのホムンクルスが生まれたが、それはどれも魔男――魔女に対応する言葉――の精子のみを用いた単性生殖だった。
でもカエルレウム師匠は、自分の卵核――元の世界における卵子的な印象の言葉――をもとに子宮内の受精を再現し、ほぼ獣種なルブルム先輩とアルブムとを作った……という感じか。
とりわけ重要な魂の宿る瞬間は、脳が作られるとき――なんだか希望が見えてきた。
「リテルもホムンクルスに興味があるのか?」
「はい、あります」
カエルレウム師匠はどうしてホムンクルスを作ったのだろうか。初めから弟子が欲しかったのだろうか。それとも家族を?
もしかしたら好きな人がいて、その人が死んでしまったからその人の精子で子供を……いや、一人ならともかく、二人もいるってことはそういうのではないか。
「ホムンクルスは効率という一点においては通常の妊娠に比べ大きく劣る。ただ家族が欲しいだけであれば、リテルの子を生んでくれる女を探すという方法もあるが……リテルならば通常の妊娠を超える効率の良さでホムンクルスを作る方法を見つけるかもしれないな。そのためにはまず呪詛を取り除かなければな」
「はい」
「リテルがホムンクルスに興味があって嬉しい。さっきはリテルの生殖器を見せてもらったから、お礼に私の生殖器を見ていい」
横からとんでもない発言が割り込んできて、思わず鼻汁が出そうになる。
「ルブルム、今はのんびり研究している暇はないぞ。今夜中に出発しなければ、ラビツ一行には追いつかないからな」
「わかった。マドハトとゴブリンの服は私がもらってくるからリテルも服を早く脱いで。アルブムももう体を洗い終わったから中の方の風呂を使って」
「わ、わかりました」
カエルレウム師匠に続いて奥の部屋へ。暖炉の前にはルブルム先輩たちのものと思われる服が干してある。
そこからさらに奥にある風呂場へと案内された。
広くはないタイル貼りの部屋で換気窓もある。リテルとビンスン兄ちゃんの部屋にあった窓と似た作り。そして片隅には表のものより小さな井戸。給湯の類は見当たらない。カエルレウム師匠が暖炉近くに設置されていた金属製の水桶から汲んでいたお湯を、大タライへと足した。
なるほど。今は星の月の月黄昏一日目、季節的には秋の終わりかけ。この時間に井戸水だけでは確かに寒い。この世界の風呂は、湯船に入るわけじゃなく行水だから余計に。
井戸の横には大タライと中タライとが置いてあり、中くらいの方では泡にまみれたアルブムが笑顔で洗濯物をもみ洗いしていた――が、俺の顔を見て笑顔が強ばった。
「ご、ごめん。こちらを使えって言われたから来たんだけど」
俺がいったん出ようとすると、すぐ背後に居たカエルレウム師匠が俺越しにアルブムへ声をかけた。
「アルブム。リテルの服を優先するのだ。リテルはアルブムのこすり布を借りるのだ」
アルブムは小さく「はい」と応えると、自分の兎耳に巻いていた細長いこすり布を洗い液につけ、俺の方へと差し出した。
「ありがとう」
こすり布を受け取り、代わりに自分の服を脱いでアルブムへと渡すと、アルブムはそれを中タライで洗い始める。
緊張感のある風呂場――なんて言ってる場合じゃない。気を散らしちゃダメだ。
俺は大タライから温い水をパシャパシャと自分の体へとかけ、こすり布で体を洗いつつ、偽装の渦の形を整えることに注力する。
『魔力感知』と偽装の渦の併用と考えていた最初のうちは脳みそが凄まじく疲れたが、集中力がいったん途切れかけたとき、ふっと脳みそから力が抜けた。
寿命の渦を把握するには『魔力感知』が大前提なので、寿命の渦を偽装の渦へと整形しようとするだけですでに『魔力感知』は使用していると気づけたのだ。
『魔力感知』に集中力が必要なのは通常知覚との割合をコントロールするときであり、カメラのフォーカスみたいに「いったんここ」って決めちゃいさえすれば、その維持自体にはそんなに気合いを入れることはない感じ。
力を抜くっていうのがけっこうな重要ポイントっぽい。そうじゃなきゃ、寝ているときも維持って無理だもんね。
色々試行錯誤する中で、ふと閃いたのが、元の世界でじいちゃんのとこで触らせてもらったろくろ。
常に力を入れ続けるんじゃなく、力が流れるきっかけにだけ軽く力を入れてあげれば、そのきっかけに続く後の部分も同じように変化してくれたろくろ回し。
寿命の渦ってずっと回っているでしょ、だから……「○」の形に無理やり抑え込むんじゃなく「∞」の形に心の指を添えて、流れを誘導する感じ……おおっ! いい感じじゃないの!
