深き血の村

だんぞう

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#4 美学

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 ふむ。
 三島紀子だ。
 間違いない。
 しかし起きる気配もない。
 動きやすいジーンズにパーカー。
 近くのカバンの上に置かれている眼鏡には、度は入ってなさげ。
 よく見るとノートパソコンやスマホ、デジカメ等が並べられ――おいおい。このご令嬢、充電してるのか。
 まあ、空いてる上に、あの老婆も階段を上れなさそうだからってのは分かるが。
 しかしやばいことをしている時には寝たりしたらダメだろう。
 よくもまあ……。
 この根性は並みの高校生ではない。
 あの三島行男氏の娘というのもうなずける。
 携帯すら持たないほどのアナログ人間な俺にとっては、パソコン使えるやつなんてバイクで曲乗りする連中と同じくらいすごいよ。
 成績はよくないとおしゃべりメイドは言っていたが、馬鹿ではないはず。
 となると、こーゆータイプはガキ扱いすると危険だな。
 よし。ちょっと大人の女性として扱っておくか。
「三島紀子さん。起きて下さい」
 紀子は慌てて飛び起きた。
 まず身の回りの電子機器の確認をして、それから自分の服の乱れをチェックする。
 順番、逆だと思うけど。
「誰? ……誰からの依頼?」
「落ち着いて聞いてください。貴女に危害を加えるつもりはありません。私は探偵の笹目洋介と申します。依頼主からは貴女を探して来るように依頼されました。何かご質問はございますか?」
「ふぅん。探偵? ……ちょっと油断してたわ。こんなに早く着くなんて」
 やはりな。依頼するという事を分かってたということか。
「依頼主は、パパとママとどっち? ……今回はお姉ちゃんの学生証持って来ちゃったけど、探偵に依頼なんてする人じゃないし」
 もう一度、三島行男とのやりとりを思い起こす。
 特に口止めはされていないよな?
 それに連れて帰ってほしいとの依頼だから、本人には確実に会わせるわけだし。
「三島行男氏です」
「へえ、パパ、アドバンテージ。で、どうしろって言われた?」
「連れ帰ってほしいと」
 ここは嘘をついてもメリットはない。
「ふーん。でもあと三日は帰らないわよ?」
 期限は一週間なので、それは個人的には構わないが――それでも依頼主に無断でって選択肢はない。
「状況を依頼主へご連絡させていただきます」
「いいわよ。まだ充電終ってないし」
 老婆の横に公衆電話が置いてあったのは記憶している。
 この荷物ならすぐには逃げられないだろうし、こっちには車もある。
 俺は再び鬼を踏み、階段を降りていった。

「電話を借りたいんですけど」
 十円玉を入れるタイプのピンク色の電話だ。タバコ用の小銭がけっこうあって良かった。
 いまどき、公衆電話そのものすら珍しいというのに。
 家の黒電話を思い出し、心の中で老婆にサムズアップ。
 えーと番号は――名刺を取り出し、かける。
「はい、三島建設でございます」
「もしもし。笹目と申しますが、三島取締役に電話するように言われたのですが」
「確認いたします。しばらくお待ちください」
 オルゴールのエーデルワイスが数秒流れ、三島行男氏がすぐに出た。
「三島だ」
「探偵の笹目です」
「見つけたのか? 早いな」
「依頼主はご両親のどちらかと尋ねられましたので、三島行男氏ですと答えました」
「ああ。あいつんとこのより早く見つけたのは偉いぞ。絶対に他の奴に渡すな」
「かしこまりました。ただ、三日は帰りたくない、とのことですがどうなさいますか?」
「構わん。一週間以内に戻ってくるのなら、三日でも一週間でもどちらでもいい。なるべくそばに居ろ。機嫌だけは損ねるな。あと絶対に手は出すなよ。命がけで守ってくれ」
「かしこまりました。おまかせください」
 電話が切られ、十円玉が何枚か落ちてくる。
 電話ってのは本来、用件を伝えりゃ短く済むんだ。あのおしゃべりメイドも自分の主人を見習えってんだ。
 さてと。
 階段を駆け上がり、三島紀子のもとへ戻る。
「なんだって?」
「ボディ・ガードを頼まれましたよ」
「ラッキー。今から私も依頼主と同等に扱って。言うこと聞いてね。きっとパパも承諾するはず」
「そう、言いつかっております」
「笹目さん、だっけ?」
「はい、笹目洋介と申します」
「私は知っていると思うけど紀子。よろしく。あと敬語はいいから。やめてちょうだい。私もしゃべりにくいし」
「わかった。名前も呼び捨てで構わないか?」
「いいよ、洋介」
 年下に呼び捨てされることを嫌がるやつらも居るが、俺は全然気にならない。
 ガキの頃だってよく――よく?
 何かを思い出しかけたが、そのおぼろげな記憶はすぐに霧散した。
 本当におかしいぞ、俺。
 今からは依頼主が同行するんだ。
 ライバルも居るようだし集中しないと。