ん?
アルブムも寿命の渦を猿種型に合わせている?
手伝ってくれているのだろうか――そのとき不意にリテルの記憶が蘇った。
双子の弟妹ドッヂとスンの体を洗ってあげていたときのこと。スンが「スンの尻尾も洗って」って言ったのだ。尻尾は家族の中で一人だけ先祖返りのドッヂにしかない。「尻尾?」とリテルが聞き返したとき、スンは笑顔で答えた。「ドッヂとおそろいの尻尾、見えないけどスンにもおそろいであるの」と。
あのときドッヂはとても嬉しそうだった。
カエルレウム師匠もルブルム先輩も二人とも猿種で、アルブムだけ鼠種だから――きっと。
「アルブム、おそろいだね」
アルブムの目を見つめてそう言ったとき、アルブムはなんとも嬉しそうに微笑んだ。
あのときのドッヂと同じ笑顔だった。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。
リテルの想いをケティに伝えた後、盛り上がっている途中で呪詛に感染。寄らずの森の魔女様から魔法を習い始めた。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。
・ビンスン兄ちゃん
リテルの兄。部屋も一緒。猿種、十八歳。リテルとは同じ部屋。
・ドッヂ
リテルの弟。猿種の先祖返り。リスザル頭。元気な子。
・ソン
リテルの妹。ドッヂとは双子。猿種。思いやりのある子。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、とうとう犬種の体を取り戻した。
ゴブリン時代にリテルに助けられたことを恩に感じついてきた。元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。
・アルブム
魔女様の弟子と思われる白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
魔法の使い方を教えてほしいと請うたリテルへ魔法について解説し始めた。ゴブリンに呪詛を与えた張本人。
・ゴブリン
ゴド村のマドハトと魂を入れ替えられていたゴブリン。現在は片腕。マドハトと一緒に風呂中。
・幕道丈侍
小三から高一までずっと同じクラスの、元の世界で唯一仲が良かった友達。交換ノベルゲームをしていた。
彼の弟、昏陽と、彼の父とともにTRPGに興じることもあった。モンスター豆知識を教えてくれた。
■ はみ出しコラム【刑罰】
ホルトゥスにおける刑罰は魔法代償徴収刑が圧倒的に多い。罪人の寿命の渦の一部を、刑に応じて魔法的に徴収されるというものである。
刑罰により徴収される度合いが決まっており、重罪を犯した場合は「残り全ての寿命の渦を徴収される」こともある。
そのため懲役というものは基本的に存在せず、裁判の判決が出るまでの間、収容しておく施設はあるものの刑務所の類は存在しない。
・王立基本法と領主法
国家における法は、まず「王立基本法」という基礎となる法律が存在し、それに加えて領主による特別法である「領主法」が領地ごとに存在する。王立基本法と領主法とがバッティングした場合は、王立基本法が優先される。
ホルトゥスにおいて一般に魔法を使う者はごくごく僅かだが、誰もが魔法を使える素質を持つことと、強い想いが魔法として実際に効果を発動させることがあるためか、過去に幾つもの圧政を強いた領主や国が民衆の強い反発を受けて滅んできた歴史があり、庶民の人権や財産を比較的大切にした法律が採用されがちである。
・魔法代償徴収
これを実行できる施設は基本的には魔術師組合のみであり、比較的大きな都市部、それと王城や領主の屋敷に限られる。
そのため、そのような都市と離れた場所における犯罪者については、都市部へ護送される場合と、地方の村などによっては私刑による制裁を加えられる場合とがある。
後者は、捕獲・護送中に追加被害の発生や逃走が見込まれるか、私刑がより相当と監理官が判断するかにより採用される。
・寿命売り
寿命の渦を売り、お金を得るということも可能。
働きたくない者などは寿命を売り、その金で享楽的に過ごす者も居る。
この寿命売りという行為は日常的に、一部の者にとってはバイト感覚で行われていることもあり、受刑者の心理的抵抗を減らすことに一役買っており、軽微な刑においてはおとなしく魔法代償徴収を受け入れる者が少なくない背景となっている。
ちなみに、魔法代償徴収刑や寿命売りにより得られた魔法代償のことを、「魔術の糧」と呼ぶ。
・正当防衛
正当防衛という考え方は一般的であり、罪を軽減されることがある。
・嘘の看破
街の中での殺人は重罪だが、都市の囲い外においてはそれを立証できない限りは罪に問われない場合が多い。
ただし嘘を看破する魔法は複数存在するため、被疑者本人も証人となる。
・魔法使用罪
都市内における公の場においては、魔法の使用自体が犯罪とされる。
また建物内については、その建物の主が許可しない場合は公の場と同様に処罰されることがある。
・魔石充填
徴収されたり、持ち込みから買い取った魔法代償は、有料で魔石へ充填してくれる。
魔石に格納された魔法代償は、魔術師が魔法を使う際の消費命として引き出したり、魔石に格納された魔法を使用する際の動力としても使用される。
一般的な魔法品は、魔石がはめ込まれており、この魔石部分に触れて使用する。
「調整……ですか?」
と質問しているそばからルブルム先輩たちが服を脱ぎ始める。
「あっ、あの、男の風呂はどこですかっ」
「マドハトもリテルとの接触時間が長いから呪詛に伝染しているだろうし、問題はないだろう」
ま、間違いが起きるかどうかで言えば確かに起きはしないだろうけど。けど。
「えっ、いえ、でも――街でも風呂も男女別に分かれていますし」
「そうだな。外の常識を前提に考えるべきか。それに分けた方が人数的にも効率が良いな。ルブルム。大タライを一つマドハトへ渡すのだ。マドハトとゴブリンは表の井戸から水を汲み、そのタライへ。リテルにはイルージオを教える」
「イルージオ、ですか?」
「偽装の渦という意味で偽装の渦だ。自分の本来の寿命の渦とは異なる形へ整えることを言う」
カエルレウム師匠の寿命の渦が、見えなくなっていた状態から本来の猿種型へと戻る。
「リテルの寿命の渦はそのままでは魔術特異症だと公言してまわっているようなものだ。ルブルムくらい偽装の渦が自然にできるまで練習するのだ。目標は寝ている間に偽装の渦が解けてしまわないこと」
寝ている間も?
そんなことでき……るかどうかじゃないよな。やるんだ。やる前から諦めるなんて思考の放棄だし、紳士でもない。二重にダメじゃないか。
「はい!」
元気に返事したところへ、ルブルム先輩がお湯をなみなみと汲んだ手桶を手渡してくれた……全裸で。なんとなく視線をそらす。
「お湯は外の大タライへ。その後、三人とも服を脱いで持ってきて。ブーツはここで脱いで、このサンダルを使って。洗い液用のこすり布は机の上に置いておく」
「ありがとうございます」
「……リテル、やっぱり私は変か?」
「変……というわけではないですけど」
風呂を男女別にしても俺の前で脱いでたら意味ないじゃんというツッコミじゃ言葉が乱暴かなと、よりよい表現を探す。
「私がホムンクルスだからか?」
「え?」
ホムンクルス……ってアレか?
パラケルススがフラスコで造った人造人間。
ゲームやってたり、マンガ談義をしている中で丈侍が時々教えてくれるモンスター豆知識の中で、「人間の精子をもとに造る人造人間」なんていうパワーワードは、思春期の多感な童貞男子としては記憶に残りやすい。
ただそうやってできるホムンクルスは、たくさん知識があっても小人くらいの大きさしかなかったはず……元の世界では、だけど。こっちでは魔法で育でたりするのかな?