 とりあえず三島紀子が宿を取っている街まで戻ることにした。
 先ほどの甘味処を横目に車を飛ばす。
「あ、ここ! 私、わさび漬けおにぎりをおまけしてもらった!」
 誰でもおまけしてるのか?
 しかしアレクサンドラ。ペットなのか? でも飛ぶんだろ? 普段は飛ばないってことは鶏? いやでもなぁ……。
「眉間にシワ寄せてナニ考えているの? 私を見つけたのにそんな顔なんて……なんか他にパパに言われているの?」
 紀子は助手席で怪訝そうな顔をしている。
「いや、たいした話じゃないし、この依頼とは関係ない話だよ」
 アレクサンドラの正体が気になるなんて言ったら笑われるだけだろうし、俺の探偵としての価値が下がってしまいそうな気さえする。
「女の人?」
 アレクサンドラが何者なのかさえ分からないのに性別なんぞ。
 だがこの感じ、ごまかし続ければ根掘り葉掘り聞かれていく気がする。
 早めに片付けておくか。
「いや、公共料金の払い込み、漏れてなかったよなって」
「自動引落しとかにしてないの?」
「カードは持たない主義でね」
「スマホも持ってないでしょ?」
「ああ、呼び出しに縛られるのが嫌でね」
「そういうのがカッコいいとか思っちゃうんだね」
 人を厨二病みたいに言わないでくれ。
「道具があるとそれに頼ってしまうんだよ。実際、カードも携帯も持たない俺だが、紀子を見つけ出しただろ?」
 と答えることにしているが、料金システムの説明を受けた時点で思考がショートした派なのは内緒だ。
「ふーん。どうやって調べたの?」
 紀子の表情がちょっと緩む。
 コミュニケーションを取りたがっているようだな。
 これを利用していろいろ探っておくか。
「メイドさんが机の上に資料があるって教えてくれてね」
「そりゃそうよ。ヒントなしじゃゲームにならないでしょ?」
「ゲーム?」
「あのね、10日後に株主総会があるの。でね、うちの筆頭株主のおじいちゃまがね、私のネフレなのよ」
「ネフレ?」
「ネットフレンド。おじいちゃまの頃はそういう表現だったんだって。SNSで相互フォローしてんの」
「へえ、俺はコンピュータはさっぱりだ」
「コンピュータって! スマホないからもしかしてと思ったけど、パソコンも持ってないの?」
「簡単に見つかるモノはかえって見えにくいモノを隠すんだよ」
 と答えることにしている。
「洋介っていちいちカッコいいこと言おうとするよね」
 そう言いながらも笑顔の紀子は、助手席から完全にこちらへ身を乗り出している。
「そのつもりはないんだけどな」
 嘘です。ちょっとはあります。
「ね、聞き込みだけで陶蝶記念館まで来れたってことでしょ? どのくらいかかった?」
「依頼を受けたのは昨日の昼過ぎ」
「はや! 優秀じゃん!」
「どうも」
 悪い気はしない。
「ママがね、デザイナーなの知ってる?」
「インテリアの、だっけ?」
「そそ。でね、こないだ先物取引で赤字出したのよ。そしたら今まで興味なかったうちの会社の利権を欲しがっちゃって」
「へえ。毎回そんななのか?」
「いつも先に私を連れ戻した方が勝ちって勝負はしているみたいだけど、会社がからんだ今回みたいな大掛かりなのは初めて」
 家出常習犯なのか。
「毎回わざわざヒントを?」