「ルブルムの偽装の渦はどう見ても猿種だ。安心するのだ」
カエルレウム師匠がルブルム先輩のお尻をペチンと叩くと、ルブルム先輩はホッとした表情で奥の部屋へと戻ってゆく。
「ルブルムとアルブムは私が作ったのだ。本来のホムンクルスとは制作手法を変えたから実際にはほとんど猿種や鼠種と変わらないのだが、彼女らの本来の寿命の渦は若干、純粋な獣種とは異なる。ルブルムは特にそれを気にしているようだ」
「そうなのですか……」
口では冷静に返事をしているが、脳内はとんでもなく思考が回転している。
ホムンクルスを作った――作れるのか。だとしたら、俺の体を作って俺の魂だけリテルから切り離してホムンクルスの体に移すことができれば――いや、そもそもホムンクルスにはどうやって魂が宿るんだ? 魂が宿るよりも前に俺の魂を移さないと結局はリテルと同じ乗っ取りになっちゃうよな? いやいや。もしそうだとしても思考を手放さなければ、どこかへ道は拓けるかもしれない。
「あのっ、ホムンクルスはどうやって作るのでしょうか。どうやって魂が宿るのでしょうか」
「一般的なホムンクルスは獣種の男の精液を主な原材料とする。もともとはある魔男が自分の精液を用いて単性生殖できないかと試した結果生まれたものなのだが、種々の材料と、母体を模した環境とを準備し、大量の魔法代償を消費してようやく生み出せた生物は、最も小さな獣種の子供よりも大きくなることはなかったと記録されている。その方法をもとに多くの魔術師が多くの試行錯誤を繰り返してそれぞれのホムンクルスを作り出しているが、私は自らの卵核を取り出し協力者から頂戴した精液を用いて受精させ、疑似子宮を用いて時間をかけて育成させる方法を選んだ。そのため非常に時間がかかったが、ルブルムとアルブムはホムンクルスではあるものの、通常の獣種とほとんど変わらない。そして魂が宿る瞬間だが、うちのホムンクルスに限っていえば細胞分裂後、脳に相当する器官が分かれて発達し始めた頃だな。面白いことに、その時点でもう獣種が確定しているのだ」
よどみない説明が、右の耳から左の耳へ流れてしまわないよう必死に自分の中へと留める。
最初のホムンクルスは、元の世界のパラケルススのホムンクルスと同種っぽいが、その研究結果をもとにそれから多くのホムンクルスが生まれたが、それはどれも魔男――魔女に対応する言葉――の精子のみを用いた単性生殖だった。
でもカエルレウム師匠は、自分の卵核――元の世界における卵子的な印象の言葉――をもとに子宮内の受精を再現し、ほぼ獣種なルブルム先輩とアルブムとを作った……という感じか。
とりわけ重要な魂の宿る瞬間は、脳が作られるとき――なんだか希望が見えてきた。
「リテルもホムンクルスに興味があるのか?」
「はい、あります」
カエルレウム師匠はどうしてホムンクルスを作ったのだろうか。初めから弟子が欲しかったのだろうか。それとも家族を?
もしかしたら好きな人がいて、その人が死んでしまったからその人の精子で子供を……いや、一人ならともかく、二人もいるってことはそういうのではないか。
「ホムンクルスは効率という一点においては通常の妊娠に比べ大きく劣る。ただ家族が欲しいだけであれば、リテルの子を生んでくれる女を探すという方法もあるが……リテルならば通常の妊娠を超える効率の良さでホムンクルスを作る方法を見つけるかもしれないな。そのためにはまず呪詛を取り除かなければな」
「はい」
「リテルがホムンクルスに興味があって嬉しい。さっきはリテルの生殖器を見せてもらったから、お礼に私の生殖器を見ていい」
横からとんでもない発言が割り込んできて、思わず鼻汁が出そうになる。
「ルブルム、今はのんびり研究している暇はないぞ。今夜中に出発しなければ、ラビツ一行には追いつかないからな」
「わかった。マドハトとゴブリンの服は私がもらってくるからリテルも服を早く脱いで。アルブムももう体を洗い終わったから中の方の風呂を使って」
「わ、わかりました」
カエルレウム師匠に続いて奥の部屋へ。暖炉の前にはルブルム先輩たちのものと思われる服が干してある。
そこからさらに奥にある風呂場へと案内された。
広くはないタイル貼りの部屋で換気窓もある。リテルとビンスン兄ちゃんの部屋にあった窓と似た作り。そして片隅には表のものより小さな井戸。給湯の類は見当たらない。カエルレウム師匠が暖炉近くに設置されていた金属製の水桶から汲んでいたお湯を、大タライへと足した。
なるほど。今は星の月の月黄昏一日目、季節的には秋の終わりかけ。この時間に井戸水だけでは確かに寒い。この世界の風呂は、湯船に入るわけじゃなく行水だから余計に。
井戸の横には大タライと中タライとが置いてあり、中くらいの方では泡にまみれたアルブムが笑顔で洗濯物をもみ洗いしていた――が、俺の顔を見て笑顔が強ばった。
「ご、ごめん。こちらを使えって言われたから来たんだけど」
俺がいったん出ようとすると、すぐ背後に居たカエルレウム師匠が俺越しにアルブムへ声をかけた。
「アルブム。リテルの服を優先するのだ。リテルはアルブムのこすり布を借りるのだ」
アルブムは小さく「はい」と応えると、自分の兎耳に巻いていた細長いこすり布を洗い液につけ、俺の方へと差し出した。
「ありがとう」
こすり布を受け取り、代わりに自分の服を脱いでアルブムへと渡すと、アルブムはそれを中タライで洗い始める。
緊張感のある風呂場――なんて言ってる場合じゃない。気を散らしちゃダメだ。
俺は大タライから温い水をパシャパシャと自分の体へとかけ、こすり布で体を洗いつつ、偽装の渦の形を整えることに注力する。
『魔力感知』と偽装の渦の併用と考えていた最初のうちは脳みそが凄まじく疲れたが、集中力がいったん途切れかけたとき、ふっと脳みそから力が抜けた。
寿命の渦を把握するには『魔力感知』が大前提なので、寿命の渦を偽装の渦へと整形しようとするだけですでに『魔力感知』は使用していると気づけたのだ。
『魔力感知』に集中力が必要なのは通常知覚との割合をコントロールするときであり、カメラのフォーカスみたいに「いったんここ」って決めちゃいさえすれば、その維持自体にはそんなに気合いを入れることはない感じ。
力を抜くっていうのがけっこうな重要ポイントっぽい。そうじゃなきゃ、寝ているときも維持って無理だもんね。
色々試行錯誤する中で、ふと閃いたのが、元の世界でじいちゃんのとこで触らせてもらったろくろ。
常に力を入れ続けるんじゃなく、力が流れるきっかけにだけ軽く力を入れてあげれば、そのきっかけに続く後の部分も同じように変化してくれたろくろ回し。
寿命の渦ってずっと回っているでしょ、だから……「○」の形に無理やり抑え込むんじゃなく「∞」の形に心の指を添えて、流れを誘導する感じ……おおっ! いい感じじゃないの!
ん?
アルブムも寿命の渦を猿種型に合わせている?