「まぁね。洋介の受け売りじゃないけど、今回の目標もネットじゃ見つからないの。妙に情報が消されているっていうか。だから古い雑誌を古本屋で見つけたりして」
「置いてきて良かったのか?」
「全部撮ってあるから」
 そういえば携帯以外にデジカメまで持っていたな。
「なるほどな」
「驚かないのね」
「驚く……って?」
「家庭事情に」
「依頼主の状況をデバガメしようとするやつは探偵の資格なんてねぇよ」
「あは。一周回って洋介がかっこよく見えてきたよ」
「どうも」
 鼻の下伸ばすなよ、俺。
「今まで私を連れ戻しに来た奴らはろくなやつ居なかったもん。話通じないし説教するし。ママが送ったのなんて一度酷いのいたよ。ママの愛人のくせして私に手を出そうとしたの」
 未成年に対してそりゃ犯罪だってとこは置いといて、逆にすごい神経してる。
 そのバレバレになるのがわかりきっている親子丼を平然とやろうとするなんてどっかに脳みそこぼしてきてんじゃねぇのか?
 それに付き合う相手って履歴書みたいなもんだからさ、惚れたってんならそこにスジの通った美学が浮き上がらなきゃいけねぇ。
 お前はそこに犯罪歴を残すのかっていうな。
 身につけるモノや付き合う相手ってのは、本人以上に本人を表すんだ。
 ダセェことはすんなよ――と、ここまで脳内。
 俺には俺の美学があるが、それを他人に語って悦に入るってのは俺の美学に反している。
 最低限のことだけ伝えればいい。
「そういうやつは股間思いっきり蹴ってやれ」
「やだよ。そんなクソ相手に自分の経歴傷つけるの」
「紀子、お前すごいな。俺がお前くらいんときは、そこまでモノ考えてなかったよ」
「洋介だってすごいよ。洋介みたいなオトナで私みたいな小娘のこと素直にほめたりできる人、まずいないよ?」
 俺には美学があるからな。
 自分の基準ができてねぇ奴は、他人を評価できる基準も持ってないものさ。
「それじゃあ家出もしたくなるか」
「それだけじゃないけどね」
「まあ気が向いたら道中話してくれよ」
「洋介のそういう態度じわってきた」
「おっ、ありがとう」
「ねぇ」
「なんだい? もうすぐ着くぞ」
 紀子の『ママ』が雇っているはずの連中が居るとしたら、ここからが危険な場所。
 気が抜けないところだ。
「ううん……ひょっとして内心むかついてる? 生意気なガキだな、みたいに……」
 大胆で厚かましい娘かと思っていたが、気ぃ使いなんだろうな。
「いや、溜め込まずに言ってくれるのありがたいし、気楽でいいよ」
 これは本音。
 人間関係の駆け引きが好きな連中、そういうスタイルを否定する気はないが、日常でそれやられると疲れるんだよな。
「洋介、アドバンテージ」
「さんきゅ」
 車は街へと入った。





● 主な登場人物

笹目ささめ洋介ようすけ
 池袋の雑居ビルにある笹目探偵事務所の所長。二十七歳。三島建設代表取締役から次女紀子のりこ捜索依頼を引き受けた。

・三島紀子
 三島建設代表取締役三島行男ゆきおの次女。伊豆の怪しい工場へ行くという情報を残して失踪。

・アレクサンドラちゃん
 『甘味 山菜』の女将が空を飛んだところを目撃した何か。詳細は不明。
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