手伝ってくれているのだろうか――そのとき不意にリテルの記憶が蘇った。
双子の弟妹ドッヂとスンの体を洗ってあげていたときのこと。スンが「スンの尻尾も洗って」って言ったのだ。尻尾は家族の中で一人だけ先祖返りのドッヂにしかない。「尻尾?」とリテルが聞き返したとき、スンは笑顔で答えた。「ドッヂとおそろいの尻尾、見えないけどスンにもおそろいであるの」と。
あのときドッヂはとても嬉しそうだった。
カエルレウム師匠もルブルム先輩も二人とも猿種で、アルブムだけ鼠種だから――きっと。
「アルブム、おそろいだね」
アルブムの目を見つめてそう言ったとき、アルブムはなんとも嬉しそうに微笑んだ。
あのときのドッヂと同じ笑顔だった。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。
リテルの想いをケティに伝えた後、盛り上がっている途中で呪詛に感染。寄らずの森の魔女様から魔法を習い始めた。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。
・ビンスン兄ちゃん
リテルの兄。部屋も一緒。猿種、十八歳。リテルとは同じ部屋。
・ドッヂ
リテルの弟。猿種の先祖返り。リスザル頭。元気な子。
・ソン
リテルの妹。ドッヂとは双子。猿種。思いやりのある子。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、とうとう犬種の体を取り戻した。
ゴブリン時代にリテルに助けられたことを恩に感じついてきた。元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。
・アルブム
魔女様の弟子と思われる白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
魔法の使い方を教えてほしいと請うたリテルへ魔法について解説し始めた。ゴブリンに呪詛を与えた張本人。
・ゴブリン
ゴド村のマドハトと魂を入れ替えられていたゴブリン。現在は片腕。マドハトと一緒に風呂中。
・幕道丈侍
小三から高一までずっと同じクラスの、元の世界で唯一仲が良かった友達。交換ノベルゲームをしていた。
彼の弟、昏陽と、彼の父とともにTRPGに興じることもあった。モンスター豆知識を教えてくれた。
■ はみ出しコラム【刑罰】
ホルトゥスにおける刑罰は魔法代償徴収刑が圧倒的に多い。罪人の寿命の渦の一部を、刑に応じて魔法的に徴収されるというものである。
刑罰により徴収される度合いが決まっており、重罪を犯した場合は「残り全ての寿命の渦を徴収される」こともある。
そのため懲役というものは基本的に存在せず、裁判の判決が出るまでの間、収容しておく施設はあるものの刑務所の類は存在しない。
・王立基本法と領主法
国家における法は、まず「王立基本法」という基礎となる法律が存在し、それに加えて領主による特別法である「領主法」が領地ごとに存在する。王立基本法と領主法とがバッティングした場合は、王立基本法が優先される。
ホルトゥスにおいて一般に魔法を使う者はごくごく僅かだが、誰もが魔法を使える素質を持つことと、強い想いが魔法として実際に効果を発動させることがあるためか、過去に幾つもの圧政を強いた領主や国が民衆の強い反発を受けて滅んできた歴史があり、庶民の人権や財産を比較的大切にした法律が採用されがちである。
・魔法代償徴収
これを実行できる施設は基本的には魔術師組合のみであり、比較的大きな都市部、それと王城や領主の屋敷に限られる。
そのため、そのような都市と離れた場所における犯罪者については、都市部へ護送される場合と、地方の村などによっては私刑による制裁を加えられる場合とがある。
後者は、捕獲・護送中に追加被害の発生や逃走が見込まれるか、私刑がより相当と監理官が判断するかにより採用される。
・寿命売り
寿命の渦を売り、お金を得るということも可能。
働きたくない者などは寿命を売り、その金で享楽的に過ごす者も居る。
この寿命売りという行為は日常的に、一部の者にとってはバイト感覚で行われていることもあり、受刑者の心理的抵抗を減らすことに一役買っており、軽微な刑においてはおとなしく魔法代償徴収を受け入れる者が少なくない背景となっている。
ちなみに、魔法代償徴収刑や寿命売りにより得られた魔法代償のことを、「魔術の糧」と呼ぶ。
・正当防衛
正当防衛という考え方は一般的であり、罪を軽減されることがある。
・嘘の看破
街の中での殺人は重罪だが、都市の囲い外においてはそれを立証できない限りは罪に問われない場合が多い。
ただし嘘を看破する魔法は複数存在するため、被疑者本人も証人となる。
・魔法使用罪
都市内における公の場においては、魔法の使用自体が犯罪とされる。
また建物内については、その建物の主が許可しない場合は公の場と同様に処罰されることがある。
・魔石充填
徴収されたり、持ち込みから買い取った魔法代償は、有料で魔石へ充填してくれる。
魔石に格納された魔法代償は、魔術師が魔法を使う際の消費命として引き出したり、魔石に格納された魔法を使用する際の動力としても使用される。
一般的な魔法品は、魔石がはめ込まれており、この魔石部分に触れて使用する。
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しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
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※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

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